とどかない不思議――彷徨う琥珀――
<第二日目・昼その一>
「……部室へいってみるか」
部活しか接点のない、学年の違う生徒が予告なしに会おうと思った場合、まずどう行動するだろうか。まず教室が基本だろうが、いまのところかの先輩がくる気配はない。となれば、次はやはり部室だろう。というよりも、まだ互いを知って日の浅いリョーマには、他に思いつく場所がない。
――動いていれば、きっとどこかで会える。
汐花の話では、昨日はリョーマを捜していたという。ならば、今日もきっとそうしてくれているだろう。それは半ば確信めいた予想であった。
――俺だって、それぐらいは、もうわかる……。
一年生レギュラーは下方へ伸びる階段へ靴先を向けた。
部室内からは、人の気配が感じられた。
淡い期待に高鳴る鼓動を鎮めながら、リョーマは部室の扉を開け――無言のうちに閉める。いま、何か見てはいけないものを見た気がした。
「どうした、越前? 部室に用じゃないのか?」
閉めたばかりの扉が内側から開かれ、テニス部随一の長身が現れる。間違っても、これをだと思う阿呆はいないだろう。
「……いえ、ちょっと、人を捜しているだけっス」
リョーマは首をほぼ垂直にして、底の見えない眼鏡を見上げた。すると、乾は少しばかり残念そうな面持ちで、顎に手をやる。
「何だ、そうなのか。てっきり俺は、新作の試飲にきてくれたのかと――」
「ありえないっス」
最後まで言わせることなく、半瞬で一刀両断してのけた一年生レギュラーは、軽く首を傾けて乾の背後を窺った。やはりというべきか、室内にはもう誰もいないようだ。当然といえば当然である。誰だって、命が惜しいに決まっている。
後輩の視線に気づいた乾が、倣うようにそちらを見、それから「ふむ」と呟いた。
「越前、お前が捜している者がである確率、百パーセントとみた」
「……それで?」
「俺は桃城たちほど、の行動パターンを把握しているわけではない。だが、いま彼がいる可能性がある場所は、三ヶ所。ひとつ目は一年の教室、二つ目は図書室、そして三つ目は美術室」
乾は右手の指を折りながら、自身の考えを述べてゆく。
「昨日、越前がを捜していたことは、本人も知っている。となれば、お前に会うために行動を起こしていると考えるべきだろう。越前自身も、そう思ったから、ここにきたのだろう?」
リョーマは応えなかった。が、そらされた琥珀の双眸から自身の考えの正しさを悟り、テニス部の頭脳ともいうべき三年生は語を続ける。
「さっき言った三ヶ所のうち二つは、どちらも越前に関係のある場所だが、時間的にいって、教室は除外だな。おそらく真っ先に向かい、お前が不在と知って移動しているはず。となれば、図書室か美術室になるが……」
「図書室はともかく、何で美術室なんっスか?」
青学のルーキーが首を捻るのも無理はない。美術部に属しているわけでもなければ、特にそちらの方面に興味のない彼には、授業以外で美術室に立ち寄ることはあまりないのだが……。
「言っただろ。三ヶ所のうち二つは、お前に関係のある場所だ、と。残る美術室は、お前ではなく、不二にかかわる場所だ」
「不二先輩に?」
「そうだ。不二は昨日、には会っていない。あの二人は仲がいい、お互いに会いたがっているだろう。そして不二は、ここ最近、昼休みは美術室から写真を撮っているらしい」
「ふーん……それで美術室ね。どうも、乾先輩、参考にさせてもらいます」
素直に礼を告げる後輩を、乾はやや意外に思ったようだ。返答までに一拍の間があった。
「いや、礼には及ばない。――うまく会えるといいな」
一礼して去っていくリョーマの背を眺めやり、テニス部一の長身の持ち主は、眼鏡の位置を直す仕草をした。思い出すのは、昨日のことである。練習中に声をかけてきた何人かの仲間が、揃って同じ頼み事をした。曰く、
「もしも、明日になっても、越前リョーマがを捜していたら、手を貸してやってほしい」
ということであった。最初はどういうことかと、しきりに首を捻ったものだが、実際に後輩に会ってみて謎は全て解けた。
「まさか、あの越前の、あんな顔を見ることができるとはな……」
あんな、迷子になった幼子のような顔を――。
――図書室か、美術室か。
距離的からみれば、独立棟になっている図書室の方が近い。だが、が捜している人物がリョーマだけとは限らぬ。一年生レギュラーがみつからなければ、先に別の者に会いにいく可能性だってあるだろう。
「いけるのは一ヶ所だけ……どっちにいこう……?」
リョーマは時計に視線を落とし、眉根を寄せる。
「図書室へ」 「美術室へ」