空を見上げて――すり抜けた光――

               <第一日目・昼>




 学校という空間において、生徒が最も過ごす時間が多い場所が、教室であろう。あらゆる活動の拠点となる以上、たとえ目的の人物に会うことはできずとも、そのための情報は手に入る。
「まずは、教室にいってみようかな」
 が在籍しているのは、桃城と同じ二年八組だ。会ったらまず何を言おうか。そんなことをつらつらと考えながら、リョーマは階段を昇っていった。



 学年の違う場所に踏み込むのは、どうにも落ち着かない。だがこの感覚は、たぶんお互い様だ。一年のリョーマが二、三年のいる空間にいけば、自分が浮いていると感じるように、先輩たちとて彼に会いに一年の教室にいくのは、さぞ複雑な気分を味わうに違いない。
「何だ、越前。二年の教室に何か用か?」
 八組の前にやってきた小柄な生徒に目ざとく気づいた桃城は、上機嫌な様子で廊下にまで出てきた。一年生レギュラーは曖昧な返事をすると、自分よりも大きな身体の向こうを盗み見る。
 ――――いない……?
 あの栗色の髪の先輩は、その容姿と纏う雰囲気も相まって、とにかく人目を惹く。視界に入れば絶対にわかるはずなのに、琥珀の双眸は目標を見失って彷徨った。
 と、視線の動きで察したのだろう、桃城が口元をほころばせる。
「あぁ、わかった。お前、に会いにきたんだろう?」
「…………ついでっス。近くまできてたから、その……」
 少し前までとは、瞳の泳ぎ方が違う。常のリョーマならば、こうもわかりやすい態度はとらないのだが、いまは期待した分の反動が大きかった。
「わかった、わかった。そういうことにしといてやるよ。けどな、別に恥ずかしがることないぜ、昼休みになってから、ここにきた奴はお前ひとりじゃねぇし」
「そうなんっスか?」
「ああ、昼休みなって早々にくる奴もいたし、さっきまでは結構凄かったぜ。愛されてるよなぁ、は」
 そう言って笑う桃城の方が、「愛されている」本人よりも嬉しそうに笑う。友誼にあついこの少年には、親友にとってよいことは、何でも喜ぶ材料となるのだろう。と、そこで表情をきりかえると、二年生レギュラーは腕を伸ばして後輩の頭を撫でた。
「悪いな、は、いまここにはいねぇんだ。みんながの帰りを待ち望んでたことを教えたら、『じゃあ、挨拶にでもいこうかな』って言って、出かけちまってな」
 たぶん、相手に足を運んでもらうのが、気がひけたんだろ。緑がかかった黒髪の下の、憮然たる表情を見てとり、桃城は困ったように唇を歪める。
「本調子じゃないから、いくのは一ヶ所にして帰ってこい、って言ってある。なんだったら、ここで待つか」
 親指の先で自分の教室を指し示す先輩に、リョーマは頭を振ってみせた。せっかく申し出てくれた桃城には悪いが、目的が果たせないとわかった以上、長いは無用だ。それに、時間もさほど残されてはいない。
「ついでだ、って、言ったでしょ。会おうと思えば、いつでも会えるんだから」
 お世辞にも、可愛げのある台詞ではない。が、対する桃城の反応は、「そっか」と短いものであった。そしてもう一度腕を伸ばして、リョーマの細い肩を叩くと、微笑混じりにつけ加えた。
「お前がきた、ってことは、ちゃんとに伝えておいてやるよ」
 一年生レギュラーは無言で軽く頭を下げ、踵を返した。



 せっかく、会えると思ったのに……。
 リョーマは思わずため息をついてしまう。彼は結局、の入院中、見舞いには一回しかいっていない。桃城や七海、海堂といった面々は、二回ほど面会にいったらしいが、どうせすぐに退院するのだから、といかなかったのだ。
 ――――青緑の光から遠ざかっていた時間は、長い……。
「……放課後、もう一度……」
 ぽつりと、心に浮かんだ言葉が音になる。放課後になったら、もう一度に会うべく行動を起こしてみよう。親しい人たちの元へ、かの二年生はきっと赴くはずだ。
先輩が、挨拶しにいくといったら……」



   「部員たちの集まるテニスコートだ」

   「海堂先輩と七先輩だ」