空を見上げて――こぼれ落ちた欠片――
<第一日目・夕>
放課後の校庭は、運動部に所属する者たちのエネルギーに満ちている。特にこの時期は、どこも大会を目前に控えているだけに、誰もが真剣にそれぞれの練習に励む。
「どうして、急ぐ日ほど、掃除当番なんだろ」
リョーマは舌打ち混じりに呟いた。普段ならば、練習時間が削られることに対する苛立ちだが、この日はやや理由が異なる。
「先輩、まだ帰ってなきゃいいけど……」
部活に復帰していれば、自分も練習に参加する以上、絶対に顔をあわせることができるだろう。が、青緑の双眸を持つ先輩は、本調子に戻るまでは休部中の身である。必要以上に学校にとどまっているとは思えぬ。
「急がなきゃ……!」
テニスバッグを肩に担ぎ、緑がかかった黒髪の少年は教室を飛び出した。
二年七組の前まできたところで、聴き憶えのある声がした。
「何だ、リョーマ。二年の教室に何か用か?」
これまたどこかで聴いた台詞である。架橋七海は人懐っこい笑みを飾り、後輩の顔を覗き込む仕草をする。
「誰かに用事か? 呼んできてやろうか?」
「七先輩、先輩には、もう会いました?」
「? あぁ、会ったぜ。昼休みに」
琥珀の双眸が瞬く。――ちょっと待て。
「昼休み?」
「そう、昼休み」
生真面目な表情で頷く七海に、リョーマは思わずへたり込みそうになった。そうだ、そうだった。は桃城と同じくらい、この七海と彼のクラスメイトの海堂と仲がよい。しかも教室は隣同士。普通、久々に登校したならば、まず真っ先に会いにいくだろう。何故そこまで考えが至らなかったのか……。
「きっと、うちの部の連中が押しかけるだろうと思って、四限が終わると同時に海堂の首根っこ捕まえて、八組で待ち伏せしたんだ。おかげで、真っ先に会えたぜ」
「……苦労してますね、海堂先輩。あいかわらず」
「何言ってんだよ、俺だって苦労したさ。海堂の奴、照れくさがって、逃げよう逃げようとするんだぜ。そのたびにひっつかんで、ひきずって、連れ戻して……」
「…………」
その件に関して、リョーマはもはや何も言わなかった。
七海と海堂では、体格といい、純粋な力といい、間違いなく強いのは後者の方である。だが、どういうわけか、こういった時に勝つのは必ず朱色の双瞳の二年生で。乾の言をかりるならば、まさにこれこそ「理屈じゃない」だ。
と、鮮やかな朱色の双眸が、笑みを滲ませた。
「、元気そうだったぞ。まだちょっと、右足がな、痛むみてぇだけど。それ以外は特に問題なさそうだった。――――少しは、安心したか?」
優しく降ってくる声音に、黒髪の一年生はのろのろと視線を持ち上げる。
「見舞いの時に言っただろ。焦るな、まだまだこれからだ、って」
確かに、言われた。そして、言われた自分は、どう思ったのだったか――。
――もう、大丈夫。
真っ直ぐに自分を見据える琥珀に笑い返し、七海は焦茶色の髪をかき上げた。
「もきっと、お前に会いたがってる。だから、機会はすぐくるさ」
「……そうっスね」
「よし、部活いこうぜ。ひょっとしたら、も、コートにいるかもしれないだろ」
七海が準備を終えるのを待って、二人のテニス部員はもうひとつの可能性の待つ場所へと歩き出した。