空を見上げて――こぼれ落ちた欠片――
<第一日目・夕>
放課後の校庭は、運動部に所属する者たちのエネルギーに満ちている。特にこの時期は、どこも大会を目前に控えているだけに、誰もが真剣にそれぞれの練習に励む。
「どうして、急ぐ日ほど、掃除当番なんだろ」
リョーマは舌打ち混じりに呟いた。普段ならば、練習時間が削られることに対する苛立ちだが、この日はやや理由が異なる。
「先輩、まだ帰ってなきゃいいけど……」
部活に復帰していれば、自分も練習に参加する以上、絶対に顔をあわせることができるだろう。が、青緑の双眸を持つ先輩は、本調子に戻るまでは休部中の身である。必要以上に学校にとどまっているとは思えぬ。
「急がなきゃ……!」
テニスバッグを肩に担ぎ、緑がかかった黒髪の少年は教室を飛び出した。
ラケットがボールを打つ、小気味よくて、それでいて馴染み深い音が響く。
走ってコートまでやってきたリョーマは、すでに練習を始めている部員たちに視線を放った。レモンイエローの軌跡が描かれる空間を、いくつもの色が動いている。赤、青、緑、青と白……青緑は――みつからない。
と、リョーマがやってきたことに気づいたのか、半ば飛び跳ねるような足どりで近寄ってきたレギュラーがいる。三年の菊丸英二だ。
「おっ、おチビじゃん。掃除当番だったんだって? お疲れさん。はやく着替えてこいよ」
「菊丸先輩は、もう先輩に会いましたか?」
唐突な質問に思えたのだろう。菊丸はゆっくりと瞬きする。
「は? ?」
「今日の昼には、もうきてるって、聴いたんっスけど……」
ひょっとして、まだコートにはきていないのだろうか。淡い期待を胸に抱きかけたリョーマであったが、すぐさま裏切られる羽目となった。
「あぁ、そういうことか。会ったよ」
「どこで……!?」
「ここ」
自身の足元を指差し、右頬に絆創膏を貼ったレギュラーは即答してみせた。今度は琥珀の双瞳が瞬く番である。
「ついさっき、ここで」
菊丸の大きな瞳に、陽光の欠片が映り込む。
「お見舞い以来初めて会ったけどさ、元気そうで安心した。――まだちょっと、さりげなーく、軽く足をかばってたけどね」
言葉の後半はひそめられ、心なしか顔もフェンスに寄せられる。皆、練習に集中しているが、やはり気を遣ったのである。
「そう、ですか……」
フェンスの向こう側で、わずかに肩が落とされる。リョーマは思わず歎息しそうになる自分を、どうにか抑え込んだ。何となく、予想していたことではないか。
三年生レギュラーはふと眉をひそめたかと思えば、殊更明るい表情をつくった。
「その様子じゃ、おチビはまだに会えてないんだ。大丈夫、、明日も学校にくるんだろ。そりゃあ、部活は無理だろうけど、話す機会ならきっとあるって!」
だから元気だせ――と、声なき声が励ましてくるのがわかる。気をつけていたつもりだが、よほど落胆の色が表に出てしまっていたらしい。リョーマは琥珀の双眸をわずかにそらすと、おもしろくなさそうな顔をしてみせる。
「言われなくとも、わかってますよ」
「おっ、生意気。だが、それでこそおチビだ。ほらほら、はやく着替えてこいよ。練習時間、どんどん減っちゃうぞ」
「うぃーす」
肩とフェンスごしにひらひらと掌をひらめかせ、一年生レギュラーは部室へと歩いていった。その小さな背を、菊丸は微苦笑混じりに見送る。
「やーれやれ、あれじゃあ、ちょっと前の誰かさんみたいじゃん」
その「誰かさん」は、まるで憑きものが落ちたように、得意のダンクスマッシュをコートに叩きつけていた。