騒動からの招待状 <後編>
運転手がトーマへと交代したジープが、穏やかに走行する。何だかタイヤが「これこそが、本当の運転だ」と、歓喜しているような気がするのは気のせいだろうか。
フィーネは後部座席へと移り、助手席のバンはようやく地図を見る余裕がでてきた。
「あんなにめちゃくちゃ走ったのに、ちゃんと道はあってたんだなぁ」
黒髪の少年の声は、呆れとも感歎ともとれた。
「このまま真っ直ぐでいいのか?」
「……ああ……たぶん……」
歯切れの悪い答えに、トーマは黒髪の友人を一瞥する。
「どうした? 地図には何と描かれているんだ?」
「いやさ、×印までのちゃんとした道が描かれていないんだ。そのかわり、この先にいる『白い生き物』が道を示す、って、書いてあるんだよ」
『白い生き物?』
これには、トーマやフィーネだけでなく、通信で聴いていた他の三人の声も重なった。
「白い生き物って……ウサギさんかしら?」
自分と同色の双眸を持つ動物の名を、フィーネがあげた。いかにも少女らしい考えであるから、聴いていた者たちの微笑を招く。
と、座席ごしにフィーネを見やり、バンが言う。
「羊や山羊も白いぜ」
『……砂漠にいればな』
どこか呆れたような響きを含んだ、賞金稼ぎの青年の声が通信機から滑り出てきた。確かに彼のいうとおりである。いま自分たちのいる場所は砂漠だ。よって、当然棲息できる動物など種類が限られてくるだろう。
『……ということは、やっぱりゾイドなんじゃない?』
通信機から流れてきたムンベイの言葉に、バンは腕を組んだ。トーマも運転をしながらではあったが、思案をめぐらす。と、急にその表情が凍りついた。自分自身の考えに、慄然としたのかもしれない。
「ストームソーダーだろ、あとゴドス……ん? どうしたんだよ? トーマ?」
「い……いや、その確か、あのゾイドも白かったな、と思ってな」
「あのゾイドって?」
「………」
『ねぇ、トーマ、そのゾイドって、ひょっとして、共和国のゾイド?』
トーマが返答できずにいると、碧水のコマンドウルフの中で、やはり思案していたアゼルが会話に加わった。幼なじみの少年と同じ答えにいきついたのだろうか、やや遠回しな問いかけである。
「ええ、そうです。ついでに言うと、かなり大きいです」
『さらに言うと、攻撃力が抜群?』
「はい、それはもう……」
ここに至って、全員が「その名」を思いつくことができた。だが、それを素直に喜べた者はいない。自分たちの考えが、とんだ的外れなものであることを祈るばかりだ。
と、フェンリルの中にいるAI・『アーク』が、何事かをアゼルに告げた。その何事かこそが、彼らの祈りを裏切るものであった。
『トーマッ!! 右前方に高エネルギー反応!!』
「なっ――!?」
トーマは慌ててジープを急停止させると、さらにギアをバックにいれ、アクセルを踏む。
と、彼らの右前方の砂が急激に盛り上がり、グスタフやフェンリルの高さを越え、ついには見上げるほどの身長になる。大量の砂を振りまきながら、そのゾイド――ゴジュラスは姿を現した。
「確かに……白い生き物だね」
ゴジュラスを見上げ、アゼルは感歎したように言った。
「他に言うことはないのか!?」
とは言わず、アーバインは多少緊張したように口を開いた。
「どうするんだ? 攻撃されたら、俺たちはともかく、ジープに乗っている連中は、ひとたまりもねぇぞ」
アゼルは応えない。碧水の双眸を軽く眇め、黙ってゴジュラスを見つめている。
地をも振動させるかのような、猛々しい咆哮が人とゾイドの聴覚を満たす。
――攻撃がくる。
誰もが身体を硬くした時、ゴジュラスの背中に搭載されたロングレンジキャノンが、赤と落日色の輝きとともに大気を震わせた。
それはバンたちの遥か頭上を飛び越え、その先にあった林の一角に着弾する。
『何よ、何よ!? あいつは一体何を狙ったっていうのよ!?』
煙の上がっている方角に視線を投げやりながら、ムンベイが思わず声を上げた。が、彼女の疑問に、正確に答えることができる者はいないように思われた。碧水の狼を除いて。
『何かの建物を直撃したようだ』
人よりも遥かに優れた視力を有する機獣は、ゴジュラスの放った一撃が、林の中にあった建物を直撃したのを捉えていた。
「見えたのか?」
視線を煙の方へ向けたまま、碧水の双眸を持つ青年は、声をひそめて問うた。後部座席にいるアーバインをはばかったのかどうかは、定かではない。
『ああ、何の建物かまでは、わからなかったがな』
と、そこへアークの声が滑り込んでくる。
「どうした? アーク?」
電子の声を持つ相棒は、何やらメッセージが送られてきたことを告げた。送信者は、目の前にいるゴジュラスである。アゼルはそれに素早く目を通すと、ゴジュラスを見上げた。
「どうした? アゼル? 何が送られてきたっていうんだ?」
「伝言さ」
賞金稼ぎの青年の問いに、短くと答えると、アゼルはキャノピーを開け放った。
「ありがとう! ご苦労様!」
ゴジュラスは低い鳴声を上げ、一同に背を向けた。訳がわからないという顔をしている仲間たちに、アゼルは声をかける。
「ここから西にある森へ行けだってさ」
と、風を切るを音が響いた。皆が反応するよりもはやく、周囲に轟音とともに砂柱が立つ。ジープに乗っていたバンたちは、まともに砂をかぶってしまう。
「今度は何だよ!?」
口の中に入った砂を吐き出しながら、バンが非難じみた声を上げた。砲弾の軌跡を目で追えば、十体ほどのゾイドの集団が、何やら殺気立ってこちらに迫ってくる。
『貴様らか!? 俺たちのアジトを木っ端微塵にしやがったのは!!』
『はぁ?』
予想外の言葉に、「御一行様」は思わず声を上げてしまった。後から思えば、実に間の抜けた声であった。
『ひょっとして、さっきのゴジュラスの砲撃が、当たっちゃったんじゃない?』
グスタフの向きを迫ってくる一団にめぐらせながら、ムンベイが言った。それに応じたのはアーバインである。
『でもよぉ、アジトってのは、どういうことだ?』
『確かこの辺りに、小規模だけど盗賊団がいる、っていう噂を聞いたことがあるわ』
『じゃあ、あのゴジュラスは、俺たちに道を教えるついでに、盗賊団のアジトをぶっとばしていった、って、ことか』
二人の会話に耳を傾けていたアゼルの表情が、わずかに動いた。グスタフの中にいるムンベイや後部座席にいた賞金稼ぎの青年には、当然見えていなかったが。
黒髪の少年は声を張り上げる。
「お前らのアジトをやったのは、俺たちじゃねぇよ! そこにいるゴジュラスが――って、もういねぇっ!?」
黒い瞳の向けられた方には、哀しいくらい砂漠が広がっている。
「どうしますか? あいつら、殺気立ってますよ」
フェンリルを振り仰ぎつつ、トーマがため息混じりに言った。翡翠の瞳を持つの少年の言葉どおり、盗賊たちから、殺気と怒気とが混ぜ合わされたような雰囲気が伝わってくる。「お前たちのアジトを破壊したのは、砂の中に隠れていたゴジュラスです」などと言っても、きっと信じはしないだろう。
アーバインは盗賊たちを見据える。
「こうなりゃ、やるしかないだろうな」
「そうだね」
ひとつ頷いて、アゼルは愛機の首を盗賊たちのゾイドの方へとめぐらせた。改めて盗賊団のゾイドたちを見ると、コマンドウルフが何体かいる。民間協力者である青年は、眉をひそめる。
「……フェンリル、お前と同じコマンドウルフだな」
コマンドウルフを相手にすることは何度もあったが、どうも気乗りのしない相手である。それはおそらく、自分の相棒と同種だからだろう。では、その相棒であるフェンリルはどうなのだろうか。アゼルがそのことを口にすれば、碧水の狼は何でもなさそうに言った。
『気にするな。私は相手が誰であれ、喧嘩は売る時はできるだけ安く、売られた喧嘩は高く買う主義だ』
「……物騒な主義だね」
『何か言ったか?』
「いや、別に」
アゼルは曖昧な表情の下で、「その主義でいくと、こちらは赤字になるのではないだろうか」などと、妙なことを考えたものである。
戦闘が始まると、トーマはジープを西へと走らせた。横には並んで走るジークの姿もある。アゼルたちを残していくのは気がひけたが、ジープでゾイドに対抗する術はない。せいぜい足を引っ張らぬよう、安全な場所にさっさと避難した方が、アゼルたちも助かるだろう。トーマはそう判断したのだ。
「ムンベイにアゼルさん、大丈夫かしら……?」
なびく金髪を片手で押さえ、フィーネは背後を見やった。小さくなっていく影たちが、めまぐるしく動いている。機獣たちの咆哮や爆音が、ここまで聞こえてくる。
バックミラーに映る少女を一瞥し、トーマは明るい声を発した。
「ご心配には及びませんよ、フィーネさん。あの二人の実力なら、滅多なことはありません」
「そうですね」
フィーネはバックミラーに向け、にこりと微笑んでみせる。それを目にしたトーマの顔は、一気に上気した。色が白いだけにわかりやすい。
「何赤くなってるんだ? お前?」
バンが不思議そうにトーマの横顔を眺める。
「やかましい、お前は地図でも見てろ」
照れ隠しのためか、トーマはぶっきらぼうな口調で言い放った。バンはふてくされたような顔をしたものの、地図に視線を落とした。
目的地に到着した時には、陽が大分西に傾きつつあった。森の入り口にジープを止め、落日色を帯び始めた陽光を浴びる。
と、背後から響いてきたゾイドの足音と鳴声に、バンたちは振り返った。
「ムンベイたちだわ」
視力の優れたフィーネが、見慣れたゾイドがこちらへと走ってくるのを認めていた。少年たちの見つめる中で、最初にコマンドルフが、やや遅れてグスタフが到着する。キャノピーが開き、一同は何時間ぶりかの再会を果たした。
再会の挨拶がすむと、トーマは先ほどの盗賊たちはどうなったのか、少々気になった。彼がそのことを口にすれば、それにはアゼルが答えてくれた。
「あの連中は、近くにあった基地に連絡して、引き取ってもらったから、安心していいよ」
「そうですか、ご苦労様でした」
トーマは二人の民間協力者に微笑んでみせた。
視界を埋め尽くす緑に、バンは不思議な印象を受けていた。すぐ近くには砂漠が広がっているというのに、この目の前の森の木々はどうだろうか。風向きによっては、砂漠の砂にさらされるだろうに、皆たくましく生きている。
「すごいよなぁ、自然って」
と、バンは胸中で感歎の声を洩らした。
首をほぼ垂直にしなければ、木のてっぺんが見えない。おそらく樹齢は、バンを遥かに上回っているだろう。ふと視線を転じれば、フェンリルから降りたアーバインが、何やら考える様子で森を眺めている。
「どうしたんだ? アーバイン?」
傍に歩み寄って問えば、賞金稼ぎの青年は視線を森にはりつかせたまま、口を開く。
「いやな、この森は確か……」
記憶の糸を手繰り寄せるかのような表情で呟くと、同じ民間協力者である青年へと目を向けた。
「なあ、アゼル」
「ん? 何?」
「ひょっとすると、ここは――」
「え……?」
アゼルは改めて森を見やった。すると脳裏に何事かひらめいたらしい。弾かれたようにアーバインに視線を向ける。
「そう、そうだよ! たぶん、アーバインの考えているとおりの場所だよ」
「やっぱりな」
二人の青年は頷きあった。が、当然他の者には何のことだか、さっぱりわからない。互いの顔を見合わせ、肩をすくめたり、小首を傾げあったりしている。
「なあ、一体何だっていうんだ? この森がどうかしたのか?」
たまりかねたように、バンが問うた。フィーネたちも無言ではあったが、視線では彼と同じ質問をしているようだ。
アーバインとアゼルは、意味ありげな視線と笑みをかわしあう。口を開いたのは、賞金稼ぎの青年の方である。
「なぁに、いまにわかる。とにかく、森の中に入るぞ。その後は、暗くなってからのお楽しみだ」
バンたちはいぶかしげな視線を交錯させたが、アーバインとアゼルがさっさと森の中に入っていってしまったので、黙って後に続いた。
「この辺りでいいか……」
小さく呟くと、アーバインは足を止めた。辺りはすっかり夜闇に包まれている。頭上を木々の枝葉に覆われているため確認できないが、遮るものが何もなければ、空で二つの月と星々が輝いていることだろう。
「ここに何があるっていうんだ? 真っ暗で何にも見えねぇけど……」
周囲と頭上をぐるりと見回して、バンが言った。黒髪が夜の一部となっており、近くに寄らなければ、顔がよく見えない。
闇の中からアゼルの声がする。
「もう少し我慢して。たぶん、そろそろだから」
意外に近くで聞こえた声に、口にこそださなかったが、バンは内心驚いていた。辺りが暗くなってからというもの、アゼルの存在感は希薄になっていたのだ。碧水の双眸を持つ青年は、夜の中に溶け込んでいて、バンの目にその姿は映らない。
「ねぇ、いま、何か光らなかった?」
と、これはフィーネである。夜目にも浮かび上がって見える金髪が、少女の居場所を教えてくれるので、どこにいるのかわかりやすい。
彼女の言った「何か」を確認すべく、それぞれ色彩豊かな瞳を動かす。と、夜闇に翡翠と碧水、そして白銀の光が反射した。真っ先に気づいたのは、ムンベイである。
「ちょっと、トーマ、アゼル、いまあんたたちの目が光って見えたわよ。ジークは身体がぼんやりと光ってるし」
『え?』
自分たちでは知りようもないことにであったから、三人はとりあえず互いがいるらしい方へと顔を向けた。と、そこである事に気づく。徐々にではあるが、互いの顔が見えるようになってきている。周囲が明るくなってきているのだ。だが、どうして――。
「――始まったぜ」
微笑を含んだ声が、アーバインの口から発せられる。アゼルが浮かべていた笑みを深くした。他の者は、一体何のことだろうか、と首を傾げかける。が、次の瞬間には、それを知ることになった。
大地に根づく草の中から、辺りを覆い茂る枝葉の間から、次々と小さな小さな光の粒たちが滑り出てくる。数え切れないほどの碧の光たちが、七人の周りを踊り回る。月や星々の光すらとどかない森の中が、照らし出されていく。
「――……綺麗……」
飛び回る光の群れの中、フィーネは夢見るように呟いた。他の者も声もなくその光景に見入る。
と、ジークは顔の前に飛んできた光の粒子に、手の伸ばした。が、碧の光は、銀色の手をすり抜け、何事もなかったように飛翔していく。自分の手を見やり、首を傾げるジークに、碧水の双眸を持つ青年が笑いかけた。
「無理だよ、ジーク。それに触れることはできないんだ」
そう言って、自身も両の手をのばすと、掌の中に碧の光を包み込んだ。が、結果はジークの時と同様であった。「ほらね」とアゼルは笑う。
「アゼルさん、アーバイン、これは一体……?」
我に返ったようにトーマは問いを発した。
「これは『森の小さな守護者』と呼ばれているもので、辺りが暗くなってきた頃に現れるんだ。特にこの森は、旅人たちの間では有名だね」
「こいつらの正体は誰も知らねぇ。捕まえることもできないからな。ただ、これが棲む森はどんなに劣悪な環境でも、木々が生い茂ると言われている」
「一説では、木の精霊なんじゃないか、とも言われているよ」
二人の民間協力者の説明を聴き終えると、バンたちは改めて自分たちの周囲を飛びかう光――『森の小さな守護者たち』に瞳を向けた。
「――もしかしたら、あの手紙の主は、俺たちにこれを見せたかったのかもしれない……」
そう呟いたのは、バンであっただろうか。定かではない。だが、もはやそんなことを気にする者はいなかった。
アゼルは上着に視線を落とした。内ポケットには、バンから預かった例の封筒が入っている。青年は碧水の双眸を伏せ、薄く笑った。が、他の者たちは、皆眼前の光景に意識と目を奪われ、それに気づかなかった。
――月と星の光さえも通さぬ森の中に、碧の光が満ちあふれていた……。
――Fin――
<あとがき>
・boku様、大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。それから風見野などにリクエストして下さって、本当にありがとうございました。いかがだったでしょうか? 少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。
上記のお話の中に出てきました、『森の小さな守護者』ですが、当然のことながら、こちらが勝手に創りだしたものですので、惑星Ziの方に実在するかどうかはわかりません。
たいしたものではないのですが、<おまけ>の方も書かせて頂きました。よろしければ、そちらの方も御覧下さい。
2003.5.27 風見野 里久