騒動からの招待状 <おまけ>
バンたちは基地に戻ると、早々にそれぞれの自室に引き上げていった。色々あったので、さすがの彼らも疲れたのだろう。特にバン、トーマ、そしてアーバインの三人は、欠伸を噛み殺したような表情で戻ってきたものだ。
その夜、帝国軍第一装甲師団が基地にやってきた。二日後に予定されている、共和国軍との合同演習の打ち合わせも兼ねてのことだ。
愛機から降りると、シュバルツは部下たちに休息をとるよう命じ、自身もあてがわれている部屋へ足を向けた。と、その足が、一体のゾイドの前で止まる。
「……お待ちしていましたよ、シュバルツ大佐」
碧水の狼の四肢の陰から、同色の双眸を持つ青年が、音もなく現れた。どこかいたずらっぽいものを含んだ表情だ。
「アゼルか、どうしたんだ? ガーディアン・フォースの者たちは、民間協力者を含めて、全員もう休んでいると聞いたのだが?」
「ちょっと、確認したいことがあってね」
そこで言葉をきると、アゼルは持っていたポットとふたつのカップを掲げてみせる。
「キミは着いたばかりだし、お茶でもしながら、おしゃべりでもしないかい?」
シュバルツは軽く笑うと、軍帽をとり前髪をかき上げた。冷静な軍人の顔が消え、ひとりの青年のそれになる。
「用意がいいな。それでは、ご馳走になるとしようか」
仮の自室内に、あたたかいコーヒーの香りが満ちる。コーヒーを一口すすり、シュバルツは笑みをこぼした。
「やはり、お前のいれるコーヒーはうまいな」
「それはよかった」
にこりと微笑むと、碧水の双眸を持つ青年はシュバルツの向かいに座した。早速とばかりに、上着の内ポケットから一枚の封筒をとりだす。勿論、今日一日の出来事のきっかけをつくったものだ。
「これがどうかしたのか?」
テーブルの上に置かれた封筒を一瞥し、若き大佐はいつもと変わらぬ口調で問うた。
「これに心当たりがあるね? カール?」
シュバルツは肯定も否定もしない。
民間協力者である青年は、碧水の双眸を真っ直ぐに親友に向けた。隠し事や心に疚しいものを抱えている者は、決してこの瞳を直視できぬ。それほどまでに、アゼルの碧水の双眸は、澄みきっているのだ。シュバルツはそれを、翡翠の瞳で正面から受け止めた。
「さすがだね」
ややってから、アゼルは軽く息をついた。微かに湯気の立ちのぼるカップに、口をつける。それを合図としたかのように、若き大佐は身体から力を抜いた。
「買いかぶらないでくれ。そろそろ限界だったところだ」
「そうは見えないけどね」
アゼルはくすりと笑ってみせる。笑ったついでに、今日一日の出来事を語った。バンたちがフィーネの運転で大変な思いをしたこと、ゴジュラスにひやりとさせられたこと、盗賊団に襲われたこと、そして『森の守護者たち』のこと……短いとも長いともいえない話を、シュバルツは微笑混じりに聴いていた。
「一枚の招待状が、そんな騒ぎを呼ぶとはな。フィーネの運転のことまでは、さすがに予想していなかった」
「見ているこっちには楽しそうだったけれど、当人たちは死ぬ思いをしたみたい」
「だろうな」
シュバルツは笑いを堪える表情になる。バンたちには悪いが、おかしいものはおかしいのだ。
「それで、どうして俺が関わっていると思ったんだ?」
「あの場所さ。あそこは、カールが初めてフェンリルの操縦をした日に、発見した場所じゃないか。それでピンときてね」
「憶えていたのか」
当たり前だ、とばかりに、民間協力者の青年は微笑してみせる。
シュバルツは懐かしげに双眸を細めた。友人の勧めで初めてゾイドの操縦をさせてもらい、アドバイスを受けながら大地を駆けたあの頃が、とても遠い日のことのようだ。
「今回の件、発案者はハーマン少佐かい?」
「どうしてそう思う?」
「理由は二つあるけれどね」
ひとつは、現在のGFの居場所、しかも共和国内の駐留基地を正確に知っていたこと。そしてもうひとつは、砂漠で遭遇したゴジュラスだ。
「俺の知る限り、野生のゴジュラスはいない。かといって、あんな所に都合よくいるというのもおかしい。あともうひとつ理由をあげるならば、盗賊団のアジトをついでに壊していったことかな」
ゴジュラスは共和国のゾイドであり、いまでは数も少ない。それを連れ出すことのできる者など、限られているだろう。仮に、あのゴジュラスが個人的な誰かの愛機ならば、盗賊団のアジトなどわざわざ破壊する理由もないし、その所在地を正確に知っているのはおかしい。だが、軍に所属しているゾイドならば、盗賊団のアジトを壊滅させるという名目で連れていける。
「御名答だ。たまには、息抜きも必要だと言ってきてな」
一体誰のための息抜きだか。今回の件を持ちかけてきた時のハーマンの顔を思い出し、シュバルツは小さく吐息をこぼす。そんな彼の心を読んだのか、アゼルは小さく笑ってみせた。
「いいじゃない。おかげで楽しめたよ」
と、扉がノックされ、ひとりの兵士がやってくる。一礼して入ってきた兵士は、件の少佐から届け物がきたことを告げる。シュバルツとアゼルは、思わず視線を交錯させた。
届け物というのは、少々厚みのある茶封筒であった。シュバルツがそれを受けとり、用件をすませた兵士は去る。二人の青年は何となく黙り込んだ。
「……合同演習に関するものかい?」
ややあってアゼルがそう問えば、彼の友人は困惑顔になる。
「いや、必要な書類等は、すでに揃っているが……?」
いぶかしげな表情で封筒を開け、中に入っていた紙片の一枚に視線を落とす。文字を追っていた翡翠の瞳が、徐々に呆れたような色を帯び始めた。最後まで読み終えたところで、シュバルツは盛大なため息をひとつこぼす。
「……カール?」
コーヒーを一口飲み、アゼルは小首を傾げた。
シュバルツは無言で封筒を逆さまにし、中身をテーブルの上にぶちまけた。間一髪の差で、アゼルはカップを退避させることに成功する。両手にカップを持ったまま、テーブルの上を埋め尽くした書類に視線を走らせる。それは「息抜き計画」の企画書であった。
シュバルツは第二、第三、第四……と、そこまで数えて、馬鹿らしくなってやめる。
「……うわぁ、凄い。秘境から魔境まで揃ってるよ。よく調べたなぁ」
民間協力者の青年の声は、素直すぎるほどの感歎を含んでいる。両手が自由ならば、拍手のひとつでも、いまこの場にはいない共和国軍少佐に贈っていたかもしれない。
「あの暇人め……!!」
頭痛でも覚えたのか、帝国軍の若き大佐は額に手をあてた。
――ガーディアン・フォースあてに、第二の「騒動からの招待状」が届くのも、どうやらそう遠くない日のことらしい……。
――Fin――
<おまけのあとがき>
・本編の裏話のようなものでしたが、いかがだったでしょうか? とはいえ、招待状の差し出し人の見当は初めからついていたかもしれませんね。風見野のオリキャラ・アゼルとシュバルツ大佐しか登場していないお話で、少々申し訳ありませんが、後編ともどもお受けとり下さると嬉しいです。
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
2003.8.16 風見野 里久