騒動からの招待状 <前編>





 それは、ある一通の手紙から始まった。その手紙というのは、共和国内の基地に駐留している、ガーディアン・フォースあてに届けられたものである。受け取ったのは、バンであったが、あて名には「ガーディアン・フォース御一行様」と書かれていた。
 指先が封筒の表面をなぞったところで止まった。あて名に書かれているのは、バンの名ではない。自分ひとりで読むべきものではない。そう思ったのだ。バンは仲間たちを集めることにした。
 一室に集まった「御一行様」は、それぞれの表情を見かわす。どの顔も困惑と不審に満ちている。誰も全く心当たりのない手紙であったから、当然といえば、当然だ。
「それで、バン、差出人は?」
 黒髪の少年の手の中にある、飾り気のない封筒を見ながら、フィーネが問うた。
 バンは封筒を裏返してみる。が、差出人の名があるべき部分には、何も書かれていない。
「何にも書いてないぜ」
「一体誰が……?」
 トーマが小首を傾げ、隣にいる民間協力者である青年を見やった。翡翠の双眸を受けて、アゼルは困惑の色を瞳にたたえる。
「さぁ……誰だろうね。その手紙を持ってきてくれた人も、今朝起きてみたら、どこからか届けられていた、って言っていたからね」
 言葉を紡いでいくうちに、アゼルは何やら考える様子になっていく。
「とにかくさ、開けてみなよ」
 と、これはムンベイである。
 ひとつ頷き、バンは封筒を開けた。中には一枚の紙片が入っているだけだ。皆の意識と視線が、それに奪われる。
 真っ先に口を開いたのは、アーバインであった。
「地図……みたいだな」
 彼の言葉どおり、紙片に記されているのは、何かの地図のようだ。
「×印がついているけれど、ここにこい、ってことかな?」
 バンが誰にとでもなく呟き、首を傾げてみせた。それに応じたのは、思案の海から浮上してきたアゼルだ。
「たぶん、そうだろうね。どうする? 行ってみるかい?」
 言葉の後半は、バン、トーマ、フィーネ、そしてジークに向けられていた。四人は互いの顔を見合わせた。民間協力者であるアゼルたちは、当然制限などなく、誰かにいちいち許可を求める必要もない。自分たちの意志で自由に行動できる。だが、正式なガーディアンである彼らはどうだろうか。
 バンは黒い瞳にいたずらっぽいものと、冒険心を宿らせる。
「なあ、トーマ、いまは特に任務はなかったよな?」
「ああ」と応じるトーマの声に、笑みが含まれる。黒髪の友人の言わんとすることを、理解したようだ。さらに彼はこうも言ったものだ。
「ついでに言うと、待機命令もでていないぞ。連絡先さえはっきりさせていれば、自由行動もできるだろうな」
 そうそう、とばかりにジークが鳴声を上げる。
「それじゃあ、決まりだな」
 賞金稼ぎの青年の言葉に、一同は首を縦に振った。


 本来ならば、青い空の下に計五体のゾイドが勢揃いするのだが、実際のところ、ゾイドはコマンドウルフとグスタフの二体しかいない。ガーディアン・フォースの誇る、ブレードライガー、ディバイソン、そしてライトニングサイクスは、現在調整中で動かせないのである。そのかわり、とでもいうように、基地から借りた一台のジープが、グスタフの隣に停車している。
「あーあ、ついてないよなぁ……こんな時に調整中なんてさ」
 ジープの助手席にいるバンが、冒険日和な青空を見上げてぼやいた。彼としては、ブレードライガーを思いっきり走らせたかったに違いない。が、それは後部座席にいるトーマやアーバインも同様で、こちらも少々面白くなさそうな顔だ。
「仕方ねぇだろ、バン。俺だって、相棒に乗って走りたかったぜ」
 アーバインは運転席の背もたれに両足をのせたまま、頭の後ろで両手を組んだ。と、そこで何かに気づいた表情になる。
「ところで、このジープは誰が運転するんだ?」
 そういえば、とばかりに、バンとトーマは互いの顔を見合わせた。コマンドウルフにはアゼルが、グスタフにはムンベイがそれぞれ搭乗する。ジークは自分の足で移動するか、グスタフの上へ乗るとすると、残った者はひとりしかいない。
 まさか、と三人が顔色を変えかけた時である。最後のひとりが運転席に乗り込んだ。
「ごめんなさい、待たせて」
 柔らかな金髪が風に揺れる。
「フィ、フィーネ!?」
 声を上げたのはバンで、残る二人は中途半端に口を開けたまま、固まっている。
 フィーネはゾイドの操縦はできるが、車の運転はどうであっただろうか。三人は必死に記憶をたどるが、少女が運転している姿を思い出すことができない。ここからが重要だ。ただ思い出すことができないのか、それとも――。
 恐る恐るといった様子で、トーマが問いかける。
「あ、あの、フィーネさん、失礼ですが、運転の経験は……?」
「勿論、ありません」
「だから一度やってみたかったんです」と、天使のような微笑みを、少女は口元に浮かべる。先ほど変わりかけていた三人の顔色が、完全に変わった。さあっと音をたてても不思議ではないくらい青ざめる。
「じゃあな、バン、トーマ。俺は、アゼルかムンベイのところへ行くぜ」
 さわやかにそう告げると、アーバインはジープから降りようとする。が、それを黙って見送るような少年たちではなかった。
 助手席から上半身を乗り出すようにして、バンはアーバインの左腕を掴んだ。
「逃げんのか、アーバイン!!」
「は、放せ、バン!」
 すかさずトーマが、賞金稼ぎの青年の右腕を両手で掴んだ。
「そうはいくか、ずるいぞ!」
「やめろ! 放せ! 俺は降りる!」
 この時、彼らの思考回路の一部は、悲しいかな麻痺していた。
「何であの時、誰かが運転をかわる、っていう方法を思いつかなかったんだろうな」
 と、後日になって、三人はしきりに首を傾げたという。
「放、せ! 俺は、降りる、と、言ったら、降りるん、だっ!!」
 アーバインの言葉が途中でやたらと区切れるのは、少年たちの腕から抜けだそうと、力を込めているからである。
「何をいまさらっ! こうなれば、一蓮托生!!」
「そうだ! 道連れだっ!!」
 トーマに続いてバンが叫んだ。言葉がどんどん物騒になっているのに、本人たちは気づいていないようだ。
 同乗者たちの叫びをよそに、フィーネは「これがアクセルで、こっちがブレーキだったかしら?」と首を傾げたり、ひとりで頷いたりしている。と、確認がすんだのか、唐突にフィーネはアクセルを踏み込んだ。高らかなエンジン音とともに、ジープが前進した――というのは、錯覚で、ジープは勢いよく後進した。
『うわぁぁっ!?』
 突然のことに、バンたちの口から、思わず悲鳴が上がる。
 がぐん、と音を立てて車体が揺れ、ジープは急停止した。同時に、乗っている者たちの身体も、一瞬浮かび上がった。降りようとしていたアーバインは勿論、それを阻止しようとしていたバンとトーマは、体勢を崩し、身体をどこかしらにぶつける。
「フィーネェッ!!」
 バンの声は、悲鳴と抗議で構成されていた。フロントガラスにぶつけ、赤くなった額を押さえている。そんな彼に向け、少女はちろりとかわいらしく舌をだしてみせた。
「ごめんなさい、ギアがバックになってたみたい。でも、今度は大丈夫よ」
 誰かが次の言葉を発するよりもはやく、フィーネは再びアクセルを踏んだ。不幸なタイヤが悲鳴を上げる。確かに、今度はちゃんと前進した。とんでもない急発進ではあったが。
 砂煙と悲鳴を巻き上げながら、ジープは猛然と走っていった。
 その様子を見ていたムンベイは、グスタフの中で乾いた笑い声をたてていた。バンたちには悪いが、乗らなくてよかった、と心底思う。
「楽しそうだね、バンたち」
 と、明るい声と笑顔で言ってのけたのは、碧水の双眸を持つ青年である。
「……あ、あたしには、恐怖のあまりに悲鳴を上げているように見えるけど……」
 褐色の肌をした民間協力者に同意するように、碧水の狼が低い鳴声を上げた。ムンベイにとっては、ただの鳴声であったが、アゼルには言葉として耳に入ってくる。
『私もそう思う。しかし、あんな運転では、砂山に突っ込むのがおちだろうな』
「フェンリルの勘は、変なところで当たるからなぁ。はやく追いかけた方がよさそうだね。いくぞ、フェンリル! アーク!」 
 コマンドウルフが地を蹴る。グスタフからあまり距離をあけすぎないよう、注意しながら、アゼルは相棒を走らせた。


 民間協力者である青年の言葉は、実は少しだけ当たっている。運転をしている、金色の髪に真紅の双眸を持つ少女は、実に楽しそうにハンドルを動かしていたのだ。砂漠には当然速度制限などないから、ジープは猛スピードで走行している。
 座席に押しつけられる身体を何とか動かして、トーマは運転手に声をかけた。
「あ、あの、フィーネさん、申し訳ありませんが、少しスピードを……」
「わかりました」
 軽く微笑んで少女はさらにスピードを上げる。トーマの背中が、再び座席と衝突した。
「トーマァァッ!! 余計なことを言うなぁぁっ!!」
 風なき風とエンジン音に負けまいと、バンが大声を上げた。大きく開けた口に、巻き上げられた砂が飛び込み、咳き込んでしまう。
「俺だってぇ、こんなつもりじゃなかったぁっ!!」
 やはり大声で答えるトーマの隣で、アーバインが何とも言えない表情で沈黙している。どうも世の中あきらめが肝心、とでも思ったようだ。が、そんな彼でも、黙っているわけにはいかない事態が発生しようとしていた。慌てて上半身を運転席に寄せる。
「おい! フィーネッ!! 砂山だっ!!」
「あ、いけないっ!? ブレーキをかけますっ!!」
 フィーネは力一杯ブレーキを踏んだ、そのつもりで、アクセルを踏んでいた。碧水の狼の予言は、こうして現実のものとなったのである。爆音のような響きとともに、砂山が弾けるのを、遅れてやってきたアゼルとムンベイは目にするのだった。
 砂まみれになって、ようやく停止したジープの側に、フェンリルが到着する。キャノピーが開き、アゼルが軽く身を乗り出した。
「大丈夫かい?」
 頭や服に砂を降り積もらせたまま、フィーネを除く三人は力なく片手を振ってみせる。ひとまず安堵すると、アゼルは後部座席を一瞥した。
「……先着一名様までいいけど……誰か、乗る?」
「おう……」
 短く言うと、アーバインが立ち上がった。もはや止める気力もないのか、バンもトーマも今度は何も言わなかった。
 と、フィーネは砂を払いながら、助手席にいるバンに笑いかける。
「楽しかったね」
「……遊んでたのか、お前は……」
 バンはがくっと頭と肩を落とした。言いたいことは、それこそ山のようにあったが、少女の笑顔の前に、見事に霧散させられていったのであった。



                      ……To be continued.



                                   2002.11.19     風見野 里久