プロローグ



 太陽が眠りにつき、辺りには闇が満ちていた。晴れわたった夜空には、大きな光の塊を砕いてちりばめたかのように星々が輝いている。
 日夜活躍しているガーディアン・フォースも、この夜は久々の休息を楽しんでいた。
 基地に駐留中は、それぞれに部屋があてがわれる。他の部隊などがいて、部屋数が足りない場合は、二人で一部屋とされるが、今回はひとり一部屋であった。ちなみに女性であるフィーネとムンベイは、部屋の数に関わらず、二人で一部屋使うようにしているらしい。
 バンたちが集まっているのは、トーマの部屋であった。そこにはシュバルツの姿もある。偶然居合わせていた彼は、バンたちの「たまには息抜きも必要」という誘いに応じ、調整やらシステムチェツクやらで缶詰気味の、弟の部屋へとやってきたのである。
「あ、これ、ひょっとして、トーマさん?」
 おかれていた写真立てを認め、フィーネが言った。横手から覗き見たムンベイは思わず歓声を上げる。
「え? どれどれ……うわぁー」
「オレにも見せてくれよ!」   
 バンはフィーネから写真立てを受け取ると、皆に見えるよう中央にあるテーブルにおいた。一同の視線が集まる。写真には、まだ四、五歳程度と思われるトーマと、彼を抱き上げている少年が写っている。
「あ、これ! トーマを抱いてるの、シュバルツだろ!」
 バンは若き大佐に黒耀石のような双眸を向ける。シュバルツは軽く笑って頷いた。
「ああ、そうだ。しかし、トーマ、お前もこの写真を持っていたのか」
「お前も」ということは、シュバルツの自室にもあるのだろうか。そんなことをバンは考える。
「当然ですよ、兄さん! 兄さんとの大切な思い出の品じゃないですか!!」
 トーマは力一杯言った。そんな彼に、アーバインは感心したような、呆れたような視線を投げかける。
「お前、臆面もなく、よくそういうこと言えるなぁ」
 賞金稼ぎの青年の言葉と視線を、さらりと受け流し、トーマは何やらシュバルツと会話を弾ませている。いつも厳しい表情の青年将校が、この時はとても穏やかで優しいものを顔に浮かべている。それは写真に写っているものと、何ら変わらない。任務などで顔をあわせた時は、傍で見ていたバンたちが小首を傾げるほど、二人は兄弟らしくない。もっとも、それは兄の方だけであって、弟の方は常にシュバルツを「上官」ではなく、「兄」として見ているようではあったが。
 写真は他にもいくつかあり、それらひとつひとつに、バンたちは感想を述べた。
「シュバルツ大佐もトーマさんもかわいいー!」
 フィーネの言葉に、シュバルツはわずかに照れたように微笑しただけで、無言。トーマの方はというと、こちらは頬どころか、耳まで上気させて笑っている。
 黒髪の少年は写真の中のトーマと、目の前にいる彼を交互に見やりつつ言う。
「しっかし、この頃のトーマって、本当にちっちゃいし、かわいいよなぁ。いまはこんなんだけど――いてっ!? 何すんだよっ!? トーマ!?」
 小突かれた額に手をやって叫ぶバンに、
「お前は一言多い!!」
 こちらも負けじとトーマは叫びかえした。皆から弾けるような笑い声が飛び出す。
「ほとんどシュバルツとトーマの二人だけで写っているな」
 テーブルの上にある写真を見回しながら、アーバインが誰にとでもなく呟いた。他の者たちの視線が、反射的にテーブル上を駆け抜ける。確かに賞金稼ぎの青年の言うとおりである。説明を求めるかのような視線が、兄弟に向けられた。
「トーマはいつも私の後をついてきてね」
 そこで語を区切り、シュバルツは翡翠の双眸に弟を映す。
「一日中私の傍を離れなかったし、私もトーマをひとりにはしなかった。そんなこんなで写真の方も、自然と二人だけのものが多くなってしまったのだ」
「あ、それわかるぜ、オレ! オレも小さい頃は、姉ちゃんとずっと一緒に行動してたもんな」
 故郷にいる姉を懐かしく思いつつバンは言った。今度の休みには、マリアに会いにウィンドコロニーに帰るのもいいかもしれない。
 と、ムンベイが一枚の写真を指差した。
「ねぇ、その人は誰なんだい?」
『え?』
 細い褐色の指先が示す方向へ目をやれば、そこには三人が写っている写真があった。
「抱かれているのがトーマで、抱いているのがシュバルツ。じゃあ、そのシュバルツの肩に手をおいているのは、誰なのさ?」
「変わった目の色をした人ですね」 
 写真を覗き込んだフィーネが軽く首を傾げた。写真の中にいる、見覚えのない少年の双眸の色を少女はいままで見たことがなかった。それ以外にも、何か不思議な感じがするのは、自分の気のせいなのだろうか。
 兄弟の瞳に、懐かしげな色が宿る。シュバルツの手が、その写真立てをとった。
「彼は、私の親友だ……」
「――僕にとっては、もうひとりの兄さんでしたよ」

 『僕は――、よろしくね』

 ――いまでもはっきりと思い出せる、穏やかな、彼特有の笑み……。

 ……二人の目の前に、十数年前の光景が甦っていった――。



               ……To be continued.