ZOIDS〜この空の下のどこかで〜
エピローグ
少しだけ空に近い、なだらかな丘の片隅に、それはあった。そのつもりでこなければ、きっと誰にもみつけられないくらい、ひっそりと。
碧水の双眸を持つ青年は手にしていた、白を基調とした花束を置き、背後にいた親友に場を譲った。シュバルツは軍帽をとり、黙祷を捧げる。
赤みがかかった茶色の髪をそよがせながら、アゼルはどこか遠くを見るように言う。
「…………ロイス・ヴォルフハルト――当時の階級は少尉。生きていれば、バンやトーマと同じくらいの歳だ」
ということは、当時の年齢は一五、六歳ということになるのか。シュバルツは脱いだ軍帽を片手に、小さな墓標を見つめた。
「彼は教会育ちの、戦災孤児だったそうだ。自分と同じ境遇の子供を、ひとりでも減らすことができれば、と思い、軍へと志願――結果は、カールも知ってるとおりさ……」
「……何故、いままで明るみにでなかった」
青年将校が低く呟けば、アゼルはわずかに視線を落とす。
「交信途絶を受け、派遣された調査隊がみつけたのは、戦闘の跡と帝国側のゾイド。共和国側のそれは一体もいない。当時の士気の状態を考えれば、部隊ごと逃亡したと考えるのが当たり前だろう。実際、珍しいことでは、なかったようだからね」
唯一戦場に残されていた共和国側のゾイド、コマンドウルフ・アスールは、旅の青年によって救われ、調査隊がやってきた時には、すでに移動した後だった。「ロイス」の遺体はそこから随分と離れたこの場所に葬られており、調査隊の者たちは彼の死すら知ることはできなかった。
重い吐息がシュバルツの口から洩れる。
「それで……ついこの間まで、『逃亡兵』扱いか」
アーバインたちの話を聴き、ガストラたち元軍人の取り調べを行っていくうちに、徐々に明らかになった三年前の出来事。発覚した当初は、帝国も共和国も一時騒然となったものだ。いまだ濃い影響を残す元元帥のこともそうだが、決して間違ったことをしていないはずの少年兵は、祖国によっていまだ生存者扱い、それも命令なしに軍から離脱した、「逃亡兵」の汚名を着せられていたのだから。
「……汚名は晴れ、いまでは一転して『名誉ある戦死を遂げた軍人』扱い――。軍人である俺が言うのもなんだが、正直言って、すっきりしない。あんな死に方の、どこか名誉だというんだ」
彼が何のために戦い、どれだけのものを護り、どうしてこの世を去ったのか。これまでほとんどの者は知らなかった。そしてこれからも、知ることはないだろう。軍人が戦って死ぬのは、ある意味で当たり前で、戦争では本当にたくさんのものが失われていく。そんな中で、たったひとりを知る機会など、ほとんどありはしない。
苦々しげな表情で吐き捨てるシュバルツに、民間協力者である青年は静かな眼差しを注いだ。
「――確かに、彼は別に、そんな称号が欲しかったわけじゃないだろうな。でも、いま頃はきっと笑っている」
ふと見上げた空は、鮮やかな青に染まっていて。
「俺は、軍人じゃない。だが、戦士ではある。戦士である以上、いつか戦って死ぬことは覚悟している。だから、その『いつか』がくるまでは――」
相棒に、その名に、自分に恥じない生き方を――――。
――だからな、アスール。
思わず持ち上げた翡翠の瞳に、誇らしげに笑う親友の顔が映る。
「彼も、きっと俺と同じさ。自分がいなくなった後の評価なんて、本当にたいした問題じゃなくて、大事なのは自分がどう生きたか、だから」
戦災孤児という、戦時下には決して珍しくない境遇。しかし、決して誰もがなるそれでもない。そんな彼の掌が掴めたものは、それほど多くはなくて。
――そうやって、いつまでも、誇り高く
「あんな最期には、さぞ思うところもあっただろうけれど、彼はきっと笑っている。その掌に掴んだ全てのものに、恥じることなく――誇り高く、生きられたんだから」
――いつまでもずっと、誇り高く、生きていこうな……。
「アゼル、お前、ひょっとして――」
彼を知っているのか。翡翠の瞳をした友人の、声なき問いかけに、アゼルは黙って微笑んだ。彼の思う答えは返さなかったが、ただ、これだけは言った。
「……キミやトーマと別れてから、色々あったんだ。出逢えた人も、たくさんいた」
「……そうか」
短く呟き、そこでふと何かを思い出したように、シュバルツは話題を転じた。
「そういえば、その後の『彼』の足どりは――?」
アゼルは小さく頭を振って応える。あの日、ただひとつの想いをかなえた青き狼と、その相棒を、碧水の瞳をした青年は追いかけなかった。双方ともに手当が必要だと頭ではわかっていたのに、何故か追えなかったのである。
「……一度、逢ってみたいものだな」
三年前、誰に知られることなく去った少年の、その名と生き方を継いだ青年に。
「逢えるさ。いつか、ね」
微笑をかわしあい、二人の青年はゆっくりと丘をおり始める。
一度だけ振り返った墓標で、白い花が風に揺れていた。
事後処理も終わり、ようやく一息つけた基地内で、バンたちは何ともいえない空気を味わっていた。バン、トーマ、フィーネ、ムンベイ、そしてジークは、格納庫の隅に集まり、声をひそめて言葉をかわしあう。
「……やっぱり、ちょっと元気ないよな、アーバイン」
「無理もないだろう。あの後散々捜索したが、結局みつからなかったんだ」
「あんなかたちで、どこかにいっちゃうなんて、思ってもみなかったものね」
「さすがのあいつも、これはちょっとキツかったでしょうねぇ」
あいづちがわりのように、白銀のオーガノイドは、ひょん、と尻尾を振る。
言葉の合間にちらちらと投げた視線の先には、ライトニングサイクスの姿がある。いま話題の中心となっている人物は、調整と称してコクピットに閉じこもっていた。あの日、誰もが戻ってこない『彼ら』を心配する中、漆黒の稲妻の元へとどけられた、短い短いメッセージ――。
『ありがとう』
たった五文字の言葉を最後に、紺の髪の青年とその相棒は姿を消した。
アーバインには、表面上の変化はなかった。それがかえって無理をしているように見えて、バンたちは何だか落ち着かない。
と、そこへ聞こえるはずのない声が、意外なほど近くからする。
「お前ら、何シケた面してんだ?」
『アーバイン!?』
「おわっ!? な、なな、何だぁ……!?」
あまりの勢いに、賞金稼ぎの青年はやや気圧されたように後退った。一体何なのだろうか、この反応は。
黒髪の少年はやや視線を彷徨わせ、乾いた笑声を発する。
「あはは、えっと、ごめん。ア、アーバインこそ、調整中だったんじゃないのか?」
「そんなもん、とっくに終わったぞ。で、そういうお前らは、何を話し合ってたんだ?」
「あ、いや、その――」
自分よりもやや高い位置から降ってくる視線に、バンは忙しく瞳を動かす。まさか先ほどの話を、そのまま彼に伝えるわけにもいかない。
と、助け船は意外なかたちで現れた。ゲートの開閉音とともに、漆黒のセイバータイガーと碧水のコマンドウルフが基地内へと入ってくる。
「バン、兄さんとアゼルさんのお帰りだ! お出迎えにいくぞ!」
「お、おう! じゃあまた後でな、アーバイン!」
わざとらしいトーマの言葉に、やはりわざとらしくバンは応え、そのまま二人は逃げるようにその場から走り去った。あまりに下手な演技に、賞金稼ぎの青年は呼び止める気にもなれない。
「何なんだ、あいつら……」
「――みんな、アーバインのこと、心配してるの」
いたわるような声音に、アーバインは視線をそちらに向ける。優しい光をたたえた真紅の双眸が、気遣うようにこちらを見上げてくる。
「大丈夫……?」
アーバインは笑った。それは、差し出された感情をそのまま受け入れることに慣れていない、どこか不器用な笑い方だった。いつもならここで何か言ってきそうなムンベイも、この時ばかりは何も言わない。ただフィーネと同種の色を、黒曜石を思わせる双瞳にたたえているだけで。
「サンキュ。俺は、大丈夫だ」
数年前によくそうしていたように、やわらかい金の髪を一撫でする。それから視線を格納庫の外へと投げやった。
「――俺だけじゃない、あいつらも。ロイスもアスールも、きっといま頃は、あいつららしく生きているだろうさ」
大地を走る青き狼の姿を彼方に思い浮かべて、アーバインは眩しそうに瞳を細める。
――きっと、また逢おう。この、空の下のどこかで……。
惑星Ziの空は、今日も青く、果てしない。
――Fin――
<あとがき>
・久々に書き終えたゾイド長編、いかがだったでしょうか? 今回は珍しくアーバイン中心のお話となり、バンくんたちの出番があまりありませんでした(実はこれでも増えた方です;) アゼルなんかは、結構おいしいところをもっていっているので、やはり息子は別格と改めて確認してみたり(笑)
さて、こういう終わり方になりましたが、ロイス(青年)の生死は、風見野自身はっきりとは決めていません。どちらともとれる終わり方があっても、いいのではないか、と思い、曖昧にしてみました。今後お話を書いていく中で、何かの拍子にひょっこり顔をみせてくれるかもしれませんし、誰かの口からその名前が出てくるかもしれません。どんなかたちにせよ、彼らはアーバインたちの心にしっかり生きているので、現実でのかたち(生死)は、曖昧でもいいかなぁ、と思います。
また、随分と思わせぶりなことを言っていました、アゼル。彼はロイス(少年)とアスールのことを知っています。それどころか、親友といってもよいくらいの仲でした。ロイス(少年)に、ゾイドの操縦の仕方を教えたのはアゼルという裏設定も、実はあったりします。アゼルは彼の軍への志願を、内心では快く思ってはいませんでしたが、自分に彼の生き方をどうこう言う権利はない、とあえて何も言いませんでした。結果がああだから、そうと知った時は、きっととても後悔したでしょうね。
ロイス(少年)とアスールが出逢ったのは、彼が軍に入隊してから。フェンリルでゾイドの操縦法を覚えた彼は、当然自分の搭乗機にコマンドウルフを選びました。ロイスがやってくるまで、気性の難しさから誰も乗りこなすことができなかったアスールを、彼は見事に御してみせ、そこからエースパイロットの道へ進み始めます。その間に、アスールは彼にとって、大切な家族になっていったわけです。それはアスールも同じで。
五章からお話の合間にあった台詞は、勿論ロイス(少年)のものです。アスールは彼の言葉をちゃんと憶えていて、それをロイス(青年)へと語り継ぎました。アスールが偶然通りかかった青年を信用したのは、彼が自分の相棒とどこか同じ目をしていたから。この青年なら、きっと相棒に危害を加えることはないだろう、と。そして、新たな人生の始まりと、運命を左右する出来事が起こり、その後も色々なことをこえて、今回のお話になるわけです。何だかちょっとした長編になりそうな感じですねぇ(^^;)
とにかく、かなり時間はかかりましたが、無事にお話を書き終えて一安心しました。ゾイドへの気持ちは、全く衰えておりませんので、これからも頑張ってお話を書いていこうと思っています。また新しい長編向けのお話を思いついたので、一休みしがてら構想を練っていこうと思っています。
ではでは、ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
2006.5.22 風見野 里久
