第三章 願う未来
青き狼の現相棒・ロイスが起きあがれるようになったのは、二日後のことである。ガーディアン・フォースの面々は、件の一団に関する情報を集めつつ、入れかわり立ちかわりにロイスを見舞った。おかげで紺の髪の青年は退屈することなく、また新しい仲間たちともすぐにうち解けることができた。
一室に集まった若者たちは簡単な挨拶をすませると、すぐさま本題に入った。
「昨晩、アゼルさんから連絡があった。――奴らは、ここにいる」
トーマの指が、地図上の一点を示した。これまでの被害地域から、さほど離れていない場所にある山脈地帯の麓。赤いペンで丸く囲まれたその場所には、三十年以上前に破棄された軍事基地があるという。
「なるほどね。目撃者や被害者たちの話では、奴らの所有するゾイドは二十体以上。どこに隠しているのかと思っていたけれど……」
ムンベイの言葉を、アーバインが引き継ぐ。
「ああ、基地だったら格納庫のひとつやふたつ、当然あるだろうからな。置き場には苦労しないだろう」
彼らの話を聴くとはなしに聴きながら、ロイスは地図を睨みつける。
――もうすぐ、もうすぐだ……!
自分の命が残り少ないとわかった時から、ずっと逸る気持ちを抑え続けていた。いま焦ってはいけない。残されたものが少ないならばなおのこと、慎重に冷静にならなければ。そう自身に言い聞かせてきた。言い聞かせてきたのに――。
卓上におかれた紺の髪の青年の拳が、小刻みに震えているのを認め、真紅の瞳をした少女は心配そうに彼の横顔を窺う。
「あの、大丈夫ですか? 具合が悪いのなら、無理をしない方が……」
ロイスはようやく我に返ったようにフィーネを見、それからゆっくりと頭を振った。
「すまない、大丈夫だ。ただ、その……感情の高ぶりを抑えられないだけだ。いままでずっと待つことができたのに……おかしな話だな」
苦笑とも自嘲ともつかぬ笑みを刻み、震える拳をもう片方の手でおさえる。
若きガーディアンたちは、無言で視線をあわせた。誰もが危ういものを感じていた。ロイスの身体から発せられる、鬼気迫る雰囲気。それはそのまま、彼に残された時間を意味するような気がしてならない。
内心の不安を押し隠し、バンが明るい声を発する。
「焦るなよ、ロイス。俺たちもいるんだ。お前やアスールの願いは、絶対かなう」
「ああ、そうだな」
紫水晶の双瞳を和ませ、ロイスは深呼吸をする。早鐘を打つ鼓動が、わずかだが鎮まったのがわかる。が、あくまで「わずか」だ。胸の奥では、いまだに不穏な脈動が続いている。それは決して、気持ちが焦っているからでも、感情が高ぶっているからでもないことを、彼は薄々と感じとっていた。
双子の月が夜空で輝き、地上を淡く照らしている。適度な涼気を含んだ風が夜気をそよがせ、世の中で不穏な動きがあることなど、思わず忘れてしまいそうなほど穏やかな夜の情景である。
ゾイドたちの待機している格納庫から、ぼんやりと光が洩れている。ブレードライガーにディバイソン、ライトニングサイクスといった、ガーディアン・フォースの主力ゾイドたちの隣に、青き狼の姿がある。彼の相棒の姿も。
紺の髪の青年の右手が、コンソール上を忙しく走っている。先の戦闘で負傷した箇所は、バンたちの好意によって治療されたが、計器類の細かい調整は操縦者にしかできない。
「おーい、ロイス、少し休憩しねぇか!」
てっきり皆眠っていると思っていたロイスは、突然投げかけられた声に驚いた。コクピットから上体をのりだしてみれば、賞金稼ぎの青年がポットとカップを手に立っているではないか。
「寝てたんじゃないのか?」
「いや、何か眼が冴えちまってよ。一杯どうだ?」
持っていたポットを掲げ、アーバインは薄く笑う。ロイスはありがたく好意を受けることにした。コマンドウルフから降り、手近にあった空き箱に座る。アーバインも適当な空き箱を近くに寄せると、カップにコーヒーを注ぎ始めた。
「アスールの調子はどうだ?」
カップを手渡しながら、アーバインはコマンドウルフを見やる。
「ああ、調整の方も大体終わった。もう大丈夫だろう」
すまない、と短く言い、ロイスはカップに唇をつけた。舌を火傷しないよう気をつけつつ、コーヒーの味と香りを楽しむ。
「なあ、ロイスは、今回の件に片がついたら、どうするつもりなんだ?」
「……さあな。何も考えていない」
「お前……」
ポットを傾ける手がとまる。横顔に視線を感じ、紫水晶の瞳の青年は自身の発言が招いた誤解に気づいた。苦笑めいた笑みをたたえ、首を横に振ってみせる。
「いや、そういう意味じゃない。本当に考えていないだけだ。アスールの願いをかなえてやる、それだけを考えて、いままで生きてきたからな」
コーヒーの芳香が宙に溶けていく。
「……そうだな。終わったら、しばらく何も考えずに、世界を見て回るのもいいかもしれない。多少不穏な動きもあるとはいえ、一応戦争は終わっているからな」
以前は気ままな旅をするのも、かなりの危険を伴っていたが、戦争は終結している。スリーパーゾイドに襲われる危険性も、戦時下に比べれば、格段に減っているはずだ。
「世界を見て回る、か。いいかもしれねぇな」
とめていた手の動きを再開させ、自身のカップにコーヒーを注ぐと、アーバインは口をつけた。少し温くなってきているが、味は悪くない。
「そういうアーバインは? ガーディアンとしての仕事が終わったら、どうするんだ?」
「正式には俺はガーディアンじゃねぇんだが……たぶん、元の生活に戻るだけだろうよ。自由気ままな賞金稼ぎさ」
「自由気ままか……いいな」
「だろ? だからやめられねぇ」
賞金稼ぎの青年は、にやりと唇を笑みのかたちに歪める。
ロイスは天窓から星空を仰ぎ見た。紫水晶の双眸が細められ、いつかの未来に思いをはせたようだった。
「――はやくくるといいな。そんな時代……」
「ああ……」
二人の青年の会話を、待機しているゾイドたちが無言のまま聴いていた。
ゾイドの足で十分程度、正面を除く三方を険しい崖に囲まれて、目的の基地は建っていた。さすがに軍事基地らしく、一見しただけではそこに建物があるとはわからない。見るからに堅固な造りに加え、高い防壁と複数のゾイドの姿。とても三十年以上前に放棄された場所とは思えない。
センサーの類にひっかからないよう、バンたちは離れた場所にある林の中に機獣たちを待たせ、徒歩で基地に近づいた。茂みの中に身を潜め、スコープを使って基地の様子を観察する。
「ガイサックが三体に、レッドホーンが二体……目撃証言をまとめると、奴らの総勢は三十体近くだから、基地の中にいるか、あるいは、どこかを襲いにいっているかだな」
スコープをバンにわたし、トーマは地図をひろげた。もしも連中がどこかを襲いにいっている場合を考え、付近にあるコロニー等のチェックを始める。
スコープを覗きつつ、バンが口を開いた。
「俺たちのことが、抑止力になってくれていれば、いいんだがな」
「そうだな」
地図から目を離さずに、トーマは頷いた。
元軍人の一団を捕まえるため、ガーディアン・フォースが本格的に動き出した。いま迂闊に基地を出て、コロニーを襲撃しにいけば、すぐさま精鋭機獣たちが駆けつけるだろう……と、この一帯にそれとなく流言をふりまいてある。もっとも、ほとんど事実であったが。何にせよ、流言の効果があったのか、バンたちがここにやってきてから、付近のコロニーが襲われたという情報はない。
「ビーク、基地内の熱源反応はどうなっている?」
端末に触れ、離れた場所にいる相棒を呼び出せば、ほとんど間をおかずに電子音が返ってくる。バンたちにはわからない、機械の言葉だ。
「……それで数は? 機種はわかるか?」
わずかな間をおいて、返ってくる電子の声。ほとんど独り言にも聴こえる会話を、バンたちはじっと見守った。やがて翡翠の瞳が、仲間たちに移される。
「ビークがスキャンしてみたところ、基地内の熱源反応は二十体以上。外にいる連中もあわせれば、ほぼ全員が揃っていることになる」
そこで視線が動き、特にロイスを映した。
「詳しい編成はさすがにわからなかったが、ひとつだけ大型ゾイド――アイアンコングの反応を確認した。おそらく、それがリーダーだろう」
すなわち――ロイスとアスールが、捜し求めていた敵。紫水晶の双瞳を煌めかせ、紺の髪の青年は大きく頷いた。自分が倒すべき敵は、アイアンコングだ。その他の相手は、身体のことも考えて、バンたちに任せるしかないだろう。
少しばかり汗で湿り始めた黒髪を撫でつけ、バンが一同の顔を眺めわたす。
「まず俺とトーマで、奴らに奇襲をしかける。出てきたゾイドたちを、アーバインとロイスが各個撃破。フィーネとムンベイは、グスタフで待機し、周辺と基地の動きに警戒してくれ。何か動きがあったら、すぐに連絡を」
大きく頷く仲間たちに、黒髪の少年はふと声に厳しいものを含む。
「俺たちはすでに、戦力で奴らに劣っている。苦しい戦いになるかもしれない。みんな、覚悟はいいか」
何をいまさら、と、アーバインたちは瞳に感情を滲ませた。それにバンも笑顔で応えようとした時、通信機が音高く鳴る。もしや標的連中からの通信か――。
バンは仲間たちに目で頷き、慎重な手つきで通信機をとった。
「――バン・フライハイトだ」
『シュバルツだ。お前たち、一体どこで何をしている……!?』
低い怒声が、緊張に身をかたくしていた一同の耳をかすめる。
「うぇぇっ!? シュバルツッ!?」
「兄さん!?」
何故帝国軍第一装甲師団の師団長から、通信が入るのだろうか。思わぬ事態に、バンたちは敵の基地が目前であることも忘れ、驚愕の叫びを上げた。
静かな怒りを発している背中を見、後方で控えていた青年のひとりが、忍び笑いを洩らした。
「大佐、そんなに怖い声を出しては、彼らがかわいそうですよ」
「これが普通だ」
じろり、と翡翠の瞳が肩ごしに視線を投げ放ってくる。泣く子も黙るような眼差しを、臆することなく受け止めた青年は、軽く肩をすくめて沈黙した。鮮やかな碧水の双眸には、笑みにも似た光がちらついている。
シュバルツは大きく歎息し、先ほどよりは幾分やわらかい声で言う。
「今回の一件、ガーディアン・フォースに、我々第一装甲師団が協力する旨は、以前にも伝えてあっただろう。そして、今日こちらに到着することも、昨夜のうちに連絡済みのはず。いまお前たちはどこにいて、何をしているのか、納得のいく説明をもらおうか」
通信機の向こう側で、バンたちは互いの顔を見あわせていた。そんなことはすっかり忘れていた、とロイスを除く全員の顔に書かれている。いくら特殊部隊とはいえ、その中核を担うのはまだ若い少年少女たちだ。その素顔など、こんなものだろう。
『いま我々は、例の一団のアジトの前にきております』
叱責を覚悟しているのだろう。わずかに緊張した弟の声が、通信機から流れ出る。
やはりそうか。予想どおりの返答に、シュバルツはため息を押し隠した。
「何故そのようなことになった?」
『それは――』
トーマが言いよどめば、通信機の向こう側がざわめく。人声と雑音が混じり、通信機を動かしているのがわかる。次に流れてきたのは、シュバルツたちにとって聴き覚えのない声であった。
『部外者が横から失礼します。自分は、いま彼らと行動をともにさせてもらっている、ロイスという者です』
シュバルツの後ろで、彼の部下たちと民間協力者が動いた。視線をあわせ、頷いたり、首を横に振ったりする。「ロイス」という名を知っているのは、この場ではアゼルただひとりだ。もっとも、どういう経緯から、彼がバンたちと行動をともにしているかまでは、知らないが。
「私は帝国軍第一装甲師団師団長、カール・リヒテン・シュバルツだ。キミは何者で、一体どういう経緯で、ガーディアン・フォースと行動をともにしているのだろうか?」
ロイスは説明した。自分と自分の相棒・アスールのこと。そして、バンやアーバインたちが、自分たちにつきあってくれていること。それらの事情をざっと説明した上で、彼はバンたちを赦すよう懇願した。
『この一件、彼らが悪いのではありません。責任は自分にあります。どうか、寛大なるご処置をお願いいたします』
通信機の向こうで、抗議の声が上がる。ロイスが悪いのではない、とアーバインを中心に猛反発しているようだ。
やれやれ、とばかりに、帝国の若き大佐はかすかに目元を緩める。
「委細了解した。今回のことは、大目に見よう。我々もこれからそちらに急行する。くれぐれも無理はするな。――武運を祈る」
最後の言葉は、紫水晶の瞳を持つ青年と彼の相棒におくられていた。それからいくつかのやりとりの後、一旦通信を終える。
青年将校がひとつ息をつき、背後を顧みる。
「いくのか」
問いかけは、碧水の瞳の民間協力者に向けられていた。アゼルが笑みを含んで頷けば、シュバルツは微笑とも苦笑ともつかぬものを口元に刻む。
「ああいう連中が好きだな、お前は」
「同じゾイドの相棒を持つ者として、共感する部分がありますので」
部下の顔で述べる友人に、シュバルツはひとつ頷いた。
「いいだろう、一足先にいき、バンたちに加勢してやってくれ。我々もすぐに後を追う」
「了解」
短い返事を残し、民間協力者の青年はさっさと部屋を出ていった。それを見送り、若き大佐は三人の副官に視線を投げる。カイン・アーベント、エルリオ・アレス・テネル、ルーナ・シレーナ……皆先の戦争以前からの、気心知れた部下であり、友人たちである。
「カイン、エル、ルーナ、足のはやい連中を中心に、部隊を再編成してくれ。私も、セイバータイガーで出撃する!」
『はっ!』
三人は一斉に敬礼し、足早に部屋を出ていく。心なしか、彼らの顔は笑っているようだった。その理由は、シュバルツにもよくわかっていた。微笑混じりに独語する。
「同じゾイドの相棒を持つ者、か……」
……To be continued.