第一章 青き狼――アスール――
ライトニングサイクスとコマンドウルフは近くのコロニーに立ち寄った。助けられた礼に、と、アーバインが青いコマンドウルフの操縦者に食事を奢ることにしたのである。コロニーの外に互いの相棒を待たせて店に入る。
テーブルにつくと、青き狼の操縦者である青年が先に名乗った。
「俺はロイス。孤児だから本名かどうかはわからんが、一応ロイスと呼ばれている。さっきの青いコマンドウルフは、アスール。俺の相棒だ」
「アーバインだ。相棒は、ライトニングサイクス、っていう」
簡単に名乗ると、アーバインは改めて青年――ロイスを見やった。
年は思っていたとおり、ほぼ同年。紺色の髪に紫水晶のような双眸。背はアーバインよりもわずかに高い。すらりとさえしている身体は、若い獣を思わせる。服装からして、旅のゾイド乗り、といった風情である。
「……ライトニングサイクス、か。初めて見た」
「そ、そうか……」
ライトニングサイクスは、帝国と共和国の科学者たちが、古代ゾイド人の遺産をもとに秘密裏に開発したゾイドだ。それをロイスが見たことがないのは当然である。が、そんなことを口にするわけにもいかず、アーバインは曖昧な笑みを浮かべた。
ロイスはそれ以上、アーバインの相棒については訊こうとはしなかった。ひょっとしたら、賞金稼ぎの青年の様子から追求してはいけない、と思ったのかもしれない。
話題が変わった。今度は、ロイスの相棒についてである。
「アスール、って、言ったよな? お前さんのゾイドは?」
「ああ、そうだ」
「通常のコマンドウルフとは、ちょっとばかし違うな。あれはお前さんが手を加えたのか?」
自分の以前の相棒――コマンドウルフを懐かしく思いつつ、アーバインは問うた。
「やはりわかるか。アスールは元共和国軍のゾイドでな。戦場跡で重傷を負ったあいつをみつけて、何だか放っておけなくてな、必死で介抱した。それからはずっと一緒に行動している」
「似てるぜ……俺とあいつに………」
独語するかのように言うと、アーバインは窓の外へと視線を投げやった。ロイスは賞金稼ぎの青年の顔を無言で見やる。
「サイクスに出逢う前、俺にも、コマンドウルフの相棒がいてな……」
まだバンたちと出逢う前、賞金稼ぎをしつつ、コマンドウルフを駆っていた頃が、随分と昔のことのように思われる。
気性が荒く、自分が別のゾイドに乗ると機嫌を損ねていたものだ。だが、それでも妙に馬が合った、漆黒の狼。
――忘れない。
頼もしく、誇らしく思いながら双眸に映したあの姿を。そして、最期の刻を――。
ロイスは紫の瞳を半ば伏せると、「そうか」と短く呟いた。たったそれだけの言葉に、深い思いが込められているのが、よくわかる。
食事の間は、何でもない話が続き、会話が途絶えることはなかった。ロイスは多弁な方ではないようであったが、アーバインの言葉を無視するような真似はしなかった。
食後のコーヒーが運ばれてくると、アーバインは気になっていたことを口にする。
「なあ、お前の旅には、何か目的があるのか?」
ロイスは静かにコーヒーカップをおく。若々しい顔に、これまでにないほど真剣な表情が浮かぶ。
「――願いを、かなえるためだ」
「願い?」
旅の青年は重々しく頷いた。紫水晶のような双眸に、強い意志の光が宿っている。
ロイスの話は、次のようなものであった。
アスールの以前の相棒であり、主人でもあった軍人は、優秀なゾイド乗りであったという。共和国軍のとある部隊に所属し、帝国軍と果敢に戦っていた。ところが、帝国軍とのある戦闘の際、突然味方が彼らを裏切ったのである。後で知ったことだが、これには帝国軍の元元帥が裏で糸をひいていたらしい。そして、アスールの相棒は戦死。青き狼自身も重傷を負った……。
「……アスールは、前の相棒の仇をとりたがっている。彼の無念を晴らしたい。そう願っている」
「何か、手がかりでもあるのか?」
ロイスはすぐには答えず、コーヒーを一口飲んだ。カップをおくと、わずかに身体をのりだす。発せられた声はひそめられていた。
「最近、世間を騒がせている、軍人くずれの一団のことを知っているか?」
「――!?」
アーバインは口元に運ぼうとしていたカップを、空中で停止させた。たちのぼる湯気を顎に受けながら、双眸を眇める。知っているも何も、彼自身いまその連中を追っている最中だ。とはいえ、正直にそのことを口にするわけにもいかず、口にだしてはこう言った。
「――まさか、そいつらなのか? アスールの相棒の仇、って、いうのは?」
「――そうだ」
賞金稼ぎの青年も身体をのりだすと、声をひそめる。
「連中が何人いるか知っているのか? お前、ひとりで戦う気か?」
「ひとりじゃない。アスールがいる」
旅のゾイド乗りである青年は、ためらいもせずに言い放った。度胸があるのか、それとも単に無謀なのか。自分もよく無茶をする方であるから、アーバインは思わず微笑した。が、すぐにその笑みを消し去り、さらに言う。
「だが、奴らは腐っても元軍人だ。その辺の盗賊なんかとは、格が違う。相棒がいたとしても、死ぬかもしれないぞ」
「構わん」
短すぎる返答を受けて、アーバインは思わず目の前にいる青年の顔を見直した。ロイスの双瞳は澄みきっており、何の迷いもない。
「アスールは、いままで何度も俺のために命をかけてくれた。今度は俺の番だ。それに――」
「……それに?」
アーバインの問いに、青年は「何でもない」と首を横に振ってみせた。その表情からして、これ以上問いつめても何も答えはしないだろう。アーバインは問いただすことを諦め、別の話を持ち出した。
「なあ、その話、俺にも手伝わせてくれねぇか?」
今度はロイスが彼の顔を見直す番である。
「実を言うと、俺も訳あって、奴らを追っている。力になれると思うぜ」
「――いいのか?」
「ああ」
賞金稼ぎの青年が大きく頷いてみせると、ロイスは軽く頭を下げた。
「ありがとう、アーバイン」
「よせよ。目的が一緒だっただけだ」
面と向かって礼を言われた時、素直にそれを受けることができる者と、照れくさいと感じる者がいるが、アーバインは後者の方であった。コーヒーカップを傾けたのは、半ば表情を隠すためである。
妙なことになった、と自分でも思う。偶然とはいえ、ガーディアン・フォースと同じ一団を追っている者に出逢うとは。奇妙な縁だが、この青年につきあってみるとしようか。賞金稼ぎの青年はそう結論をだしていた。
「ロイス……こいつは、絶対に何かを隠してやがる。大切な、何かを――」
胸中で呟きながら、アーバインはコーヒーの最後の一口を喉の奥に運んだ。
二人の青年が、それぞれの相棒を駆ってコロニーを離れること数分。ライトニングサイクスの通信モニターに、先ほど出逢ったばかりの青年の姿が映った。
『アーバイン、気づいているか?』
「その様子じゃ、お前も気づいているみたいだな」
唇の端をつり上げてアーバインは答えた。同種の笑みを、紺の髪の青年も浮かべる。
「数は?」
『そうだな……先ほどの倍、八体というところだろう』
「八体か……お手並み拝見させてもらうぜ、ロイス」
ロイスは言葉では応えず、余裕を含んだ笑みを残してモニターから消えた。
「さてと、食後の運動といくか」
アーバインの独語が大気に溶ける瞬間、まるで示し合わせたように、機獣たちの前方に爆音が弾けた。煙の向こうから、八体のゾイドが姿を現し、行く手を塞ぐ。そのうちの半数は、先ほどの戦闘に参加していたゾイドたちだ。新たに加わったゾイドたちは、というと、モルガ、ステルスバイパー、ヘルキャットにゴドス……。
『なかなか凄い眺めだな』
「ああ、よくもこれだけの種類を集められたもんだ。案外、暇なんだろうな」
『同感だ』
いささか緊張感に欠ける会話を、二人の青年たちはかわす。盗賊たちは、彼らがそんなことを話しているとは、夢にも思っていないだろう。
『貴様ら! さっきはよくもやってくれたな! だが、今度はそうはいかねぇぞ!!』
白いコマンドウルフから、どす黒い憎悪と怒気にまみれた声が発せられる。
アーバインは小馬鹿にしたような視線を、目の前にいる集団に向ける。発せられた声は、その視線にふさわしいものであった。
「ったく、懲りもしねぇで。また踏まれたいのかよ?」
返答はなかった。声にだしては。八体のゾイドたちが、一斉に動き出す。
「くるぜ! ロイス!!」
『ああっ!』
黒い稲妻と青き狼は、同時に地を蹴る。光と轟音の雨の中を、二体の機獣は恐れることなく疾走する。
ライトニングサイクスの前方に、白い狼が飛び出した。賞金稼ぎの青年は、口元を歪める。
「またお前かよ。しつこい奴は、嫌われるぜ!」
コマンドウルフの横をすり抜けざまに、ライトニングサイクスの牙が閃く。首筋を噛み裂かれた機獣は、足下から崩れるように地面に沈んだ。
アスールはヘルキャットに向けて突進した。打ち出されたレーザーを跳躍してかわすと、空中で器用に体勢を整え、ヘルキャットの上に着地する。勢いのついた鋼鉄の身体を支えきれず、ヘルキャットは崩れおちる。その背を蹴って、再び跳躍した青き狼は眼前に迫っていたステルスバイパーを飛び越える。蛇型ゾイドの放った砲弾は、一瞬まで彼のいた場所――不幸にも仲間に直撃した。
「その程度か」
ロイスの口調は、あくまで淡々としていた。嘲るわけでもなければ、勝ち誇るでもない。
ステルスバイパーの背後に着地すると、ロイスはすぐさま相棒の身体を反転させて飛びかかる。首の付け根の辺りに喰らいつき、そのまま大きく身体を回転させた。ステルスバイパーの長大な身体が地面を離れ、放り投げられる。十数メートルもの距離を飛んだそれは、気の毒なモルガに激突した。そのまま二体のゾイドは動かなくなる。
と、アスールの間近で落日色の光が弾ける。煙を裂いて飛び出してきた漆黒の機獣の姿を認め、青年は笑みを浮かべた。
『なかなかやるじゃねぇか! ロイス!』
「お前もな、アーバイン」
二人のゾイド乗りは、互いを賞賛しあうと、次々と残りを撃破していった。行動可能なゾイドがゴドス一体になるまで、十分とかからなかった。
賞金稼ぎの青年の声が飛ぶ。
『ラストだ!』
ロイスがその声に応えようとした、その時――視界が揺れた。
「――っ!?」
目も眩むような激痛が身体に走る。紺の髪の青年は、たまらず身体を折った。青いコマンドウルフが、急停止する。
『――!? ロイス!? どうした!?』
叫んでいるアーバインの声が遠い。苦悶の表情を浮かべながらも、ロイスは震える手で操縦桿を動かそうとした。
「何も……こんな……と…きに……っ!!」
耐えるように噛みしめた唇の間から、絞るように声が滑り出る。
青き狼の異変を感じとったのか、ゴドスの小口径荷電粒子ビーム砲が音を立てる。宙を駆けた光の線はアスールの身体を直撃し、青い機獣が悲鳴を上げて崩れおちる。
『ロイス!? アスールッ!? ――この野郎っ!!』
人の姿をした相棒の怒りに応えるように、ライトニングサイクスが吼えた。瞬く間にゴドスは薙ぎ倒され、大地の上で落雷のような音を立てる。倒れたゾイドには見向きもせずに、アーバインはロイスたちの方へと視線を転じた。アスールは前足を折って地面に伏せたまま、悲しげな声を上げている。
盗賊たちの中に戦闘可能なゾイドがいないことを確認すると、賞金稼ぎの青年は相棒から飛び降りた。アスールの元に駆け寄り、キャノピーを叩く。
「おい、ロイス! 大丈夫か!? 返事をしろ!?」
内部から反応はない。アーバインは舌打ちすると、ロイスの相棒を見やった。
「アスール! ここを開けてくれ!」
青きコマンドウルフは一瞬躊躇ったようだが、小さく鳴声を上げてキャノピーを開け放った。
「ロイスッ!?」
コンソールに伏せるように身体を折った青年の瞳はかたく閉ざされ、若々しい顔が色を失っている。激しく不規則な呼吸が、ただ事ではないことを物語っていた。
「ロイスッ! しっかりしろよっ!? ロイスーッ!!」
晴れた空の下に、アーバインの悲痛な声が響きわたった。
……To be continued.