ZOIDS〜この空の下のどこかで〜
プロローグ
空には大きな白い雲が点在し、風にのってゆっくりと流れていく。そんな空に見下ろされるかたちで歩くゾイドの姿が、地上にはあった。
左右を岩壁に挟まれた道を、漆黒の機獣が歩いている。コクピット内で、賞金稼ぎの青年として知られる彼――アーバインは独語していた。
「ったく、俺はガーディアン・フォースじゃねぇっての!」
誰が聴いてもそれとわかるほど、不機嫌な声である。
「最近世間を騒がせている、軍人くずれの一団を追うのに協力してくれ」
と、「救国の英雄」として知られる少年が、頼んできたのがつい先日のこと。話によると、帝国・共和国の両国を追われた兵士らしき一団が、コロニーや旅人たちを襲っているという。
「お前もそう思うだろ? 相棒? 俺たちはガーディアン・フォースじゃねぇよな?」
ライトニングサイクスからは、実に曖昧な返事が返ってくる。そんなことを自分に訊かれても困る、といったところだろう。が、アーバインは、自分の言葉に相棒が反応してくれたことを喜んだようだ。不機嫌な声と表情を一変させ、微笑する。
「……まぁ、いまさらとやかく言っても仕方ねぇか。これもボランティアと思って、あきらめるか」
と、視界の片隅に、何かがひっかかった。
「ん?」
賞金稼ぎの青年は、鋭くそちらを見やった。右の岩壁の上に、何かがいたような気がしたのだ。
「出てきやがったな」
口元を不敵に歪めると、アーバインは奇襲に備えた。
数瞬の間をおいて、ライトニングサイクスの前方で、爆音とともに土煙が上がった。が、予想どおりの展開だったので、アーバインも彼の相棒も落ち着いたものである。
どこからともなく現れたレブラプター、ガイサック、ヘルディガンナー、そしてコマンドウルフが行く手をふさいだ。
首領格らしいコマンドウルフが、数歩進み出る。
『命がおしかったら、金とゾイドを置いていけ!』
まだ若い、野卑な声だ。
アーバインは眉をひそめて、目の前にいる集団を眺めやった。どうも軍人くずれの一団というよりも、ただの盗賊のように思われたのだ。
「ひとつ訊くぞ! お前らは元軍人か?」
返事はこれまた野卑な嘲笑であった。やはりただの盗賊のようである。
賞金稼ぎの青年は、思わずため息をついた。
「何だ……はずれかよ。紛らわしい。あー、お前ら、怪我しねぇうちに、とっとと帰れ」
漆黒の機獣のコクピット内で、追い払うように片手を振ってみせた。勿論、その動きは、目の前にいる盗賊たちからは見えていない。が、その口調から、あしらわれたと思ったのだろう。コマンドウルフから殺気立った声がした。
『てめぇ! 死にてぇのか!!』
「月並みな台詞ばかり言ってねぇで、とっとと帰れってば」
ライトニングサイクスの相棒であり、主人でもある青年の言葉に、盗賊たちは爆発した。四人のうちの誰かが叫ぶ。
『やっちまえ!』
四種類のゾイドが、黒い稲妻に殺到してくる。
「仕方ねぇなぁ――いくぜ、相棒!!」
アーバインの声に応え、ライトニングサイクスが咆哮した。それとほぼ同時に、漆黒の四肢が動き出す。
『死ねぇっ!』
コマンドウルフの背中に搭載された二連装ビーム砲が、光の塊を撃ちだした。ライトニングサイクスは高々と跳躍すると、右側の岩壁を蹴り、コマンドウルフの斜め上方から襲いかかる。
『う、うわぁぁぁ!?』
先ほどまで嘲りの声を上げていた操縦者の口から、敗北感に満ちたそれがほとばしった。漆黒の機獣の一撃を受け、白い狼は横転する。
一瞬の間をおいて発射されたパルスレーザーが、ライトニングサイクスに飛びつこうとしたヘルディガンナー、ガイサックにそれぞれ命中した。味方を次々とやられて怯むレブラプターに向け、黒い稲妻は地を蹴った。
「ラストだっ!」
アーバインの不敵な声が発せられたのと、彼の相棒の鋭い爪がレブラプターを一撃したのは、ほぼ同時だった。レブラプターは五秒間立ち尽くしていたが、六秒後には、重々しい音とともに地に倒れる。
「あいかわらず、いい腕してるぜ、相棒」
小さく息を吐き出し、賞金稼ぎの青年はゾイドの姿をした相棒を賞賛した。ライトニングサイクスは、得意げな鳴声でそれに応える。
この時、ライトニングサイクスに憎悪の眼差しを向けている者がいた。最初にやられたコマンドウルフの操縦者である。横倒しになったままで、ビーム砲の照準を憎むべきゾイドにあわせる。操縦者は正気を失った両眼をぎらつかせ、唇を狂気に歪めた。
『死ねぇぇっ!!』
「――!?」
アーバインがはっとして声の方へ視線を走らせる。
ビーム砲がまさに轟音をたてそうになった瞬間、白い狼に影がかかる。不審に思った操縦者は頭上を見やった。
「――!?」
彼の目に映ったのは、自分めがけ飛び降りてくる青き狼であった。不幸なコマンドウルフは、色違いの同種によって踏みつけられ、地面に這いつくばる。
「………」
予想外の展開に、アーバインは呆然とした。
青いコマンドウルフは、前足で白いそれを押さえつけたまま、高々と咆哮する。次に発せられた声は、青き狼のものではなく、人のそれであった。
『すまん。いらぬ手出しをしてしまったか』
淡々とした声はまだ若い。賞金稼ぎの青年とさほど年は離れていないように思われる。
「いや、おかげで助かったぜ。礼を言う」
はずれクジはひいたが、そのかわりおもしろそうな奴と出逢えたようだ。そう思い、アーバインは唇の端をつり上げた。
漆黒と青の機獣たちは、互いの姿を興味深げに眺めあっていた。
……To be continued.