プロローグ




 ゾイドや機械には、心が存在するのだろうか。それとも、ゾイドや機械に心は存在しないのだろうか。
 この答えを知る者は……?


 惑星Ziの晴れわたった空の下には、広大な大地があり、遠くには背の高い山々が連なって見える。
 本来ならば、自然界特有の静けさに辺りは包まれているはずだった。が、周囲に満ちているのは、静けさとは無縁のものであった。爆音が大気と大地の双方を鳴動させている。
 立て続けに起こる爆発の中を、機獣たちが恐れる色もなく走り抜けていく。
 蒼き獅子を思わせるゾイド――ブレードライガーを挟むかたちで、右にライトニングサイクスが、左にディバイソンが駆ける。
 ブレードライガーの操縦者は少年とも青年ともいえそうだった。彼――バンの黒い瞳が、前方のいるヘルディガンナーたちの姿を一望した。
「アーバイン! トーマ! 一人二体だっ!!」
「おうっ!」
「了解!」
 ライトニングサイクス、ディバイソンからそれぞれ返事が返ってきた。
「じゃあ、いくぜぇ!!」
 バンの言葉を合図に、三体のゾイドたちは、それぞれ標的と定めた相手へと向かう。
 蒼き獅子の両側にブレードが音をたてて展開した。ブレードが金色の光を放つ。それらは陽光を弾き、さらに輝きを増した。ヘルディガンナーの砲撃を右に左に、と巧みにかわしつつ、バンは愛機を突進させる。
「うおぉぉりゃあああ!」
 金色の軌跡が描かれる。ヘルディガンナーの身体を、ブレードが見事に切り裂いた。ブレードーライガーはそのまま勢いにのってを走り抜けると、砂を巻き上げて方向転換する。間髪入れずに二連装ショックカノンが火を吹き、別のヘルディガンナーに直撃している。
 ライトニングサイクスは、轟音と閃光の雨の中を悠々と駆けていた。
「遅い、遅い」
 操縦者――アーバインの口元に不敵な笑みがひらめく。
 黒い稲妻は、二体のヘルディガンナーをその圧倒的スピードで翻弄すると、
「あばよぉ!」
 的確にパルスレーザーを撃ち込んだ。
 ディバイソンもまた、スピードではブレードライガーたちに劣るものの、激しさでは彼らに匹敵する戦いぶりを披露していた。
 ヘルディガンナーが身体を回転させた。尾についたカッターが、ディバイソンの足元を薙ぐ。が、ディバイソンは鋭い一撃を跳躍してかわした。三連衝撃砲でヘルディガンナーたちを牽制すると、操縦者であるトーマは電子の声を持つもう一人の相棒に向け言う。
「ビークッ! メガロマックス――」
 ディバイソンにとりつけられている十七連突撃砲が輝き出す。
「――ファイアァァァァーッ!!」
 トーマの声に応え、十七ある砲門から一斉にレーザーが放たれた。それは空中で先端を無数に分け、豪雨となってヘルディガンナーたちを叩いた。打ちのめされた二体の身体がたまらず爆発する。
「終わったなぁ、バン」
 声をかけながら、ライトニングサイクスが歩み寄ってくる。
「ああ」
 短く答えると、バンは通信回線を開いた。
「こちらバン、戦闘終了」
 通信モニターに軍服を着た青年が現れた。ととのった顔からは、軍人らしい落ち着いた雰囲気が滲み出ている。帝国軍第一装甲師団・師団長、カール・リヒテン・シュバルツである。
『シュバルツだ。それで、そのヘルディガンナーには、誰か乗っていたか?』
「いえ、誰も乗っていませんでした」
 と、これはトーマである。シュバルツを見る、その翡翠の双眸に、親しみと尊敬の色がたゆたっている。
 トーマの返答に、シュバルツは一瞬思案する表情になった。が、口に出したのは別のことであった。
『そうか。ご苦労だった。三人とも、帰還してくれ』
『了解』
 三人は異口同音に答えると歩き出す。いや、正確に言えば、歩き始めたのはトーマ以外の二人であったが。
 ブレードライガーとライトニングサイクスが歩き出したのにも関わらず、ディバイソンは全く動こうとしない。無論、それはトーマの意志によるものではなかった。
「な、何だ? 何故動かない? ビーク、お前がやっているのか?」
「ビーク」とは、彼が造ったAI(人工知能)の名前である。ビークは素早く戦況を分析し、敵の弱点や効果的な戦術を指示してくれる、トーマにとってはディバイソンと同じくよき相棒だ。
「どうした? 何で黙ってる? マシントラブルか……?」
 トーマの呼びかけに、ビークは反応しない。ひょっとしたらそれは、無言の警告だったのかもしれない。


 ガイロス帝国内にある基地のひとつは、現在ガーディアン・フォースと第一装甲師団の駐留地となっている。そこの司令室にフィーネたちは集まっていた。
「やっぱり、今度のもあの事件が絡んでいるのかしら……?」
 ガーディアン・フォースの一人であるフィーネは、傍に立つ二人に椅子ごと向き直った。長い金色の髪が揺れる。
 彼女の言う「あの事件」とは、最近ガイロス帝国とヘリック共和国の領内でゾイドが突然暴走し、付近の基地やコロニーを襲う、というもののことだ。ガーディアン・フォースと帝国軍第一装甲師団は、協力してこの事件の解決にのりだしている。が、いまだ原因もわかっておらず、バンたちには暴走したゾイドたちを鎮めることしかできていない。
 フィーネの言葉に応えたのは、二人のうちの一人、褐色の肌をした女性だ。彼女は正式なガーディアンではないが、バンたちの友人として、ガーディアン・フォースに協力している。ちなみにアーバインもまた、立場は彼女と同じだ。  
「さあ……でも妙な事件よね。暴走したのはごく一部のゾイドで、機種はバラバラ。しかも何の前触れもない、と、きちゃあねぇ」
「でもムンベイ、暴走したゾイドのほとんどが軍のものだ、って、聴いたけど」
「え? そうなのかい?」
 ムンベイと呼ばれた女性は、隣に立つもう一人に視線を向ける。
 それを受けたシュバルツが頷いた。
「ああ、だからこそ、我々がこうも早く動き出すことができたのだ。もしも、一地域で起こったのであったら、ことが発覚するまでもうしばらく時間がかかっただろう」
「犯人は何考えてんのかしらねぇ、わざわざあたしたちに自分のやっていることを教えるなんて」
 そう言いながら、ムンベイは胸中に不吉な影が忍び寄ってくるのを感じていた。口にこそしないが、シュバルツもムンベイと同じだった。もしかしたら、自分たちはこの事件の首謀者の思惑どおりに動いてしまっているのではないだろうか……。
 と、ムンベイは、モニターを食い入るように見つめているフィーネに気づいた。
「どうしたんだい? フィーネ?」
「何だか、バンたちの様子がおかしいわ」
 フィーネは真紅の双眸に不安げな光を灯す。
「ブレードライガーらをメインモニターに映せ!」
 シュバルツの指示がとぶ。ほどなく中央にあるひときわ大きなモニターに、ブレードライガーたちの姿が映し出された。


 トーマが動こうとしないのに気づいたバンとアーバインは、歩みを止めた。いぶかしげに互いを見やる。
「何やってんだ、トーマ。おいてくぞ!」
 ブレードライガーが身体ごとディバイソンに向き直った。
 次の瞬間、ディバイソンの三連衝撃砲が悪意を剥き出しにした。
 あまりにも意外な攻撃に、ブレードライガーもライトニングサイクスも、かわしきれず被弾する。
「何しやがんだ!? トーマ!?」
「遊んでる時じゃねぇだろうが!?」
「違う! オレじゃない!! ビークたちが勝手に……って……お前たち、まさか――」
 トーマの脳裏に暴走したゾイドたちのことがよぎる。操縦者たちは皆言っていたではないか。何の前触れもなく、突然制御不能になった、と。
「ビーク! 返事をしてくれ!! ディバイソン!!」
 自分の考えを追い払うように、トーマは叫び、操縦桿を動かした。ビークもディバイソンも大切な相棒だ。無差別に基地やコロニーを襲う、ただの破壊兵器になってしまうなんて、トーマは考えたくもなかった。
 が、相棒たちの返答は、そんな彼の想いを裏切るものだった。
 ディバイソンが頭部を激しく振って動き出す。
「ディバイソンが!?」
「何だ!? 何が起こってやがんだ!?」
 予想だにしなかった事態に、バンとアーバインは、数瞬の間、何が起こったのか理解できなかった。
 ディバイソンの動きは、いよいよその激しさを増し、
「うわぁぁぁぁっ!」
 ついには操縦者の身体をコクピットから投げ出した。
「ぐっ!」
 トーマの身体が放物線を描いて地に落ちる。
「トーマ!?」
 バンが思わず叫んだ。
「トーマ!? 大丈夫か!?」
 彼の声が聞こえたのか、トーマはわずかに身動きした。意識はあるようだ。
 バンはひとまず胸を撫で下ろし、ディバイソンへと視線を移す。
「バン、ディバイソンは――」
 トーマの愛機に油断なく視線を注いでいたアーバインが口を開いた。
「ああ、間違いない。さっきのヘルディガンナーと同じだ」
「へっ、洒落になんねぇぜ!」
 二人の口調にはわずかながら緊張を含んでいた。バンとアーバイン、ともに一流のゾイド乗りだが、相手はゾイド三体分の火力を持つディバイソンとビークだ。油断しないにこしたことはないだろう。
 先に動いたのは、ディバイソンだった。頭部の横についている八連ミサイルポッドから一斉にミサイルが発射される。ブレードライガーとライトニングサイクスは、それぞれの方向へと地を蹴った。二秒前まで彼らのいた場所にミサイルが着弾し、爆音とともに土を巻き上げる。


 フィーネたちは声もなくメインモニターを見つめている。他の兵士たちも同様だ。
「こ、こんなことって……!?」
 沈黙を破ったフィーネが、声を震わせて呟いた。
 ムンベイが額に汗して言った。
「トーマのディバイソンまでが暴走するなんてね……あたしも予想してなかったわ」
 シュバルツの方はというと、厳しい表情でモニターの中で繰り広げられている戦いを見ている。バンたちが負けるとは思っていない。しかし、不安がないといえば、嘘になるだろう。勿論、それを表に出すような彼ではなかったが。この時彼は、厳しい表情の下で、ディバイソンの操縦者のことを気にかけていた。先ほどのムンベイとの会話で胸中に忍び寄った影が、より大きく不吉なものとなっていた……。


 ライトニングサイクスの行く手を阻むようにミサイルが着弾する。
「くっ!」
 アーバインは思わず相棒を急停止させた。動きを止めた黒い稲妻の脇腹に、ディバイソンは手痛い一撃を叩き込む。
「ぐぁっ!!」
「アーバイン!?」
 バンは声を上げ、ディバイソンに向けてブレードライガーを走らせた。
「このぉぉぉ!!」
 乗り手の声に応えるかのように、彼の相棒も大気を震わせて咆哮する。
(足を一撃して動きを止めてやる!)

 できる限りディバイソンは傷つけない。

 これがバンの考えだった。
 ディバイソンが十七連突撃砲で大地を撃つ。舞い上がった土煙がその姿を覆い隠し、バンの視界を遮った。
「しまった!?」
 バンは身を乗り出し、ディバイソンの姿を視界のうちに求めた。
 と、どこからともなくアーバインの声が響いた。
「バン! 右だ!」
「――!? うあぁっ!!」
 バンがハッとする間もなく機体を衝撃が襲う。
「バン!? ――ちきしょう! あいつら、オレたちの動きを読んでやがるのか!?」
「ああ、たぶんそうだろう。さすがはビークだ」
「感心してる場合か!」
 バンたちの会話をよそに、ディバイソンの十七連突撃砲が輝き出した。息を凝らして繰り広げられる戦闘を見ていたトーマを、戦慄の氷刃が切り刻んだ。
「バン! アーバイン! 気をつけろ!! メガロマックスだっ!!」


「バンッ!!」
 フィーネは立ち上がると、声まで蒼白にして叫んだ。
 ムンベイがモニターに向かって一歩踏み出す。
「アーバイン!!」


 閃光が青空を切り裂き、恐るべき破壊の雨となって二体のゾイドに降りかかる。
 ブレードライガーとライトニングサイクスはシールドを展開した。直後、凄まじい衝撃がシールドごしに二人を襲った。
『ぅぅぐっ!!』
 ブレードライガーとライトニングサイクスは、どちらからともなく膝を折った。そこへディバイソンがさらに攻撃を加えた。二人のゾイド乗りと二体の機獣が、それぞれ悲鳴を上げる。
「やめろ、ビーク! ディバイソン! もうやめてくれぇぇっ!!」
 爆音の中、トーマは叫んでいた。
 もう見たくなかった。自分の相棒たちが、仲間を攻撃する姿なんて……。
 彼の声が聞こえたのだろうか。ディバイソンはその身体の向きを変えた。元に戻ってくれたのか、という淡い期待がトーマの胸中に生まれる。
「――!?」
 十七連突撃砲の砲身が、トーマに向けられ、彼の期待は打ち砕かれた。

 オレの声は、お前たちにとどかないのか――!!

 トーマの心に冷たい何かが深く深く染み込んでくる。同時に痛みも感じていた。叩きつけられた身体の痛みもそうだが、それよりも、もっと鈍く重い痛みが押し寄せてくる。
「トーマ!? 何やってやがる!? 早く逃げろっ!!」
 という、アーバインの声が聞こえたような気がしたが、定かではない。
 トーマは動けなかった。動かなければならないことは百も承知だ。だが、その考えに反して、彼の足は持ち主のいうことを全くきこうとしない。
「オレは最後までビークたちを信じたかったのかもしれない」
 とは、後日トーマがバンたちに語った言葉である。
 ――耳を乱打する轟音。
 視界を埋め尽くすは、ブレードライガーの蒼い身体。
 自分を呼ぶ数人の声。
 そして――何処かへ走りさるディバイソン……。
 トーマにわかったのは、これぐらいだった。
「………ビーク………」
 わずかに残された意識の欠片を使って、トーマは手を伸ばしたつもりだった。霞む視界の中、彼方へ消えようとしているディバイソンに向け、指先がわずかに上がる。だが、それだけだった。彼の声も手も、そして想いも、とどかなかった。ディバイソンは足を止めることも、振り返ることさえしなかった。
 ――トーマの意識は闇に沈んだ。



                    ……To be continued.