『ゾイドや機械に心はないんですか?』

 幼い少年の問いかけに、相手は一瞬驚いたようだった。

 ――笑われるかな。あるわけないだろう、と。

 が、相手は笑わなかった。少年の頭を優しく撫で、目線が合うように片膝をつく。頭を撫でてくれた手と同じくらい優しい光を宿した双眸が、自分の姿を映す。

『ゾイドや機械のことが好き?』

『はい! 大好きです!』

 大きく頷くと、相手は満足そうに笑う。

『だったら、ゾイドや機械に心があるかないか、その答えは――。覚えておいてほしいことがある。もし将来キミが何かの機械を造るその時は、心ある機械を造っくてほしい。これは僕の勝手なお願いなんだけどね』

 少年は首を横に振った。小さな手の中にある部品をいじりながら笑う。

『勝手なんかじゃありません。心があれば、お友達になれるんでしょう? 僕、機械ともお友達になりたいです!』

 白く細い手が、もう一度自分の頭を優しく撫でてくれた。

『その気持ち、忘れちゃダメだよ、トーマ』





                       エピローグ




 心地よい風が、開け放たれた窓から入ってくる。髪と頬を撫でるそれを感じとったトーマは、ゆっくりと意識を確かなものに変えていった。翡翠の双眸が開かれる。
 初めに視界に飛び込んできたのは、白い天井だった。前にも見たことがある。この間から駐留している基地の医務室のものだ。
 そういえば、ここから抜け出した時も、最初に見たのはこの白い天井だったな。
 そんなことを思いつつ、視線を横に移動させた。と、窓の前に誰か立って、外を眺めている。その背をトーマはよく知っていた。
「……兄さん……」
 トーマは静かに呼びかけた。小さな声であったが、聞こえたのだろう。シュバルツは振り返った。軍帽はかぶっておらず、剥き出しになった頭髪や全身が、窓から差し込む陽光を受けて輝いてみえた。
「気がついたか」
 シュバルツは安堵の吐息を洩らした。ベッドの方へと寄ってくる。
 トーマは起き上がろうと、身体を動かした。すると全身を貫くような激痛が走り抜け、思わず顔をしかめる。
「起きなくていい、寝ていろ」
 シュバルツは少し強い口調で言うと、ベッドの側の椅子に腰を下ろした。
「あの、僕は、一体どうしてここにいるんでしょうか?」 
「何だ、覚えていないのか?」
「はい、レッドホーンが倒れたところまでは、覚えているんですが……」
「あれからすでに三日たっている」
「三日も!?」
 レッドホーンが横転した後、無理がたたり、トーマはディバイソンの中で意識を失った。それをビークが皆に告げ、急ぎこの基地へ運んだという。
「そうだったんですか……すみません、ご迷惑をおかけしました」
 シュバルツは手を伸ばし、弟の髪を撫でてやった。
「迷惑かどうかは、相手が判断するものだ。気にするな。それにしても、無茶をする」
「……すみません」
「まあいいさ。お前の無茶は、別にいまに始まったことではないしな。生きてさえいてくれれば、それでいい」
「兄さん……」
 トーマはどこかくすぐったそうに笑った。その表情は、幼い頃に戻ったようである。
 と、青年将校は何かを思い出したように笑い出す。トーマは不思議そうに兄を見つめた。
「いや、すまない。お前が死んだように眠っているものだから、バンたちが本当に死ぬのではないか、と騒いでいたのを思い出してな」
「勝手に人を殺すな」
 とは言わず、「そんなことがあったんですか」と、トーマも笑ってみせた。そこで表情を改めると、気になっていたことを訊いてみた。
「兄さん、ファルスはどうなりましたか?」
 その問いに、シュバルツはすぐには答えなかった。軍服のポケットから一枚の封筒を取り出す。幸い手は動かすことができたので、トーマはそれを受け取ることができた。ファルスからの手紙であった。

「ゾイドや機械にも心がある……オレはそんなふうに考えたことはなかった。そんなお前だからこそ、AIを造ることができたんだろうな。だがオレは、お前も知ってのとおり、ゾイドや機械に心なんて存在しないし、あっても邪魔なだけだと思っていた。いま思えば、こんなオレが、AIを造ることなんて、初めから無理だったんだ。なのに、オレはAIを造ることに成功したお前に、嫉妬した……。本当に、すまなかった。赦してもらえるとは、思っていない。そう思いながらも、この手紙を書かずにはいられなかった。自分の中に生まれた想いを、誰かに、お前に聴いてほしかったんだ。じゃあな……ありがとう」

 手紙から視線を外すと、トーマはシュバルツに問うた。
「……兄さん、ファルスは、どうなるんでしょうか?」
「結果的には、死者はひとりもだしてはいないからな。極刑ということにはならんだろう」
「そう……ですか。なら、また会えるかもしれませんね」
「……嫌か?」
「そんなことないです。楽しみですよ。あいつが、どう変わっているか、が」
「そうか」とだけ言うと、シュバルツは話を基地に送られてきたメールへと移した。
「――そんなメールが、この基地に?」
「ああ、心当たりはないか?」
「僕じゃないことだけは、確かです」
「では一体、誰が……」

『これは僕の勝手なお願いなんだけどね』

 突然耳の奥に優しい声が響いた。
「――!? まさか……!?」
「心当たりがあるのか?」
「……確証はありません……でも、その人のこと、兄さんもよく知ってますよ」
 シュバルツはピンときたようである。
「まさか、あいつのことか?」
「ええ、たぶん、その人です。今回の件を乗り越えられたのは、その人のおかげでもあります。あの人の言葉が、僕を支えてくれた……」
 トーマは兄に視線を向ける。
「実を言うと、僕も一度、ファルスと同じように考えかけたことがあったんです。ゾイドや機械に心なんて存在しないんじゃないか、って。それで不安になって、思いきって訊いてみたんです。ソイドや機械に心は存在しないんですか、と」
「あいつは、何と言っていた?」
 懐かしそうにシュバルツは問うた。トーマは翡翠の双眸に天井を映し、大きく息を吸って声を発した。
「――その答えはキミの中にあるよ。ゾイドと機械……彼らは残念ながら、自分たちの心のある、なしを証明する手段を持ってはいない。僕たちが彼らをどう見るかによって、彼らは変わってくる。だから、答えはキミの中にあるんだ。もし、キミが心があると考えるならば、ゾイドも機械も、心あるものとして、キミと接してくれるよ……」
 いつの間にか、翡翠の瞳から涙がこぼれだしていた。何故涙がでるのか、トーマ自身にもわからない。わかるのは、いまは泣いてもいいということだけだ。
 シュバルツは必死で嗚咽を堪えている弟の髪を、何度も何度も撫でてやる。
「――いいことを教えてもらったな」
「……っ、はい……っ」
「忘れるなよ、これからも、ずっと……」

『忘れちゃダメだよ』

「……はいっ……!」
 トーマの声が震える。ようやく双眸にシュバルツを映せたものの、ぼやけていて、兄がどんな顔をしているのかもわからない。だが、きっと微笑んでいるのだろう。
「逢いたいな、あいつに。どこでどうしているのやら……」
「そうですね……逢いたいです、僕も」
 窓から入り込んだ風が、兄弟の頬を撫で、髪をそよがせる。
 もしもこの風が、どこにいるとも知れぬあの人の元へと吹いてゆくのなら、いまの自分の想いも持っていってほしい。

 ――あなたに伝えたい。いまの僕の、言葉では言い尽くせない、この想いを……。


 風が駆け抜けていく丘の上で、寝そべっていた相棒が低いうなり声を上げた。
「え? 逢いにいかなくてもいいのか、って? その必要はないよ。いきなり逢いに行く、っていうのも、ちょっと照れくさいしね。それに、時がくれば逢える、そんな気がする」
 さらに相棒が何事か言った。
「あぁ、あのメールのことかい? 彼らのために何かしたかった、それだけのことさ」
 ようやく納得したような声を相棒が上げる。彼に笑いかけ、色彩豊かな草地に投げ出していた上体を起こす。気持ちのいい風が前髪をそよがせた。
「いい風だね。何だか、あの頃を思い出すよ。いまでも傍にいるみたいだ……」
 きっと彼らも、この風を感じているだろう。そんなことを思いながら、相棒を見やる。
「さて、行こうか、フェンリル」

 ……風が空を、大地を駆けていく。それを感じるものたちが何故か穏やかな気持ちになるのは、やはり誰かの心を運んでいるからだろうか――。



                      ――Fin―― 



 <あとがき>

・このお話は、風見野にとっては初のゾイド長編創作でしたので、色々と苦労しました。
初めて書くゾイド戦、惑星Ziという世界、そしてキャラクターたち……彼らの持つものを壊さないように、と気を遣っていたつもりなのですが、中にはイメージを壊された方もいるかもしれません。そういった方、すみませんでした。
真宏様のHPに転載させて頂いた頃のこの物語をご存じの方は、そのあまりの変わり様に驚かれたのではないでしょうか?
書き直していた風見野自身驚いたぐらいですから(^−^;)何で最初からこれが書けないかなぁ、としみじみ思いました。もっと修行しなければなりませんね。ですが、少しでも楽しんで頂けた方がいれば、こちらとしても嬉しい限りです。
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。