――ディバイソン接近中。
この報が偵察部隊よりもたらされたのは、ファルスについて話しあった翌日の、太陽がだいぶ高く昇った頃であった。
ブレードライガー、ライトニングサイクス、そしてシュバルツの駆るセイバータイガーが、ディバイソンを迎え撃つべく出撃した。バンたちは初め「シュバルツまで行くことはない」と、止めた。それに対して、青年将校は特に何かを言ったわけではない。が、彼の翡翠の双眸を見た瞬間、バンもアーバインも何故か止める気が失せてしまったのである。 基地から数キロ離れた場所が、決戦の地となった。
ディバイソンの周囲には、一体どこから連れてきたのか、レブラプターが十体以上はいる。賞金稼ぎの青年がコクピット内で、呆れたような声を上げた。
「おいおい、何なんだ? こいつら、一体どこからきやがった?」
「全部操られているゾイドたちだ。たぶん、ファルスも近くにいるはずだ」
「とは言っても、あの野郎、光学迷彩でも使ってるのか、センサーに反応はねぇぜ。電波の類も入り乱れてて、とても発信源はわからねぇぞ」
「ならば、ひきずりだすまでだ」
モニターに現れたシュバルツの口元に、好戦的な笑みが浮かんでいる。冷静なことで知られている彼にしては、珍しい表情だ。
アーバインもそれに同調するように、唇を笑みのかたちに歪めた。敵対する者が見たら、さぞ小憎らしく思うであろう笑みだ。
「なるほど、いい考えだ。なら、とっととこいつらを何とかしようぜ」
と、そこへ基地から通信が入る。モニターに現れたのは、ムンベイであった。隣にはフィーネの姿もある。
『ちょっと、あんたたち、調子にのってやりすぎるんじゃないわよ』
先ほどのやりとりを聴いていたのだろう。そんなことを言ってきた。
賞金稼ぎの青年は軽く笑う。
「わかってる。ちったぁ、オレたちを信用しろ」
『あんたが一番心配なんだけどねぇ、ま、いいわ。頑張るのよ、三人とも!』
ムンベイが激励すると、隣にいたフィーネが手を振り、通信は切れた。
「よぉし! いくぜ! ジィィークッ!!」
バンの声に応え、ジークは咆哮とともに空を駆け、光となってブレードライガーに舞い降りた。それを合図としたかのように、ディバイソンとレブラプターが動き出す。
バンたちは散開した。三人はまずはレブラプターを叩くつもりでいた。ディバイソンのの動きに注意しつつ、それぞれ目の前にいるレブラプターに挑みかかる。
漆黒の虎のガトリング砲が、数体のレブラプターをその正確な射撃で行動不能にしていく。一体のレブラプターが横手からセイバータイガーに襲いかかった。両手に装備されたハイパークローが閃く。が、必殺の一撃は紙一重でかわされた。
「悪いな」
短く告げると、シュバルツは三連衝撃砲を打ち込んだ。悲鳴を上げてレブラプターが大地に沈み込む。
と、激しい衝撃がセイバータイガーを襲った。
「ぐっ!」
シュバルツの口から苦鳴が洩れる。衝撃がきた方向へ視線をめぐらせると、そこには弟の愛機がいた。軍帽の下で思わず眉をひそめる。
「ディバイソン……」
シュバルツはガトリング砲の照準をディバイソンにあわせた。いまここでガトリング砲を撃てば、ディバイソンを行動不能にすることができるだろう。しかし……。
ディバイソンの身体にあわせられていた照準が、その足元へと移された。ガトリング砲が轟音を上げ、土が舞い上がる。ディバイソンは思わず数歩後退した。その隙を逃さず、セイバータイガーはその場から離脱した。
若き大佐は自嘲めいた笑みを口元にたたえ、小さく独語した。
「甘いな、私も……」
突進してくるレブラプター二体の間を、ライトニングサイクスが高速で走り抜けた。そこですぐさま前足を軸に反転し、パルスレーザーを発射する。風なき風に身体を翻弄されていたレブラプターたちは、背中に思いもしない一撃をそれぞれ受け、つんのめるように倒れ込んだ。
さらに別の二体が、ライトニングサイクスの左右から襲いかかる。背中に装備されたブレードが凶悪なまでに鋭く輝いた。アーバインは不敵に笑う。
「挟み撃ちか。悪くないぜ、並の奴だったらな!」
賞金稼ぎの青年は相棒を跳躍させる。突然目標を見失ったレブラプターたちは、正面衝突する羽目になった。黒い稲妻がその上に降り立ち、すかさず戦闘力を奪う。
蒼き獅子が高々と咆哮する。ブレードの柄の部分に取り付けられているパルスレーザーが、レブラプターのコンバットシステムをフリーズさせていった。
と、コクピット内に警告音が鳴り響いた。それとほぼ同時に、ブレードライガーの身体が吹っ飛ぶ。
「うわぁぁぁっ!?」
吹き飛ばされたブレードライガーは、衝撃で一度跳ね返り、そして左側面から地に叩きつけられた。
「……っ…く……」
朦朧とする意識を必死で手繰り寄せ、バンは顔を上げる。つい先ほどまで自分たちのいた場所に、ディバイソンの姿がある。どうやら体当たりされたらしい。
ディバイソンが軽く身体を動かす。十七連突撃砲が淡く輝き始めた。
――メガロマックスがくる。恐るべき破壊の雨が。
バンは立ち上がろうとしたが、突然蒼き獅子が左脚を折った。コンソールに、脚部に異常が発生したことを告げる表示がでる。さらに先ほどのショックも手伝ってか、ブレードライガーはなかなか立ち上がってくれない。
『バンッ!?』
アーバインとシュバルツが声を上げた。援護したいところだが、レブラプターに邪魔され、二人とも思うように動けない。
「立てっ! ライガー! 立ってくれっ!!」
メガロマックスがまさに放たれようとした瞬間、ディバイソンは突然その動きを止め、頭上を振り仰いだ。反射的にバンたちもディバイソンの視線を追って、頭上を見上げる。
「レドラーッ!?」
思わず叫んだのはバンだった。
レドラーは一度旋回し、ディバイソンとブレードライガーの間に降り立った。キャノピーが開き、中から行方知れずだったトーマが現れる。傷口が開いてしまったのだろう。身体の各所が真紅に染まっている。彼はその場で立ち上がった。
「……もう……やめてくれ、ビーク、ディバイソン……」
ディバイソンは突然の乱入者にどう対処すべきかわからないのか、一歩、二歩と後退していく。
『オレは、ただの機械を造りたくはない』
「……いまのお前たちの姿が、あいつの、ファルスの望んだ姿なんだろうな。あいつは言っていた。『ゾイドも機械も所詮は人間の道具。心なんて存在しないし、あっても邪魔なだけだ』と」
首謀者がファルスだとわかった時、何故か怒りは湧いてこなかった。自分でも不思議なほど冷静に事実を受け入れることができた。ひょっとしたら、ファルスと自分の考えが違うとわかったあの日から、いつかこうなると心のどこかで予想していたのかもしれない。
『ゾイドと同じように、オレたちの相棒とか友人になれるような、そんな心を持った存在を造りたい』
自分たちの信じる道を進むしかないことはわかっていた。別に自分の考えが絶対に正しいとは思っていない。だがそれでも、心というものを否定するファルスが、とても寂しい人だと思わずにはいられなかった。
「お前たちは道具なんかじゃない。心を持った、オレの大事な相棒だ」
ディバイソンが攻撃の姿勢をとる。
「トーマッ!! さがれっ!!」
危険を感じたシュバルツが叫んだ。が、トーマは動こうとしない。真っ直ぐにディバイソンを見、言葉を紡ぐ。
「ビーク、ディバイソン、オレに声に応えてくれ。負けるな――」
十七連突撃砲が再びチャージを開始する。
『僕、機械ともお友達になりたいです!』
『その気持ち、忘れちゃダメだよ、トーマ』
――忘れたくない!!
「ファルスの造った心ない機械なんかに、負けるんじゃないっ!!」
メガロマックスが放たれる。が、それはレドラーの、さらにはブレードライガーの頭上を飛び越え、蒼き獅子の背後に迫っていたレブラプターに命中する。
それを確認したトーマは、半ば呆然とディバイソンを見やった。彼の相棒はレドラーの傍に歩み寄ると、前脚を折り、キャノピーを開く。ディバイソンたちが声なき声で「乗ってくれ」と言っているのは、誰の目にも明らかだった。
「お前たち……!」
トーマは熱くなった目頭を手の甲で拭うと、ここまで運んできてくれたレドラーに軽く礼を言い、ディバイソンに飛び移る。すると懐かしい電子の声が彼を迎えた。
「ビーク……!!」
包帯に包まれた手が、コンソールをそっと撫でる。
『ゾイドや機械に心があるかないか、その答えは――』
目の前に碧水の輝きがよぎった気がした。トーマはまた熱くなってきた目元を指先で拭う。
シュバルツは安心したように微笑すると、残ったレブラプターに向き直った。半瞬遅れてライトニングサイクスがそれに倣う。
「バンッ! いつまで寝てんだ!」
「わかってるよ!!」
ブレードライガーもようやく立ち上がる。
「ビーク、これから入力する電波をたどって、ファルスのいる場所を割り出せ。入り乱れているが、お前にならできるはずだ」
「了解」と電子の声が返ってくる。トーマの指がコンソール上を鮮やかに動く。その結果がでるまでに三十秒とかからなかった。
「そこかぁっ!!」
八連ミサイルポッドから一斉にミサイルが飛び出し、ビークの割り出した地点に着弾した。舞い上がった土の幕を引き裂いて、一体のレッドホーンが姿をみせた。最初にアーバインが言ったように、光学迷彩を使って隠れていたのである。
「久しぶりだな、ファルス。やっと会えた」
トーマの声に悲愴さはなく、淡々としていた。
返ってきた声は焦燥と憎悪で構成されていた。
「トーマ・リヒャルト・シュバルツ……!!」
「おとなしく投降しろ」
「黙れ! このまま終わってたまるか!!」
レッドホーンが猛々しい咆哮を上げ、搭載されていた三連装リニアキャノンが火を噴いた。ディバイソンは軽々とそれらをかわす。
『止められるものなら、止めてみせろ』
「止める、絶対に――」
トーマは意を決したように叫んだ。
「ビーク! メガロマックス――ファイアァァーッ!!」
光が豪雨となってレッドホーンに降りかかった。半瞬の間をおいて、爆発とともに横転する。
最後のレブラプターが地に倒れ込んだのは、この時であった。
……To be continued.
四、心の証明