「おい、シュバルツ、教授に聴いたぜ。お前、AIの感情プログラムをやけに慎重に造ってるらしいな」
 あてがわれている部屋に入ってくるなり、ファルスは言った。トーマは設計図から同級生に視線を移した。
「ああ、そうだが……」
 ファルスの両眼に細く鋭い光がちらつく。トーマは何故かゾッとした。ファルスはそんなトーマに気づいているのか、いないのか、扉の近くの壁に寄りかかる。
「シュバルツ、AIなんていっても、所詮機械だ。そして、その機械を搭載する場所は、ゾイドという兵器の中だぞ」
「………」
「AIは戦闘を有利に導くための道具、兵器だ。それなのに、お前は感情を与えようとしている。カウンセリングでもしてもらうつもりか?」
 トーマは不快感を抑えつつ、なるべく落ち着いた声を発した。
「――オレは、ただの機械を造りたくはない。ゾイドと同じように、オレたちの相棒とか友人になれるような、そんな心を持った存在を造りたい」
「……なるほどな。それが、お前の望む機械たちの姿、というわけか。だがな、ゾイドも機械も所詮は人間の道具。心なんて存在しないし、あっても邪魔なだけだ」
 トーマの翡翠の双眸が眇められる。それに対して、ファルスは荒廃した笑みで応えた。肩をすくめ、扉を開ける。
「……どうやら、この件に関して、オレとお前の意見が一致することはないようだな」
「シュバルツ、お前、いつか後悔するぜ。心なんて、無用の長物だった、ってな」
 視線を投げかけることもなく言い放つと、同級生の姿は扉の向こうに消えた。トーマは暫しの間、黙って扉を見つめる。同じAIを研究する者なのに、どうしてこうも意見が違うのだろうか。
 トーマは翡翠の双眸を机の方に向けた。いや、正確には机の上にある写真立てにだが。幼き日の光景が眼前に甦る。

 ――小さな手の中にある部品をいじりながら、トーマは笑った。

『僕、機械ともお友達になりたいです!』

 ――白く細い手が、自分の頭を優しく撫でてくれる。

『その気持ち、忘れちゃダメだよ、トーマ』

 トーマは無意識のうちに口元をほころばせる。
「――僕は……僕の信じる道を進むしかありませんよね……」


 夜風が頬を撫でていく。少しばかり涼気を含んでいたが、心地よく感じられる風だ。天上に輝く星々を見上げ、トーマは小さく独語した。
「――いつか後悔する、か。でも、オレは一度も後悔したことなんてないぜ、ファルス……」
 翡翠の瞳に、白い包帯に包まれた右手を映す。

『止められるものなら、止めてみせろ』

 脳裏に甦る、かつて同じ道を歩んだ者の言葉……。
「……止めてやるさ。お前も、ディバイソンたちも――」
 少し強めに吹いた風が、どこからか運んできた草を夜空へと舞い上げていった……。



              ……To be continued.
三、追憶の夜