『ゾイドたちの暴走の原因が知りたければ、これまでの戦闘データを再チェックしてみるといい』
……というメールが、バンたちのいる基地に送られてきたのは、真夜中のことであった。それは今朝まで誰にも気づかれることなく、早起きな通信兵によって初めて一同に知らされた。皆驚きを隠せぬ表情である。それもそのはずだ。そのメールは、軍の特別回線を使って、しかもそのパスワードやセキュリティを突破して送り込まれたものなのだから。並の者には到底不可能な芸当だ。
「一体、誰がこんなメールを……?」
眠気がすっかり吹き飛んだバンが、誰にとでもなく呟いた。
「わからん。発信者は不明だそうだ」
寝ぼけ顔などとは無縁の表情で、シュバルツは首を横に振った。そんな彼にアーバインが視線を向ける。
「不明? どういうことだ? これは軍の特別回線を使って送られてきたもんなんだろ?」
「ああ、そのとおりだ」
「だったら、発信源ぐらい、調べられるんじゃないのかい?」
と、これはムンベイである。
シュバルツは肩をすくめてみせた。
「それが、見事に逃げられてしまったそうだ。痕跡も回線への侵入ルートも綺麗に消されてな」
これには、ムンベイだけでなく、アーバインも沈黙した。
「とんでもない奴だな」
と、賞金稼ぎの青年は胸中で呟く。
一同の関心が、メールの発信者からその内容に移った。敵にせよ、味方にせよ、無視できる内容ではなかったのだ。
「これまでの戦闘データを再チェツクしてみるといい、って、書いてあるけれど、もうしたのか?」
バンの問いに、青年将校は、当然だ、とばかりに頷いた。
「すでに終わっている。すると、妙なことがわかった」
『妙なこと?』
バンたちは異口同音に訊き返した。
「ああ、暴走したゾイドの出現地域には、強力な電波のようなものが流れていた。しかもそれは、レアヘルツに酷似しているそうだ」
「レアヘルツに!?」
黒髪の少年は思わず声を上げた。まだ彼が、アーバイン、ムンベイ、フィーネ、そしてジークの五人で旅をしていた頃のことである。レアヘルツを受けたオーガノイドの相棒が、暴走してしまったことがあった。何とか正気に戻ってくれたものの、大変だったのははっきりと覚えている。確かに今回の暴走ゾイドの件と、似ている部分があるように思われた。
「それ以上は、ここにいる者にはわからんようだ」
シュバルツが口を閉ざすと、室内に沈黙がおりる。それぞれの表情の下で、一同は思案をめぐらした。一体何者の仕業なのだろうか。
トーマがいれば、何かわかったかもしれないのに。バンたちは、そう思わずにはいられなかった。機械のことなどに詳しい彼ならば、この謎の怪電波も、すぐに調べてくれただろう。そうすれば、そこから首謀者を割り出すこともできるはずだ。だが、そうは思っても口にする者はいなかった。さすがにシュバルツをはばかったのである。
と、バンが何かを思いついたように手を叩いた。皆の視線が、彼に集中する。何かいい考えでも浮かんだのだろうか。
「こういうのは、その道に詳しい奴に訊くにかぎるぜ」
「訊くのはいいが、バン、あてはあるのか?」
アーバインが問うた。
「一応な。首謀者が絶対にわかる、という保証はないけれど、何もしないよりは、よっぽどいいと思うぜ」
そう言って、バンは唇の端を笑みのかたちにつり上げた。
その日の昼前、バンとフィーネ、そしてジークの姿はクロノス刑務所にあった。服役中のとある人物を訪ねてのことだ。その人物というのは、トリニティゴーストと称していた三人のうちのひとり、ハインツである。
四人はかつて戦った敵同士というよりも、久しぶりに会った友人同士のような口調で、互いに挨拶をかわした。
それが終わると、バンはすぐさま本題にはいった。ゾイドの機能はおろか、AIをも狂わせる、レアヘルツに酷似した電波に心当たりはないか、と。
「レアヘルツに酷似した電波、か……」
「ああ、そういうものを発生させる装置とか何か、心当たりがあったら、教えてほしいんだ。こういうことは、技術者である、あんたたちの方が詳しいだろう?」
ハインツは思案顔になる。数秒間の沈黙の後、ハインツは口を開いた。
「……そういえば、その類のことを研究していた者が、アカデミーにひとりいたな」
バンとフィーネは、真剣な表情で身を乗り出す。二人の背後にいたジークも顔を突きだした。
「誰なんだ? そいつは?」
「名前は、っと、この類のことならば、詳しい者がお前たちの仲間にもいるだろうに……それをどうして、わざわざ私に?」
しかも以前キミを殺そうとした私に、とハインツは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「トーマのことか? こっちにもいろいろ事情があってな。それと、あの時のことはもういい。オレはもう気にしてない。だから、あんたも気にしないでくれ」
「トーマ」という名を口にした時、バンは一瞬表情に苦いものを混ぜた。が、それは本当に一瞬のことで、ハインツには笑って片手を振ってみせる。ハインツは「感謝する」と短く礼を述べると、話を戻した。
「……私がトーマ・リヒャルト・シュバルツのことを言ったのには、少々理由がある。なぜなら、お前たちが追っているであろう人物は、彼に関係がある者だからだ」
「トーマさんに関係が?」
と、これはフィーネである。
ハインツは頷いてみせる。
「そうだ。名前は、ファルス・ソート。彼もまた、AIの研究をしていた者だ」
『――!?』
バン、フィーネ、ジークは思わず互いの顔を見合わせるのであった。
「で、どういう奴なんだ? ファルス・ソート、って、奴は?」
アーバインが真っ先に口を開く。夕方になって戻ってきたバンたちから、ハインツとの会話の内容を聞き終えてのことだ。この場には、バンたちの他に、アーバイン、ムンベイ、シュバルツが集まっている。ここ何日かの顔ぶれだ。
賞金稼ぎの青年の問いには、フィーネが答えた。
「一応トーマさんの同級生だけど、卒業の後も、アカデミーに残っているわ」
ハインツから話を聴くと、バンたちはその足でトーマの母校――ヴァシコヤード・アカデミーを訪ねたのである。聴いた話では、トーマとファルスは同じ研究分野だけに多少の交流もあったそうだ。
「だが、二人はAIに関しての意見がまるで違った。トーマはAIを仲間とか、相棒とか、そういう風に考えていた。でもファルスは、AIは戦闘を有利に導くための道具と見なしていたんだ」
ひとつ息をついて、バンは語を続けた。
「結局、ファルスはAIの開発に――失敗した」
鋭く息を呑む気配が室内に満ちる。シュバルツは翡翠の双眸を眇めた。鋭い視線がさらに鋭さを増し、バンを見つめる。それは無言のうちに続きを促していた。
それを受けてバンは頷く。
「それから彼は、AIの研究から離れていたらしいんだけど、ある日突然別の研究を始めたそうだ。それが――」
「一連の事件の原因となるもの、というわけだな」
若き大佐の言葉に、バンは頷き、フィーネの補足も受けながらファルスの研究内容について話し始めた。
それは次のような話であった。
ファルスは何故か「レアヘルツ」に異常なほどの興味を抱くようになった。そしてAIの研究を辞め、「レアヘルツ」を自身の手で造りだすそれを始めた。が、元々謎の多い「レアヘルツ」を造りだすことは、現段階では無理である。そこで全く同じものは無理でも、せめてそれによく似たものはできないだろうか、と考え始めた。寝食すら惜しんでの研究であったが、その結果がどうなったかは、公式記録にはない。だが、噂では「レアヘルツ」によく似た特殊電波を発生させる装置の開発に、密かに成功したらしかった。
ムンベイが明るい声を上げた。
「そのファルスとかいう奴を、とっとと捕まえちゃいましょうよ。今回の件は十中八九、そいつが首謀者のはずよ」
「それが……ダメなの」
フィーネが長い金髪を揺らして首を横に振った。
「え? 何がダメなのさ? フィーネ?」
「その人、一ヶ月くらい前に失踪しているそうなの」
少女の返答に、ムンベイは沈黙した。参ったね、とばかりにため息をつく。
アーバインは組んでいた腕をほどく。
「でもよ、仮にそのファルスが首謀者だとしてだな、一体奴の目的は何なんだ? 何だってこんなことをする?」
「トーマに対する挑戦さ」
バンはきっぱりと言い放った。シュバルツの表情が微かに動く。アーバインはそれに気づいたが、口に出して言ったのは別のことだ。
「根拠はあるのか?」
バンは彼の問いには答えず、いくつかの書類を差し出した。
「オレたち、ファルスの研究室をみせてもらったんだけど、机の中にこれが入っていたんだ」
賞金稼ぎの青年は、バンの顔と書類を交互に見やると、それらを受け取り視線を落とした。思わず声を上げる。
「こいつは……!?」
アーバインは書類をシュバルツに渡す。彼が受け取ると、その横からムンベイが覗き込んだ。
「ビークについての資料じゃないのさ!? これ!?」
「暴走したゾイドのものもあるな。だが、これだけでは――」
「最後の奴を見てくれ」
バンの言葉に、シュバルツは書類をめくった。いつの間にか、賞金稼ぎの青年がシュバルツの手元を覗き見ている。丁度ムンベイと彼とで、青年将校を挟むかたちだ。
最後の紙片には、このように書かれてあった。
『止められるものなら、止めてみせろ』
三人の表情がそれぞれ動く。この言葉が、誰に対してのものか、皆瞬時に理解する。三人ともファルスがどんな声をしているかなど知らなかったが、この時彼の嘲笑うかのようなそれが聞こえた気がした。
「……確かに、これは挑戦だな」
アーバインが瞳を皮肉っぽく光らせた。
ファルスは否定しているのだ。トーマとビークを――。だからこそディバイソンたちを暴走させ、兵器としての力を見せつけるかのように無差別破壊をやらせているのだ。わざわざ手がかりになりそうな書類を、アカデミーに残したのも、いずれトーマが自分に辿り着くと見越してのことだろう。だが、辿り着いた時には、自分はもういない。悔しがる姿を想像し、影で笑っている……。
「嫌な奴ね」
褐色の肌をした民間協力者は、不快げに顔を歪めた。
「それとね、アカデミーの人たちに調べてもらったんだけど、この人の開発した装置は、狙いを定めた、ある特定のソイドや機械にしか効かないんですって」
「だから、あらかじめ目標としてセットされたゾイドや機械以外には、装置の発する電波は無害なものなんだってさ」
さらにフィーネとバンが装置について説明すると、賞金稼ぎの青年が膝を打った。
「じゃあ、ディバイソンの近くにいたはずのオレのサイクスやライガーがおかしくならなかったのは――」
「そう、奴の狙いは、初めからディバイソンだけだった……って、ことさ」
「では、いままで暴走したゾイドたちは、装置の試運転も兼ねた、ガーディアン・フォースを誘き出すための囮、ということになるな」
シュバルツの言葉に、皆の目が彼に集中した。
アーバインはいまにも舌打ちしそうな表情になる。
「オレたちは、まんまと奴の誘いにのっちまった、って、ことか」
「そうなるな……」
青年将校は、一見無表情だったが、その奥にはあらゆる感情が入り乱れているようであった。
……To be continued.
二、影で動く者たち