「まったく、どこまで追いかけてくるつもりよ!?」
ぴったりと後ろに張りつくように追ってくるウリ坊を横目で見ながら、は叫ばずにはいられなかった。
もはや市場が開かれていた場所の景色は見えない。
とにかく逃げるか避けるしかなかった。
――イノシシは直進するもの。
それはも判っていたし、パッと身をかわしたりと色々試してはみた。
しかしやっかいなことに相手は小さいがゆえに小回りがきいて、中々かわしきれない。
大きなイノシシ一頭の時の方が、まだ避けるチャンスもあった。
何を試そうにも、向こうのスピードが速すぎる。
「頼むから、いい加減にあきらめてよー!!」
逃げる以外、手立て無し。
かと言って人々の多い場所へ出るわけにもいかない、と無意識に働いた思考がかえってウリ坊との競争
時間を伸ばしていく。
時見の少女は、自身の悲しい性を恨む暇すらなかった。
「……私、今どこを走ってるんだろう?」
の息はすでに上がっていた。
周りには生い茂る草木が続いている。
実は彼女も頃合いを見て横に避けてみたり、急に旋回したりと頑張ってはみた。
が、今もどこかを走って逃げているであろう親友と同様、小さくスピードの速いウリ坊相手にはてんで効か
なかったのだ。
でも、完全に追いつかれもしていない、と気づく。
学校の体育はあまり得意ではなかったが、今50M走のタイム取ったらいい線行くかも、なんて考えが頭に
浮かんだりしていた。
「――って、そんな場合じゃないよ〜!」
一人ツッコミをいれる自分は、やはり相当疲れが出てきたんだ、と思った。
「あっ……!?」
妙な余裕すら消え失せる。
空癒の少女の目前に大木が迫った。
その周辺には丈の高い草木がそびえ、そこからもう逃げられない。
「し、しまった、どうしよう…――っ!?」
足が言うことを聞かず、身体中を激しい動悸が打ち鳴らす。
は大木を背後に身を固くし――ウリ坊が目前に迫った、その瞬間。
突然右横から腕を掴まれると同時に、ぐいっと強く引っ張られる。
「きゃぁぁ!?」
足に限界がきそうだった少女は、身体がまるで何かに吸い込まれるように感じた。
引かれるがままに倒れ込んだ先は――。
「泰明さん!?」
顔を上げたの瞳に映ったのは、自分を受け止めてくれた陰陽師の、まじないを施されていない方の
横顔だった。
と、そのすぐ後で――ずごぉん、というすごい音が響く。
「えっ……?」
泰明の腕の中のまま、藍色の双眸で彼の視線を辿ってみると――大木に激突し、意識を失ったウリ坊が
転がっていた。
「あ……あ……――はぁぁ」
は、何を言葉にすればいいか解らなかった。
身体の奥から溜まった息を大きく吐き出す。
「……あの、ありがとうございました、泰明さん」
両手に膝をついて深呼吸をしつつ、ようやく彼に礼を言えた。
そこで初めて、地の玄武の琥珀と翡翠の瞳が向けられる。
「猪は一直線に走るもの。横に避ければよいのだ」
「やったんですよ〜……! でも駄目でした、速すぎて」
息切れ切れながらのの主張に、泰明は「そうか」とだけ言った。
「――あれ……あれ!?」
現在もウリ坊と奮闘中の時見の少女。
走りながら、とあることに気づいた。
いつのまにか辺りの景色が見覚えのあるものになっている。
「嘘っ!? 将軍塚まで来ちゃったの!?」
なるべく人通りの少ないところを、と気を回しているうちにそうなってしまったのだ。
この山の坂道を登り切れば到着してしまう。
「もう信じられない、冗談じゃない! こっちだって限界だってば……!」
と、腹立たしく後ろを見やれば、向こうも相当消耗しているようだ。
ウリ坊の目や荒くなった息で何となく判る。
(これならもう少しで……!)
と思ったのだが、このまま頂上に辿り着けば逆に逃げ場が無くなるかもしれない。
「でも一か八か、やってみないと……!」
いつまで経っても終わらない。
時見の少女は最後の走り込みを始めた。
のスピードが一段と早まったのに気づいたウリ坊は、自分も負けじと張り合う。
射し込む光が多くなってきた。
あと少しで山道を抜けて、丘へ出てしまう――。
「――っ!!」
その刻だった。
急に真横から飛び込んできた声。
走りながら顔を向けると、こちらへ疾走してくる地の青龍が見えた。
「――天真くん!?」
「掴まれ!!」
天真にそれ以上詳しい言葉なんか思いつかなかった。
あっというまにのもとへ駆けつけると、青き龍の宝玉とタトゥーのある腕で彼女を抱き寄せ、力の限りに
飛び上がる。
「わっ……!?」
は訳の解らぬまま、けれども思い切り天真にしがみついた。
太陽の光を遮りながら飛んだ二人の身体。
やがて地の青龍のもう片方の手が、一本の木立の枝を掴む。
「ウリっ!?」
突然ウリ坊の前から、目標が消えた。
それでも最後の追い込みをかけた足は止まらず、とうとう将軍塚の頂上へ達する。
「ウリぃ〜〜〜〜!?」
その小さな四肢はブレーキをかけることもままならず――登ってきた方とは逆の丘へと転がり落ちていった。
――静かな風が揺らす木々の音色と小鳥の囀りが調和する。
未だ木にぶら下がったままの天真との両方から、盛大な溜め息がこぼれた。
「……猪突猛進とは、よく言ったもんだよな」
ウリ坊が転げ落ちていくのを見送った天真が、どこか感慨深げにつぶやく。
は今回、その身をもってそれを実感した。
「ありがとう、天真くん……」
「いいって。とにかく、あいつをまけて何よりだぜ」
天真は枝を掴んでいた手を放し、「よっと」と、を抱えたまま地上へ降りた。
「ケガはなかったか? ?」
片腕に抱えていた少女を放してやりながら訊く。
「うん、おかげさまで」
「ちょっと休んでいくか」
それはもちろんを気遣っての言葉だが、自分もかなり疲労していた天真だった。
「うん、お願い」
安心したら、疲れと痛みが一気に押し寄せてくる。
天真はに手を貸してやりながら丘の頂上まで歩き、そこに腰を下ろした。
――この日の京の天気は、とても恵まれていた。
陽射しはあたたかく、雲は美しく輝き、吹き抜ける風は爽やかに空へ還っていく。
「……どうしてこんなところまで来ちゃったんだろうね?」
紺色の髪に若葉色の双眸を持つ少女が、苦笑しながら隣りの少年に問いかけると、
「……知らねぇよ」
夕陽色の髪をがしがしと掻いて、地の青龍は憮然と答えることしかできなかった。
「大事ないか? 」
ウリ坊がのびた後、地の玄武は改めてに訊ねる。
「はい、だいじょう……っ!?」
大丈夫です、と答えようとした空癒の少女の右足首が、小さな悲鳴を上げた。
「くじいたか?」
琥珀と翡翠の瞳は、その小さな変化も見逃さない。
「え、えっと、あの……!」
「見せろ」
それだけ言うと、陰陽師の青年はひょいとを抱え上げて近くの岩場に座らせる。
「へ? や、泰明さん……?」
が戸惑った一瞬の出来事だった。
彼女の反応など無視するかのように、泰明は何も返事をしない。
その場に片膝をついて、さっさと少女の右足の靴や靴下を取り払い始める。
「ひゃ!? ちょ、ちょっと、泰明さん!?」
「何だ」
やっと返事はしてくれたものの、彼の顔が上げられることもなければ、手が休められることもなかった。
「あ、あの……」
空癒の少女が困惑していることは、さすがの泰明にも判っていた。
「……私に触れられるのは嫌か?」
――『人』ではないから。
ようやく泰明は顔を上げて、の藍の瞳を見た。
「え?」
優しい風の歌が、木々の葉音を鳴らす。
――泰明は、が困惑する理由までは解っていなかった。
「そんなことはないですよ? どうしてですか?」
小首を傾げた彼女の藍色の双眸が、不思議そうに瞬かれる。
「では、何なのだ」
途端に泰明の表情が呆れたように見えた。
「何って、だって……驚いたし、申し訳ないし、恥ずかしいし……」
段々と俯く少女の顔が淡い朱に染まる。
その刻確かに、稀代の陰陽師の愛弟子と言われる青年の頭の中で、無数の疑問符が飛び交った。
「……何がだ?」
完全に理解不能という顔の泰明。
「な、何って、だから……!!」
そんな複雑な胸中を、よりにもよってこの青年に説明するのは至難の業に等しかった。
「もういい。妙なことを気にするな」
「えー?」
『妙なこと』で片づけられてしまった。
泰明はこのままでは埒があかない気がしたので、それ以上突っ込んで訊くのをやめたのだった。
――さらけ出される少女の素足。
見てみると、外側の踝(くるぶし)の周りが仄かに赤みを帯びている。
「あ……少し腫れちゃうかな……」
つぶやきながら、いつくじいたんだろう、とは思った。
「――私がやったのか?」
「えぇっ?」
ふいに投げかけられた声に、またも驚かされる。
が、どうやら、先ほどウリ坊から助けた刻に強引に引っ張ったせいか、という意味での言葉だったようだ。
「あ、いえ、違うと思います! 私、逃げてる間に避けたり旋回したり、色々やってみたから、多分そうしてる
間にやっちゃったんだと……」
正直、いつくじいたのかには判らなかったし、彼のせいだとは微塵も思っていない。
しばし沈黙していた地の玄武は、懐から一枚の白い紙を取り出した。
そして空癒の少女の足の患部に当てて、左手の指先でその上を押さえる。
琥珀と翡翠の瞳を閉じ、右手で小さく短い印を切った。
「……あれ? 何だか……段々冷たくなってきました」
熱を持ち始めていたそこに、ひんやりとした感触が広がっていく。
「これもお師匠の薬の一種だ。鎮痛の作用がある」
そう告げて、泰明はすくっと立ち上がる。
「へぇ……」
は自分の足に張りつけられた紙をそっと撫でながら、「シップみたい」と、密かに思った。
「薬が馴染むまで少々かかる。しばらくそのままでいろ」
「はい。ありがとうございます、泰明さん」
「問題ない」
やはり変わりばえのない表情と声。
それでも少しだけ――ほんの少しだけ、前とは違うかもしれない。
彼の長い鶯色の髪が、柔らかな風に靡く様を見ながら、はなぜかそう感じた。
「あの〜、泰明さん……」
――彼の表情や声の微妙な変化を感じられたのはよかったのだが。
の足の応急処置を終え、早速次の作業に取りかかっている姿に声をかけずにいられなかった。
「その子……どうするつもりなんですか?」
――空癒の少女を追い回し、大木に激突して目を回していたウリ坊である。
未だに意識は戻っておらず、おそらく脳震盪を起こしているかもしれない。
泰明はこのウリ坊に向かって何やら呪文を唱えつつ、素早く印を結んでいた。
明らかに陰陽師の“仕事”をしている後ろ姿。
「やっぱり……調伏しなきゃいけないんですか?」
やたら悲しげに聴こえた声に、泰明は仕方なく振り返った。
「これは怨霊ではない。妖(あやかし)――物の怪の一種だ。ゆえに調伏の必要はないが」
「え? 本当ですか!?」
「しかし、人民に危害を加え、我々に牙を向けてきたのであれば放っておくことは出来ない。陰陽師として、
八葉として、然るべき処置をとらねばならぬ」
「然るべき処置……?」
「妖術を封じ、人里離れた山奥へ送り還す」
と、思ったより深刻な処置ではなかったためか、空癒の少女の表情(かお)が輝いた。
「あの、あの、じゃぁ! その子のケガ、治してあげてもいいですか?」
「…………」
またこの娘は――と思ったものの、何かを考え直したのか、泰明は大木の前に転がっていたウリ坊を抱え、
少女の膝の上におろしてやる。
「……それでお前の気が済むのなら」
「ありがとうございます、泰明さん!」
沈黙したままだった彼に、内心「やっぱり、まずかったかなぁ」と思っていたは、心底安堵した笑顔で
礼を言った。
イノシシの子供であるウリ坊の身体の大きさは、ぐらいの少女でも抱っこできる程度のものだ。
膝に寝かせたウリ坊を優しく抱え直し、大きな瘤(こぶ)を作ってしまったウリ坊の頭に手を添え、少女は
治癒を始めた。
茶色の縞々模様の毛並みはフサフサしていて、こうしていると随分と可愛らしく見えてくる。
「――――……ウリ?」
碧色の光がおさまったのと、ウリ坊が目を覚ましたのはほぼ同時だった。
「あ、気がついた?」
「ウリ!? ここはっ……!?」
途端に慌て始めたウリ坊を、は「大丈夫、落ち着いて」と優しく宥める。
「今、頭のケガは治したんだけど、もう痛みはないかな?」
「ウリ……??」
そう言われてウリ坊はようやく、自分の居る場所や、大木に激突したはずなのに痛みの無い頭に気がついた。
「かたじけないウリ……」
いくら理由があったにせよ、自分たちが働いた所業を思えば――ウリ坊は彼女の優しさに感謝しつつ、
自らの行いを恥じる思いだった。
と、その刻、横から凄まじく冷たい視線を感じ、ハッとしてそちらを見やる。
すると少女の隣りには、物の怪である自分を上回るかのような霊気を漂わせた青年が立っていた。
ザッと青ざめたウリ坊は、急いでの膝から飛び降りる。
「空癒の少女殿、ご恩は忘れないウリ! でもっ、今捕まるわけにもいかぬウリ! またいずれウリーっ!!」
「あっ、ちょっと待って……!!」
ただでさえ小さいウリ坊の姿が、更に小さくなっていく
すぐにでも追いかけたかったが――彼女の今の足では無理だった。
「ご、ごめんなさい、泰明さん! 私のせいであの子を逃がしちゃいました……」
しゅんとしては謝るが、しかし陰陽師の青年の顔は至って平然としている。
「――問題ない」
「え?」
「すでに妖術は封じてある。どこへ行こうと、もう大した悪さは出来ぬ」
その言い方はいかにも、こうなることが判っていたかのような口ぶりだった。
西に向かって京の都を見渡せる丘には、涼しい風が吹いていた。
青く澄み渡る空も、少し近くに感じる。
時と風の作用で汗もひき、呼吸や心拍数も平常を取り戻してきた。
「どうだ、? ちょっとは落ち着いてきたか?」
「うん。天真くんは?」
隣りで両足を投げ出して座っている少年に訊き返す。
先程から気遣ってくれてばかりの彼は、「俺も」とあたたかく応えてくれた。
「風も涼しいし、今日は本当にいい天気だねー……――っ?」
座ったまま伸びをして、煌めく陽射しを掌で遮ってみた刻。
ふいに思い出して、その右手を見つめた。
「……?」
天真は、急に黙ってしまった時見の少女を見やる。
「おい、どうした?」
「え? あ、ごめん、何でもないよ」
が取り繕ったような笑顔で、右手を隠す。
天真はハッとして、思い当たったことに顔色を変えた。
「何でもないことないだろう!? まさか、その手のアザが――」
「ううん、そうじゃないのっ」
なぜ、そんな風に――まるで遮るような声を出したのか、自分でも判らない。
今にもの手を掴みそうだった彼の勢いが止まった。
「あ……っていうかね、ホントは私も、そうかなって思ったんだけど」
時が経つにつれて広がるという刻印が、広がってしまったのかと。
それに呑み込まれてしまう運命が近づいたのかと、思ったけれど。
「でも、違ったみたい。昨日とあんまり変わらないから」
ほらね、と見せられた掌の中心は、確かに目に見える成長を遂げてはいない。
「なら……急にどうしたんだ?」
天真は寿命が縮められたような思いで安堵の息を吐きながら、訊ねた。
「うん……さっきね、あのイノシシと戦ったとき、私、炎と一緒にあのイノシシを取り巻いてた黒い煙みたいな
ものを刻印で吸い込んだの。そしたら何だか……刻印の周りに、黒い染みみたいなものが出てきちゃって」
「黒い染み?」
「うん。皮膚の外から受けた火傷の傷じゃなかったの。それでさっきはもう、ゾッとしたんだけど……でも、
が治してくれたから、もう大丈夫」
そう話しながら、は親友が治癒をしてくれていた光景を思い出す。
――彼女の碧の光と共に淡い光を放ち、ひとひら散った白い花。
「ひょっとしたらが晴明様にもらった、あのお守りのおかげかも。確実にの力になってくれてるんだね」
何とかこれ以上心配をかけたくなくて、殊更に明るい笑顔を浮かべる。
だがそれも甲斐なく、夕陽色の髪を持つ少年の表情は晴れなかった。
本当に大丈夫なのか、とその真摯な瞳が物語っている。
時見の少女は「えーと…」と、必死で話題転換を試みる。
「そういえば、天真くん。どうやってここまで……っていうか、あんな絶妙のタイミングで来てくれたの?」
必死に走って逃げている間、彼が現れる瞬間までまったく気づかなかったから、一応本当に訊いてみたい
ことだった。
――天真は、すぐには応えなかった。
それでも何かを思い直したのか、言葉を紡ぎ出す。
「あの市場から、ずーっと追いかけてたんだよ。でも、後ろからそのまま追いかけてばっかじゃ埒があかな
かったからさ。どっかで先回りしてやろうと思って、もうひたすら走って機会を狙ってたってわけだ」
の心中を察したのか、そう語る口調はどこかおどけていた。
「そ、そうだったんだ。ごめんね、天真くん。私、全然知らないで逃げ回ってた」
「お前が追われてたんだから、そんな余裕がねぇのは当たり前だろ。気にすんなって」
そんなことまで気遣う必要はない、とばかりに笑う声も明るい。
「でも天真くん、すごいね」
「何が?」
「何かもう、全部。それだけ走ってきてくれて、私を抱えてあんなに高くジャンプもしてたし」
「いや、まぁ、夢中だったからな」
大したことねぇよ、と笑ってみせる天真に、は首を横に振った。
「ううん、やっぱりすごい。それに、カッコよかったよ」
「えっ……」
さらりと自然に言われたその言葉に、天真が双眸を見開いて固まる。
「――え?」
も若葉色の瞳を大きく見開いて、二度ほど瞬く。
さっきみたいに謙遜したり、「おだてたって何も出ねぇぞ」ぐらいの明るい反応が返ってくるものだと思って
いたから。
しかしそんな風に黙られてしまったら――仄かに紅くなった顔を見せられたら、こっちまで何だか気恥ずかしく
なってしまう。
「あ、あと、私ひとりだけだったら、一緒に転げ落ちてたかもしれないし! だから、本当にありがとね、天真くん!」
「い、いや、だから気にすんなって!」
お互いにわたわたと焦ってまくし立てていた。
(あれ、あれ? 何で天真くん、どうしたのー??)
胸中で混乱するも、そして天真も、照れくささのあまり顔を背けていた。
(やべぇ……)
片手で口元を覆うようにしながら、彼も胸中で独りごつ。
不意をつかれて、あまりに露骨な反応をしてしまった。
どうやら昨日の一件で――あの、神楽岡の藤の下で過ごした『時』から。
自分でも知らないうちに、心の中で彼女の存在が大きくなっているらしい。
「じゃ、じゃぁ、そろそろ帰るか? 早く帰らねぇと、みんな心配するだろうし」
「そ、そうだね! それにあの後、とあかねちゃんがどうなったかも気になるし」
「お、おう、そうだな」
互いに口調も焦っていれば、必要以上に頷き合ったりしている。
せっかく休まった身体なのに、ふたりともやけに足早く、将軍塚を降りていくのだった。
