――はどことなく不安そうな顔をしていた。

 泰明に言われた通り勾玉の在る場所とは『逆方向』へ向かって歩いているのだが、どこまで行けばいいのか。

 そして何のためにそんなことをするのか、理由も判らなかったからだ。

「――この辺りでいい、

 と、突然、そんな空癒の少女に向かって泰明の声がした。

「え…?」

 や朱雀の少年達が振り返ると、天地の玄武はすでに進行方向の逆を向いて立っていて――。

「出て来い、鬼。あとをつけて来ているのは判っている」

 地の玄武――泰明は低い声で言い放った。

「えぇ!?」

 と天地の朱雀が驚いて玄武の二人が見定める方へ視線を送ると――。

「……へぇ、気づいてたのかい、さすが八葉なだけはあるね」

 妖艶な声で言い、鬼の女性・シリンが姿を現した。

「…オレ、知らなかった」

 立ちはだかる天地の玄武の後ろでイノリが呟くと「僕も」、「私も…」と続けて呟く詩紋と

(あ…だから、泰明さん――)

 は何故「逆方向へ行け」と言われたかを理解し、それを言った陰陽師の背を見つめた。

「で、勾玉はどこに在るんだい? 今度こそもらいうけに来たよ」

「鬼などに渡しはしません…!」

「勾玉を入手する前に、先ずはお前から片づける」

 シリンの言葉など聞き入れず、天地の玄武は凛々しく身構える。

「フン、相変わらず生意気だね! ――ん? お前が空癒の力を持つ者かい?」

 ふとシリンは前に逢った時見の少女とは違う少女が目に入り、訊く。

「は、はぁ…」

 訳の解らない状態だが、取りあえずは頷くと、

「これはまた、随分と弱そうな小娘だねぇ」

 シリンは嘲るようにを見返した。

 その言葉がぐさっ、と心に突き刺さったは「うぅ…」と表情を翳らせて俯く。

「何という酷いことを言うのです…!!」

「そうだよ、さんは弱くないよ!」

 心優しき天の玄武と地の朱雀はをかばうようにして言った。

 すると天の朱雀もその横に並び――。

「お前だって大して強くもねぇだろ! 鬼のおばさん! 単にどぎついだけじゃん!」

 をかばうどころか挑発に進化した言葉を叩きつけた。

「なっ、何だって!?」

 シリンの眉がキッとつり上がり、と永泉、詩紋の背筋が凍りつく。

「イノリ、お前の言葉は正論と言える。だが今言うのは得策ではない」

 更に最後の止めを地の玄武が淡々と語った。

「人のこと言えるかよ! いつも『事実は事実だ』って、そいつを目の前にして言ってるのは泰明だろぉ?」

 などとイノリが言い返す中、シリンは両手の拳を激しく震えさせる。

「よくもバカにしてくれたね! この礼はたっぷりとしてやるよ! 出でよっ! 怨霊・小鬼っ!!」

 そして溺愛する鬼の首領から預かってきた怨霊を解き放つ――!

「へっ、小鬼だって大したことねぇじゃん! すぐにぶっ倒してやる!!」

 身長は人間とほぼ変わらず、活動気力も少な目な怨霊だと知るイノリはやる気満々な笑みを見せる。

「フフッ…! いつもと同じ小鬼だと思ったら大間違いだよ」

「何を出任せ言ってやがる! 行くぞ!」

 シリンの言葉を出任せと決めつけたイノリは仲間に声をかけた。

 詩紋や永泉、が返事を返し、泰明も首飾りを構えた、その刻。

 小鬼の角の横から伸びる二本の触手が皆を襲う…!

「うわっ、危ねぇ!」

「なっ、何!?」

 イノリと詩紋は何とか身をかわし、行き場の無い触手は地面を強く打ちつけた。

「触手が…! 小鬼にこんな技など使えたでしょうか…!?」

 今まで見たことないそれを見て永泉が言う。

「――小鬼の力が以前より増している」

 泰明は琥珀と翡翠の瞳で怨霊を見据え、冷静に答えた。

「その通り、小鬼は新たな技が使えるよう、お館様から力を頂いたのさ。さぁ怨霊・小鬼よ! やっておしまい!」

 シリンは高らかに笑い、空癒の少女を――指した。

 小鬼の触手がに伸びる――!

「えっ…きゃぁっ!!」

 俊速の速さで伸びたそれは空癒の少女の身体を捕らえた。

っ!」

さん!」

 天地の朱雀が空癒の少女の名を叫ぶ。

 永泉も「殿…!」と零し、泰明は微かに顔をしかめた。

「お前達こそ、大したことないじゃないか! こんなにあっさり捕まえられるなんてさ」

「くそぉっ、を放せっ!」

「お前の言うことなんか聞いてやる義理は無いね」

 悔しげに叫ぶイノリを、シリンは冷めた目であっさりと突き放した。

「さ、空癒の小娘。勾玉の在処をお言いよ。そしたら放してやろうじゃないか」

「え…!?」

「言わなきゃ更に苦しむことになるよ?」

 シリンが唇の端を上げる――するとの身体を縛る触手が力を増す…!

「あっ…うっ…!」

 身体を締めつけられていくは表情を苦痛に歪める。

殿!」

「シリン、もうやめてよ!!」

「うるさいね! 小鬼っ、奴らへの攻撃を続けな!」

 苦しげなを見た永泉と詩紋が叫ぶと、シリンは小鬼に命じた。

 小鬼はもう一方の触手を振り回し、八葉に攻撃を仕掛けていく。

「ほら、苦しいだろう? 意地を張らずにさっさと言っておしまい!」

 弱者をいたぶるが如くシリンはに言う。

 が、は藍色の双眸をゆっくりと開くと…。

「……ま……負けない…!」

 きっ、とシリンに強い視線を向けた。

「あなたなんかに…負けない…負けられない…! 怨霊を倒して、勾玉を手に入れて……鬼の人達の――アクラムの居場所を教えてもらうんだから…!」

 その刻、の脳裏には、黒き刻印を掌に刻まれた親友の姿が浮かんでいた。

 一瞬の間を置いて、シリンは高らかな笑い声を上げる。

「お前、今自分が置かれている立場を解って言ってるのかい? 八葉はあの通り。誰も助けちゃくれないんだよ! さぁ、解ったらさっさと白状しな!」

 ぎゅうっと触手に力が入り、は目頭が熱くなるのを感じた。

 どうすればいい――そう思った刻。

 瞳を見開くと、地の玄武が――泰明が真っ直ぐにこちらを見据えていて。

「……確かこの森の奥だったな、

 低い声と冷めた瞳で言った。

「この森の奥? 本当かい!?」

 シリンはしめたとばかりに顔を驚喜させ、に真偽を確かめる。


『ならば逆方向を目指して歩け――』


 ――の中で先刻の泰明の言葉と表情が思い出される。

「……はい。この森の奥の……大きな樹の…洞の、中…」

 少し俯きながら観念したように言葉を紡いだ。

 シリンが再び驚喜に満ちた刻。

 ザッ、と黄金色の気が飛び、を捕らえている小鬼の触手を断ち斬る。

「なっ…!?」

 シリンがそれに驚いた刻、解放されたの身体は泰明の片腕に抱えられ、地との衝突を免れた。

「フン…まぁいいさ、勾玉の在処が判ればお前に用は無い! 小鬼! お前はここでこいつらを足止めするんだよ!」

 シリンは小鬼にそう言いつけると、森の奥へ颯爽と姿を眩ます。

「――、よくやった」

 未だ震えが止まらないに泰明は静かに言った。

「…泰明さん…」

 泰明の腕にぎゅっと掴まっていたは、安堵していくようにその力を解いていく。

さん、大丈夫!?」

「お怪我は…!?」

 駆け寄ってくる詩紋と永泉には「うん、大丈夫だよ」と何とか立ち上がった。

「うわぁッ!!」

 と、突然イノリの叫びが上がり、その身が地面に滑り込んだ。

「イノリくん!?」

 小鬼が仕掛けた触手から皆を守るために弾き飛ばされたらしい。

 相方の名を叫んだ詩紋や達が急いで駆け寄る。

「あの触手を何とかしないことには…! 殿、お力を!」

「はい!」

 永泉の言葉に、は返事を返し双眸を閉じる。

 身の内に宿る五行の力を送り出す――!

『彼のものをとらえよ、雨縛気!』

 永泉の数珠とそれを握る左掌に埋まる宝珠が輝き、水の気が触手ごと小鬼を縛った。

さん! 僕にも力を!」

 詩紋にも「うん!」と答え、は五行の力を送る…!

『大地よ目覚めろ! 地来撃!』

 詩紋の声に導かれて落ちてきた岩石が小鬼に降り掛かり――岩石と一緒に小鬼は崩れるが如く消滅した――。

 ふぅ…とその場にいる殆どの者から吐息が零れる。

「あっ、イノリくん、大丈夫!? 怪我しなかった?」

 先程小鬼の触手に攻撃されたイノリには慌てて尋ねた。

「いや、ただ吹っ飛ばされただけだから怪我はしてねぇよ…って、それより勾玉のありかを教えちまって! そっちの方がやばいんじゃねぇのか!?」

 ハッと思い出したイノリ、更には詩紋も「そうだよ!」と言う――が。

「あ……あれ…嘘」

 少し気まずいような顔をしては答えた。

『うっ、嘘ぉ!?』

 天地の朱雀の少年声が重なる。

「うん……この森には無いの、勾玉。吉祥院天満宮を挟んだ反対側の森に在るの」

「なっ…何だよそれ〜!?」

 がっくりと脱力状態になるイノリ。

「じゃぁ、初めからシリンをこっちに誘き出すために…?」

 そんなイノリを横目に詩紋が尋ねると、

「うん…って、泰明さんが…。泰明さんと永泉さんはあのシリンがあとをつけて来てることに気づいていたんですよね?」

 は天地の玄武に問う。

「そうだ」

「は、はい…あの、申し訳ありませんでした」

 それにあっさり答える泰明と、ちゃんと話さなかったことを詫びる永泉。

「……ま、あのおばさんは、なぁんにもねぇ所を探し回る羽目になったってことか」

 服を軽く払って立ち上がるイノリに「う、うん…」とが答えると、

「それはそれでいい気味だぜ! じゃ、本当に勾玉が在る場所へ行こうぜ!」

 思い切り気を取り直したイノリを先頭に、皆は吉祥院天満宮を越えた向こうへ…。

 真に勾玉の眠る場所へと向かった――。





 ――将軍塚に激しい轟音が響く。

 ランの呼び出した怨霊・一角鬼は、その名の通り一本の角を生やした鬼の姿をしており――手中には大きな剣が持たれていた。

 一角鬼が剣を振るう度にそこから衝撃波が生まれる。

「蘭! もうやめてくれ、蘭っ!!」

 天真は一角鬼の攻撃をかわしながら、妹の名を呼び続けた。

 しかし、たまに視線をよこしはするが答える素振りは見られない。

「天真くん…! 本当にあの子が妹さんなの!?」

 天真に妹が居たこと、更にはその妹が行方知れずになっていること、様々な経緯を知らないだが、細かいことを訊いてる場合ではないと思い、そう尋ねた。

「ああ…! 行方不明になってた俺の妹だ! 間違いない!!」

 ようやく会えたとはいえ、まさかこんな形でなんて――!

「何てことだ…!!」

 それを代弁するかのように頼久は刀を構えて言った。

 いつの間にかアクラムの気配も見当たらない。

 とにかく一角鬼を何とかせねば――!

「天真、まず先にあの怨霊を倒すぞ! でなければどうしようもない…!」

「あ、ああ…わかった! !」

「うん!」

 天地の青龍は一旦、一角鬼との間に距離をつくり、その二人の間に時見の少女が立つ。

 双眸を閉じた少女の身から五行の力が送り出され、それを受け止めた天地の青龍は刀と兵の印を結んだ両腕をそれぞれ振り上げる。

『我が刃、風となれ! 風刃斬!!』

『うなれ天空! 召雷撃!!』

 天の青龍の風が一角鬼を斬り裂き、地の青龍の雷が一角鬼を打ちのめした。

 一角鬼は重々しい雄叫びを轟かせ薄い蒸気を立ち上らせていく。

 その様子にもう倒したと思いこんだ天真は「蘭!?」と叫んでランの方を振り向く。

 だが――。

「怨霊・一角鬼、この程度で倒れるな」

 ランは右手を振り翳し、一角鬼に更なる力を送った。

 おかげで活動気力を取り戻した一角鬼は高らかに咆哮を上げ、剣で空を薙ぎ払う。

 剣から生み出された衝撃波が――時見の少女へと向かっていく…!

!!」

 それに気づいた天真の叫びが飛ぶ。

「あっ…――!?」

 迫り来る衝撃波、咄嗟のことには身を硬くし、ぎゅっと目を瞑る――!


 ――――ッ!!


 確かに、衝撃波が何かを斬り裂いた音がした。

 しかしの身体には何の痛みも無い…。

「……?」

 はそっと瞳を開いてみる――と。

「頼久ぁっ!?」

 そこにはをかばって立つ天の青龍――頼久が、居た。

 一角鬼の衝撃波を受けた肩から胸元にかけて、大きく赤い飛沫が跳ねる。

「よ……頼…久…さん…!?」

 の表情は真っ白となり、頼久の名を呼ぶ声が途切れ途切れに零れる。

「………殿……ご無事……で……――――」

 の安否を問う言葉だけ辛うじて紡ぐと、頼久の身体はその場に崩れるように倒れた。

「頼久! 頼久ぁッ!!」

 激しく相方の名を叫び、駆け寄る天真。

 頼久の身体から赤い流れが広がっていく…。


『――助けて頂いたのは私の方でした。有り難うございます、殿…!』


『……私はあなたに助けて頂いた恩があるにも関わらず、お守り出来ませんでした。本来ならその呪い、この身を挺して受けるべきでしたのに…!』


『どうか、お願い致します、殿――』


 の中に頼久の言葉と表情、仕草が繰り返される。

 ――頼久は決意していた。

 今度こそ、『』を守ろうと――。

「いや……嫌ぁ――――っ!!」

 心の中で張り詰めた何かが切れた音がした途端、は叫んだ。

 若葉色の双眸から大粒の雫をあふれさせる。

「よくも…っ! よくも頼久さんをっ!!」

 は涙の溜まる瞳と共に身体を一角鬼に向け、右手を構えた。

 カチッという音がして、黄金色の腕輪が外れる――!

 すると――風が巻き起こる…!

 辺りの石ころが浮上を始めた。

「……っ!? これは…!?」

 突然起こった現象にランが微かに表情をしかめた刻、妖しの力でその姿は消えた。

…ッ!?」

 風の圏外――の後ろで初めてその力を目の当たりにした天真は、片手で前を覆う。

 石ころが吸い込まれていく間、地面に剣を突き刺し耐えていた一角鬼だが段々と勢いを増す風の力に抗えず――地に轟く悲鳴と共に、の右掌に刻まれた刻印に――消えた。

「くっ…!」

 一角鬼を吸い込み終えた直後、すぐに腕輪をはめる

 そのまま右手を押さえて荒くなった呼吸のために肩を上下させる。

 そしてゆっくりと後ろを振り向き――。

「……頼久さん……頼久さぁん!!」

 夢でも幻でも無い現実の中に横たわる頼久に駆け寄った。



 ――遠くから蹄の音が聴こえてくる。

 たくましく「どう!」という声が響いたあと、その人物達はこちらに駆け寄ってきた。

殿、天真殿!」

「大丈夫かい?」

「鷹通さん! 友雅さん!」

 涙声でが叫んだ通り、それは鷹通と友雅――天地の白虎だった。

 取りあえず姿が見えたと天真の名を呼んだ鷹通だったが、近くに来て見えた頼久の姿に愕然とする。

「…っ! 頼久!?」

「これはまた、冗談では済まない事態になってしまったね…」

 友雅の普段崩さない余裕の表情などそこには無かった。

 天地の白虎は龍神の神子から三人が将軍塚へ向かったと聴き、駆けつけたのだが…。

「頼む、頼久をすぐに運ぶ! 手伝ってくれ!」

 天真の願いに「勿論です」と応じる鷹通。

「あ、そうだっ、は帰ってますか!?」

 治癒の力を持つ親友のことを、は白虎の二人に尋ねた。

 友雅はやや難しそうに顔をしかめる。

殿はまだ帰っていないようだったよ。天真、私は殿を迎えに行こうと思うが、それでいいかい?」

「ああ、頼む!」

 天真の答えに力強く頷き、友雅は軽やかに馬に飛び乗る。

 地の白虎は空癒の少女の元へ急ぎ…。

 地の青龍、天の白虎、そして時見の少女は天の青龍を急ぎ藤姫の館に運ぶ――!