――一見すれば平和に見える京の都。
しかし微かな闇の狭間では邪悪なものが蠢いていて――それを察し追う者達が居た。
「泰明殿…! ここに、微弱ですが気配が…」
その内の一人、天の玄武・永泉は一条戻り橋の片隅の『名残り』に気がついた。
「おそらくここを通ったのだろう。だが本体は既に別の場所へ移動したようだ」
そしてもう一人、地の玄武・安倍泰明は相方が発見した気配を頼りに、双眸を閉じて『本体』を探る。
「――――巽の方角……河原院の辺りか」
琥珀と翡翠の瞳を見開いてそう告げると、「そのようですね」と永泉も同意した。
「行くぞ」
言って早々に歩き出す泰明を、永泉は慌てて返事をして追うのだった。
「ふぅ……何とか綺麗になったね」
「うん!」
雑巾掛けを終えたはすっきりとした部屋を見て満足げにあかねと顔を見合わせた。
実は何と、あかねと、そしての部屋まで「どうせなら全部綺麗にしちゃおう!」と掃除したのである。
「神子様も様も、そこまでして頂かなくても…!」
それに反して藤姫は困惑しているようだ。
「気にしないで、藤姫。私達、お世話になってるわけだし…ね、あかねちゃん!」
「うん! それに何だか学校での掃除みたいで、懐かしいよね」
「そうだね。いつもは面倒くさいと思ってたけど」
段々藤姫には理解できない会話を弾ませていくとあかね。
それを終えると、雑巾を浸した水を換えるためには立ち上がった。
「殿、私が致します」
すると頼久がのそばに駆け寄る。
その刻、何故か「うわぁ!?」という天真の声が聴こえた。
「いいですよ、頼久さん。これぐらい私がします。それより出来たらその…!」
「はい?」
何でしょうか? との次の言葉を待つ頼久に、
「おい頼久ぁ! いきなり居なくなるなよ!!」
後ろの方から、思いっ切り焦った天真の声が投げつけられた。
天真しか支えのない運搬中の桐箪笥は、大きく揺れ動いている。
「天真くんと一緒に箪笥を運ぶのを引き続きお願いしたいんですけど…!」
「しょ、承知しました」
の言葉に頷き、頼久は慌てて『元の位置』に戻った。
「すまない、天真…!」
「お、お前なぁ…!」
間一髪、頼久が戻ったおかげで箪笥も無事バランスを取り戻し、大事に至らずに済んだ。
が、天真の方はとんだ災難だったとばかりに相方をじとっと睨まずにはいられなかった。
そんな天地の青龍を見て、あかねとと藤姫、そして詩紋はつい笑みを零してしまい――一度零れると止まらなくなってしまった。
「笑うなよ! こっちはマジでもう駄目かと思ったんだからな!」
天真は笑いの渦中にそう叫ぶ。
しかし皆「ごめん…!」と言いながらも中々おさまらなかった。
「よいしょっと…」
水汲み場から水を換えてきたが、庭を通って部屋に戻ろうとした刻。
「殿」
ふと呼び止められ、振り返る。
するとそこには――。
「と、友雅さん、鷹通さん…!?」
先程帰ったはずの天地の白虎が居た。
「どうしたんですか? 確かお仕事があるって…?」
水の入った木のバケツを持ちながら小走りに駆け寄る。
「殿のことがどうしても気になったので、早めに切り上げてお部屋の物をお持ちしたのです」
鷹通に穏やかに言われての顔がかぁっと染まってしまう。
「す、すみません…! って、もう持ってきて下さったんですか…!?」
「お安いご用だ、と言っただろう?」
少し驚いたようなに、友雅はいつもの余裕の微笑でそう返す。
「本当にすみません、ありがとうございます。じゃぁ、藤姫に知らせて来ますね!」
は恐縮そうだが明るく礼を述べて、くるっときびすを返した――が。
「待ちたまえ、殿」
友雅が急に呼び止め、そして――。
「……無理をする必要はないのだよ」
そう紡がれた言葉に、の足はぴたりと止まってしまった。
「友雅殿…?」
鷹通は急に切り出した相方の名を呟く。
「そうして明るく頑張っている君は、私にはどうしても空元気に見えてならないのだが……違うかい? 姫君」
ゆっくりと友雅が歩み寄ると。
「……そうですね。ちょっと無理してるかもしれません」
は少し苦笑したような顔で振り返った。
「辛くない、怖くないって言ったら、やっぱり嘘になります。でも……私がそんな風だとが…絶対あの子が落ち込んじゃう…! 私、を守るつもりが、の心に傷を負わせちゃったんです。これ以上、を悲しませたくないんです…!」
は胸の奥から染み渡る思いを紡ぎながら、右手を左手で握り締める。
「殿…」
鷹通がを気遣うように名を零した。
「でも、大丈夫ですよ。私にはみんなが居ますから」
次の瞬間、の顔には笑顔が浮かんでいた。
「八葉のみんな、あかねちゃん、藤姫…そして。私にはみんなが居るから、だから頑張れます!」
それは嘘偽り無いの本心。
晴明からの言葉に気づかされたものだ。
この刻印を受けてから、八葉とあかね、藤姫、そして親友であるは本当に心配して助けてくれた。
「本当にもう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます、友雅さん、鷹通さん」
はぺこりと二人に頭を下げると「藤姫に知らせて来ますね」と言って部屋の方へ戻っていった。
「……健気な方だ、殿は」
「そうですね。我々を信じて下さっている殿のお心にお応えするために、一層の努力をしなければなりません…!」
松葉色の瞳に更なる決意を映す鷹通に「やはり真面目だねぇ、君は…」と友雅は微笑を零すのだった。
――と、その刻、それまでのことを建物の陰から聞いていた者達が居たことには誰も気づかなかった…。
――天地の玄武が河原院に到達した刻、そこには目立った気配は感じられなかった。
「泰明殿…何か感じ取られましたか?」
「………いや。だが……」
泰明は永泉の問いかけにハッキリとした答えを出せない。
何も無いわけはないのだが、何故か気配が淡い陽炎のように揺らいでいて感じ取れないのだ。
しかし――刹那。
それは突然膨れ上がり、分散、姿を現す――!
「泰明殿…! これは…っ!?」
「――新手の怨霊か…!」
天地の玄武は正体不明の怨霊に遭遇した…!
がイノリの家から出てくると、その前ではイノリが遠くで遊んでいる子供達を優しい眼差しで見守っていた。
が「イノリくん」と呼びかけると、「っ、姉ちゃんどうだった? 治るのか?」と訊いてきた。
は少し慎重な顔をして説明を始める。
「お姉さんの病気は長い苦労による精神的なものが原因みたいなの。だからゆっくり時間をかけて治すのが一番の方法みたい。取りあえず私に出来ることとして、痛みや疲れを癒やすことはしたけど……」
いくら『完治させることは出来ないかもしれない』と前もって言っておいたとはいえ、ひょっとしたら怒られるかなぁとは思った。
だがイノリはの話を聞き終えると、
「そっか…」
ひどく落ち着いた大人びた表情をした。
「ありがとな。じゃ、送ってやるからちょっと待ってろよ。姉ちゃんに会ってくる!」
にニッと笑ってみせて、イノリは家に入っていく。
「イノリくん…」
そんな彼の様子に少し驚くだが、「私もお姉さんに挨拶するよ」と言って家に入るイノリのあとに続いた。
「それでは失礼致します」
「またね、殿」
の部屋の物を届け終えて藤姫の館から帰っていく天地の白虎を、
「ありがとうございました!」
は門の所で頭を下げて見送った。
その横には天地の青龍の姿もある。
「よかったな、」
天真がそう声をかけてやるとは「うん!」と頷いて、
「天真くんと頼久さんも手伝ってくれてありがとう! でも、ごめんね。結局みんなに迷惑かけちゃったね」
少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「別にそんなこと気にしなくていいさ」
天真は本当に気にしていない様子で明るく笑って言うが――隣りに立つ頼久は浮かない様子で…。
ひどく真面目な表情で「殿」と、時見の少女の名を呼ぶ。
が「はい?」と返事をして振り向くと、
「……申し訳ございませんでした」
頼久は――深々と傅いた。
「よっ、頼久さん!? どう…したんですか?」
は突然の頼久の謝罪に戸惑う。
天真も少し驚いたようだが黙って見守ることにした。
「……私はあなたに助けて頂いた恩があるにも関わらず、お守り出来ませんでした。本来ならその呪い、この身を挺して受けるべきでしたのに…!」
胸の内の思いを紡ぎながら、頼久は悔しげに拳を握っていく。
「頼久さん……!?」
は頼久の言葉にただ驚いた。
――頼久はと出逢ったばかりの刻に一度、武者像との戦いで彼女に助けられた。
主を守り戦う武士として生きる頼久は、その衝撃的な刹那に、を守ろうと無意識の内に心に決めたのだ。
だが――のそばに居たのに、守ることが出来なかった。
それは頼久の中に深い後悔の念を抱かせたのだ。
先程、天真と一緒に箪笥を運んでいたにも関わらず、水汲みに行こうとしたを手伝おうとしたのもそういった心の表れだったのかもしれない。
「頼久さん、あの…気持ちは嬉しいけど、そんなに思い詰めないで下さい」
はどうすればいいか解らなかったが、取りあえず素直に思ったことを口にした。
「この呪いを受けたのは……私に予知の――時見の力があったからで…。決して頼久さんのせいじゃないんですから」
「――そうだ、お前だけのせいじゃねぇよ」
と、突然黙っていた天真が口を開いた。
「あの刻は八葉全員居たのにを守れなかったんだ。お前だけのせいじゃねぇ。それは多分みんな思ってることだ」
そう続けた天真に「そんなっ、天真くんやみんなのせいでもないよ…!」とは否定するが――天真は首を横に振る。
「お前がいくらそう思って言ってくれても、俺達の責任だということは事実だと、俺は思う」
「天真くん…! そんな…悪いのはアクラムだよ」
が俯いて言うと「ま、確かにな」と天真はようやく笑んだ。
「でも、そんな俺達を信じてくれるって言うお前のために戦う。今度こそ守ってやれるように。それが大事なんじゃないのか? 頼久」
「……そうだな」
天真の言葉に、頼久は力強く頷いて立ち上がる。
が、は驚きの表情に塗り替えて、
「え…? ま、まさか友雅さんや鷹通さんとの話……聞いてたの…!?」
少し焦って尋ねた。
白虎の二人は大人だし、何となく本音の――その一部分を漏らしてしまったが、まさか青龍の二人にまで聞かれていたとは…!
頼久は「申し訳ありません」と謝るが、天真は「そーゆーこと」と悪びれない。
かぁっと頬を染めるに天真は軽く笑むと、
「そーゆーわけだからさ、これからの戦い、頑張ろうぜ。でもって何か予知したら出来るだけ俺達にも知らせてくれ。いいな?」
「どうか、お願い致します、殿」
天真は親指を突き立てて見せ、頼久は凛と和らいだ表情で言った。
「天真くん…! 頼久さん…!」
は心の中に暖かい想いをあふれさせて、天地の青龍の二人を交互に見ると、
「はい…!」
輝く笑顔できちんと返事を返した。
――いつの間にか陽は落ちかけて、京の空は夕焼け色に染まっていた。
空癒の少女と彼女を送る天の朱雀が歩く中、遠くで鳴くカラスの声と、カラコロと鳴る彼の下駄の音だけが聴こえる。
「……イノリくん」
暫しの沈黙を破り、は両手を頭の後ろで組んで歩くイノリに呼びかけた。
イノリが「ん?」と言って振り返ると、
「…ごめんね、私……役に立てなくて」
ひどく落ち込んだ顔をして、謝りの言葉を口にした。
「あ? 何だよ、いきなり…? どうゆうことだ?」
イノリはそんなの様子に頭の後ろで組んでいた両手を解いた。
「お姉さんの病気…治してあげられなくて、本当にごめんね。何が『空癒の少女』なんだろうね……私、何のためにこんな力…!」
胸中の想いを零しながらは顔を翳らせる。
「っ、やめろよ、そんな言い方するなよ!」
イノリは慌ててに駆け寄り、真剣な表情で言った。
「お前のその力で助けられた奴っていっぱい居るんだろ? オレだってそうだし、天真や泰明もそうだったんだろ? 姉ちゃんの病気が治せないってのは…しょうがねぇじゃん。でもお前は出来る限りのことをしてくれた。だからさっき会った姉ちゃんはすげぇ元気そうだった。オレ、それだけで嬉しかったんだぜ?」
「イノリくん…」
「それにきっと……もうあいつの薬なんかに頼らなくて済む…!」
「え…?」
突然表情を重くしたイノリだが、すぐに「いや、何でもねぇ」と笑ってみせる。
「だから、もう落ち込むなよ。な?」
「……うん。ありがとう」
こんな無力な自分を許してくれた――そう思ったはようやく微笑んだ。
するとイノリは大きな安堵の溜め息をつく。
「はぁ〜……頼むぜ。今度泣かれたらオレ、に許してもらえねぇよ」
「あ…そんなつもりじゃなかったけど、そうだね」
先日のの言葉を思い出してはくすくすと笑うが、「笑い事じゃねぇよぉ!」とイノリは抗議した。
――と、その刻!
ドォンという凄い音が響き、カラス達が鳴き声を上げながら翔び上がった。
「な、何…っ!?」
「河原院の向こうみたいだ…! 怨霊かもしれねぇ! 行くぞ、!」
「う、うん!」
意気込むイノリの声に応えて、は彼と共に轟音の発生源と思われる場所へ走った――!
――正体不明の謎の怨霊と戦う天地の玄武は、気づくと河原院と音羽の滝の間にある森まで来ていた。
なるべく人々の居る所から離れようと試みた結果でもあるのだが…。
どんなに縛し、滅し、祓っても次から次へと出現してくるのだ。
その姿は小さく黒く――丁度が受けた呪いの、黒い塊の如きものだった。
「泰明殿、これではきりがありません…!」
意志を持つ者なのか、天地の玄武の真上を飛び交う怨霊。
少し距離をつくってしまった永泉が泰明の元に戻った刻、泰明は黙したまま首飾りの羽根を掴み、構えた。
「結界を張り、奴らの動きを封じる。その後で一気に祓え」
「はい…!」
相方にそう指示を出すと、泰明は周囲を取り囲む黒き怨霊達の動きを封じる結界を張るため、呪文を唱えだした――が。
それより早く怨霊の一体が羽根を掴む泰明の右手を襲う…!
「泰明殿!?」
しかし永泉が叫んだ名の相方は苦痛の表情など欠片も見せず――一筋の赤い線が伝う手の甲でその怨霊を叩き払った。
そして今度こそとばかりに容赦ない表情を端麗な顔に刻み、首飾りを構えた刻。
「くらえっ、怨霊!!」
威勢のいい声と共に飛んで来た紅い攻撃が、幾つかの怨霊達を焼き尽くす。
「泰明さん! 永泉さん! 大丈夫ですか…!?」
「殿、イノリ殿…!」
永泉が名を零した通り、そこに駆けつけて来たのはとイノリだった。
「何だこいつら!? 見たことねぇが新手の怨霊か!?」
と天地の玄武の前に立って訊いたイノリに永泉が「そのようです…!」と答える。
「うじゃうじゃしやがって! 全部まとめて焼き尽くしてやる!!」
イノリが闘の印を結び、再び紅き一撃をくらわせようと力を込める。
だが――怨霊達は飛び交うのを止め、次々と森の陰にその姿を消し去っていく。
「な、何だ…!?」
「逃げていく…?」
イノリとが呟いた通り、何故かは判らぬが――そこにはもう黒き怨霊達の姿は一欠片も無かった。
「逃げられたか…! でも、あっけねぇもんだったな」
イノリは構えを解き、両手を頭の後ろに組ませて言うと、泰明が彼を見据える。
「悠長なことを言うな。今のはおそらく小手調べにしか過ぎぬ。奴らはまた来る。その刻は簡単に済む筈はない」
「何だよ、せっかく助けに来てやったってのに」
イノリが少し頬を膨らませて言うと、泰明は二度ほど瞬きを繰り返して、
「……助けを呼んだ覚えは無いが」
心底不思議そうに言った。
「何ぃっ!?」
案の定イノリが怒りだしたため、ハラハラしながら見ていたと永泉は止めに入る。
「イノリくん、抑えて…!」
「泰明殿も、せっかく助けに来て下さったのですから、そのような言い方は…!」
と、二人を宥めながらは、泰明の右手の怪我に気がついた。
「泰明さんっ、手、怪我してます…!」
そしてすぐに治癒しようとすると、
「よせよせ、! こんな礼儀知らずの怪我なんか治してやることねぇよ!」
フンとそっぽを向いてイノリが言い、怪我をしている泰明本人まで、「この程度の傷、問題ない」と断った。
「あ、あの、お二人とも…! それでは殿が…!」
永泉の遠慮がちな声に、イノリと泰明はようやくを見る。
すると――悲しげに俯いて藍色の双眸を潤ませていた。
「〜〜〜泰明っ! 手間暇とらせねぇよ、さっさとやってもらえ!」
物凄く焦ったイノリの言葉が、先程とは全く逆であることに顔をしかめる泰明。
相方を見やれば、イノリに相づちを打つように微笑んで頷いていて…。
最後に空癒の少女に視線を持っていくと、イノリよりも背の小さい彼女は懇願するような表情でこちらをじっと見つめていた。
微かな溜め息をつくと、泰明は仕方なさそうに右手をすっと差し出す。
は表情をぱぁっと輝かせ、「すぐ治りますよ」と言って泰明の右手に自分の手を重ね、治癒を始めた。
横で「危ねぇとこだったぜ」とイノリが冷や汗を拭う。
瞳を閉じて手中から碧色の光を放ち、傷を癒やしていく空癒の少女を、泰明は何とはなしに黙って見つめた…。
――――今宵、京の夜空に昇るのは弓張月。
天満月には程遠くとも、闇に包まれる京の都を穏やかに照らす…。
――左京一条、安倍晴明の屋敷にもその灯りは届いていた。
肌の色が違う横顔にその光を受けながら――地の玄武・安倍泰明は己が師匠の部屋に参じる。
それに気づいた晴明は愛弟子の入室を許した。
「――泰明か。時見の少女殿は如何しておられる?」
「封印を施されてからは、問題ない」
封印が外れ、刻印が暴走する事態は起きていないと――泰明は告げた。
晴明は「そうか」と答え、安堵するように微笑む。
「では、今宵は何用で参ったのだ?」
師匠であり生みの親である晴明の問いに、泰明は口を開く。
「……今朝方、神子と時見の少女と共に参った、空癒の少女が――」
泰明の話を聞き終えた晴明は立ち上がり、部屋を出、長い廊下を歩き――白き月見草の咲く庭に赴いた。
その後ろには当然の如く泰明が続く。
晴明は庭に降りると、月明かりを受けて咲く月見草に手を触れさせる。
「……泰明。空癒の少女殿の名を、もう一度教えてくれぬか」
師匠の言葉に答えるべく、泰明は表情に変化の無い端麗な顔を上げて、
「――雫月、」
空癒の少女の名を、紡いだ。
「……そうか。どうやら偶然でも間違いでも…ないようだな」
遠き日の夜を脳裏によみがえらせて。
この夜空と同じ藍色の瞳をした少女を思い起こして。
稀代の陰陽師は京に明かりを灯す美しき弓張月を、見上げた――。
→next 《後編》
《あとがき》
長い。長すぎる。申し訳ありません; これでも前編です;(←マジか)
と言うのも登場人物が多いんですね。晴明さん出るはセリさん出るは、空明さん出るは
楼明出るは!! ちなみに空明さんは里久ちゃんの、楼明は水帆のオリキャラです。
空明さんは勿論、様が晴明さんに封印の腕輪を頂く場面など、里久ちゃんから
参考文献を頂戴しました; あの場面が立派に思えたら、それは元が良いからです!
本編中、様の方はともかく様の方は今回、知ったかぶりに過ぎません;
何とか乗り切った(逃げ切った?)つもりですが如何だったでしょうか?
後編の方も、もう少し待っていて下さいね;
written by 羽柴水帆
specal thanks 風見野里久様
