――別室で待っていた少女達は、「準備が整った」ある一室に通される。
部屋に満ちるのは木の芳香と、細く微かな朝の陽射し。
そして――。
「よくぞ参られた、京を救うために選ばれし少女達よ。――私は安倍晴明」
不思議だが暖かみのある落ち着いた声に迎えられた。
三人が部屋に入ったあと、泰明はそれぞれの名と役目を上座に据える人物――自身の師匠である安倍晴明に告げる。
「――では、時見の少女、殿」
「は、はい!」
晴明に名を呼ばれたは張り詰めた声で返事をし、一歩前へ進み出た。
すると陽射しの届かない上座から暖かな声が響く。
「そう硬くならずともよいのだ、殿」
そして晴明は後ろに居るあかねとにも同じように告げ、「早速であるが…」と本題に入った。
「鬼に呪いをかけられたと?」
「はい…この右手です」
は右手を差し出す、と同時に後ろで見守る少女達が――とりわけが、身体を硬くし、両手を強く握り締めたのを感じ取った。
――この呪いを受けたこと。
を守ったために受けたことを、はのせいだとは微塵も思ってはいないし、後悔もしていない。
だが、たったひとつ後悔しているとすれば――「自分のせい」だと親友が心を痛めることになってしまったことだ。
晴明がの右手を取り、自身の手を軽く翳すと、短く何かの呪文を唱える。
それは泰明が貼った札をはがしても一定の時間だけ呪いを抑えるものだった。
呪いを封じ、右手の包帯をといて掌の刻印を露わにする。
と、その瞬間。
「――!?」
晴明は、呪いとは違う強い『力』を感じた。
何の力なのか探りたいところだったが、ほんの一瞬限りのことだったのでそれ以上は判らず――晴明はそっとの手を放す。
「……この刻印には、強い力が宿っている。風を呼び込み、それに伴って万物を呑み込む力だ。人、草木、動物――例外は無い。更にこれは日増しに僅かずつではあるが広がり、同時に飲み込む力も強くなるであろう。だが…いずれはそなた自身をも飲み込んでしまう両刃の力だ。残念だが、私の力でも解き消し去ることは出来ない」
その刻――部屋中の時間が、空気が止まったかのように思われた。
あかねとは傷ついたような顔をして息を飲み、泰明は変わらない沈黙を続け、は――水を打ったように平静な表情をしていた。
そんな面々を見据えながら、晴明は続ける。
「鬼の首領が『自身を倒さぬ限り呪いは解けぬ』と申したのであれば、おそらくそれしか手段は無い。一刻も早く鬼の首領を倒されよ」
晴明の張りの良い声に、は静かに頷き返事をした。
「では、殿。こちらへ」
晴明はそう言うと、自身との間に置かれた大きな円形の中に五芒星が描かれた陣へと促す。
がそこへ近づき、再び右手を差し出すと、晴明はまじないを乗せた言の葉を発した。
すると――陣が輝き始め、中央から光が飛び出す。
朝の陽射しに似たその光はの右手首に巻き付き――黄金色に輝く輪と成した。
「……これは…?」
はたった今生み出され、右手首におさまった腕輪を見つめ呟く。
「封印だ。それをはめていれば刻印の力を制し、暴走も起こらぬ。また外せば刻印の力を使うことも出来よう」
「え…? 刻印を…使う……?」
その言葉に、は驚きを隠せず晴明の方を見た。
今朝方のこと――荒れ狂う風を呼び込み、部屋の中の物は勿論、危うくと泰明まで巻き込むところだったあの力――それは今でもの心に鮮明な恐怖を残しているのだ。
だが――そんなの胸中を見抜いたのだろうか、晴明はの頭に優しく手を置く。
その表情から滲み出る暖かさは、子に接する父親のようだった。
「この刻印は、使い方を違えなければ大切なものを守ることも出来る。強く生きる術のひとつとして己の力と成すのだ。そなたには自身の運命を知り、見定める覚悟があった。その心の強さがあれば、自らの運命に立ち向かい、打ち勝つことも出来よう。何よりそなたには信じられる仲間が居るはず。そなたは、ひとりではないのだから」
「晴明…様……」
の瞳の奥に確かな光を感じた晴明はそっと手を降ろすと、「殿」と、後ろに居る空癒の少女に呼びかける。
「はっ、はい…!」
突然名を呼ばれたは驚き、背筋を伸ばした。
「この呪いは本来、そなたが受けるはずだったと聞いた。殿がこうして受けられたこと…当然、心を痛めているだろうが、自身に責任を感じることは無い。殿を思うのであれば鬼の首領を倒すために――呪いを解くために力添えされよ。それが殿にとって最も心強いはずだ」
「……はい…晴明様…」
穏やかな声でそう言われ、は潤みやすい瞳をやはり潤ませていった。
「龍神の神子殿も四方の札を揃え終えた途端、二つの世界の崩壊を止めるために力を尽くさねばならないこの度の使命、とても重きものだが私に出来ることがあれば助力は惜しまぬ。いつでも私の元に知らせてほしい」
「は、はい……!」
あかねも優しく気遣ってくれた晴明の言葉に心が暖まる思いを感じた。
『ありがとうございます、晴明様……』
龍神の神子、時見の少女、空癒の少女――。
三人の少女達は、上座に据える偉大なる陰陽師に感謝の言葉を紡いだ……。
地の玄武と三人の少女達が藤姫の館まで帰ってきたのは、もうすっかり太陽が高く昇った頃だった。
「どうゆうことなんだよ、頼久!」
「オレ達にも解るようにちゃんと説明しろよ!」
と、突然、荒々しい声が館内から飛び出してきた。
何事かと思えば――。
いつもの通り館に集まった八葉が、あかねや、がいないこと、そしてほぼ朝のままにしてあるのの部屋を見て頼久を問いつめているところだった。
皆、昨日のことでを心配しているのは解るが…。
「私にも詳しいことは判らない。今、泰明殿が神子殿達を安倍晴明殿の屋敷に…」
自分の知る範囲で説明しようとする頼久だが、彼自身、今一こういう役柄には向いてないように思える。
その証拠に気の短い相方や天の朱雀といった少年達から激しく問い直されてくる。
先程から鷹通や永泉、詩紋がそんな二人を落ち着けようとしているが…。
頼久は今朝方、神子達の共につこうとした折、泰明に「必要ない」と言われた理由が判った気がした。
自分がいなければこの集中豪雨が幼き藤姫に向けられたかもしれぬわけで――未だ大きな声を出す天真やイノリを見、頼久は頭痛がするほど納得した。
藤姫も困ったようにし始めた故、さすがの友雅も「まぁまぁ…」と言いかけた刻、
「騒々しい。神子達ならここだ」
思い切り顔をしかめた泰明が低い声を響かせた。
「うわっ泰明!?」
「いつ来たんだよ!?」
毎度お馴染みな泰明の突然の出現に、これまたお馴染みな反応をする天真とイノリ。
泰明はそれに「今だ」と簡単に答えた。
彼の出現に対する驚きもそこそこに、
「一体何があったんだ!?」
「何でお前のお師匠のところに行ったんだ? それほど大変なことなのか!?」
天真とイノリは『標的』を泰明に変えた。
それに泰明が心底うるさそうに目を細めた刻、
「もう天真くん!! イノリくん!!」
地の青龍と天の朱雀は、龍神の神子に一喝された。
「今からちゃんとみんなに説明するから! そんなに問いつめられたら泰明さんだって困るでしょ!?」
『………泰明が……困る……??』
あかねの言葉は、確かに天真とイノリを静めることに成功した。
だが『泰明が困る』ということが想像できない故、納得したかどうかは定かではない。
現に全八葉の面々と時見、空癒の少女達、星の姫は皆不思議そうな顔をし、更には言った本人であるあかねも「そんなことあるのかな…?」と思うのだった。
――何とか落ち着いたところで、神子の部屋にてあかねや泰明が今朝からの出来事を皆に説明した。
「そっか……泰明さんのお師匠様でも駄目だったんだね…」
話を聞き終え、零された詩紋の言葉にほとんどの八葉が悲痛に俯いた。
「だ、大丈夫だよ! 晴明様にちゃんと封印してもらったし…!」
はそんな皆の様子に慌てて両手を振る。
「封印……とは、その腕輪のことかい? 殿」
の右手首で揺れる黄金色の腕輪に目をとめた友雅が尋ねた。
「は、はい、そうです」
そう答えるの右手で淡く輝く腕輪を見ながら、天真はぎゅっと拳を握る。
「…やっぱり、アクラムを倒すしかねぇってことだな」
――その後ろで、天真と同じ四神の加護を受ける青年の紫苑色の双眸にも、決意の色が浮かんでいた。
「しかし、一体どうしたら良いのでしょう? 鬼の居場所も判りませんし…」
「それに時と空の勾玉を探す使命も果たさねばなりません」
永泉と鷹通の言葉に、あかねは暫し考え込む。
「そうですね……アクラム達の居場所が判ったら一番いいけど…難しいと思う。とにかく、勾玉探しを続けましょう。勾玉を見つけていけば、鬼の人達が出てくるだろうから」
「そん時に上手く捕まえて白状させようってことだな!」
「う、うん、まぁ…」
あかねはイノリの言葉がいささか乱暴だなぁと思いながらも取りあえず頷く。
「じゃぁ、早速勾玉のありかを探ってみようか」
と、が言いかけると、後ろで様子を伺い気味にしていた藤姫が口を開いた。
「お待ち下さい。実は頼久と永泉様の勾玉が見つかったことで、他の勾玉が現れる日――勾玉が様と様のお声に応える日が私の占いで判るようになったのです」
「え? 四方の札の時みたいに勾玉にも見つかる日とそうでない日があるの?」
そう尋ねた詩紋に答えるべく、藤姫は小さく頷き、続ける。
「はい。勾玉と八葉の皆様、様、様の属性が関わっているようですわ。そして占いの結果、今日はどちらの勾玉も見つからないようなのです。そのかわり、明日、空の勾玉が現れると出ました」
「ってことは、今日は勾玉に関してはやることねぇってことか…」
脱力加減になる天真に藤姫は少し困ったように笑みを零す。
「ええ、残念ながら…。ですが時には休みも必要だと思いますし……特に様はお疲れでしょう? 今日は一日ゆっくりお休みになられてはいかがですか?」
「え…?」
藤姫の言葉には驚いたような顔をするが、その横からあかねが「そうだね、それがいいよ」と微笑んで言う。
「そういえば、殿。掌に受けられた傷はもう大丈夫なのですか?」
「は、はい。傷はもうすっかり。のおかげで治りました」
頼久に尋ねられては傷の癒えた掌を見せる――が、そこには黒い痕がやはりあった。
「……刻印までは…治せませんでしたけど…」
それを見て顔を俯かせるに、周りの八葉がハッとした刻、
「そうだ! 、お前に頼みがあるんだ!」
突然イノリが何かを思いだしたように言い出した。
「っ、お前の力でオレの姉ちゃんを治してもらえねぇか!?」
「え……――?」
初夏の陽射しが白い雲の隙間から差し込む京の町。
「こっちだぜ、」
「う、うん…」
イノリの案内に何とかついて行くだが、その表情はどこか上の空で翳って見える。
「どうしたんだ? ――やっぱり、無理矢理連れてきちまったこと怒ってんのか?」
「え?」
「お前はのそばに居てやりたかったんだろ? なのにオレ…考え無しだったよな」
「イノリくん……」
普段とても明るいイノリが見せたしゅんと俯いた表情に、は暫し驚いた顔をするが、すぐににこっと微笑んだ。
「そうじゃないの。確かに今、ちゃんのこと考えてたけど…でも怒ってもいないし、イノリくんが悪いことなんてないよ」
「そ、そうか?」
訊き直すイノリには「うん」と答える。
「イノリくんのお家、この辺なの?」
「おうっ、もうすぐだぜ」
気を取り直して張り切るイノリを微笑ましく思いながら、はその後を追った。
――先程、藤姫の館にて突然始まったイノリの話をは順を追って聞いた。
「イノリくん、お姉さんがいるの?」
「ああ、オレのたったひとりの家族なんだ。でも今までオレを育てるために色々あって…苦労させちまって、病気になっちまったんだ」
「病気?」
「ああ。だから、この通りだ! お前の力で何とかしてもらえねぇか?」
頼み込むイノリのその懸命さを見て、は少し考え込む仕草をした。
「……私の力は、大体は怪我とか傷を癒やすものなの。だから病気そのものを完治させることは出来ないかもしれないけど…でも、悪い作用を起こしてるところを治癒することは出来るかもしれない」
「本当か!?」
「うん。実際に会って見てみないと判らないけどね」
「じゃ、行こうぜ! 善は急げっていうじゃん!」
「え…あ、うん…でも……」
イノリは勢いよく立ち上がるが、は歯切れの悪い言葉のまま、ちらっと横目でを見た。
としてはイノリの姉のことも心配ではあるが、やはりのそばに居てあげたいのだ。
そんなの視線に気づいたは――にっこりと明るく微笑んだ。
「私なら大丈夫だから、行っておいでよ、」
は「そ…そう?」と訊き返しながら、親友のその笑顔に何かの『影』を見出したような気がしてならない。
未だ心配そうな顔をするに、はやはり安心させようとする。
「今日はちゃんと館にずっと居させてもらうから、大丈夫だって」
「私や藤姫も一緒だしね」
あかねがそう言うと、詩紋も「僕や天真先輩や頼久さんもいるし!」と口添えする。
皆がそこまで言うなら…と、出かける決心をしただったが、やはりどこかでのことが気になるのだった――。
「あぁ――っ!!」
とイノリ、そして『何か良くない気を感じた』天地の玄武が退出した藤姫の館。
白虎の二人が仕事もある故、「そろそろ失礼を…」と言いかけた刻、突然、自分の部屋に戻った時見の少女の声が上がった。
「ど、どうしたの? ちゃん!?」
元々大きな新緑の双眸を更に大きく見開いて駆けつけるあかね。
何事かと驚き駆けつけて来たのは他の八葉や藤姫も同様だった。
しかしはそれに答える前にくるっと、藤姫の方を向いて座り込むと、
「藤姫っ、ごめん! ごめんなさい!」
――謝罪を始めた。
「ど、どうなさったのですか…!?」
の行動が全然理解できない藤姫は戸惑うばかりだ。
「その……お、お部屋…! まだ二、三日しか使わせてもらってないのにめちゃくちゃにしちゃったから…!」
今朝方、掌の刻印から巻き起こされた風によって部屋を荒らしてしまったことを言っているのである。
「まぁ、様……」
藤姫を始め、皆はようやく事の次第を理解する。
「どうかお顔を上げて下さい。様のせいではありませんわ」
幼き星の姫は怒っている様子など微塵も無く、にっこりと可憐な微笑みを見せた。
「で、でも…!」
いくら自身の意志では無かったにしてもやはり申し訳なくて…。
「じゃぁ、ちゃん。今日はお部屋の片づけしない? 私も手伝うから!」
そんなの様子を見て、あかねは朗らかにそう提案した。
すると「あ、僕も手伝うよ!」、「仕方ねぇな」と詩紋や天真、そして頼久も手伝いを買って出る。
そうして藤姫の館では、今日、時見の少女の部屋の片づけが始まった。
「しっかしまぁ、すげぇなホント…」
の部屋に入り、どこから手をつけたものかと天真が呟いた。
桐箪笥や香など色々な物がひっくり返っている。
現場に居合わせたという泰明やがよく無事だったものだ――と、そう思った天真はやはりひっくり返っている鏡台を起こしながらあることに気づいた。
「おーい、! これ鏡台なのに鏡が無ぇぞ?」
「えっ!? あ……じゃぁ、吸い込んじゃったのかも…!!」
天真が起こした『もはや鏡台と呼べるか解らないもの』を見てが焦って言うと、
「あれぇ? さん、枕も見当たらないよ?」
「殿、御簾もいくつか無いようですが…」
詩紋と頼久からも次々と紛失物の名が挙げられる。
皆の視線が集まる中、はただ冷や汗を流して、
「……ごめんなさい…多分……みんな吸い込んじゃった…」
そう告げるしかなかった。
と、そこへ――。
「なら、あとで失くなった物を新調してお届けしようか」
落ち込むの後ろから友雅の声が聞こえた。
「友雅さん、鷹通さん…」
あかねがその名を呟いた通り、そこには天地の白虎が居た。
このまま帰るに帰れずという状態だったので様子を伺っていたのだ。
「私達は仕事がありますので、お手伝い出来ませんが…。そのかわりに失くなってしまわれた物をご用意させて頂きます。それでよろしいでしょうか?」
「は、はい…! で、でもいいんですか…!?」
鷹通の言葉に恐縮して言うだが、「お安いご用だよ」と友雅は軽く微笑んでみせる。
は一度藤姫の館から帰る二人に「すみません、お願いします…!」と頭を下げて。
天地の青龍と地の朱雀、そして龍神の神子と共に部屋の片づけに取り掛かった。
――神泉苑を過ぎ、東寺が見えて来た所でイノリは歩調を落とした。
「この辺は東の市っていうんだ。オレと姉ちゃんが居候させてもらってるお師匠の家は、もうすぐそこだぜ」
「居候…? お師匠…? あ、イノリくんは鍛冶師見習いなんだっけ」
「ああ! オレ、腕はまだまだだけど、将来は絶対立派な鍛冶師になって姉ちゃんに楽をさせてやるって決めてるんだ!」
「そうなんだ…偉いね、イノリくん」
「別に大したことじゃねぇよ!」
が素直に誉めるとイノリは少し照れたようにそう言った。
そんな彼の様子にはくすっと笑みを零すが――ふとあることを気にとめた。
居候という言葉と――話に一度も出てこないイノリの両親。
気にならないわけではないのだが、先程、姉が『たったひとりの家族だ』と言っていたし――きっと『何か』あって両親はいないのだろう。
そう感じたは少し表情を改めて前を歩くイノリについて行った。
イノリが居候させてもらっているという鍛冶師の家に着くと、その主――イノリの師匠は出かけているようだった。
「姉ちゃん、起きてるか?」
家に入り――イノリは間借りしている部屋まで行くと、中に居る姉に呼びかけた。
「イノリ? ええ、起きてるけど…どうしたの?」
後ろからついてきたの耳に、おっとりした優しい声が届く。
「この前話した空癒の少女って奴を連れて来たんだぜ!」
「え…?」
イノリに「、入れよ」と促されて、空癒の少女は一歩部屋の中に入った。
「あ、あの、初めまして…! 雫月といいます」
はぺこっと頭を下げて名乗り、顔を上げると――そこにはとても綺麗な女性が居た。
「姉ちゃん、こいつが空癒の少女のだ。治癒の力を持ってるんだぜ!」
「まぁイノリったら、こいつだなんて…」
イノリの姉は口の悪い弟を優しく窘めると、
「初めまして、空癒の少女様。イノリの姉のセリと申します」
女性――セリは綺麗に微笑んだ。
「じゃあ、頼んだぜ! オレ、外に出てるから」
「う、うん」
お互いの紹介も終えたし、と、イノリは姉をに任せて部屋を出ていった。
「ごめんなさいね、イノリったら本当に口が悪くて…今までも失礼なことを言ってしまいませんでしたか?」
「い、いえ…! イノリくんは優しいです。口が悪いんじゃなくて、すごく明るくて元気すぎるだけですよ」
は先日そのイノリに泣かされたこともすっかり忘れて(イノリが悪いとは思っていない故)そう言う。
するとセリは「ありがとうございます」とにわかに安心したような笑みを浮かべた。
「だってすごいお姉さん想いですもの。さっき、色々聞かせてもらいました。お姉さんのために立派な鍛冶師になるんだって言ってましたよ」
のそれを聞いたセリは優しく微笑むが、どこか少し淋しげに見えた。
「そうですか……。両親が亡くなって、私も病にかかってしまったから…イノリには苦労させてしまっています…」
「あ……やっぱり…ご両親は…?」
「ええ。イノリがまだ幼い頃に、雑役として働いていた両親は建物崩壊の事故に巻き込まれてしまって…」
「そうだったんですか…すみません」
――やっぱりイノリに聞かなくてよかったと思いつつも、セリに両親のことを思い出させてしまったことを、は深く謝った。
セリは「気になさらないで」と優しく笑む。
とても気丈な人なのだと、それが判ったは、
「セリさんっ、私、イノリくんのためにも何とか病気を治せるよう頑張ります!」
気合いを入れるように両手を握った。
「…ありがとうございます、様」
「そっ、そんなセリさん…! 私、そんなに偉い者じゃありませんから、普通に呼んで下さい…!」
セリは瞳を潤ませて丁寧に礼を述べるが、そのあまりの丁寧さには慌ててしまうのだった。
