「――あ…!?」

 唐突に、は小さく声を上げ、浅葱色の狩衣を纏った身を翻す。

「どうなさいました? 殿」

 それに気づいた頼久が声をかけた。

 すると、驚くが尽きだした左手首の勾玉が蒼く輝いている。

「……これ、勾玉が光ってる…! 呼んでるんだきっと…! こっち!」

 そう言っては、まるで勾玉に引っ張られるように走り出す。

殿…!?」

「あ、ちょっと待てよ! おい鷹通! 友雅! 判ったらしいぜ、行くぞ!」

 頼久は咄嗟に後を追いかけるが、天真は、手分けしていたため少し離れた場所を探していた白虎の二人に呼びかけてから走り出した。


 ――曲がりくねりった山道を急いで進んでいった達がやがて辿り着いた場所には、緋倉の地に在ったのと同じような祠が、在った。

「あっ、あったよ! きっとあれが……――っ?」

 一番に到着したは発見した祠を指したが、ふと目に入った光景に言葉を失くす。

「何だよ、? どうした……っ!?」

「あれは…!?」

 続いて辿り着いた天真と頼久はのそばまで来ると、彼女と同じように立ち尽くした。

 なぜならそこには――。

「おや、先客が居たのかい」

「あそこに居るのはシリンではありませんか…! それに……!?」

 やや遅れて到着した白虎の二人が述べた通りな光景があったのだ。

 祠の前に二つの人影。

 一人は鷹通の言った通り、鬼の女性・シリンなのだが…。

「あいつは……誰だ?」

 呟いた天真と皆の視線の先に居るもう一人の影は――薄い茶色の髪をした少年だった。

 何やらシリンがヒステリックに声を上げているが、それに何の反応も示さず、冷めた表情で見返している。

 や青龍と白虎の青年達が、どこぞの陰陽師を彷彿しかけた、その時。

「お、お前達…!!」

 シリンがようやく達に気がついた。

 少年もゆっくりとこちらに振り向く。


 すると――彼は、皆が一瞬見惚れる程の綺麗な青い瞳をしていた。

 雨上がりの水面に映る空のような青い瞳――。


「……やっと、辿り着けたみたいだね」

 少年は達を見てそう言うと、シリンの方へ向き、

「さぁ、もう帰ってよ。僕の役目なんだから」

 彼女を追い返すべく言葉を紡いだ。

 するとシリンの眉がキッとつり上がる。

「何だい、その口のきき方は!? せっかく手伝ってやろうって言うのに…!」

 彼ぐらいの年頃の少年なら多少は身震いするであろうシリンの表情――しかし。

「要らないよ。頼んだ覚えも無い」

 少年は、冷めた表情を微塵も崩さない。

「失敗を重ねちゃって焦ってるのは解るけど、勝手なことしたらそれはそれでお館様のご不興を買うと思うよ」

 と、更にはそうまで続けた。

 シリンは屈辱そうに「くっ…!」と唇を噛むが、達をきつく一瞥してからその場から姿を消す――。

 一体何が起こっていたのか把握出来ない達を、束の間、沈黙が包んだ。

 シリンがちゃんと去ったのを確認した少年は、そんな彼らに気づき、向き直る。

「変なとこ見せちゃったね。ごめんなさい」

「え? い、いや…それは別に構わねぇんだけど…」

 素直に謝られ、思わずそう言ってしまう天真。

 鷹通は咳払いを一つしてから、少年に問う。

「君は鬼の一族なのですか?」

 ――その問いに少年は少し黙する、が。

「…そうだよ。僕の名はレイ」

 意志を決めたように強く空色の瞳を向けて、鬼の少年――レイは答えた。

「初めまして、だね。八葉の……青龍と白虎。そして時見の少女、でいいのかな」

「う、うん……」

 その言葉に取りあえず頷く

「勾玉はあの祠にあると思うよ。まだ何もしてないから」

「え…?」

 不思議そうに大きな若葉色の瞳を見開いたの横で、友雅は余裕の表情を崩さないながらも問いかける。

「君は鬼の首領に命じられて、勾玉を奪いに来たのではないのかい?」

「そうだよ。だから僕はここで待っていたんだ」

「待っていた…? 何のために?」

 その理由が判らなくて頼久が尋ねる。

「勾玉をかけて、あなた方と勝負するために決まってるじゃないか」

 と、今度はそれに驚いた天真が訊く。

「勝負? じゃ、もし負けたら諦めるってのか?」

「仕方ないからね、そうなった場合は」

 どの質問にもレイはあっさりと答えた。

『…………』

 レイの話を聞いていく内に、と青龍、白虎は段々と沈黙していった。

 ――鬼の一族にもこんな子が居るのか、と。

 ――同じ鬼の少年でもセフルとは天地の差だ、と、そう思ったからである。

 最も、後者はセフルを知る青龍と白虎の四人のみだったが…。

 それに気づいているのか否か、レイはふぅ、と溜め息をつく。

「あなた方がこの大文字山に向かうのが見えたから、先回りしてここに辿り着いたんだ。なのに、あの人がいきなりやって来て祠に術かけちゃって、『祠の場所が判らなくなって分散した八葉を倒す』って言い出したんだよ」

「えっ? それじゃぁ、一瞬勾玉の気配が判らなくなったのって、そうゆうことだったの?」

 自分の蒼い勾玉を一度見てから訊いたに、レイは頷く。

「うん。…まったく、命じられたのは僕なのに勝手な話だろう? それに僕、卑怯なことって嫌いなんだ」

 と、最後だけは明後日の方向へ顔を向けて呟いた。

「――まぁ、それはいいよ。さ、自己紹介も状況説明も終わったし、勝負をお願いしてもいいかな? 僕が出した怨霊を倒せたらあなた方の勝ちだ。…本当は怨霊を使うのは嫌だけど、お館様の御命令だから仕方ないんだ」

 言いながら右手を構えるレイ。

 天真はニッと笑む。

「おもしれぇ、他の奴らよりは幾分マシじゃねぇか! よっし、行くぞ、!」

「うん…!」

 これが初戦闘となるに天真は励ます意味も含めて名を呼んだ。

 すると――。


「……………?」


 レイは表情を真っ白にして、呆然と、の名を呟いた。

「……時見の少女……あなたの名はと言うのか?」

「え…? う、うん、星風寺よ」

 大きく開かれた空色の双眸に見つめられ戸惑うが、はちゃんと答えてやる。

「………そう……」

 と、はその瞬間、レイの表情が悲しげに翳ったように感じた――が。

「じゃぁ、始めるよ」

 そう言って右手を構え直したレイは、冷めた表情の鬼の少年に戻っていた。

「――出でよ、怨霊・ぬえ!!」

 レイの声に呼ばれた怨霊・ぬえが達の前に出現する…!

 瞬時に、天の青龍と白虎は武器を構え、地の青龍と白虎は印を結ぶために身構える。

 そして――きゅっと唇を締めたの前に立つ。

「勝負だ、八葉……時見の少女…!」

 レイはまた、ほんの一瞬だけ辛そうな顔をしたが、すぐにそれをどこかへ追いやり…。

 怨霊・ぬえの力を解き放つ――!





 ――水の大蛇の如き怨霊に向かって、土と火の気が飛び交う中。

 それを背後にと永泉は池のほとりまで近づいた。

殿、それではもう一度お願い致します」

「はい…!」

 永泉の言葉に頷いて、は首飾りの翠の勾玉を握り、藍色の瞳を閉じる。

 すると、水面の一部分が紫色に輝き出す。

「あ、あそこみたいです…! でも、どうやって取りに行けば…?」

 勾玉を呼ぶ力を使い続けたまま、瞳だけは開いたが呟くと、

「どうか、お任せ下さい」

 永泉は安心させるように微笑んだ。

 が「え…?」と小首を傾げた後、永泉は右手の数珠を構える。

「深泥ヶ池の水よ……私に力を貸して下さい…!」

 そして楝の瞳を閉じて、言霊を発した。

 と、次の瞬間――。

 深泥ヶ池の水が漣を起こし、双つに分かたれた…!

 水が無くなった底に、埋め尽くされている大量の泥――その下から紫の輝きが見える。

「清き水よ…! 水底に眠れる宝珠をここに――!」

 波となった水は、天の玄武に従う。

 水底の泥を雄々しく掻き分け、紫に輝く勾玉を包み込み、水流となって空へ巻き上がる。

 そして元の水と散りながら――掲げられた永泉の掌に勾玉を届けた――。

「――……ありがとうございます」

 しっかりと勾玉を握り締めた永泉は、完全に元の池へと戻った水に感謝した。

「す…すごい、永泉さん! やりましたね…!」

 隣りで呆然と見ていたは、感嘆して永泉のそばに駆け寄る。

「は、はい…! 深泥ヶ池の水が力を貸して下さったおかげです…」

 永泉は自分の功績は控え、深泥ヶ池の水を讃えた。

 それが永泉らしさなのだろうとが理解した時、

「あっ、さんと永泉さん、勾玉を手に入れられたみたいだよ!」

 勾玉入手成功に戦闘中の詩紋が気づいた。

「ならば、後は怨霊を倒すだけだ」

「おっしゃぁ!」

 泰明の手っ取り早い言葉にイノリがやる気に満ちた声を上げる。

「くそぉ…! こうなったら何が何でも勾玉を奪い取る! ミズチ! まずはこいつらを倒せっ!!」

 悔しげに歯ぎしりをしたセフルはミズチに叫ぶ。

 ミズチは気味の悪い雄叫びを上げると、深泥ヶ池の水を吸い上げ、激しい水流と成して吐き出した…!

「詩紋っ、危ねぇ!!」

 矛先が詩紋に向いてるのを感知したイノリは彼の前に身を投げた。

 激流がイノリに雪崩れ当たる…!

 しかしそれはただの水流ではなかった。

「イノリくん!!」

 詩紋が叫んでイノリの身体を支えた時――彼の白い袖から伸びた左腕に、赤いものが流れ落ちる。

「え…これ…血…!? イノリくん!?」

 イノリの左肩に直撃したそれには『水』のみならず、細く尖った水草も大量に含まれていたのだった。

「ん…! ちょっと切れただけだ、心配ねぇよ」

 心配させまいとそう言って、イノリは苦痛を我慢するように左肩を押さえる。

「イノリくん!」

 が永泉と共に駆け寄って来ると、

「行くぞ、。力を貸せ。怨霊を倒すのが先決だ」

 泰明が首飾りを構え、言った。

「え…あっ、はい!」

 イノリの治癒がまず頭にあったは、泰明の言葉を理解し、彼の隣りに並ぶ。

(そうだ…まずは怨霊を倒さないと…! 術…ちゃんとできるかな…!?)

 緊張するに気づいているのか否か、泰明は視線だけ向けて言葉をかける。

「呪符退魔を使う。必要なのは土の気だ」

「はい…!」

 朝、藤姫の館で『力』を宿した時――。

 あかねと天地の玄武から受けた八葉の持つ属性と術の種類、それに必要な五行の力についての説明をは思い出し、返事を返した。


 は藍の瞳を閉じ、身の内に交う土の気を送り出す――!

 それを受け止めた泰明が天狗の羽根が付けられた首飾りを振り翳す。

『急急如律令、呪符退魔!』

 泰明の低い声によって放たれた呪符がミズチの身に迸る。

 ミズチは激しい咆哮を響かせ、黄金色に輝く土の気に蝕まれながら、消え失せた――。


「や…やった…! さん、泰明さん!」

 詩紋がイノリの身体を支えながら表情を輝かせる。

「こ…これで……いいんですか…?」

 無我夢中だったは力を送った時のまま――両手を前に翳したまま呟いた。

 するとそんなに泰明が淡々と答える。

「そうだ、これでいい。よくやった、

「え……あ…はい…」

 泰明の顔を見上げて呆然とは頷く。

 あまりにも淡々としているため、誉められた気がしなかったのだ。

 だが、普段から変わらない彼の表情が多少和らいでいるようで……は段々と嬉しくなって微笑んだ――が。

「あっ、イノリくん! 大丈夫!?」

 傷を負ったイノリのことを思い出し、咄嗟に彼の元へ駆け寄った。

「おう、これぐらい平気だって。よく頑張ったな、

 左肩を押さえたままながら、イノリは明るく笑顔を見せる。

 はそれに辛そうな顔をして、

「うん…今治すからね…!」

 早速イノリの傷の治癒を始めた…。

 ――の両手から放たれる碧色の光によってイノリの左肩が癒されていく中。

 永泉と泰明の視線が違う方向へ向いているのに気づいた詩紋は、自分も青い双眸をそちらへ向けてみた。

 するとそこには――。

「あっ…セフル…?」

 詩紋が名を呼んだ通り、鬼の少年・セフルが――右腕を必死に押さえていた。

 どうやら泰明の放った術の一部を、流れ矢の如く受けたらしい…。

「…はい、終わり。どう? まだ痛む?」

 治癒を終えたは、それでも心配そうな顔をしてイノリに尋ねる。

「い、いや…もう全然平気だ。ありがとな!」

 その不思議な力を目の当たりにして驚いていたイノリだが、次の瞬間には左腕を振ってみせた。

 ほっと安堵の息をついたは立ち上がると、天地の玄武や詩紋の視線に気がつく。

「せ、セフル…? 怪我したの…?」

 がそう尋ねると、セフルはこちらを強く睨み付ける。

「よくもやってくれたな…! この借りは必ず返すぞ!」

 八葉達にとっては馴染みになりつつある彼の強気な捨て台詞。

 その後、いつものように姿を消す――と思われた刻だった。

「待って!」

 ――がそれを止めた。

 朱雀と玄武の八葉もセフルも驚く中、はセフルの右腕をそっと掴むと――碧色の光を放ち始める。

『なっ…!?』

 それにはその場にいる全員が再び驚いた。

 泰明でさえ、声は上げなかったものの理解できないという顔をしている。

「……はい。これでいいよ」

 が微笑んでセフルの腕を放すと、そこにあった傷は綺麗に消えていた…。

「なっ、何をする!?」

 次の瞬間、くっと唇を噛んだセフルはを突き飛ばした。

「きゃ…!」

 その勢いには泥に足を取られ、倒れそうになる…!

 ――しかし、一番近くに居た泰明が特に表情も変えずにの背を軽く支えた。

 がそれに気づいて「あ…すみません…」と言いかけると、セフルが激しく叫ぶ。

「余計なことをするな! 僕たちの一族にとって、敵に情けをかけられるほど屈辱なことは無い! 覚えていろ、空癒の少女!!」

 胸中に沸き上がった思いを洗いざらい放出して、セフルはその姿を消した――。


 少しの沈黙が流れたあと、はふぅと溜め息をついて、

「怒らせちゃったみたいですね……」

 苦笑しながら八葉達に振り返る。

「………何でだよ……」

 すると、怒りでも悲しみでも無い表情で、イノリが呆然と呟いた。

「え…?」

 がそんなイノリに視線を向けると…。

「……何で……何であんな奴の……――鬼の怪我なんか治したんだよっ!?」

 心の中に渦巻いていた疑問を、イノリはにぶつけた。

 ――は、びくっと萌葱色の狩衣に包まれた身を震わせる。

「オレの傷を治してくれたことには感謝してる…! でも、何だって鬼の怪我まで治したんだよ!? あいつは敵なんだ、この京を穢してる鬼なんだぞ!?」

 段々とその勢いを増していくイノリに、詩紋が抑えるべく走り寄った。

「イノリくん、落ち着いてよ…!」

「落ち着いてられるか! っ、お前、あいつらがどれだけ京を――オレ達を苦しめてきたか知らねぇんだろう!? だから…っ!」

「もうやめてよ、イノリくん! そんな言い方しなくても…!」

「――殿っ…!?」

 憤るイノリも、必死に宥めようとした詩紋も、永泉のその声に気づいてを見る。

 すると――。

「…ご……ごめ…なさい…!」

 は、ぎゅっと閉じた瞳から大粒の雫を零していた――。

「なっ…!?」

さん…!?」

 天地の朱雀は大きな瞳を更に見開く。

 一番近くに居る泰明は、ただ瞬きを繰り返し見つめているだけで…。

 永泉が「大丈夫ですか…?」と駆け寄ると、


「……もう、後悔したくないの…!」


 は小さな声でそれだけ絞り出した。

『え…?』

 少年達の声が重なる。

「わ…私……小さい時に友達の前でこの力を使っちゃったことがあって……みんなに気味悪がられたの……『魔女みたいだ』って……それ以来、人前でこの力を使うのはもうやめようって決心したの…! でも……!」

 は、涙と共に零れてくる思いを紡ぎ始めた。

「十歳の時に……学校帰りの大通りで犬が怪我して倒れてて…! 私、すぐに治癒しなきゃって思ったんだけど周りには人がいっぱい居て…! どうしようって行くに行けなくて……そんなことで悩んでる内に…犬が動かなくなって……慌てて抱いだ時には…もう……冷たくなっていって……!!」

 と、再び瞳を強く閉じてぼろぼろと涙をあふれさせる。

「人の目なんか気にしないで治癒してればこんなことにはならなかったって…! すごく…! すごく後悔したの…!!」

 鮮明によみがえる遠き日の悲しい思い――腕の中で硬く冷たくなっていった犬の身体。

「確かに私、セフルや鬼の一族のこと…彼らがどんなことをしてきたか…まだよく解ってない……でも……もう嫌なの…! 怪我をした人を放っとくなんて…治せるのに放っとくなんて……したくない…! どんなに小さな傷でも放っとけない……そこから悪い菌が入ったりすることだってあるんだもの……!」

 そこまで言って、は両手で顔を覆った。

殿……」

「そんなことが……あったんだ……」

 永泉と詩紋は涙が零れそうになるほど自身の瞳を潤ませる。

 泰明は変わらずを見つめていて、イノリは――。

「……〜〜〜!」

 何やら考え込んでがしがしと頭を掻くと、の前に歩いていく。

「…っ?」

 急にそばにやってきたイノリに、はまたびくっとして顔を上げると…。

「……ごめん、

 イノリは素直に謝った。

「あんな言い方して……怒鳴ったりして、悪かった。ごめんな」

「イノリくん…」

 は一瞬ぱちくりと藍の瞳を瞬きさせたが、すぐに、笑んだ。

「ううん……私の方こそ、急に泣いたりしてごめんね。びっくりしたよね?」

 目元を拭いながらそう言うと、イノリは気の抜けた顔をした。

「あっ…当たり前だ!」

「イノリくん!」

 そしてまた大声を出したイノリを詩紋が抑えようとする、が、はもう怯えない。

「本当にごめんね。私、涙腺弱くて…ちょっとしたことでもすぐに涙が出てきちゃうの」

 苦笑しながら懸命に目元を拭う

 そんな彼女に永泉は優しく微笑んで、

「それだけ、殿のお心が素直だということなのでしょう…ですが、あの…本当にもう大丈夫なのですか?」

 最後は心配そうに訊くと「はい…!」とは頷いた。

「……そういうものなのか」

 と、突然、今まで何も語らなかった泰明が一言零す。

「え…?」

 その低くて聞き取りにくい声に気づき、振り向いたのは彼の相方だけだった。

 一体、何に対しての言葉だったのか。

 しかしそれは独り言だったらしく、泰明はもう何も言わず――「みんな、もう怪我は無いですか?」と訊いて回るを、再び黙って見つめた。

 が――ふと、泰明は顔を上げる。

「泰明殿…これは…!」

 永泉も同様に厳しい表情をした。

「どうしたんですか…?」

 天地の玄武の様子に気づいたがそっと尋ねると、

「大文字山に怨霊の気配だ」

 泰明が簡潔に答えた。

「大文字山って言ったら、や天真達が行ってる場所じゃねーか!」

 イノリの言葉に「えっ…!?」とは驚く。

「じゃぁ、さんや天真先輩たちも怨霊との戦いに…!?」

 と、詩紋が言い終わらない内に、

「行かなきゃ…!」

「おう!」

 とイノリは走り出し、

「あ、さん、イノリくん! 僕も行くよ!」

 ついには詩紋もその後を追った。

「あぁ、皆さん…! 泰明殿…」

 永泉はどうすべきか、共に残された泰明に視線で問いかける。

「……あの者達なら問題ないと思うが…それで気が済むのなら構わぬ。行くぞ」

 あの者達――とは、と天地の青龍、白虎のことだが…。

 端的に答えて、泰明は足場が悪い筈なのに颯爽とその地を踏みしめて歩き出す。

 永泉は遅れがちながら、慌ててその後を追いかけるのだった――。