――――三日月浮かぶ夜空はやがて暁色に染まり、雅なる都を照らしていく。


 けれど、そこにはその暖かな光が一筋も射し込まない。

「申し訳ございません、お館様…!」

 鬼の一族の住まう場所――暗き洞窟の中でシリンとセフルは若き首領に傅き、深々と頭を下げていた。

 首領であるアクラムは白き仮面をつけたその顔を部下に向ける。

「何を謝る必要がある。私はお前達に時空の力を秘めた勾玉の存在を確認するだけでよいと言ったはず。お前達では勾玉に近寄れぬことは判っていたからな。無論、この私でも無理だったであろう」

「お館様でも…!?」

 驚いて呟いたセフルに、アクラムは口の端を不敵に上げる。

「だが、それは始めだけの話だ。勾玉の覚醒めの刻だけは我らを寄せつけぬ力を発するが、覚醒めた後は常にその力を発しているわけではない」

「では、今度こそ時見と空癒の者達から勾玉を奪い取って参ります!」

 名誉挽回の機を伺うセフルは急ぎ立ち上がって言った。

 しかし、アクラムから返ってきた言葉はそれを命令するものではなかった。

「その必要は無い。時見と空癒の力を持つ者達の石は、最後でよいのだ」

「最後…ですか?」

「勾玉は時見と空癒の者、そして八葉の人数分存在する。そして八葉の持つべき勾玉を見つけられるのは、時空の力を分かつふたりの少女のみ」

「我々が先に手に入れたところで、他の勾玉を見つけることは出来ないということなのですね」

 鬼の一族の副官・イクティダールの言葉にアクラムは頷いて見せる。

「そうだ。お前達のすべきことは、少女達と八葉が見つけた勾玉を奪い取ることだ。必ず成し遂げてみせよ」

 深々と傅く忠実な部下達を見おろして、アクラムはそう言い放った――。





 ――柔らかな朝の陽射しが雅な藤棚を透かし差し込む庭。

 まだ朝早い時刻だが、そこにはすでに頼久と天真、詩紋の姿がある。

「詩紋、天真、頼久ー!」

 いつものように元気な足音を声と共に響かせたのは、やはりいつものイノリだった。

「お前らも早いな。今日から勾玉探すんだもんな!」

「うん。イノリくん、ちょっと静かにしててね」

「あ?」

 自分がかけた言葉の返事とは思えない詩紋の答えにイノリは間の抜けた声を出した。

「どうしたんだよ、三人とも」

 ただ庭に突っ立っているだけの三人を見てイノリが言うと、

「いーから、ちょっと黙ってろ」

 こちらを見向きもしない天真にあしらわれてしまった。

「何なんだよ、一体!?」

 ハッキリしない三人に苛立ちながら、何を見ているのかとイノリはその視線を追ってみる――すると…。



 朝の光とは違う白金色の光が庭中にあふれ出す。


『――我が身に交う龍脈の力よ。天を巡る時の声と、地に響く空の声に応え宿れ』

 光の中心にいる龍神の神子――あかねは緑の双眸を閉じて言の葉を唱えた。

 やがて光はふたつに分かち、


『遙かなる天を巡り流れる時のために――』

 蒼い勾玉を持つ少女――の声と、


『地の彼方を包み護る空のために――』

 翠の勾玉を持つ少女――の声に応え、その身に宿る――――。



「……何してるんだ…? あいつら…」

 その不思議な光景を目の当たりにしたイノリは誰にとなく尋ねるように呟いた。

「神子殿のお力を、おふたりにも宿しているのだそうだ」

「あかねの力? 何でそんなことするんだ?」

 頼久の言葉にイノリが訊き返すと、

「これからの戦いに必要なことだからですよ」

 慎ましやかな足音で彼らの元に歩みながら、永泉が答えた。

「永泉、お前も来てたのか。これからの戦いに必要って…どうゆうことだ?」

 イノリ達のそばまで歩いてくると、永泉はあかね達に楝色の瞳を向ける。

「神子はこれから、崩壊に進まんとする二つの世界をとどめるために力を使わなければならないのです。その間、殿と殿に勾玉探しと共に怨霊を祓って頂くことになったのです。これで、私達と術を使えるようにはなったでしょう。封印の力は神子特有の為、無理なようですが……」

「へぇ、そうなのか」

 ようやく事を理解したイノリが赤い双眸を少女達に戻すと、あかねが丁度こちらに駆け寄ってくるところだった。

「おはよう、みんな」

 あかねはイノリや天真達に挨拶すると、永泉に視線をずらす。

「ありがとう、永泉さん。おかげ様で無事にすみました」

「お役に立てて何よりです」

 あかねと永泉のそのやり取りに、一同は顔を見合わせた。

 それに気づいたあかねは皆に説明する。

「あのね、ちゃんとちゃんに力を宿す時に悪い気が入り込まないように念のため結界を強めてもらったの」

 そうだったのかと皆が納得すると、も彼らの元に駆け寄ってくる。

「よう! 

 明るく声をかけてくれた天真や周りの八葉に、は「おはよう」と挨拶を返す。

「なぁ、お前たち、あかねみたいにオレ達と術使えるようになったんだってな」

「うん……まだよく解らないけどね」

 期待混じりなイノリの言葉にがそう答えると、詩紋はにっこりと笑顔になる。

「初めは僕もそうだったよ。でも大丈夫だよ、きっと。一緒に頑張ろうね」

「…うん。ありがとう、詩紋くん」

「よろしくね」

 詩紋の優しい笑顔に、もそしても笑顔を返した。

「さてと……じゃぁ、これからちゃんとちゃんに勾玉のありかを感知してもらって、八葉全員が揃うのを待てばいいね」

 あかねがそう言ったのを聞いて天真は、はたとその場を見つめる。


 今この場にいない八葉は、白虎の二人とそして――。


 それに気づいた天真は突然、きょろきょろと左右を見回し始めた。

「ど、どうしたの? 天真くん」

 天真のいきなりの行動にが問いかける。

「いや、ちょっとな……こーゆー時とかって大抵……」

 答えながらも常に視線を張り巡らせるが――『彼』の姿は見当たらない。

「……いや何でもねぇ。どうやら、いないみたいだ」

 少し安堵した笑顔を天真が見せた――次の瞬間。


「誰がいないのだ」


『うわぁぁっ!!』

 突如、『彼』特有の低い声が天真の背後から響いた。

 と同時に驚いた皆の声が高く張り上がる。

 しかしその中に『彼』の相方である天の玄武、そして常に冷静寡黙な武士は含まれていなかった。

「お前っ、泰明っ!! いっつもいっつも突然出てくるんじゃねぇよ! しかも今俺が見回した時いなかったじぇねーか!?」

 毎度のことながら『彼』の出現には気配も足音も感じられない。

 今回は何かの勘で辺りを探した天真だったが、確かに『彼』の姿は無かった筈である。

 故に一度安堵した為、その驚きが倍になってしまった天真はくってかかろうとする程の勢いで問いつめた。

 が、それに顔色一つ変えず、


「次からは背後も確かめるのだな」


 天真の横を通り過ぎながら、『彼』――泰明は声色すら変えず言うのだった。

「ったく、相変わらずオレの寿命縮める奴だなぁ…」

「あの……泰明さん、いつから居たんですか?」

 後ろで「よぉくわかったぜ…今度こそ見てろぉ…!」と天真が拳を握りしめる中、落ち着きを取り戻してきた朱雀の少年達が、泰明の琥珀と翡翠の瞳には、普段よりも更に幼く映った気がした。

 その原因が自分にあるとはつゆ知らずに――。

「初めから居た」

「えっ!?」

 泰明の簡潔すぎる答えに再び驚く詩紋。

 永泉は慌てて補足をする。

「あ、あの、館の結界を強めるために泰明殿も私と一緒にこちらに参ったのです。ですがつい先程まで泰明殿は式の後始末をして下さっていたので……泰明殿がこの場にいらしたのは今ですよ」

 永泉のそれを聞きながら、天真は何故永泉が泰明の相方に選ばれたのかを理解した気がした。

 高い霊力もさることながら、泰明の唐突な出現に驚きもせず、また更に彼の無駄を省かれた答えに補足できるような者など――永泉以外に居ないだろう。

 よく考えれば他の八葉の組み合わせも良くしたものである。

(さすがは龍神様ってことか…)

 初めは難問ばかり生まれた八葉の組み合わせも、四方の札を集める過程において少しずつだが理解し合い、絆が芽吹いた。

 これからの戦いを乗り越える為の絆が――。


「あ、大丈夫? ちゃん、ちゃん」

 ふとあかねがふたりの少女の方を見て尋ねた。

 半ば放心状態だったからである。

「う、うん…何とか…。今のはちょっと心臓に悪いかもね…」

「そうだね。ちょっと……うーん、かなりびっくりしたけど…」

 正直に心境を語るにあかねは苦笑してみせる。

「みんな、いっつもこうなんだよ。でもすごく仲良くなったの。最初は気持ちのすれ違いばっかりだったから、今のこういうのが、私は嬉しいんだ」

 花咲くように笑うあかねを見て、はもう一度、八葉に視線を向けてみる。

 すると確かに彼らを包む雰囲気はどこか暖かいものに見える。

 彼らを繋ぎ囲む、暖かい何かに――。





(……うーん……)

 暖かい昼の陽射しが射す道を歩きながら、は俯き加減になって心の中で唸る。

「どうしたんだい、殿? 先程からずっと俯いたままで」

「どこか、お身体の具合でも悪いのですか?」

 そんなの様子に、友雅と鷹通が尋ねた。

「いえっ、そういう訳じゃないんです…!」

 パッと顔を上げ、違いますと手を振るに天真も訝しげな顔をする。

「じゃぁ、どうしたんだよ?」

「えっと…あの、そのぉ…!」

 は天真と鷹通、友雅、そして先程から様子を伺い加減に前を歩く頼久を見回して。

(みんな背高い…)

 ――と、思いつつ。

「何でもないです……」

 そう言って溜め息をつくことしか出来なかった。


 時の勾玉のありかを、大文字山辺りに感知したは、その勾玉の質(時)を持つはずの八葉――青龍と白虎の四人と共にそこへ向かっている。

 しかしこの四人、頼もしい事この上無いのだが、揃って背が高いのである。

 もあかねやより背は高いが、この四人とでは比べようも無い。

 更に、彼らはを守るように並んで歩いている。

 にとって彼らの気持ちは嬉しいのだが――それはかなり目立つらしく、すれ違う人々の視線が堪らなかった。

(みんな背高くて頼もしいとは思うけど…やっぱり何だか落ち着かないよぉ〜!)

 道行く人々と不思議そうな顔をした四人の八葉の視線を受けながら、は心の中で静かに叫ぶのだった。





「あー、親分! どこ行くんだ?」

 空の勾玉が在ると思われる地――深泥ヶ池への道を、空癒の少女と天地の玄武、相方の詩紋と共に歩いていたイノリは、馴染みのある元気な声に振り返る。

「おう、ちょっと深泥ヶ池までな」

「あれ? そのねーちゃん誰? 前に会ったねーちゃんと違う人じゃん」

 イノリよりも幼い少年は走り寄ってくるなりに気づいて尋ねた。

 おそらく『前に会ったねーちゃん』とは、あかねの事だろう。

「こいつはオレ達の新しい仲間だ。っていうんだぜ」

「ふーん。おいらはイノリ親分一の子分だ! よろしくな、ねーちゃん」

「う、うん。よろしくね」

 はその無邪気な少年に、にこっと微笑んだ。

「じゃぁ、おいら急いでるから! またな、親分とお仲間さんたち!」

 朱雀、玄武の八葉達とに大きく手を振って、イノリの子分である少年は元気よく走って行く。

「あの子……もう僕のこと、鬼じゃなくてイノリくんの友達だって解ってくれたんだ…」

「そうですね。それにとてもお元気そうで、ほっと致しました」

 以前はその外見故に鬼の一族と見紛われていた詩紋――。

 兄である帝が何より思う京の民の、その元気な姿を見ることが出来た永泉――。

 各々の思いが暖かくあふれた八葉の少年達は遠ざかっていく小さな背を見送り、穏やかな笑みを浮かべた。

 ――と、唐突に。

「行くぞ。でないと日が暮れる」

 この場にいるメンバーの中で唯一背が高く、冷静で、無駄が無い青年――泰明の低い声が聴こえた。

「は、はい…それでは皆さん、参りましょう」

 慌てて頷いた永泉は、さっさと行ってしまう泰明を追うべく、皆を促す。

「何だよ、そんなに急がなくたっていいじゃんか」

「文句言わないの、イノリくん。さ、さんも早く行こう」

 イノリを宥めて詩紋はに呼びかける。

「あ、うん…!」

 は頷きながら、

(泰明さんってみんなの引率さんみたい…)

 そんなことを思って、彼らの元へ走り出した。





「さてっと……大文字山まで来たのはいいが、ここのどこにあるんだ?」

 目前にめいっぱい広がる緑の景色に天真は誰にとなく――いや、に問うた。

「うーんと、ちょっと待ってね」

 は先程ここに勾玉の気配を感知した時と同じことを繰り返す。

 左手首の腕輪の蒼き勾玉を翳して、目を閉じて、精神を集中させる。

 だが――。

「……あれ、何だかよく判らなくなっちゃった」

 瞳を見開いたの答えは困惑したものだった。

「何だよ、それ?」

 天真は思わず訊き返す。

「気配はあるのに、その場所がハッキリとは判らないの。まるで影みたいなものに遮られてるみたい…」

 のそれを聞いた鷹通は、自分なりに推測したことを述べてみる。

「もしかしたら鬼の術によるものではないでしょうか」

「妥当だね、鷹通。あの連中は、抜け目だけは無さそうだからね」

 と、友雅は相方の青年の推測を肯定した。

殿、少し周辺を探してみませんか?」

 頼久がそう進言すると、はすまなさそうに頷く。

「そうですね。ごめんなさい、面倒なこと増やしちゃって」

 そんなに天真はお前って奴は…という感じに軽く笑う。

「何言ってんだよ。お前のおかげで、京中探し回らなきゃいけないところを、限定された場所で済んでるんだ。気にすんなよ」

「そうそう。それに可愛い人のお願いはぜひとも聞いてあげたいからね」

 天真のあとに何気に続けた友雅。

 その流し目含まれた表情と言葉に、「えっ…?」とは驚いて頬を染めてしまう。

 すると呆れたような顔をした天真が二人の間に割って入った。

「……おい、友雅。あかねの次はこいつか? あんまりで遊ぶなよ」

「心外だね。私は遊んで言ったつもりは無いよ」

「どうだかな。ったく、は友雅のこーゆーとこを見てないから、あんなこと言うんだよな」

殿が…? どうかしたのですか?」

「実はさっき、鷹通さんと友雅さんが来る前に藤姫の館で……」

 ――鷹通に尋ねられ、答えたの話はこうだった。



 館で待っている間、天真とイノリが中心になって『白虎の二人が来るのが遅いのは何故か』という話題が持ち上がった。

 鷹通の場合は当然のように仕事が原因だろうと挙げられたのだが、友雅の場合は夜遊びだの不真面目だからだのといったものが挙げられてしまい…。

 不思議そうな顔をして聞いていたは、にこっと笑ったかと思うと、


「でも、友雅さんっていい人ですよね」


 …と言ったのである。

 その刻、その場にいた八葉とあかねの驚きようは凄かった。

 常に寡黙な頼久でさえ驚いていたし、常に表情が動かない泰明も――いや、やはり動いていなかったが。

 興味の無いことには無頓着な彼が皆と同様、一瞬にしてに視線を向けていた…。



 ――と、それには鷹通も、友雅本人も驚いたらしい。

 暫し白虎の二人は瞬きを繰り返す――。

 だが、友雅はすぐに、ふっと笑った。

「面白い人だね、殿は。お世辞でも嬉しいよ」

 友雅のそんな様子に、はむっと真剣な表情になる。

「……は本当に素直に思ったから言ったんです。初めて逢った時に一生懸命守ってくれたから…って言ってました」

 の言葉を聞いて友雅は「ああ…」と少し納得する。

「あの時は柄にもなく、真面目に頑張ってしまったからねぇ…」

「柄でなくても、今日も『真面目』にお願いしますね、友雅さん」

 ピッと人差し指を立てて指摘するように言ったは「捜索開始しましょう!」と青龍の二人の元へ駆け寄っていく。

「やれやれ、神子殿が増えたみたいだ。神子殿の世界の女性は皆あのようにしたたかなのだろうか」

「とても、頼もしい限りではありませんか。殿のお言葉通り、『真面目』にいきましょう、友雅殿」

「はいはい」

『真面目』な相方、鷹通の言葉に、友雅は軽めだが楽しげに返事を返した。





 ――深泥ヶ池にまず到着したのは、陰陽師である地の玄武だった。

「や、泰明…! 速すぎるぜ、お前」

 何とか二番手として辿り着いたイノリは軽く息を整えながら言うが、

「普通だ」

 あっさりと、息一つ乱れていない泰明に返された。

「こ…ここが…深泥ヶ池、ですか…?」

「うん…そ、そうだよ…」

殿……足元に…どうかお気をつけ下さい…」

 存分に遅れて到達した、詩紋、永泉は、思い切り弾んでしまった呼吸と動悸を鎮めるべく肩を上下させる。

 イノリが「ほらな?」と、三者三様な光景を指差すが、泰明は黙って視線をよこすだけで、特に何を言うわけでも無かった。

「…んで、勾玉はどこにあるんだ? 前みたいな祠は見当たんねーぞ?」

 イノリは取りあえず辺りを見回すが、実際緋倉の地に在ったような祠は無い。

 故ににそう問いかける――が、

「あ、悪い、。大丈夫か?」

 が息を切らしているのに気づき、問いの内容を変えた。

「う…うん、もう平気だよ。ありがとう、イノリくん」

 は気遣ってくれたイノリに礼を言って、一つ大きな深呼吸をする。

「本当に見当たらないね…。さん、どの辺か判る?」

 詩紋もようやく落ち着いて、に尋ねた。

「うん…じゃぁ、ちょっとやってみるね」

 朱雀の少年達に微笑みかけてから、は先程ここに勾玉の気配を感知した時と同じことを繰り返す。

 首飾りの翠の勾玉を両手でそっと包み、目を閉じて、精神を集中させた。


 すると――の勾玉が翠色に輝き出す。


 と同時に、深泥ヶ池の水面が輝きを放つ――!

「あっ、池が光った! 池ん中にあるのか!?」

 まるでの勾玉に応えるかのように輝き出した水面を、イノリは驚いて指した。

 だが――。

殿、お待ち下さい…!」

 突然、永泉がに制止の声をかける。

「え…?」

 驚いたのはだけではなく朱雀の少年達も同様だった。

「どうしたんですか?」

 詩紋の問いに永泉が答えるよりも早く、

「出てこい、鬼」

 泰明の低い声が鋭く響いた。

 ――天地の玄武が視線を向ける先を辿っていくと、池の周りに生える高き水草の陰から一人の少年が現れる。

「よく、判ったね」

 強気な瞳を向けてくるその少年は、永泉と泰明が察していた通り、セフルだった。

「当然だ」

 きっぱり言い返した泰明の隣りに朱雀の少年達は駆け寄る。

「セフル!? どうしてここに…?」

「どうせオレ達の邪魔しに来たんだろ!? 性懲りもねぇな」

 戸惑うような顔の詩紋とは対照的に、イノリは勝ち気な表情で言い返す、が。

「邪魔しに…だって? とんでもない。僕はお前達を手伝いに来たのさ」

 セフルはクッと笑って言った。

 その意味の解らない恩着せがましい言葉に「はぁ?」とイノリは思い切り顔をしかめる。

「出でよ、怨霊・ミズチ!!」

 と、いきなりセフルは怨霊・ミズチを呼び出した…!

「おい! 怨霊出して何が『手伝いに来た』だ!?」

 イノリが身構えながら叫ぶが、セフルは悪びれない態度のままだ。

「勘違いするな。さ、空癒の少女。続けなよ。勾玉は池の中にあるんだろう? もう一度光らせればこいつで取って来てあげるよ」

 そしてミズチを指しながらに視線を向けて言った。

「え…?」

 一瞬困惑するだが、彼女までのセフルの視線をイノリは身を挺して遮る。

「けっ、そんな手には乗らないぜ! どうせそのまんま持ってく気だろ」

「イノリの言う通りだ。必要ない」

 泰明もイノリの言葉に同意した。

「じゃぁどうするんだい? 泥だらけの池の中にある勾玉をどうやって…」

「問題ない。黙れ、鬼」

 いい加減に嫌気がさしたらしく、泰明はセフルを睨み付けた。

「なっ…何だと…!?」

 頭にきたのかセフルはギッと目をつり上げる。

、永泉。勾玉は任せたぞ。奴と怨霊は我々でくい止める」

「わかりました」

 泰明がこちらを向くことなく紡がれた言葉に、しっかりと答えた永泉。

 が未だ困惑していると、永泉は穏やかに微笑みかける。

「さぁ、殿。もう一度勾玉に呼びかけて下さい。泰明殿達が鬼と怨霊を抑えて下さっている間に、私達で勾玉を得なくては」

「は、はい…!」

 もきちんと頷くと、永泉と共に池のほとりまで急ぐ…。

「そうはさせるか…! 行けっ、ミズチ!」

 怒りに震えたセフルはミズチを嗾ける――しかし。

「それはこちらの言うことだ…――破っ!!」

 瞬時に泰明は土の気を放った。

 と永泉の方へ向かおうとしたミズチが、それに激突、阻まれる。

「邪魔はさせないぜ! 行くぞ、詩紋!」

「…うん!!」

 イノリの言葉に、意を決した詩紋は力強く頷いた。

 池に眠る勾玉とそれを目覚めさせようとすると永泉を守るために。

 イノリと詩紋――天地の朱雀、そして泰明が立ちはだかった。





                           



第三章  紡ぎ歌、刻み痕