「くっ…やっぱり邪魔しに来たね、八葉!!」

 を守るために揃った天の四神組の八葉を睨むシリン。

「あったり前だろ! こいつはお前なんかに渡さねぇからな! 鬼のおばさん!」

「な…にっ…!?」

「あ、あの、イノリ殿…! そんな風に挑発なさらない方が…!」

 イノリの容赦ない言葉のせいで、更にきつくなったシリンの顔を見て、永泉は細い声で忠告する――が、しかし。

「許さない…許さないよ! 小生意気な八葉め!」

 時すでに遅し。

 鬼女と呼ぶに相応しくなってしまったシリンに、鷹通は重く溜め息をつく。

「私も永泉様に同感ですよ、イノリ。ですが鬼よ。今のあなたに私たち四人と戦える力があるのですか?」

 臆する様子もなく、鷹通はまっすぐな瞳でシリンを見据えた。

「鷹通殿の言う通りだ。お前一人では私たちに適うわけはない。今の内に帰るなら見逃してやるぞ」

 頼久も鷹通に同意したが、シリンにとっては屈辱以外の何ものでもなかった。

「大きなお世話だよ! もう許さない! 必ずお前たちを倒し、時見の力を持つ者を連れ去ってやる! 出でよ! 怨霊・武者像っ!!」

 ついにシリンは怨霊を呼び出した…!

「あ…あれは!?」

 それを見て、は愕然として後ずさる。

「怨霊を呼んだ…!?」

「へっ、そーゆうことかよ! でもこいつなら楽勝だぜ!」

 金属性の武者像に対し、木属性の頼久は無意識の内に一瞬怯んだがすぐに刀を構える。

 火属性のイノリは元よりやる気満々のようだ。

「私も加わりましょう…! 永泉様、時見の少女をお願いします」

 引き締まった表情で、鷹通は前に進み出る。

「わかりました。時見の少女、私の後ろにいて下さい」

 を安堵させるように言って、永泉はの前に立つ。

「は…はい…!」

 は一応返事をしたが、その顔は未だ愕然としていた。

 なぜなら、目の前に迫る怨霊・武者像は、先程予知したときに見えた鎧の化け物だったから――!

「行くぞ怨霊!!」

 空を裂くような頼久の声と攻撃のあとに続いて、それぞれ攻撃していくイノリと鷹通。

 やはり一番効いてるのはイノリの放つ攻撃のようだが、頼久と鷹通の攻撃も確実に効力を増していく。

「あっ、危ねえ! 永泉!!」

 武者像の攻撃を防いだつもりだったイノリだが、その余波が永泉との方に飛んでいく…!

「水の気よ…! はっ!」

 永泉の数珠を握る手から放たれた攻撃が、見事に余波を防いだ。

「すまねぇ、永泉! でもやるじゃん、見直したぜ!」

 明るい声と笑顔をくれたイノリに、永泉も微笑みを返す。

「もうこんなこと、ねぇよーにするぜ!」

 しっかりと武者像に向き直り、戦闘再開するイノリ。

(……どうしよう…!)

 それを、は震えながら見ていた。

 震えているのは、戦闘や怨霊が恐ろしいからだけではない。

 今のこの光景が、先程見た光景と同じだから――!

(どうしよう…このままだと…!)

 の瞳に、刀を手に戦っている蒼い髪の青年――頼久が映る。

(このままだと…あの人が…!!)

 しかしの不安に誰も気づかぬまま――その不安を断ち斬るかの如く、

「これで終わりだっ! 怨霊――っ!!」

 頼久の渾身の太刀筋が武者像を貫く!

 そうして――辺りに唸るような悲鳴を轟かせて、怨霊・武者像は倒れた…!

「よっしゃ! やったぜ!」

 飛び上がらんばかりの勢いで喜ぶイノリ。

「時見の少女殿、お怪我はありませんか?」

「あ…!」

 こちらに戻ってくる鷹通に、は返事を返せない。

 倒れて消滅しかけている武者像から目を離すことができない…!

「どう…したのですか?」

 永泉が不思議そうにに尋ねた。

「…駄目…まだ…!」

(終わってない――!)

 震えて言葉になってくれない思いをが感じた刻だった。

「何てことなんだい武者像! お前の力はこんなもんじゃないだろう!?」

 シリンの悔しさに満ちた声が武者像に浴びせられた。

 それが武者像にとっても悔しかったからなのかは判らない。

 だが、消えかけていた武者像は立ち上がり、最後の力を振り絞って矛をこちらに向かって放り投げた!

「…ん!?」


 それに気づいたのは――頼久――!


「駄目ぇ―――っ!!」

 は自分の中の何かが爆発したのを感じ、弾けたようにその場から走り出して頼久に飛びついた。

「えっ…!?」

 驚いたのは頼久と、そして周りの八葉だ。

 特にイノリと鷹通と永泉は何が起こったのか理解できなかった。

 しかし――。


 ガランッ…!!


 と頼久の真横を紙一重で通り過ぎた大きな矛が地に落ちた刻。

 その場にいた全員がようやく理解した。

「こんのっ…! 止めだ! 受けろ怨霊!!」

 振り向き様にイノリが放った紅い一撃に、武者像は今度こそ消滅した…!

「……や、やりましたね…今度こそ…!」

 完全に武者像が消え落ちた焼け跡を見て、永泉が言うと、

「ええ、そのようです」

 鷹通もやっと安堵の溜め息をついた。

「…時見の…少女殿…!?」

 頼久は自分にしがみついている少女を見つめる。

「あ……よかった…! 間に合った…!」

 少女――は、頼久を救えたことに心底ホッとした。

「やい鬼! よくも後ろからなんて卑怯なことしてくれたな!」

「くっ…もう少しだったのに…!」

 イノリに指されて、悔しげに呟くシリン。

「何がもう少しだ! まだやる気なのか!?」

 危うくと頼久が怪我をするところだった――そのことに対しての怒りが溢れているイノリは身構えた。

 鷹通も永泉も、そして頼久も同じく…。

「くぅっ…! 覚えておいで八葉! 時見の者は必ず…必ずもらい受けるからね!!」

 負け惜しみの言葉と共にきつい睨みをもこちらに寄こして、シリンは――鬼はその姿を消した――。

「……ふー、やっと行ったぜ。あのおばさん」

「で、ですからイノリ殿。そのように呼ぶのはおよしになった方がいいですよ」

「いーんだよ、本当のことなんだから」

「は…はぁ…そうですか…」

 鷹通はそんなイノリと永泉の会話にくすっと笑うと、の方に向き直り、

「御無事で何よりです、時見の少女殿」

 穏やかな声と笑顔でそう言った。

「あ…あの、助けてくれてありがとうございます。…あなた達は?」

 尋ねるに、変わらぬ穏やかさで答える鷹通。

「我々は龍神の神子殿に言われてあなたをお助けに来た、八葉と呼ばれる者です」

「八葉…?」

 がその名を口にすると、

「そういえばお前、よく武者像が矛投げてきたこと判ったなぁ!」

 イノリが明るく言った。

「本当に、よく気づかれましたね」

 永泉もを誉める。

 しかし、は俯いて…。

「――見えたから」

 聞き取れない程の小さな声で呟いた。

「え?」

 ちゃんと聞こえたらしく、驚く八葉の四人。

「見えた…って?」

 まず聞き返したのはイノリだった。

「私には少し先の未来が見えることがあるの。それでここに来る時に…見たんです。あの鎧みたいな化け物が消えそうな瞬間、大きな矛を私に投げて…それを…!」

 顔を上げてが向いたのは――頼久。

「…え?」

 頼久はそれに少し驚いて目を見開く。

「それを…かばって……あなたが、怪我をしてしまうのを…!」

 そこまで言って、はまた俯いた。

 あの予知で見えたときの恐怖感と、現実で頼久を救えてよかったという安堵感が一緒になって…。

「…そうでしたか……それであなたは『時見の少女』と呼ばれるのですね」

 そう言った鷹通に、は首を横に振る。

「……わかりません。今までそんな風に呼ばれたことは、無かったから…」

「そうなのですか…。とにかく、皆、神子殿の元へ戻りましょう。詳しいお話は、そこでした方がいいと思います」

「そうですね。では、参りましょう」

 鷹通の提案に同意して永泉はを促す。

「あぁ、ところで時見の少女殿。お名前は何とおっしゃるのですか?」

「そうだ! 聞くの忘れてたぜ。何て言うんだ?」

 鷹通とイノリに尋ねられて、はきちんと答える。

「私の名前は、星風寺です」

殿ですか。我々の神子殿と同じ年頃の方のようですね。では行きましょうか」

「は、はい」

(神子殿……?)

 は先程から聞く不思議な響きの名を心の中で呟く。

 自分と同じ年頃の神子――?

 不思議な感じは募るが、にっこりと微笑む鷹通には返事をして、一同と共に帰路につくことにした。

「あ、お待ち下さい」

 しかし突然、頼久がストップをかけた。

「え?」

「何だよ頼久、いきなり〜!?」

 驚いて振り返るたちと、少々脱力したイノリ。

「その…お礼を申していなかったので」

 頼久はを真っ正面から見ると、

「助けて頂いたのは私の方でした。有り難うございます、殿…!」

 そう言って深々と頭を下げた。

「えっ、あの、そんな…! 気にしないで下さい…!」

 頼久のような青年にそんな真っ正直な態度をされて、はすっかり赤面して慌ててしまった。

 でも――少し嬉しかった。

 自分の『力』が、自分がちゃんと役に立てたのだから――。





 ――紅い咆哮が響き渡る。

 迫り来る炎を防ぎ避けながら、地の四神組の八葉は奮戦していた。

 しかし、火属性のヤタガラス相手ゆえに金属性の友雅はの保護に回っており、木属性の天真と土属性の泰明と詩紋が攻撃をしているのだが…。

 三人は誰もが不得手でもなければ得手でもないので、少々長引き気味だった。

 そんな中――の思いは複雑に絡まれていく。

 目の前に繰り広げられていくのは、に――だけに解らないことばかり。

 自分を誰かの元へ連れて行こうとする少年・セフルと、それを阻止するために戦う四人の男性・八葉。

 そして、にとっては恐ろしい化け物でしかない怨霊・ヤタガラス。

 それらすべてが目の前で激突しているのだ。

(…一体…どうして…!?)

 ――その刻、二人の者が、の不安に包まれた心に気づいた。

「大丈夫だよ。もうすぐ彼らがあの怨霊を退治してくれるからね。必ず君を守るからもう少し辛抱していておくれ」

 一人は、のすぐそばにいる友雅だった。

「は…はい…」

 そしてもう一人は――。

「ハッ! よくもそんなことをぬけぬけと言えたものだ」

 今までヤタガラスの後ろにいたはずの、セフルだった。

 不敵な笑みを浮かべてと友雅の前に降り立つ。

「どういう意味かな? それは」

「しらを切るな!」

 の前に進み出た友雅に、セフルは動きを封じる術をかけ、縛した!

「なっ…これは…!?」

「あ! 友雅さん!?」

 それに気づいた詩紋が叫ぶ。

 しかし友雅の身体は少しも動くことを許されない…!

「そいつらを信用しちゃいけないよ、空癒の力を持つ者」

 セフルは急に子供らしい表情になってに話し出す。

「え…!?」

「そいつらは悪人なんだ。連れていかれたら何をさせられるか判らないし、時見の者――友達にも会えないよ? そして、元の世界に帰ることもできないんだ」

ちゃんに…会えない? 元の世界…!?」

 の瞳が更に不安な色に染まる。

「おっ、お前! いきなり何を言い出しやがるんだ!?」

 セフルのあまりにも勝手な言い草に、戦闘中の天真が叫ぶ。

「ふっ……空癒の君が何も知らないのをいいことに…そんな手を使うとはね…! 子供じみたやり方だな…!」

 動けず喋りずらい身体ながら、友雅はセフルを見据えて言った。

「子供だからさ。きちんと解ってもらうためには邪魔が入らないようにして説明するしかないだろう?」

 クッと笑って、セフルはの方を向く。

「さぁ、空癒の者よ。こっちへ来て」

「駄目だ…行ってはいけない…!」

 に向かって手を差し出すセフルと、何とか止めようとする友雅。

「あ、あの…私は…!?」

 は完全に困惑の底に落ちる…。

「この野郎…! 黙って聞いてりゃ勝手なことばっかり言いやがって!」

 その刻、堪忍袋の緒がついに切れた天真が、後ろに振り返った。

 しかし直後にヤタガラスが炎を放つ…!

「油断するな、天真!」

 泰明の言葉も間に合わず、ヤタガラスの炎の弾が天真を襲う!

「うわぁぁぁ!」

「天真先輩!!」

 詩紋が叫んだときには、天真は炎の弾を受けた勢いのままと友雅の方に飛ばされてしまった…!

「あっ…!? 大丈夫!?」

 倒れる天真に慌てて駆け寄る

「へっ、これぐらいどうってことないぜ、大丈夫だ」

 に心配させまいとして、男らしい笑顔を見せる天真。

 だが龍の宝玉の埋まる、青いタトゥーの描かれている左腕には火傷が負われている。

「でも、腕に火傷が…!」

「大丈夫だって。それより、あいつの話は信じるな」

「え?」

 天真はの藍色の瞳をしっかり見て、真剣な表情で話し始める。

「あいつらの…鬼の奴らのとこなんかに行ったら、それこそどう利用されるか判らない!第一元の世界に帰す気なんて全く無いんだ!」

「嘘だよ。僕のお館様はお前を元の世界に帰す力を確実に持っている。持っていないのはそっちだ」

 すかさずセフルが言うが、天真も負けない。

「確かに俺たちの所に来てもすぐには元の世界に帰れない…! でも、そのために…帰るために俺たちはあいつらと戦ってるんだ…!」

「帰る…ため…?」

「ああ。俺も、あそこにいる詩紋も、お前と同じ世界から来たんだ。お前の不安な気持ちはよく解る。だから必ず守るぜ、安心していいぞ」

「……!」

 天真の話を聞いたの表情から少し、不安の色が抜けた――かと思われた…が。

「騙されちゃ駄目だ、空癒の者! そいつはお前を利用するために嘘を言ってるんだ!」

 懲りずにセフルはに言い放った。

「てめぇ…いい加減にしろよ…!」

 セフルを睨み付ける天真。

 しかしやはり火傷を負った腕が痛むらしく、しゃがんだまま表情を苦痛に歪める…。

「天真先輩!?」

「詩紋、お前も油断するな!」

「え? あっ…!!」

 泰明が注意を呼びかけたが、天真を気遣った詩紋は前に迫る炎の弾に気づかなかった…!

 慌てて目をつぶってしまう詩紋。

 だが――。

「うっ…!!」

 炎の弾を受けたのは、咄嗟に詩紋の前に立った泰明だった。

 泰明は左肩に火傷を負い、その場に膝をつく。

「やっ、泰明さん!!」

「大事ない」

 きっぱりと言う泰明だが、詩紋にはとてもそうは思えない。

「僕はお前をそいつらに利用させないために、渡さないために迎えに来たんだ。さあ、一緒に行こう、空癒の者」

 セフルは再びに向かって手を差し出す。

「駄目だよ! お願い、僕たちを信じて!」

 懇願するように詩紋がに叫ぶ――しかし、


「無駄だ、詩紋。やめておけ」


 泰明の冷たい声がそれを断った。

「え…? 泰明さん…?」

 驚いて詩紋は泰明を見る。

「いくら言ってもあの鬼が偽りを言い返し、空癒の少女に余計混乱を与えるだけだ。言うべきことは天真が言った。我々は怨霊を倒すべきだ」

 淡々と語って、泰明は立ち上がる。

「そう…ですね。わかりました」

 詩紋はしっかりと頷くと、

「必ず守るからね…!」

 それだけに言い、怨霊に向かって身構えた。


 その瞬間――の中に何かがあふれてくる…!


「早くこっちに来るんだ、空癒の者! そいつらは悪人だぞ!」

 苛立ちを露わにした声でセフルが叫んだ。

 ――には双方が何者なのか、ちゃんとは解らない。

 けれど八葉は――この四人は、のために戦っている。

 を連れて行かせないために、にとっては恐ろしい化け物でしかない怨霊に臆することなく立ち向かって…。

 傷を負いながらも、の気持ちを考えて。

 それがハッキリ解ったに、どうしたら八葉が悪人に見えただろう――?

「そいつらが言ってるのは全部偽りだ! お前を利用するために嘘を言ってるんだ!」

「…もうやめて。あなたの話は信じない…!」

 は首を横に振って、セフルをしっかり見据える。

「なっ、何…!? 何故だ!?」

「私はまだあなたのことも、この人たちのことも、ちゃんとは知らないし判らない。けれど…この人たちは、私のことを考えて戦ってくれてる。それだけはハッキリと解ったから。私は、この人たちを信じる…! あんな怨霊なんていうものを使って人を傷つけるような、そんな人の…あなたの話なんて信じない!」

「ちっ…!」

 セフルが悔しげに舌打ちした、その刻。

「そういうことだ、まあ当然だがね!」

 友雅がセフルに向かって右腕を大きく振るった。

「あっ…! お前、いつの間に!?」

 何とか交わしてセフルはその場から離れる。

「私がいつまでもお前ごときの術にかかっているわけないだろう?」

 そう言って自分の服を軽くはらって見せる友雅。

「くそっ…! 何をしているヤタガラス! 八葉を倒せっ!」

 瞬時にヤタガラスの後ろに移動し、命令するセフル。

 ヤタガラスは炎を発するため、地に響くような咆哮をする…!

 しかしそれより素早く泰明が首飾りを構える。

「させぬ。詩紋、同時に攻撃するぞ。それで片がつくはずだ」

「はい…!」

 頷いて詩紋も者の印を結ぶ。

『土の気よ!!』

 ヤタガラスに炎を発する暇を与えず、同じ土属性の力を持つ泰明と詩紋が同時に攻撃を放つ!

 すると泰明の思惑通り、ヤタガラスの活動気力は残り少ないものだった。

 ヤタガラスは二人の同時攻撃を止めとして受け、苦しみに満ちた最後の雄叫びを上げて消滅した――。

「やったぜ、泰明! 詩紋!」

 天真が火傷を負った腕を押さえて立ち上がる。

「さあどうする? 鬼の少年」

 ヤタガラスが消え去り、一人になったセフルを見て友雅は尋ねた。

「くっ、くそぉ…! よくもやったな八葉! 今日のところは退いてやる…だがこれで諦めたわけではない! 空癒の者を必ず連れ去ってやるからな! 覚えていろ!」

 あくまで強気に言い張ると、セフルは一瞬で姿を消した――。

「やれやれ、相変わらず鼻っ柱の強い子供だな、あの鬼は」

「でもって妙なところで頭の回転が速いから厄介だよな」

「そうだねぇ…っと、大丈夫かい? 空癒の君」

 セフルについて天真と会話をしていた友雅が、ぺたん、と座り込んでしまったに手を差し伸べる。

「あ…はい…!」

「ケガしてないよね? 良かった!」

 友雅の手を取って立ち上がったの元に、駆け寄ってくる詩紋と、続いて歩いてくる泰明。

「はい、私は大丈夫です。でも、あの、火傷されましたよね!?」

 天真と泰明に向かってが訊くと、

「なーにこんなの…」

「どちらとも問題ない」

「………」

 明るく平気だと答えようとした天真を遮って、泰明はきっぱりと言い切った。

 天真はそんな泰明をじっと見てしばらく沈黙する。

「……おい、泰明。それって俺も含まれてるんだよな?」

「そうだ。違うのか?」

「え? いや、違わない、大丈夫だけど…そーゆう時って自分はともかく…」

「何だ?」

「その、何って、相手を思いやるべきというか…」

 事あるごとに聞き返されるとは思ってなかった天真は段々と口ごもってしまう。

「相手は…思いやる……?」

 そんなぎこちない天真の言葉を、泰明は不思議そうに繰り返す。

「……何でもねーよ。そうだよな、お前なりに、こいつに心配させないために言ったんだもんな!」

「心配……させない……?」

「何、さっきから暗唱してんだよ」

 泰明の反応に天真が少し笑うと、

「駄目です、見せて下さい!」

 突然、が真剣な表情で天真と泰明に言った。

「え? 見せろって…!?」

「……?」

 不思議がる天真と泰明。

「こっち来て、座って下さい!」

 だが、あまりのの真剣ぶりに、言われるがままのそばに座ってしまう。

 二人の間に立ち、は火傷を負った天真の腕と泰明の肩に、そっと手を当てた。


 すると――目を閉じたのその両手から碧色の光があふれだす…。


 驚く八葉が見つめる中、その淡い光が天真と泰明の火傷を癒やしていく…!

「わぁ…火傷が…みるみる消えていく…!?」

 詩紋が目を丸くして言ったときには、二人の火傷は完全に癒え、消えていた。

 ――ちなみに天真と泰明を座らせたのは、二人の背が高いからであった。

「…はい、これでいいです」

 目を開けて、は安堵の笑顔を見せた。

「え? 今の…何だったんだ!?」

 天真は治った腕とを交互に見比べて訊く。

「……これは…?」

 泰明も癒えた肩を不思議そうに見つめる。

「私には生まれつき、傷や痛みを癒やす治癒能力があるんです。こういう火傷とか、軽い頭痛でも治せます。最も、自分には使えませんけど…」

「へぇ…すごいんだな…」

 天真が感心すると、

「成る程ねぇ、それで君は『空癒の少女』というわけなのか」

 えらく納得したように、友雅は頷いた。

「え…?」

「何でだよ、友雅?」

 振り向くと、尋ねる天真。

「空癒の癒という字が癒やすという意味のようだからね。さしずめ、空のように包んで癒やす少女、ということなんじゃないかな?」

「そう…なんでしょうか…」

「まぁ、その辺は帰ってあかねに訊こうぜ。えっと、お前の名前は?」

です。雫月といいます」

 天真に訊かれて、はしっかり立って答えた。

…か。治してくれて、ありがとな」

「いいえ…! 私こそ助けてもらって、ありがとうございました…!」

「気にすんなって! おい、泰明! お前も治してもらったんだから、何とか言えよ」

 無言で立ち上がっていた泰明は、天真に言われてしばらくを見て沈黙すると、

「……すまない」

 何故か謝りの言葉を口にした。

「違うだろ!? こうゆう時は、ありがとうとか、サンキューとか…!」

「さん…きゅう……?」

「だからぁ!」

「いいんです、大したことしてませんから気にしないで下さいね」

 そう言ってはくすくすと笑った。

「さすがだね、天真と泰明殿。ようやく殿の心をほぐせたようだ」

「え…?」

 と、そして天真と泰明が同時に友雅を見る。

「そうかぁ! 天真先輩と泰明さん、さんの緊張とか不安を消してあげようとしてたんですね!」

 詩紋の満面笑顔に、戸惑う天真と泰明。

「え? あ、いや別に…そうゆうつもりはなかったんだけど…ま、いっか?」

「お前たちの言うことはよくわからない……」

 泰明に至っては本当に理解できていないようだ。

「まあまあ、殿の心がほぐれて落ち着いたところで神子殿の元に帰ろうではないか」

「そうですね、早く帰らないとあかねちゃん、心配しちゃいますからね!」

 泰明を宥めながら言う友雅に賛成する詩紋。

「神子殿…? あかねちゃん…?」

 先程天真の口からも出た名前に、は首を傾げる。

「ああ、そうだ。殿も色々と訊きたいことがあるだろうから、それに答えてくれるはずの我々の主の元へ……龍神の神子殿の元へ帰ろう」


(龍神の…神子…?)


 その美しい響きの名を心の中で繰り返して、は地の四神である八葉に連れられて。

 龍神の神子――あかねの元へ向かった。




 この日、この刻。

 京に迫るもうひとつの運命に導かれて。

 時見の少女と、空癒の少女。

 ふたりの少女が遙かなる時空を越えた地へと誘われた――。