第一章  時見の少女、空癒の少女

 ――桜の花びらが綺麗に、儚く舞っていく…。

 それが、少女の若葉色の瞳にまず映ったものだった。

 他に見えるものは……町…?

 いや、違う。

 遙か昔に栄えたような、『都』だ。

 これは…過去…?

 過去の風景だ。

 穏やかな時間の流れる雅な都――。

(……綺麗……)

 心の中で少女が呟くと、

(あっ!?)

 突然目の前に光があふれた。

 ――やがて光がおさまった時、少女は何が起こったのかを知るために、瞳を開いた。

 するとそこには、小さな祠がそばに建つ大きな池があり、そして…。

(…誰? 誰がいるの…?)

 そこには、数人の人間がいた。

 半分以上が少年や青年――男性ばかりである。

 しかし…。

(あ、あれは…私!? それと…!)

 その中に、自分を含めた二人の少女がいる……!?

(一体…これは…――!?)




「――……ちゃん……ちゃん?」

「……え…?」

 少女――星風寺が気づくと、そこはいつもの教室だった。

「ごめんね、お待たせしちゃって」

 そう言った少女の名は、雫月

 のクラスメートであり、親友である。

 ――新学期も始まった春の放課後。

 二人はいつも一緒に帰っているのだが、この日はに保健委員の仕事があったので、は教室で待っていたのだ。

「どうしたの? ぼーっとしてたけど」

「うん……ちょっとね」

 カバンに物をしまいながら尋ねたに、は少し重い表情で答えた。

「…また、何か見えたの?」

「……うん。あのね…」

 帰り道、は先程見えた光景をすべてに話すことにした。

 自分の持つ『力』と、その力を持つ『自分』を理解してくれている『親友』に…。



「え? 平安時代みたいな所?」

 から話を聞いているが、訊き返した。

「うん。神社とかいっぱいあったし、五重塔らしきものもあったし、何か昔の平安京って感じのする所だった」

「ふーん……ちゃん、いつもは未来が見えるのにね」

「うん……」

 ――実は、は予知能力を持つ少女なのだ。

 普通に聞けば『すごい』と思うかもしれない。

 確かにすごいことなのだが、『羨ましい』という『すごい』に思われるのではないだろうか。

 しかし、本人の意志とは関係なく発動し、また本人の望むものでない未来まで見えてしまうこの力は、にとって悩みの種でしかない。

 なぜなら、予知して見えるのはいいことばかりではないし、悪いことが起こると判っても、それをくい止めることができなかった場合もあったからだ。

 更にそんな『力』を持っていることが周りに知れたら、どんな扱いを受けるか――そう考えると怖くて、誰にも言えなかった。

 実際……幼い頃に、気味悪がられたり、小さな事故の犯人に勘違いされたことがあったから…。

 しかし、に出逢い、に話せたことでその悩みは薄れつつあった。


「えぇ? その中に私たちがいたの?」

 話の続きを聞いていたは、驚いて尋ねた。

「そうなんだ…。何人かの男の人たちと、一緒にいたの」

「…どうゆうことなのかなぁ…?」

「わかんない……あ、でもね。あの小さな祠と大きな池って見覚えがあるんだよな…」

 考え込むは、思い当たる場所を口にした。

「それって緋倉神社の境内にある池のこと?」

「あっ! そうだ、あそこだよ! ねぇ、行ってみない?」

「神社の…その池に?」

「うん。事件じゃないみたいだけど、でも何か気になるし」

「……そうだね、行ってみよう」

「うん!」

 そうして、は丁度帰り道で通る緋倉神社に寄ることにした。

「……でも『私たち』がいる『過去』の風景なんて…本当にどうゆうことなんだろうね」

「……わかんない…」

 がぽつりとした疑問に、はそんな答えを返すことしかできなかった。

 それが、これから起こる『未来』であるとは、知らなかったから――。




 桜の花びらが舞い散る緋倉神社の境内を、は池に向かって歩いていく。

「……ここね」

 が立ち止まっての方を向くと、

「うん……間違いない。さっきもこの池と、そこの祠が見えたんだ」

 は池のそばに建つ祠を見て言った。

「でも…特に変わったところは無いみたいだね……あ…!?」

 言いかけたは何かを見つけたらしく、そこへしゃがみ込んだ。

「どうしたの、? あれ、仔猫? 可愛い…って…え!?」

 が見ると、は仔猫を抱いていた。

 しかしが驚いたのは、その仔猫がひどい怪我を負っていることだった。

「ケガしてるの!?」

「うん……可哀想に…!」

 の腕の中で微かに呼吸はしているが、身体中傷だらけなのだ。

ちゃん、周りに誰もいない?」

「え……と、うん。大丈夫。誰もいないよ」

 は辺りを見回し、に答えた。

「ありがとう。……今…助けるからね…!」

 にお礼を言うと、はその藍色の瞳を閉じて、仔猫を抱きしめた…。

 すると――ほのかな碧色の光が、の身体と仔猫を包み始める…!

「………!」

 はその光景を黙って、しかし祈るように見つめる。

 ――やがて、が瞳を開けると、同時に光も静かにおさまった。

 そっ…とが腕の中の仔猫を見ると…。

 仔猫の身体中の傷はすっかり消えていて、にゃぁ、と元気そうに鳴いた…!

「よ…よかったぁ…!」

 は嬉しくなって仔猫を再び抱きしめる。

「やったね! さすが!」

 も安堵の笑顔をして、の肩を軽く叩いた。

 ――に自分の『力』のことを話せた理由。

 それは、もこのような不思議な力を持った『仲間』だからだ。

 の力は、傷や痛みを癒やす治癒能力。

 これは自分の意志で発動させられるし、望むからこそできることだ。

 しかし、自分には使えないという欠点や……やはり気味悪がられたこともあり…。

 だから本当に必要な時以外は使わず、ずっと自分ひとりの秘密にしてきたのだ。

 そんな『孤独』を抱えてきた二人は、出逢った日に、お互いが不思議な『力』を持っていることを知った。

 そしてその時から意気投合し、今ではお互いの持つ『力』と、その力を持つ『本人』を理解し合える『親友』になれたのである。

「あ、首輪つけてる。飼い猫なんだね」

 は仔猫の赤い首輪をちょん、とつついた。

「うん。治ってよかったね。さ、お帰り」

 が仔猫を放すと、仔猫はもう一度にゃぁ、と元気に鳴いて元気に走っていった…。

「治ってよかったけど……あの子、なんであんなに傷だらけになっちゃったんだろうね。ケンカかなぁ…?」

「だと…思うけど……」

 そう答えたは、しかしどこかで、そうでないような気がしてならない。

 猫同士のケンカであんなにひどい傷を負うだろうかと、疑問を抱いたから…。

 ――その刻。

 ヒュウッ…っと、風が吹いたかと思ったその瞬間。


 二人の身体が宙に浮いた…!!


「わぁっ、何!? 何これ!?」

「う、浮いてるの!? 私たち!?」

 風は確かに吹いたのだが、それと同時に二人は宙に浮いてしまったのだ…!

 そして――。


 ザバァ――ンッ……!!


 激しい水音をたてて、二人はそのまま池の中へと引き込まれてしまった――!






 ――ゆらゆらと燃える炎だけが、そこを照らす灯りだった。

「……おのれ龍神め…余計な真似を」

 暗き洞窟の中で、その唯一の灯りである炎と同じ緋色の衣を纏い、顔を白き仮面で覆っている男の、低い声が響いた。

「お館様、どうなされたのですか?」

 お館様と呼ばれた男――京の支配を企む鬼の首領・アクラムは、部下のイクティダールの言葉に、微かな苛立ちの声を返す。

「やはりどうあっても私の邪魔をしたいらしい。時見と空癒の力の気配が消え、私の術から遠ざかった」

「お館様、それでは…」

「シリンとセフルはいるか」

 アクラムが名を呼ぶと、

「はい、お館様」

「御前に」

 鬼の一族の者――艶やかな美貌を誇る鬼女シリンと、アクラムに心酔しきっている少年セフルが、若き首領の元に傅いた。

「何でございましょうか、お館様」

「先程の御命令通り、これから緋倉の地に行くところでございますが」

 アクラムに命令されること――必要とされることに幸せを感じる二人は、喜びを含んだ声で答えた。

 しかし――。

「緋倉の地ではない」

「え…?」

「どういうことですか?」

 突然のアクラムの言葉に、シリンと顔を見合わせたセフルが尋ねた。

「緋倉の地に来るはずだった時見と空癒の力を持つ者たちが、龍神の邪魔によって私の術から離れ、別の場所へ飛ばされたのだ」

「そんな…!」

「だが、京のどこかに落ちたのは確かのようだ。シリン、セフル。京中を探してでも時見と空癒の力を持つ者たちを見つけ、連れて来るのだ」

「はい…!」

 自信に満ちた返事をするセフル。

「おそらく神子も龍神にこのことを告げられているはず…。八葉が出てくるやもしれぬが、お前たちに出来るか?」

「どうぞ、お任せを…!」

 同じく自信に溢れた答えをしたシリンは、セフルと共に恭しくアクラムに頭を下げ、その場から消えた…。





「――神子殿。全員揃ったようでございます」

 あかねの部屋に集まった『八葉』――共に『龍神の神子』であるあかねを守護する役目を持つ仲間の面々を見て、頼久はそう言った。

「うん。ありがとう、頼久さん」

「神子殿。我ら八葉を全員お集めになるとは…どんなお話なのでしょうか?」

 きりっとした、真面目な瞳を持つ青年――天の白虎・藤原鷹通があかねに尋ねた。

「やっぱり鬼絡みのことなのか!?」

 いきなりそんなことを大きな声で言い出したのは、赤い髪と瞳をした、見るからに元気そうな少年――天の朱雀・イノリだ。

「う、うん。まぁそうなんだけど…。さっき龍神様からお告げがあって」

「龍神様の、お告げ? また、鬼の人たちが何かしようとしてるの?」

 大きな青い双眸に悲しみの影を宿らせて、地の朱雀・流山詩紋は俯いた。

 彼は鬼の一族と同じように、金髪と碧眼という京の人間とは違う外見を持つ少年だ。

 ゆえに外見の違いというだけで『差別』された鬼の一族の思いが少し理解できて、彼らと敵対することに躊躇してしまうのだ。

「詩紋くん…」

 先程から表情を張りつめさせていたあかねは、詩紋のその様子に気づき、今度は辛そうな表情をした。

 するとそれを見ていた天真が口を開く。

「あかね、龍神のお告げとやらを聞くのってそんなに大変なのか?」

「え? どうして?」

 天真の突然の質問にあかねは首を傾げる。

「だって、さっきからくらーい顔しやがって…」

「そ…そりゃ、ちょっとは神経使うって感じで疲れる…かもしれないけど…!」

「あぁ、それで先程からお元気がなかったのですね。大丈夫ですか? 神子」

 繊細そうな声で優しい労りの言葉をあかねにくれたのは、天の玄武・永泉だった。

「は、はい。大丈夫です。ありがとう、永泉さん」

 実はそれだけではないんです……とあかねは話を切り出そうとする。

 ――が、それより早く。

「神子。龍神は何と言っていた。早く話せ」

 容姿端麗、冷静沈着な地の玄武・安倍泰明に促されてしまった。

「は、はい。……あ、でもそのことはあとで話します。その前に、八葉のみんなにお願いしたいことがあるんです」

「何だ? 怨霊退治か? それとも鬼の本拠地でも襲えってか!?」

「え!? そうなの?」

 イノリのまたしてもいきなりな発言と、それに愕然とする詩紋。

「いえ、そーじゃなくて…」

「では、どんなことなのですか?」

 眼鏡の向こうの瞳をまっすぐあかねに向けて問う鷹通。

「えっ、えっとですねぇ…!」

 次々に来る質問にあかねがややパニックに陥りそうになった、その時。

「こらこら。皆、そんなに神子殿に詰め寄るんじゃない。話せるものも、話せなくなってしまうではないか」

 八葉の最年長である地の白虎・橘 友雅が、個性豊かな八葉を静めた。

「さあ、神子殿。これで落ち着いて話せるかな?」

「は、はい。ありがとうございます、友雅さん」

 あかねは心底感謝しつつ、落ち着きを取り戻し、八葉の皆を見据える。

「これから、天の四神である頼久さん、イノリくん、鷹通さん、永泉さんは桂川川辺へ。地の四神である天真くん、詩紋くん、友雅さん、泰明さんは北山へ行ってもらいます」

「オレたちが桂川川辺へ?」

「僕たちは北山へ?」

 ほぼ同時に聞き返した朱雀のイノリと詩紋。

「そう。そして、そこにいる女の子を助けてほしいの」

「女の子…ですか?」

 鷹通の声に、あかねは頷く。

「桂川川辺には『時見の少女』と呼ばれる女の子が、北山には『空癒の少女』と呼ばれる女の子がそれぞれ同時に来ているはずなんですが……その子たちは、龍神様のお告げにあった、これからの京で起こることに関わる大事な子たちで、おそらく鬼も――アクラムもそれを知っているはず…!」

「え……!?」

 あかねのその言葉に、皆は息をのむ。

「だからアクラムがその子たちを放っておくわけないの! それぐらい、本当に大切な子たちだから! みんな、二人を守って、ここに連れてきて下さい!」

「おうっ!」

「わかりました」

 イノリや頼久のあとに続いて各々返事をする八葉。

「よっし、じゃあ行くか!」

 そう言って天真が立ち上がると、

「あ、それから最後に一つだけ」

 あかねがもう一度口を開いた。

「何だよ?」

 天真同様、皆はあかねに振り返る。

「その子たちは、私や天真くん、詩紋くんと同じ世界から来る子たちなの…!」

「何だって…!?」

 驚きの声をもらす天真。

「だからきっと、すごく不安がってると思うから…!」

「OK! その辺は任せろ。な、詩紋」

「はいっ! 大丈夫だよ、あかねちゃん」

「うん。天の四神のみんなも頼んだよ」

「承知しました」

「お任せ下さい、神子」

 鷹通と永泉の答えを聞いて、あかねは頷くと、

「じゃあみんな、お願いね! なるべく急いで…!」

 二人の少女を助けに行く八葉を見送った。

「……どうか…間に合って…!」

 そして、祈った――。





(――何かの叫び声が聞こえる。誰…? 誰かいる…? あっ――!)

 そのときの瞳には、信じられない光景が映った。

 目の前には訳のわからない何者かが立ちはだかり、そしてのすぐそばに、それからを守ろうとする四人の男性がいるのだ。

(この人たち……さっきの…!)

 その四人はに見覚えのある者たちだった。

 彼らはやがて、の前で繰り広げていた戦いを勝利におさめ、何者か――には鎧の化け物に見える者は消えかけた…が。

 ――刹那。

 鎧の化け物が最後にを目掛けて大きな矛を放り投げた…!

 そのとき、刀を手にした蒼い髪の青年が咄嗟にをかばう…!

(あぁっ……!!)

 は声にならない叫びをした。

 表情を苦痛に歪め倒れる蒼い髪の青年……。

 その身体から流れる赤い液体……。

(いや…っ! こんなのいや――――っ!!)


「――……あ……!?」

 まだ目頭に熱さの残るは、まったく見知らぬ場所に立ち尽くしていた。

 雲間から届く少し暖かな陽射し。

 そばには緩やかな川が流れている。

「ここは……どこ? 私、どうしたんだろう…? あっ、? !?」

 はすぐそばにいたはずの親友の名を呼んだ。

 しかし、返事は返ってこない。

 ……そこには一人しかいなかった……。




「――……う…ん………ここは…?」

 のすぐそばにいたはずの親友――は、気づくとまったく見知らぬ場所に立ち尽くしていた。

 辺りは樹々に覆われた緑の景色。

 微かな木漏れ陽が、周りの樹々を透かして差し込んでくる。

「私……どうして…こんな所に…? ちゃん…? ちゃん、どこ!?」

 もまた、親友の名を呼んでみるが……返事は返ってこない。

 ……そこには一人しかいなかった……。




「…あ、そういえばここ、さっき見えた場所と似てる…?」

 しばらくして、は先程見た四人の男性と鎧の化け物が戦っていた場所だということに気づいた。

「私……また…!」

 また何らかの未来を見たのだろうかと、そう思った刻だった。

「やっと見つけたよ。お前が時見の力を持つ者かい?」

「え…!?」

 突然妖艶な声が聞こえ、は振り向く。

 するとそこには、その声に負けない美貌を持つ女性が立っていた。

「あ…あなたは、誰…!?」

「私の名はシリン。お前をここに呼んだお館様と同じ一族の者さ」

「ここに私を呼んだ…? お館様…って誰?」

「その妙な格好といい、異世界から来た者に間違いないようね。まるで龍神の神子みたいで嫌になるよ」

「は…?」

 答えになってない、しかも何故か嫌味がこもったシリンの言葉に、は間の抜けた声を出した。

 にとってはシリンの方がよっぽど妙な格好なのだ。

 紅い袴に桃色っぽい着物、そして何より気になる彼女のかぶっている烏帽子など…。

 それなのにいきなり『嫌になる』と勝手なことを言われ、は少々腹が立った。

「何を言ってるの? そんな時代錯誤な格好して、そっちの方が妙じゃない」

「なっ、何ですって!?」

「え…!」

 キッと、眉をきつくあげたシリンにの背筋が凍りつく。

「その生意気な態度も似てて本当に嫌になるよ! お前が時見の力を持っていなければ始末してやりたいね!」

「と…時見の力…? まさか、私の予知能力のこと…?」

 しかしの質問には答えず、シリンは長い髪をかきあげる。

「さぁ、もう無駄話はやめてとっとと行くよ」

「行くって…どこへ?」

「お館様の元に決まってるじゃないか。さぁ、一緒に来るんだよ!」

 きつい表情に苛立ちを加えた顔をし、シリンはの腕を掴もうとした。

「やっ…!」

(ど、どうしよう――!?)

 が愕然とした、その刻。

「待てっ! 鬼!」

「そこまでだぜっ!」

 頼もしい声と共に、天の四神である八葉――頼久とイノリがを守るように、彼女の前に現れた…!

「なっ、何!?」

 頼久とイノリを見て、慌てて後ろに下がるシリン。

「あなたの好きにさせるわけには参りません」

「御無事ですか? 時見の少女」

 穏やかだがしっかりした声で、同じく天の四神である八葉――鷹通と永泉が、驚いているの元に続いて現れた。

「あ…あなた達は…!!」

 それは、が予知したときに見えた、あの四人だった――!




「一体、どうなってるの…? とにかく、ちゃんを探さなくちゃ…!」

 どこかの山と思われる場所で、は親友を捜そうと歩き出した。

「でも……ちゃんもここに来てるとは限らないのかな…? どうしよう…!?」

 絶望にも似た気持ちでは俯いた。

 と、その刻。

「おい、そこのお前」

「は、はい…!?」

 誰かに呼ばれて、は恐る恐る振り向いた。

 するとそこにいたのは、強気な表情をした金色の髪の少年――だった。

「あ…あの…あなたは?」

 いきなり現れたにしても、『少年』の姿に少し安心しては尋ねた。

「僕はセフル。お前を捜していたんだ」

「私を…?」

「お前が時見の力を持つ者か? それとも、空癒の力?」

「時見…? 空癒…? 何のこと?」

「とぼけるな、お前の持つ力のことだ」

「私の力…!? ひょっとして私の治癒能力のことを言ってるの?」

「治癒? ああ、そうか。お前は空癒の力を持つ者なんだな」

「私が…空癒の…?」

 の頭の中が、解らないことでいっぱいになる。

 セフルと名乗ったこの少年は一体何者で、何を言っているのか…。

 少年とはいえ、彼の表情も話し方も恐怖さえ感じさせるほど大人びている。

「あなたは一体誰なの? どうして私の力のことを知っているの?」

「さっき名乗ったじゃないか。僕の名はセフル。お前の力のことは、この世界を支配する僕の一族のお館様から聞いたのさ」

「お館様…?」

「そう。お前をここに呼んだ、僕がお仕えするたった一人の方だ」

「……!?」

 ますます訳が解らない。

「まぁいい。一緒に来ればわかるさ」

「え?」

「一緒に来てもらうよ。お館様の御命令だ。そのために僕はお前を捜し出したんだ」

「で、でも…一緒にいたはずの友達がいないの。彼女を捜さないと…!」

「友達? ああ、それって時見の力を持つ者だろう? それなら僕の仲間が捜している。お館様の元で待っていれば、じきに見つけて連れてくるさ」

「そ、そうなの? でも…!」

 この子について行っていいのだろうか――?

 の心に不安の影が広がる。

「邪魔が入ると面倒なんだ。早く行くよ!」

「え……あっ!?」

 セフルは強引にの手を掴み、その場から去ろうとした。

 ――しかし…!

「やめろっ! その手を放せ!」

 力強い声が響いた…!

「何!?」

 セフルが後ろを振り向くと、そこには天真をはじめとする地の四神である八葉が――!

「くっ、現れたな八葉!」

「セフル! お願い、その人を放して!」

 詩紋は悲痛な表情で懸命に叫んだ。

 しかし、セフルはあっさりと突き放す。

「ハッ! 僕がはいわかりましたと、言うことを聞くわけないだろう? 相変わらずバカだな、地の朱雀」

 セフルが嘲笑した――次の瞬間。


 バシッ!!


「くっ…!?」

 セフルの腕に激痛が走る…!

「……え…!?」

 は突然視界をよぎり現れた影に驚く。

 と同時に、ぐいっと強く腕を掴まれ、後ろへ引き寄せられる。

「お前も相変わらずだな。鬼。隙だらけだ」

 の前に立ち、冷めた声で言い放つ泰明――。

 ――それは、一瞬のことだった。

 セフルが油断した隙に、泰明がその腕を叩き払い、と引き離したのだ…!

「ちっ…! しまった…!」

 余程痛いのだろうか、セフルは腕を押さえながらきつくこちらを睨む。

「やるじゃねーか、泰明!」

 泰明の隣りに立って、彼に笑顔を向ける天真。

 しかし何の反応も返さない泰明――のそばでは、ひとりが困惑していた。

「どうやら、間に合ったみたいだね。大丈夫かい? 空癒の君」

 そんなの元に、余裕の微笑で語りかける友雅。

「え…あ、はい…!」

 とりあえず返事をしたものの、やはりは状況が飲み込めない。

(この人たちは、一体…!?)

 頭の中が更に混乱していく…。

 けれど――彼らが来てくれたことに、何か安心するものをは確かに感じた。

「セフルとかいうお前、さっさと帰れ! でないとひでー目に遭うぜ!?」

 天真の荒っぽい忠告をセフルはまたしても突き放す。

「フン…! そうはいかない! 空癒の力を持つ者を、お館様の元へ連れて行く!」

「お前なぁ、たった一人で俺たちを相手にできるとでも思ってんのか?」

 不敵な笑みを浮かべて言う天真。

 しかしセフルに焦る様子は見られない。

「無論、手だてはあるさ…! 出でよ! 怨霊・ヤタガラス!!」

 セフルの声のあと、呼ばれたそれは、その紅い姿を現した――!

「おっ、怨霊!? チッ、面倒なことになったぜ!」

「問題ない。行くぞ」

 出現した怨霊にものともせず、首飾りを構える泰明。

「なっ…何…!?」

 しかし、やはりは、突然現れた炎に包まれた大きな化け物に怯える。

「危ないから、空癒の君は下がっていなさい」

 動揺も見せない様子の中に一滴の厳しさを秘めた声で、友雅はを後ろにかばった。

「セフル! 戦うのはやめてよ!」

「うるさいっ! 覚悟しろ八葉、今日こそお前たちを倒す! 行け!」

 詩紋の必死の叫びも虚しく…。

 怨霊・ヤタガラスがセフルの命令通りに、八葉に向かって炎を放つ――!!