第六章   この手よりこぼれゆく……





 やっとの思いで館から出ると、風の守護聖である少年は、上半身全体を使って呼吸をする。額に汗がじっとりと滲み、少しでも気を抜くと意識が飛びそうになる。
 地の守護聖がやってきたのは、ちょうどこの時であった。玄関先で荒い息をつくランディの姿を認め、足早に駆け寄ってくる。
「ランディ、どうしたんですか!? あぁ、まだ寝ていなければ、いけませんよぉ!?」
 いまにもくずおれそうなランディの身体を支え、ルヴァは邸内に導こうとする。が、ランディは彼の腕を掴むと、滴る汗を拭いもせずに頭を振った。
「ルヴァ様、俺のことはいいです。それよりも、大変なことが……!」
 そこで大きく息をつき、早鐘を打つ鼓動を鎮めるように、なるべく落ち着いた声音で語を続ける。
「あいつが……俺を襲った例の奴が、ここにきているらしいんです」
「えぇっ!? ――まさか……!?」
 地の守護聖の脳裏に、鮮やかによぎったものがある。数十分ほど前に聴いたばかりの、ゼフェルの話だ。最悪の想像が、ルヴァの顔を青ざめさせる。
 そんな彼の表情の変化を、青の瞳の少年は見逃さなかった。
「ルヴァ様、何か――あったんですか?」
「……断定はできませんが、おそらく――。実はさっきゼフェルが、マルセルの様子がおかしい、と相談にきたんです」
「マルセルが……!?」
 今日は一度も顔を見ていない、最年少の守護聖。そういえば、ゼフェルが彼のことを捜していなかったか。その時はいくら問うても、言葉を濁され、まともな返事はもらえなかったのだが……。
「ええ、それであなたのことが急に心配になって、様子を見にきたんですが……」
 ランディの中で、鼓動の音が不自然に大きくなる。不安と焦りが心の奥から、油が染み出すように滲み出てくる。
「ルヴァ様、マルセルはいまどこに――!」
 はやく、彼をみつけなければ。とり返しのつかない事態になる前に。
 と、大気が鳴動した。
『――!?』
 徒人には決して感知できない、力を持つ守護聖だからこそわかる波動。それが爆発的に高まり、やがて大きく弾けた。
「――ゼ……フェル……?」
 呟くランディの声が、からからに乾いている。何故かはわからない。わからないが、この時彼の心をよぎったのは、緑の守護聖ではなく、鋼のそれであった。





 突然蒼い鳥が甲高い鳴声を上げた。
 リュミエールは竪琴を奏でていた手をとめ、驚いたように鳥を見やった。
「どうされたのですか……!?」
 両翼をはためかせ、鳥は何やら訴えかける様子をみせる。水の守護聖の胸中に、消えていたはずの不安が音を立てて芽吹いた。

『……まだ何も終わってはおらぬ。これはただの始まりにすぎない……』

 闇の守護聖の言葉が、耳の奥に甦る。
 と、大地を打つ靴音が響き、リュミエールは思わず身体を硬くした。が、やってきたのは、頼もしい仲間のひとりだ。
「――オスカー……」
 安堵したように吐息をつく仲間を、オスカーはいぶかしげに眺めやる。
「どうした? 何かあったのか?」
 そこで彼は、リュミエールの隣にいる蒼っぽい色の鳥に気づいたようである。視線が動き、アイス・ブルーの瞳に鳥の姿が映される。問いかけの言葉が口にされるよりもはやく、水の守護聖が立ち上がった。
「オスカー、わたくしはこれからランディの所へいって参ります」
「お、おい、急にどうした、落ち着け」
 事情がさっぱり呑み込めないオスカーは、宥めるようにリュミエールの肩をおさえた。しかしリュミエールは、自分にもわからない、とでもいうように頭を振る。何か言葉にはできない感覚が、しきりに急きたててくるのだ。
「何かが、何かが起こる……そんな気がするのです。急がなければ、手遅れになります」
 否、もはや手遅れなのかもしれないが。心の奥で自嘲の笑みをこぼす。気になる人物はふたり。緑の守護聖と風のそれ。前者の所在が掴めていない以上、後者の元へと向かうのが、選択としては正しいだろう。
 仲間の様子にただならぬものを感じとったのだろう、オスカーは真剣な面持ちで頷いた。
「よくはわからんが、俺も一緒に――」
 いこう、と続けようとした彼を遮るように、強大な気が爆発した。
『――!?』
 ここからは離れた場所――風の守護聖の私邸の近くからだ。凄まじい力の波動が、大気をつたってここまでとどいてくる。何かを思うよりもはやく、二人の守護聖は駆け出していた。果たして、彼らは気づいていただろうか。自分たちが駆け出した時には、あの奇妙な鳥の姿がどこにもなかったことに――。





 足元から這い上がってくる震えを、ランディはとめることができなかった。若々しい顔が青ざめ、唇がわなないて言葉がうまく紡げない。
「……あ……いつだ、あいつ、が――!!」
「ランディ、落ち着いて下さい。私が様子を見てきますから、あなたは部屋にお戻りなさい。いいですね」
 温和なはずの地の守護聖の顔が、いつになく厳しいものをはらんでいる。決して荒事には向いていない性格の彼だが、それでも大切な仲間の危機とあれば、いくらでも勇気が湧いてくるというものだ。
「いえ、俺もいきます!」
 震える身体を叱咤し、決然と言い放つランディに、しかし、ルヴァは首を縦には振らなかった。
「ダメです。部屋にお戻りなさい」
「ルヴァ様!?」
「『あれ』の狙いは、おそらくはあなたです。情けないですが、私にはいまのあなたを護るほどの余裕はないのです――わかってくれますね?」
 ぐっと、風の守護聖である少年は言葉に詰まる。確かに、ルヴァの言うとおりであった。満足に動くこともできない自分は、ただの足手まといでしかない。ただでさえ強大な力をもった『奴』と一戦交えるかもしれないという時に、自分などがいては、気が散るだけではないか。
 ルヴァは痛みを覚えたように、表情を歪めていた。自分でも、辛辣なことを言ったという自覚はある。目の前にいる少年が、どれほど仲間想いであるかも知っている。だがそれでも、ここは譲れない。命の危険にさらされるとわかっている場所へ、本人の意志だからといって、いかせるわけにはいかないのだから。
「――ひどいことを言って、すみませんね。でも、どうか、ここは自重して下さい」
 青の双眸が悄然と伏せられる。ランディは悔しそうに唇を噛みつつも、小さく、だが確かに頷いてみせた。
「…………はい。すみません、わがままを言って……」
「そんなことはありませんよ。私も、オスカーやあなたのように、武術の心得があればよかったんですけれどねぇ」
 そうすれば、ランディひとりぐらい護れたかもしれないのに。ルヴァは苦笑めいた笑みをたたえ、頭を振る。彼の口から「武術」などという似合わない言葉がでたことに、青い瞳の少年は思わず唇をほころばせた。
 促すように背を押され、ランディが踵を返しかけた時、真冬の冷気をおびた声が、二人の守護聖の耳朶を撫で上げた。
「あれ? 帰っちゃうの? せっかくきてあげたのに」
「マルセル……ッ!?」
 ルヴァの喉がひゅっと鳴った。無意識のうちに、片足がひかれる。
 ――「これ」は、誰だ?
 顔も声も、確かに緑の守護聖だ。だが、それはあくまで表面的なものでしかない。「マルセル」の皮を被った、別の何かがそこにいる。
 青ざめた青年の顔を眺めやり、「マルセル」は無邪気に笑う。
「あれ、やっぱりわかっちゃうのかなぁ。さっきの奴といい、守護聖というのは勘が鋭いんだね」
「さっきの奴」という言葉に、ランディが敏感に反応した。
「ゼフェル、ゼフェルのことだな!?」
「あぁ、そんな名前だったかな? あいつ、僕の邪魔をしようとしたんだ。だから、当分動けないようにしてやった。本当は殺してやろうかと思ったんだけど、まずはお前から、って決めてたから――奴らの『声』を聴く者、忌々しい風の守護聖」
 この話でいくと、どうやらゼフェルは生きているようだ。ひとまず安堵の吐息を胸中に洩らし、ランディは若々しい顔を引き締める。こいつには、色々と問い質したいことがあるのだ。
「――何故俺を狙うんだ? お前の言う、『奴ら』というのは一体……!?」
「マルセル」は唇を皮肉っぽく歪めた。嗤笑混じりの声音が洩れる。
「何だ、知らずに『声』を聴いていたの。ますます厄介な奴だね、風の守護聖。これは早々に始末しないと――」
 言葉の後半に、暗赤色の輝きが重なった。風の守護聖である少年は、とっさに傍らにいた青年の身体を突き飛ばす。そして自身も身を翻すことができたなら、何もいうことはないが、如何せんこの時の彼は本調子ではなかった。むしろルヴァをかばえただけでも、ほぼ奇跡に等しい。
「ああぁっ!!」
 禍々しい雷に身体を打ちのめされ、ランディはたまらず悲鳴を上げる。ルヴァが悲鳴にも似た声で名を叫んでいたようだが、定かではない。そんな二人の様子を、「マルセル」は酷薄な笑みを浮かべて眺めていた。
 膝が砕け、少年の身体が地面の上に崩れ落ちる。地の守護聖は無我夢中で身体を起こすと、半ば転がるようにランディの傍に走り寄った。突き飛ばされた際に打ちつけた四肢が痛んだが、そんなことには構っていられない。
「ランディ! ランディ、あぁ、しっかり……!!」
 自分は何と無力なのだろうか。守護聖などといっても、肝心な時に何もできない。護るどころか、逆に護られて。こうして、声を投げることしかできないとは。
 と、投げ出されていた指が、地を掻いた。低い呻きとともに、伏せられていた顔が持ち上げられる。ランディは喘鳴を繰り返しつつも、鮮やかな色の瞳に強い光をたたえて、ルヴァを、そして「マルセル」を見た。
 緑の守護聖だったものの顔の中で、片眉が不快げに跳ね上がった。
「そう、その眼だよ。僕はね、お前のその眼がこの上なく嫌いなんだ。虫唾が走る」
 馴染みの深いはずの声が、深刻な憎悪を伴って響く。眼前にいる少年の眼差しは、『奴』のそれを彷彿とさせる。遠い昔のようにも、つい昨日のことのようにも思える、頭に灼きついて離れない、忌まわしい記憶――。
 ――この宇宙を、貴様の好きにはさせない!
 脳裏に『声』がこだまする。『奴』によって自分は封印され、長い間屈辱に耐えねばならなくなったのだ。そいつと同じ瞳をした者の存在を、どうして許せようか。
「マルセル」は右腕を掲げた。掌に暗い色の光が集い、長く伸びて刃を形作る。
「苦しまないように、これで首を刎ねてあげるよ。せめてもの慈悲だと思ってほしいね」
 優しい声が、恐ろしい台詞を告げる。無論、二人の守護聖は感謝する気になど到底なれなかった。間違っても、「マルセル」を慈悲深いとも思わない。
「殺すならば、私から殺しなさい!」
 ルヴァは両手をひろげ、闇色の刃と年若い守護聖の間に立った。
「……ダ……メで……ル……様……っ!!」
 動きたいのに、動けない。手も、足も。辛うじて動く指先が地を掻くだけで、ランディにはそれ以上どうすることもできそうになかった。
 ――どうすれば、どうすればいいっ……!
 このままでは、ルヴァが殺されてしまう。それなのに、自分は動くこともできない。混濁していく意識と視界に、蒼銀の輝きがぼんやりと視えたような気がした。こんな時だというのに、少しばかり苦笑したくなった。すぐに『あの人』にすがろうとしている自分が、情けない。だが、いまは――!
「全く……鋼の守護聖といい、地の守護聖といい……ここにいる連中は、本当に愚か者の集まりだね。そんなに死にたいのなら、お望みどおりにしてあげるよ――!」
 闇色の刃を持つ腕を振り上げ、緑の守護聖の姿をしたそれが残忍に嗤う。ルヴァが覚悟を決めたように瞼を落とし、ランディが声にならぬ悲鳴を上げ――。

 ――ランディ!!

 心に直接響く、声なき「声」――。
 晴れわたった空を思わせる青の双眸が、大きく瞠られた。ほぼ同時に、甲高い鳥の鳴声が大気を震わせ、風の一部が天空から急降下してくる。
「なっ――!?」
 驚愕の叫びを発する「マルセル」の顔に、蒼銀色の鳥の影が重なった。凄まじい叫びが湧き起こった。別に爪をたてられたわけでも、嘴で突かれたわけでもないというのに、少年の姿をしたそれは苦悶の表情をつくり、鳥を追い払おうとする。
「よ、寄るなっ! くるなぁ!!」
 先ほどまでの余裕はどこへやら。守護聖すらも圧倒する力と威圧感を備えたそれが、たかが一羽の鳥を恐れている。その事実に、ルヴァとランディは暫し言葉を失ったが、呆然とばかりもしていられない。風の守護聖である少年は渾身の力を込めて立ち上がり、ルヴァの腕をひいた。
「ルヴァ様、いまのうちにマルセルを……!」
 とにかく身柄を確保してしまえば、後は女王の力で何とかなるはず。奴の意識が自分たちからそれているいまなら、「マルセル」をおさえることぐらい、いまの自分やルヴァにでもできるのではないか。
「え? あ、あぁ、そうですね! ですが、あの鳥は一体……!?」
「大丈夫。味方ですよ。この上なく頼もしい――」
 揺るぎない口調に、地の守護聖は思わず発言者の顔を見直した。少年は深い信頼を込めた眼差しを、蒼銀の鳥に注いでいる。
 と、その時であった。夜の静けさにも似た力の波動が生じ、「緑の守護聖」の身体が弾き飛ばされる。翻った夜色の長布に、長身の影。これもまた、間違いなく味方のものであった。地の守護聖の表情が輝く。
「クラヴィス!」
 闇の守護聖は黙然と視線だけで応じ、地面に転がった少年を睥睨した。長身からは、闇のサクリアが緩やかに放たれている。
「――マルセル……呑まれたか」
 独語に滲むのは、焦りか、それとも怒りか。判別しがたい呟きを掻き消すように、「マルセル」が跳ね起きた。煮えたぎる溶岩のような憎悪と狂気が、凄まじい殺気とともに叩きつけられてくる。
「赦さん、赦さんぞ! 貴様ぁぁ――っ!!」
 物理的な苦痛を感じそうな眼光に射抜かれ、ランディは半歩退いた。そんな年若い守護聖を護るように、ルヴァはその肩を抱き寄せ、傷ついた身体を支えてやる。
「貴様さえいなければ、『奴ら』も現れることはなかった! 守護聖を殺し、女王を殺し、聖地を消し去り、宇宙全てを滅ぼすことも造作もなかったというのに!」
 淡い金の髪を振り乱し、「マルセル」は憤怒の語を吐き出し続ける。果てしのない怒り、憎しみ、恨み……一体どうすれば、これほどの負の感情を抱けるのだろうか、と考え込まずにはいられぬ。何が、これをそこまで狂わせたのだろうか。
 蒼銀の鳥はひとつ鳴声を発し、風の守護聖の肩へと舞い降りる。そして再び、鋭く鳴いてみせる。と、「緑の守護聖」の顔が、一瞬だけ恐怖にひきつった。
 ――間違いない。こいつは、この鳥を恐れている。
 守護聖たちの視線が、ランディの肩にいる鳥へと注がれる。「マルセル」は表情を忌々しげにしながらも、あれに対する恐怖心を払拭できぬ己を内心で罵っていた。よりにもよって、この連中の前で弱みをさらしてしまうなど、何という屈辱の極みであろう。
 と、闇の守護聖が一歩足を踏み出す。
「クラヴィス、何か考えがあるのですか」
 ルヴァはランディの肩を抱いたまま、窺うように友人の顔を仰ぎ見る。と、紫水晶の双眸が動き、蒼銀の鳥を映す。
「力を貸す気があるのならば、貸すがいい。これを護ることにも繋がろう」
 応えるように、蒼銀の鳥はひとつ鳴声を発して、ふわりと飛び上がる。青の双瞳をした少年は無意識のうちに手を伸ばしたが、翼の先をわずかにかすめて宙を彷徨う。
「――あ……」
 どうしてだろうか。その瞬間、心に氷の粒が落ちてきたような心地がした。ほんの小さな一欠片、しかし、決して無視できない、冷たい予感――。
 と、そこへ新たに駆けつけてくる者たちがいた。馬蹄の轟きに重なって、仲間の安否を確かめる叫びが、いくつも上がる。
 皆の注意がそれた一瞬を、「マルセル」は見逃さなかった。少年の身体から闇よりも濃い靄が、まるで陽炎のようにたちのぼる。それはいま在る全ての力を、一気に解放する。
『――!?』
 音にならぬ音と、大気を揺るがせる波動――「マルセル」を中心に発生した、凄まじい衝撃波は、ランディたちはおろか、駆けつけた残りの守護聖たちの身体をも跳ね飛ばしていた。館の周辺に生えていた木々の数本がへし折れ、草花が吹き散らされ、館の窓ガラスが叩き割られる。
「貴様らまとめて、時空の狭間に葬ってやる!!」
 地面に転がったまま、ランディは何とか顔を上げた。荒れ狂う風は、地に爪をたてていなければ、身体が浮かび上がりそうなほどに強い。辛うじて開かれた青の双眸が見たものは、自分たちを呑み込もうとする巨大な闇の穴だった。
「あれはっ……!?」
 見たことのある穴――だが、その向こうに一瞬、以前は見たことのない影がある。見たことはないが、知っているような気がした。
 だが、どうして――?
 思考の渦を断ち切るように、「緑の守護聖」の身体を捨てた靄がランディに肉薄し、視界を塞いだ。誰かの叫びが上がる。あるいは、自身の発した悲鳴だったのかもしれないが、定かではない。
 ――ランディィ―――ッ!!
 脳裏に、心に弾けた「声」に、風の守護聖である少年は、自身が闇の穴へと放り込まれたのを悟った。視界が回転する。呼吸がうまくできない。右も左も、上も下もない、まるで宇宙空間のような場所の、その最奥へと見えない手が引きずり込もうとする。
『ランディ!』
 瞳をかすめる蒼銀の輝き――。
 青の瞳の少年が反射的に手を伸ばしたその時、一度聴いたら到底忘れられそうにない、禍々しい声音が轟いた。
『サセルカ! 貴様ハ、ココデ死ヌガイイ!!』
 自身めがけて降り注ぐ黒き稲妻を、ランディは瞬きすることもできずに見ていた。
 ――ダメだ。かわせない。
 逃れようのない死の予感が、少年の心臓を鷲掴みにする。
 しかし次の瞬間、黒き稲妻と少年の身体の間に、ひとつの影が飛び込んでいた。蒼銀色の鳥が翼をひろげ、死の一撃を真っ向から受け止める。
『導けるのはここまでだ! さあ、いけ! その心を、未来へと繋げ!!』
 声なき「声」が、その心を伝える。それが最後だった。
 ――声を上げる間もなかった。
 青の双瞳を限界まで見開き、ランディはそれを見た。
 荒れ狂う稲妻が、無慈悲な刃となって蒼銀の鳥を切り裂き、美しい翼をひきちぎる。羽が弾け散り、身体が砕かれ、全ては灼き尽くされていった。何も――ただの羽根の一枚すらも残さずに……。
「うわあぁぁぁ――っ!!」
 ランディは絶叫した。どことも知れぬ空間に放り出されながらも、必死で手を差し伸ばす。だが、その手が掴むべきもの――掴みたかったものは、もはやどこにも存在しなかった……。





 青年は額から滴る汗もそのままに、ついと視線を天空へ向ける。その手には長剣が握られており、彼を中心に真新しい戦いの跡が刻まれていた。戦闘はすでに終わり、灰となった異形どもが風に吹き散らされていく。
 ――予感が、した。
 具体的に「何」とはいえない、直感ともいうべきもの。だが、青年のそれは、およそはずれたことはなかった。
「……――――……」
 藍の空を埋め尽くす、数億の星の船たちを仰ぎ、青年の唇がわずかに開かれる。そこから洩れ出すのは、音にならぬ声だ。
 ふいに夜気が動き、風となって青年の頬を撫で、頭髪をそよがせる。流れた前髪の下から覗いた双眸は、星の光で染めたような蒼銀色であった。



                          ……To be continued.