第二章   深淵なる世界の囚人





 あの後、というのは、ランディが倒れてからのことだ。とりあえず彼を私邸の部屋まで運び、ベッドに寝かせた。いまにも泣きだしそうなマルセルや、怒りながら心配しているゼフェル、そして他の守護聖は一旦それぞれの場所にひきあげ、ルヴァだけが付き添いとして、部屋に残っている。
 ベッドの側にある椅子に腰かけ、ルヴァは膝の上に本をひろげていた。が、読んでいるようには見えない。何やら思案する様子で、視線は宙を映している。と、ノックの音が聞こえた。
「あー、どうぞ」
 扉が静かに開き、若い女性がその向こうから姿を現した。
「あぁ、ディア! ランディのお見舞いにきてくれたんですかぁ」
 地の守護聖は腰を浮かせ、女性――ディアを迎えた。
 ディアは女王と守護聖たちの間を結ぶ、女王補佐官にして、現女王の親友でもある。桃色の髪と同色の瞳を持つ、気品あふれる女性だ。
「ランディの様子はどうですか?」
 ディアの問いに、ルヴァは双眸に悲しげな光を宿した。小さく首を横に振り、眠っている少年を見やる。
「……眠ったままですよ。ディア、このことは、女王陛下には……?」
「お知らせしました。さすがに、驚いておられたようです」
「――そうでしょうね。いつも元気なランディが、こんなことになるなんて、誰も想像してませんでしたから……」
 ルヴァは先ほどまでひろげていた本を、部屋にあるテーブルにおくと、小さく吐息を洩らした。
 沈黙の精霊が、部屋に舞い降りてきた。少し勢いの弱まった雨の音だけが、室内に満ちる。ルヴァもディアも、何か言おうとは思うが、言葉にならない。何を言っても、自分たちの抱いている不安を増殖しそうである。
 どれぐらいたってからだろうか。再び扉が叩かれた。「どうぞ」というルヴァの声を受けて、扉がそっと開かれる。
「おや、マルセルじゃないですか」
 地の守護聖の言葉どおり、開いた扉の向こうには、緑の守護聖である少年がいた。細い腕の中に、色とりどりの花々が抱えられている。少年の顔は、およそ明るさとは無縁のものであった。
「ルヴァ様……ディア様も……」
 マルセルは抱えている花々に視線を落とした。
「これ、ランディのお部屋に飾ってもらおうと思って……」
「わたくしが生けてきましょう」
 ディアはマルセルから花々を受けとると、部屋から出ていった。
「マルセル、ここにお座りなさい」
 地の守護聖は優しく言うと、マルセルを先ほどまで自分が使っていた椅子に座らせる。
 マルセルはじっとランディの横顔を見つめていたが、ほどなく口を開いた。
「……いなくなって、初めてその人の価値に気づく、って、ことが、いまならわかるような気がします……」
 ルヴァは無言でマルセルを見やる。最年少の守護聖はうつむいており、その顔はよく見えない。地の守護聖は、促すことなく、黙って彼の言葉の続きを待った。
「……ランディがいないと、とても静かなんです。怖いくらいに……いままで、怖いことはたくさんありました。でも、そのどんな時も、ランディは明るく笑って、みんなを勇気づけてくれて……」
 いままでも様々な事件が守護聖たちを襲ってきた。聖地はおろか宇宙全体が危機に陥ったこともあれば、守護聖たちが自身を見失いかけたこともあった。が、そのどんな時も、風の守護聖である少年は、決して明るさを失わなかった。
「俺は、勇気を運ぶ風の守護聖だから」と、言って。
 緑の守護聖は、膝の上においていた両の手を握りしめる。
「ランディは、いつも僕たちに、僕に、一杯いろんなことをしてくれたのに……僕は、ランディに、何も……何もしてあげられない……!!」
 かたく握りしめられた手の甲に、光の雫が弾けた。細い肩が小刻みに震える。
「――マルセル……」
 ルヴァは長身をかがめて、少年の顔を覗き込んだ。頭部に巻かれたターバンが揺れる。
 マルセルは気がついたように、こぼれだした涙を拭った。
「ごめんなさい、ルヴァ様。泣いたりしてしまって……」
 ルヴァは優しく微笑すると、これまた優しく緑の守護聖の肩を抱く。
「いいんですよ、泣いても。誰かのために泣くことを、悪く言う人なんて、ここにはいませんからね」
「ル、ルヴァ様……っ……!」
 マルセルのすみれ色の双眸から、光が波となってあふれだし、頬につたわった。嗚咽を洩らす少年を、ルヴァは灰色の瞳に優しい光をたたえて見守った。
 ……わずかに開いた扉の向こうで、花を生けた花瓶を片手に、補佐官は残ったもう片方の繊手で目元を払った。



 ……ランディは暗闇の中を、ひとり歩いていた。現位置はおろか、どこに向かっているのかも、何故自分がひとり歩いているのかもわからない。立ち止まろうにも、足が持ち主のいうことをきいてくれないのである。
(ここは……どこなんだ?)
 ランディは呟いた。少なくとも、そうしたつもりだった。が、発せられたであろう声は、闇の奥に吸い込まれていき、本当に発声できたのかは怪しい。
 吐く息が白い。身を切るような寒さだ。大気が重く風の守護聖の身体にのしかかり、押し潰そうとしてくる。身体中に走る鋭い痛みが、辛うじて少年の意識を保たせていた。
(あれは……?)
 前方にさらなる深淵が口を開けている。少年の足は、そこへ向かっていた。
 ――あそこに行ってはいけない!
 直感的にそう感じた。あの闇の淵に入れば、もう二度と戻ってこられないだろう。そんなのは御免だった。なにより、自分には還るべき場所があるのだから。
(還らなくちゃ! 聖地に!)
 ランディは必死で足を止め、身体の向きをかえると歩き出す。と、何かに引っ張られた。身体がのけぞりそうになる。
(――!?)
 見れば、いつの間にか右腕に一本の鎖が巻きついているではないか。それはあの闇の淵からのびている。
『――サセヌ』
 背筋の凍りつくような声が、どこからか投げかけられた。その声に、風の守護聖である少年は聴き覚えがあった。
(――!? お前はさっきの!?)
『来イ。我ガ元ヘ』
 ランディは闇を仰いで叫んだ。
(お断りだ! 誰がお前の元なんかに! それに俺には、還るべき場所がある!!)
 闇が震えた。それが嘲笑であると気づくのに、風の守護聖は数秒を要した。何とも表現しようのない、不快な笑い声が、ランディの耳を乱打する。
『オマエノ意志ナド、関係ナイ。来ルノダ! 我ガ元ヘ! 我トトモニ滅ビノ道ヲ歩モウゾッ!!』
 右腕が凄まじい力に引っ張られる。
(くっ!!)
 ランディは何とか踏み止まろうとするが、無駄であった。ひきずられ、身体は確実に深淵の口へと近づいていく。
 それは笑った。勝利に満ちた笑い声が、闇の中に響きわたった。



 室内には入らず、扉の前に立っていたディアの視界の片隅を、何かがかすめた。
「誰か、そこにいるのですか?」
 姿こそ見えないが、動揺の気配が伝わってくる。ディアは、瞬時にその正体を悟った。
「でていらっしゃい。隠れることはありませんよ、ゼフェル」
 補佐官の声が、大気に流れる。ややあって柱の陰から、鋼の守護聖がその姿を現した。照れているのか、半ばそっぽを向いている。
「あなたも、ランディのお見舞いにきてくれたのですね?」
「なっ……!?」
 ゼフェルの若々しい頬が、一気に上気する。音がしないのが、不思議なくらいの染まりようだ。
「そ、そんなんじゃねぇよ! たまたま近くまできただけだっ!!」
 素直ではない鋼の守護聖の言葉に、ディアは気を悪くした様子もなく、上品に口元をほころばせる。
「では、せっかく近くまできたのですから、お部屋にも寄っておいきなさい」
「……わかったよ。ついでに、な」
 ゼフェルはディアから視線をそらすと、「ついで」という部分を殊更強調して言った。鋼の守護聖である少年の性格を知っているディアは、口元に浮かんだ笑みをさらに深くする。
「あ! ゼフェル!」
 ディアとゼフェルがともに扉をくぐると、マルセルが椅子に座ったまま、驚いたように顔を向けた。ルヴァは、というと、ゼフェルの訪問を予期していたのか、特に驚いた様子はない。
「マルセルじゃねぇか。おめーも、きてたのかよ――ん? おめー、目が赤いぜ。もしかして、泣いてたのか?」
 緑の守護聖の目元に、わずかに残っていた涙の跡を目ざとくみつけ、ゼフェルは問うた。
 マルセルは、よくわかったね、とばかりに、ほろ苦い微笑を口元に刻む。
「……うん。でも、もう大丈夫だよ」
「そっか。なら、いいんだけどよ」
 それだけ言うと、ゼフェルはベッドに歩み寄る。昏々と眠っている風の守護聖に視線を落とし、いまにも舌打ちしそうな表情で言う。
「……ったく、いつになったら目を覚ますんだぁ? この天然馬鹿はっ!?」
 言葉こそ乱暴だが、彼なりの心配の気持ちが見え隠れしている。
「原因は何なんですか? ルヴァ様?」
 マルセルはルヴァを見上げた。彼だけでなく、ゼフェルとディアも、地の守護聖に視線を向ける。三本の視線を受けたルヴァは、わずかに目を伏せたようであった。
「――わかりません」
『――!?』
 三人の表情が、それぞれ動く。博識で知られるルヴァにも、わからないとは、どういうことなのだろうか。
 ゼフェルはルヴァに詰め寄った。
「わからねぇ、って、どういうことなんだよ! ちゃんと調べたんだろうな、おっさん!」
 この少年は、どういうわけか、ルヴァのことを「おっさん」呼ばわりするのである。ルヴァは年齢的にいえば、在位期間が最も長いとされるジュリアスより上だ。それもたったひとつで、しかもまだ二十代であるのだが。
「あー、落ち着いて下さい、ゼフェル。ランディは、呼吸も脈拍も正常で、身体にこれといった異常はないんですよ」
 ルヴァは「おっさん」呼ばわりされたというのに、怒りもせず語を紡いだ。風と緑の守護聖が、首を傾げるところである。何故ルヴァ様は怒らないのだろうか、と。
「では、一体どうして?」
 と、これはディアだ。
 地の守護聖は灰色の双眸に、眠っている少年を映した。
「私には、見当もつきませんね。ただ……何らかの力が働いている、そんな気がします」
「……そのとおりだ」
『わぁっ!?』
 緑と鋼の守護聖は思わず声を上げた。ルヴァとディアも、声こそださなかったが、驚愕の表情で五人目の来訪者を見やった。
「ク、クラヴィス様!? いつの間にっ!?」
 よほど驚いたのだろう。椅子の背にしがみついたままの状態で、すみれ色の瞳をした少年は言った。
 闇の守護聖は、紫水晶の目をわずかに動かす。
「……先ほどだが……」
「お、驚かすんじゃねぇよ!! ノックぐらいしやがれ!」
 ゼフェルは思わず浮かせてしまっていた左足を、ゆっくりとおろした。
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたね」
 クラヴィスに付き添ってきたのであろう、リュミエールが頭を下げた。
「あー、いいんですよ、リュミエール。で、クラヴィス、そのとおり、というのは、どういうことなのでしょうかねぇ?」
 ルヴァはいつもの穏やかな口調で尋ねた。
「……言葉どおり……ルヴァ、お前の考えているとおりだ」
「では、ランディは!?」
 地の守護聖はランディに視線を走らせる。マルセルたちはよく理解できなかったものの、不穏な空気に思わず眉をひそめた。
 と、クラヴィスはベッドの側へ歩み寄る。ルヴァは無言で場所を譲った。この闇の守護聖ならば、ランディを何とかできるかもしれない。それは確信にも近い思いであった。クラヴィスは片手を伸ばし、風の守護聖の額に指先をあてる。
 他の四人は固唾を呑んで、その光景をそれぞれの双眸に映していた。誰も何も言わぬ。ただ大地を打つ雨の音だけが聞こえてくる。
「……やはりな……」
 ややあってから、クラヴィスはため息混じりに言葉を発した。ランディの額にあてていた手を元の位置に戻す。何かわかったようであるが、当然他の者にはさっぱりわからない。クラヴィスは、自身の言葉の続きを待っている、補佐官と四人の守護聖を双瞳に映した。
「――ふたつの呼び声……そのうちのひとつが、ランディの心に巣くっている……」
「一体何なんだよ? その、呼び声、っていうのは?」
 ゼフェルが戸惑い気味に問うた。
「ある特定の者にしか聴けぬ、その者の心に直接とどく声……とでも、いっておこう」
 闇の守護聖は淡々と説明した。それを聴いたリュミエールが、何かを思い出したような表情になる。
「クラヴィス様、ランディの心に巣くっている呼び声とは、集いの間でおっしゃっていた、あれのことでございますか?」
「いや……」
 クラヴィスは首を横に振った。
「……あれは、悪意あるものではない。そう、純粋な想いの結晶、というところだ。だが、ランディの心に巣くう呼び声は、これとは対極の存在……」
「対極の存在」という言葉に、四人の守護聖は勿論、補佐官も反応した。ふたつの内のひとつが、悪意のない、純粋なものだとすれば、その対極にあたるもうひとつは……。
 ディアが真剣な表情で問う。
「では、ランディがこのようになったのは、宇宙に満ち始めている負の力が原因だというのですか?」
「……かもしれぬ」
「なんということでしょう……!」
 リュミエールは声を震わせた。白い端正な顔が、さらに色を失っている。
「ランディは、ランディはどうなるんですかっ!? クラヴィス様!?」
 マルセルが顔と声の双方を蒼白にして言った。
「……わからぬ。全ては、この者次第……」
 闇の守護聖は吐息を洩らす。
「あー、ランディが負の力に打ち勝てれば目覚める。もし、それができなければ……ずっとこのまま、ということですね?」
「そういうことだ……」
 クラヴィスが頷くと、ルヴァは額に手をあてた。最悪の想像が、脳裏をかすめたのである。が、それは他の者も同じであった。
 ディアは一歩進み出る。
「ルヴァ、わたくしは、このことを陛下にお伝えしてきます」
「ええ、そうして下さい。頼みますよ、ディア」
「では……」
 小さく頷き、ディアは足早に部屋から出ていった。
 残された守護聖たちは、何とはなしに、それぞれの色彩豊かな双眸を見交わした。無言のうちに、それぞれの想いがぶつかりあう。だが、それも長い間のことではなかった。クラヴィス、ルヴァ、そしてリュミエールの三人が、ほぼ同時に鋭く息を呑んだ。
『――!?』
「な、何だよ? どうしたんだよ!?」
 三人の年長の守護聖の様子から、ただならぬ気配を感じとったゼフェルは眉をひそめてみせた。
「そ、そんな……こんなことが……!」
 水の守護聖が口元に片手を押しあてた。白く細い指が震えているのを、ゼフェルは見逃さない。
「だから! 一体何なんだ! どうしたっていうんだよ!?」
 クラヴィスがじろりと目を動かし、口を開いた。
「わからぬのか……?」
「え……?」
 と、声を上げたのは、マルセルである。ゼフェルの方は、というと、クラヴィスの雰囲気に圧倒され、声もでない。
 ルヴァができるだけ落ち着いた声で、二人の年下の守護聖に言った。
「あー、マルセル、ゼフェル、いいですか、どうか落ち着いて、精神を集中してごらんなさい」
 地の守護聖の言葉の後半には、少なからずの緊張が含まれていた。マルセルとゼフェルは、いぶかしげに互いの顔を見合わせる。そして言われたとおり、精神を集中させるべく両の目を閉ざした。
「――嘘だぁっ!?」
「――冗談だろっ!? か、風のサクリアが……!?」
 風のサクリアが急激に縮小していく!?
 マルセルは思わず立ち上がった。椅子が倒れるが、そんなことに構ってはいられない。
「嫌だっ! 嫌だぁっ!!」
「マルセルッ!? しっかりなさい!」
 混乱するマルセルの両肩を、リュミエールがなだめるように背後から支える。
「ちくしょぉぉっ! どうすりゃあいいんだよっ!!」
「ゼフェル! 落ち着いて下さい!!」
 自棄になったように叫ぶゼフェルを、こちらはルヴァがなだめた。
 と、室内にクラヴィスの声が響く。
「騒ぐな!」
 騒然としていた室内が、一瞬のうちに静まり返る。普段滅多に叫ぶことのない、闇の守護聖が叫んだ。このことが一同を驚かせたのである。クラヴィスは、水を打ったように静まった四人の顔を眺めやると、強い口調で言った。
「まだ望みはある!」
 色を失っていた守護聖たちの顔に、生色が戻ってくる。
 誰からともなく、その「望み」について問おうとした時である。バタン、という音とともに、扉が開かれた。室内にいた一同の十の目が、そちらへと集中する。急いできたのだろう、息をきらしながら、オスカーが入ってきた。やや遅れてジュリアス、オリヴィエも続く。三人とも風のサクリアの縮小を感知したのである。室内は、たちまち守護聖で一杯になる。
 ジュリアスは一瞬、闇の守護聖が自分よりも先にきていることに驚いたようだが、口にだしたのは、別のことだ。
「ランディの様子はどうなのだ?」
 ルヴァが弾かれたようにランディの容態を診る。皆手に汗を握り、その様子を見つめた。地の守護聖は驚愕に瞳を見開くと、顔と声を蒼白にする。
「あぁー、いけませんっ!! 呼吸も脈も弱ってきています! このままでは――!!」「そ、そんなぁっ!?」
 マルセルはランディの手に自身のそれを重ねた。指先をとおして感じる、その体温の低さに背筋が凍る思いがする。
「ランディ! ねぇ、ランディ! 戻ってきて! 負の力なんかにとりこまれちゃダメ!お願いだから……!!」
 すみれ色の瞳から、大粒の涙がこぼれだした。ランディの、冷たくなっていく手も、弱い呼吸も、血の気を失った顔も、全てが嘘だと思いたかった。
 ゼフェルは緑の守護聖の隣に立つと、彼の手の上にさらに自身のそれも、半ば叩きつけるように重ねてみせる。
「おい! ランディ! てめーっ! このまま死んでみやがれ……オレは、オレは、承知しねぇからな!!」
 言葉の後半に涙が混ざる。日頃喧嘩が絶えないとされている二人だが、やはり友人同士であった。
「何なのだ? その負の力というのは? それがランディとどう関係しているのだ?」
 ジュリアスが冷静に問うた。内心はともかく、表面的には動揺した様子は全くない。
「はい、実は……」
 リュミエールが手短に説明する。ジュリアス、オスカー、オリヴィエの三人は黙って話を聴いた。「ランディの心に、負の力が巣くった」という部分には、さすがのジュリアスも表情を動かした。
 水の守護聖が口を閉ざすと、オスカーが大きく息を吐き出した。
「何てことだ……!」
 アイス・ブルーの両眼が、悔しげな色に染まっている。集いの間にいた時、自分がきちんと話を聴いていれば、と、その表情は物語っていた。
 その気持ちを理解したのだろう。オリヴィエが口を開いた。
「あんただけのせいじゃないでしょ、オスカー」
 そこで語を区切ると、夢の守護聖はランディに視線を移す。
「ごめんよ、ランディ。私たち、あんたの様子がおかしいことに気づいておきながら、何もしないどころか、まともに話も聴いてあげられなかったね……このままじゃ終わらせないよ。あんたをこのまま逝かせたりしないから……!」
「だが、オリヴィエ、何かいい方法があるのか?」
 炎の守護聖の問いに、オリヴィエは胸をそらした。
「私がそんなこと知るわけないでしょう」
「……胸を張って言うようなことか……」
 オスカーはため息混じりに呟くと、額に片手をあてた。
「確かに、どうやったらランディを救えるのか、私には見当もつかない。けど、クラヴィス、あんたなら何か知っているんじゃない?」
 オリヴィエの言葉に、マルセルが反応する。
「そうですよっ! さっき、まだ望みはある、って!!」
「まことか!? クラヴィス!?」
 守護聖の長は詰め寄らんばかりの勢いで言った。
 七人の守護聖の眼差しを受けたクラヴィスは、ややあってから言葉を紡ぎ始める。
「――うまくいくかどうかはわからぬが……呼ぶのだ」
「呼ぶ? どういうことです?」
 オスカーが顔に困惑の色をたたえて尋ねた。それはこの場にいる者たち全員の、共通の問いでもあった。
 クラヴィスは淡々とした声で告げた。
「……おそらくランディは、心に巣くっている負の力の造りだした世界に囚われている。こちらに戻ってくるためには、そこから脱出させなければならぬ……」
 そのためには、まずランディの意識をこちらに向けさせる必要がある。だから、呼ぶのだ。そうすることが、こちらに戻ってくるための道を示すことにもなる。
「……呼ぶ、ってもよ、具体的には、どうすりゃあいいんだ?」
 元から赤い瞳を、さらに赤くしたゼフェルが訊いた。が、その声には覇気がなかった。あまりにも急な出来事に、精神的なショックを受けているようだ。
「……心で呼ぶのだ。心にとどく声は、心で発するものだ」
「そうすりゃあ、こいつは助かるのかよ?」
 クラヴィスはすぐには応えなかった。重い吐息をつく。
「……それはこの者次第だ。いくら道が示されようとも、そこへ行くことを、負の力を操る何者かが許すはずはない。最終的には、ランディは負の力を退けねばならぬ。己だけの力で――」
 そこまで言って、軽く息を吐くと、闇の守護聖は一同を見回した。
「――それでも、やってみるか……?」
 誰も何も言わぬ。が、答えはでていた。少しでも可能性があるのならば、それに賭けてみるまでだ。ランディを信じて。
 ゼフェルが涙を拭う。次の瞬間には、調子を取り戻したように声を上げた。
「やってやろうじぇねぇか! オレたち守護聖をなめるとどうなるか、負の力を操ってる、どっかの大馬鹿野郎に思い知らせてやるぜ!!」
 自身に気合を入れるかのように、鋼の守護聖は左の拳を右の掌に打ちつけた。それを見たマルセルも涙を拭った。
「僕もやるよ! ランディはわたさない! ううん、ランディは絶対に負けない。そのために僕の力が少しでも役に立つなら、僕、やるよ!!」
 年少守護聖二人の、その決意の表情を見、ルヴァとリュミエールは互いの双眸を見交わした。緊迫した状況の中で、表情を微笑ましげなものにする。
 オスカーは口元を不敵に閃かせた。
「元気がでたようだな、坊やたち。これは、我々も負けていられませんね」
 彼の言葉の後半は、彼の尊敬する守護聖に向けられていた。それを受けて、光の守護聖は力強く頷く。
「皆、精神を集中し、ランディに呼びかけるのだ! 我らが心で!」
 一同は頷きあった。それぞれの双眸に幕を下ろす。


 ……想いよ、とどけ。
 負の力に囚われし、風の守護聖に――。


 ――ランディ……!!



                ……To be continued.