第八話 憎しみの念力者!ソルジャー・キトリ
「ただいまー」
エイリの兄、天童カイリが管理局から帰って来る。
「ん? ユイリ…?」
いつもは自分を出迎えてくれる弟のユイリが、今日に限って来ない。
「寝てるのか?」
そっと食卓を覗いて見ると、ユイリは椅子に座ってすやすやと眠っている。
「こんな所で寝ると風邪ひくぞ」
カイリが毛布を掛けようとすると、ユイリは目を覚ます。
「うっ…んっ…あ、おかえり、おにいちゃん。今日は早かったんだね」
目を擦りながらユイリは毛布を受け取る。
そう、カイリはいつも帰りが遅いが、今日は珍しく早く帰って来ている。
「ユイリ、まだご飯食べてないのか?」
テーブルにはまだ何もない。
「うん。だって…おねえちゃんが帰ってくるまで待っていようと思ったんだもん」
「あっ…!」
ユイリはいつもエイリが学校から帰って来るまで食事の用意をして待っているのだ。
だが、今エイリはマジカルゲート内に閉じこめられたまま帰って来ない――。
「ユイリ…。今、兄ちゃんはな、姉ちゃんを助ける為に頑張っているんだ。だからユイリも姉ちゃんが早く
帰って来るように頑張らないと…な?」
自分を励ますカイリの優しさにユイリはコクッと頷いた。
「うん、おにいちゃん。僕、早くおねえちゃんに帰って来てほしい!」
「よしっ! 腹減っただろ? 今ご飯作るからな。 手を洗っておいで」
「うんっ!」
カイリは手を洗いに行ったユイリを見つめ、その後に今じゃ人形のように動かない妹を見つめる。
「…エイリ…」
「それじゃ、行動開始だ。ルシフェリオン!」
「うむ…」
ルシフェリオンの中からキトリが出てくる。
「キトリ」
キトリの側にエイリが歩み寄ってくる。
「何だ? エイリ」
「言ったはずだけど、天童カイリと天童ユイリには手を出さないで」
「わかっているさ。俺の目的は親王トモユキと…佐方トウカだ」
そう言って、キトリは姿を消した。
「リュシフェーラ…」
エイリは小さく囁いた――。
「何だこれは?」
ワールドリンク管理局にあるメインコンピュータルームにて、タケトはマジカルゲートのデータから不審な
物を見つける。
「何処のエリアだ?」
タケトがすぐに原因を調べようとすると――。
ドラグオンサイトにある一つのエリアから何かが飛び出した。
「なっ…何だ!?」
急いでタケトは、有栖川博士に報告しようとメインコンピュータルームから出るのだった――。
ガラッ――。
風呂に入った後、カイリは冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったボトルを取り出す。
そして、それをゆっくりと飲む。
「ふうっ…すみません。レナさん」
誰もいないリビングで、ミネラルウォーターを飲み干した後に、レナに詫びるカイリ。
実はカイリが早く帰って来たのはレナから勧められたからだ。
『今、エイリちゃんがいない家でユイリくんを支えるのはあなたしかいないわ、天童くん。だから今日はもう
帰った方がいいわ』
「確かに、レナさんの言う通りだ。お前のいないこの家で…ユイリを守るのは俺しかいないんだな。エイリ…」
フッとカイリは写真立てに飾ってある幼い時のエイリの写真を見つめる。
「さて、そろそろ寝るか。あっ、その前にユイリがエイリの事で寂しがっていないだろうか?」
寝る前にユイリが泣いていないかどうか見てみる事にした。
スッ――。
少女は、寝息を立てて眠るユイリにそっと布団を掛ける。
そのまま弟を見つめる。
そこへ――。
「!?」
「あっ…!」
ユイリの部屋へ入ったカイリはユイリの側にいる人物に驚く。
「…エイリッ!」
震える唇で兄は妹の名を呼ぶ。
「お兄ちゃんっ…!」
――聞いた? エイリがマジカルゲートから帰って来たんだって!
――うん! よかったよねー!
中学校ではエイリが戻って来た事をクラスメート達は祝福する。
「おかえりエイリッ!」
「辛かったでしょ? 大丈夫?」
口々に言うクラスメートにエイリは少々戸惑いながら頷く。
「え、ええ。大丈夫よ。ありがとう」
笑顔で微笑むエイリにクラスメート達は安心した。
その時、小学生であるマユが恥ずかしそうにエイリの側まで来る。
「あの、エイリさん」
「えっ!? あ、あら。マユちゃん」
どうしたの?と訊ねると――。
「その、放課後に小学校の方へ来てくれませんか? ケントくん達が会いたがっていて――」
「うん、わかった。わざわざありがとう、マユちゃん」
「はい、待ってますね!」
嬉しそうにマユは教室から出て行った。
「くそっ…まさか俺の正体がバレたのか!?」
女子トイレにて、エイリ――いや、エイリに化けたキトリは緊張する。
「俺の変身は完璧なはずだ。なのに…いや、落ち着け。大丈夫だ…上手くいく!」
自分に言い聞かせたキトリはエイリに戻り、トイレから出ていく。
「エイリの事は全部調べてある。エイリの振りをしていればバレやしない」
そしてエイリは小学生のクラスまで来る。
「失礼しまーす」
一言言ったエイリが教室に入ると――。
パーンッ!
教室中にクラッカーが鳴り響く。
「きゃっ!;」
驚くエイリにケントが出迎える。
「おかえりなさい! エイリさんっ!」
その他にアオイ達もエイリを迎える。
「た、ただいま」
恐る恐る返事をするエイリ。
「よく逃げ切って来れたね!」
「う、うん。ルシフェリオンったらね、『もうお前は必要ない』って私を追い出したのよ」
「そっか…でも俺めちゃくちゃ嬉しいよっ! エイリさんが帰って来てくれてさっ!」
エイリは照れくさそうに笑うケントを見つめる。
「ケントくん」
「本当によかったよ、本当におかえりなさ…」と、ケントがエイリの手を握ろうとした時――。
ドドドドドドッ!
『エイリさーんっ!』
「ぎゃあああっ!」
コウジ達男子がケントを踏みつぶしてエイリの元へ走ってくる。
「僕達、エイリさんならきっと近いうちに帰って来てくれるってずーっと信じて待ってました!」
キョウイチは涙目でエイリとの再会を喜ぶ。
「あっ、ありがとう、みんな。うっ、嬉しいわ」
エイリは下敷きになったケントを見ながら苦笑いする。
「(知らなかった。エイリの奴、男にモテるとはな――;)」
メモしておく事にしたキトリだった。
「トモヤくんったら照れてないでいらっしゃいな」
トウカが恥ずかしくて隠れているトモヤの手を引く。
「(あっ…ターゲット発見!)」
キトリはトウカを見つける。
「(あいつに惚れ込んでいるのが…親王トモユキ!)」
トウカに手助けするトモユキも見つけた。
「もう、兄さんったらあんなにエイリさんに会いたがっていたじゃないですか!」
「だ、だからって素直に出られるわけないだろ!?///」
トモユキとトモヤを見つめながらエイリはクスッと笑う。
「(楽しみにしてるがいい…俺から暗闇のどん底にたたき落とされるのをな!)」
「ふうっ。そろそろ帰らないと遅くなっちゃうわ」
夕方、トウカは茶道の稽古が終わり、自宅路へ足を進める。
「やっぱり、一人で帰る方がいいわよね。差別されなくて済むもの…きゃっ!」
階段を下ろうとするが、踏み外してしまう。
「きゃあっ!」
危うく階段から落ちそうになるトウカ。
そこへ――。
「おっと!」
ガシッ!
誰かがトウカを受け止める。
「すみません! あっ…」
お礼を言おうとトウカが相手を見ると――。
「どうしたんだ?」
黒い髪の少年にトウカはつい見惚れてしまう。
「あっ! あの…すみません! おケガはありませんか!?」
「いや、平気だよ。君は?」
「大丈夫です。助けて頂いて、ありがとうございます」
お礼を言うトウカに少年は小さく笑う。
「家まで送ろうか? 佐方トウカさん」
「えっ? 私の名前、ご存じなんですか?」
「ああ、学校じゃ噂になってる程な。やっぱ可愛いし美人だからかな?」
「そっ…そんな事ないです///」
トウカはつい頬を淡く紅く染める。
「おいで」と、少年はトウカの手を引く。
「あっ…」
ダイバーランドの住宅街の中で少し大きい家まで歩く二人。
その家の表札には『佐方』と書かれている。
「ここでいいかい?」
「ええ、ありがとうございます。あの…」
「ああ、名前か? キトリだ」
「ありがとうございました、キトリさん」
「じゃ」と、キトリはトウカに一礼して立ち去った。
トウカはキトリを見送った後、家へ入った。
「ただいま帰りました」
トウカが玄関に入ると、母親が出迎える。
「おかえり。今日は遅かったわね」
「え、ええ…」
ごめんなさい、と謝ろうとするトウカだが――。
「一人で出歩くからこんなに遅くなるのでしょ? 佐方家の娘が遅くまで出歩いているなんて。だから
いつも迎えを出しているのに…」
「ごっ、ごめんなさい!」
トウカは慌てて部屋へ戻る。
「ちょっと、トウカ…もう」
呆れた母はトウカの部屋を見つめる。
「何よ、佐方家の娘って。私は普通の女の子でいたいのに…!」
トウカは泣くのを堪えていたが、とうとうベッドへ泣き伏せる。
「うっ…ううっ。送り迎えなんていやよ。みんなから嫌な目で見られるのはいやっ!」
そう…学校でトウカは男子から人気がある。
ケント達やヒナや親王兄弟とは仲良く過ごして来たのだが――。
だが、他のクラスの一部ではトウカをよく思わない子達もいるのだ。
「この間だってそうだわ」
いつの日か帰りに迎えが来た事を思い出すトウカ。
――あら? 今日も佐方さん、迎えが来てるわ。
――仕方ないわよ、お嬢様だしねぇ。
――お嬢様なのにどうしてこの学校に来てるのかしら?
次々と口に出される『お嬢様』。
トウカが待っているのはそんな言葉じゃない。
「私のクラスの子達はそんな事気にしないで私に接してくれてる。そう、特にトモユキくんは――」
一年の時から自分を支えてくれたトモユキ。
「彼は本当に素晴らしい人だわ。私はそんな彼が――」
そのまま泣き疲れたのかトウカは眠ってしまった。
「なるほど…トウカもトモユキに惚れているのか」
外から、トウカの部屋を覗くキトリは更なる思いつきを企む。
「いいぜ。利用価値が上がったぞ」
キトリは手に持っていた木の枝を落とす。
「ふっ…!」
キトリの目が光ったかと思えば木の枝が自然に折れた。
もちろん、落ちて折れたわけではない。
「この念力で、あいつを地獄へ叩き落とすっ!」
憎しみがこみ上げる。
キトリはエイリの姿に戻り、佐方家を後にするのだった――。
