風と雲と鳥の空と、水と波と魚の海。
このふたつに訪れたもの。
それはきっと、小さな奇跡の瞬間。
空と海の絆
手塚国光を部長、大石秀一郎を副部長とした、今年の青学男子テニス部。
その活動が本格的に始まって、二、三週間が過ぎた頃だった。
「全員整列!」
気持ちよく晴れた青空の下。
部長の凛とした声が、コート中に響き渡る。
彼への信頼を示すように、部員たちはさほどの時間をかけずに整列した。
「今日から新しい部員が入るので、紹介しておく」
きちんと並んだ彼らに言い、手塚は横の副部長に視線を向ける。
大石は軽く頷くと、
「さぁ、入って」
コートの入り口に居る少年に向かって、爽やかな声をかけた。
皆の視線が集う中、その少年がコートへ入ってくる。
「あっ!」
「…あぁ!」
「……あ?」
その途端、ある三人の二年生部員から、そんな声が上がった。
順に、彼に向かって指差す桃城、思い出したようにぽんと手を打つ、怪訝な表情で一瞥する海堂である。
そして、密かに微笑ましく笑うマネージャーたちも居た。
「今年から青学に転入してきました、二年七組の、架橋七海です! よろしくお願いしますっ!!」
少し癖のある焦げ茶色の髪。
輝きを秘めた、朱色の瞳。
元気のよい声と、明るい笑顔。
今年から青学へ転入してきた彼は、この瞬間から、正式な男子テニス部員となった。
顧問である竜崎、部長の手塚から今日の練習内容が告げられると、部員たちは各々返事をして散開していく。
「あ、あのー……大石先輩?」
確かそんな名前だったよな、と思いながら、副部長の少年に呼びかけた。
大石が「ん?」と、視線を向ける。
内心で、七海はホッと安堵した。
「オレは、これからどうすればいいですか?」
「あぁ、そうだな。架橋は今日、初日だから、とりあえずうちの部がどんな感じなのか、全体的に見学してもらおうか」
人当たりのいいこの副部長に、七海は初対面の時から好感を持っていた。
大石は「えっと……」と、視線を巡らせて。
「!」
ひとりの少年の名を呼んだ。
「はい、何でしょうか? 大石先輩」
振り返った栗色の髪の少年は、綺麗な青緑の瞳をしていた。
そういえばさっき、クラスメートである海堂と一緒にいた――と、七海が思い起こしているうちに、大石は事の次第を彼に話す。
「――というわけだから、、架橋に説明を兼ねて、案内してやってくれないか?」
「はい、わかりました、大石先輩」
後輩の素直な返事を受けた大石は、「頼んだよ」と穏やかに笑った。
「架橋、こっちは君と同じ二年生のだ。色々と教えてもらうといいよ。勿論、俺に訊いてくれてもいいからな」
本来自分がやってもいい役柄を、大石は敢えて、同学年の部員に頼んだ。
その方が友達になりやすいだろうし、何よりなら適任だと思ったからだ。
「はいっ、ありがとうございます!」
元気いっぱいの声と笑顔で、七海が頭を下げる。
大石は、何の不安を感じることもなかった。
「えっと、架橋くん、だったよね?」
が訊ねると、「あぁ!」と明るく応える七海。
「僕は、。よろしくね」
改めて名を告げて、はにっこりと微笑んだ。
繊細な顔立ちが彩る、優しい微笑み。
(――……なんか)
それを見た七海は、心の中が、ほわっと温かくなるのを感じた。
(なんか、なごむなぁ……)
自分も自然な笑みを零しながら、胸中でそんなことを思う。
「架橋くん? どうかした?」
が不思議そうに首を傾げると、七海は「ううん、何でもねぇ!」と、首を横に振って。
「こっちこそよろしくなっ! !」
――まるで、明るい光の雫が弾けたみたい。
そう思ったは、「うん」と、七海の『なごむ』笑顔を再び浮かべた。
「おいこら、海堂!! わざとやったんじゃねぇだろうな!?」
「けっ、てめぇが、んな所でぼさっと突っ立ってるからだろうが。練習の邪魔だ!!」
「んだとぉ!?」
――Cコートの方で、けたたましい声が飛び交う。
どうやら海堂の打った球が、桃城に直撃したらしい。
周りの者は「また始まったよ」と、半ば呆れたように見ている。
「……なぁ、。あいつらって、仲悪いんだ?」
頭の後ろで両手を組んで歩いてきた七海が、隣りの少年に訊いた。
「う〜ん。仲が悪いっていうか、まぁ、よくケンカはしてしまうね」
困ったように笑う。
「でも僕は、それだけ息が合ってるってことだと思うんだ。あの二人は去年から、良きライバルなんだよ」
青緑の双眸を持つ少年は、一筋の翳りもない微笑で言った。
鋭い視線の狭間で火花を散らしている、二年生レギュラーたち。
七海は「ふ〜ん」と、何となく解ったような声を零した。
やはり『仲が悪い』ようにしか見えないのだが、『ライバル』と言われれば、そうなのかと思えてくる。
「けど、今はまずいかな」
は小さな溜め息をついた。
「架橋くん、ごめん、ちょっとここで待っててくれる?」
「おう? いいけど?」
どうするんだろう、と疑問を抱きながら、栗色の髪の少年を見送る。
「桃、海堂、もうそれぐらいにしたら?」
睨み合っていた桃城と海堂の耳に、聴き慣れた声が届いた。
「!! だってよ、マムシがオレにボールぶつけてきたんだぜ!?」
「人のせいにすんじゃねぇ! 自分の不注意だろうが!」
もう、聞いてないんだから――と、が、心の中で苦笑いを浮かべた刻である。
「――桃城、海堂!」
辺りが一瞬で静まり返った。
自分の名ではないのに、七海も思わずびくっと身を強張らせたほどだ。
名を呼ばれた張本人たちは、恐る恐るといった風に振り返る。
勿論声の主は、厳しい表情を刻み込んだ、青学テニス部部長だ。
「グラウンド二十周、今すぐ行って来い!」
『〜〜〜はいッ!!』
互いに複雑な思いを抱えつつ、有無を言わさない声に、素直に従うしかなかった。
ここで口答えでもしようものなら、走らなければならない周回数が増えるだけだ。
「うわ〜、部長、すげぇ〜」
一目散に走り出す二年生レギュラーを見て、七海がつぶやく。
「ごめんね、架橋くん。お待たせ」
戻ってきたに、七海は「いや、お疲れ」と、労るような言葉を無意識にかけていた。
「初めて会った時から思ってたけど、部長ってすげぇな」
「うん、効果絶大だよ。僕も二人を抑えられるように、できるだけの努力はしてるんだけどね」
が言葉を零した刻、追い抜かれてたまるかと張り合う二年生たちが、七海の朱色の瞳の端を駆け抜けて行った。
「そういえばさ、の名前って、『』っていうんだっけ?」
先程、桃城が特徴のある大きな声で、その名を叫んでいた。
「うん、そうだよ」
「いいよなぁ〜、すっげぇカッコイイ!」
柔らかな応えのあと、朱色の瞳が輝いた。
が「そうかな?」と首を傾げると、七海は「うん!!」と、思い切り頷く。
「オレのは『七海』だからさ、たまに女の子みたいだって、からかわれたりするんだよな」
その刻のことを思い出したのか、やや幼げな顔の頬を膨らませる。
「だから、そうゆうカッコイイ響きの名前って、結構あこがれ」
次の瞬間には、屈託のない笑顔になっていた。
青緑の双眸を瞬かせた少年は、優しい微笑を生み出す。
「――ありがとう。でも、架橋くんの『七海』って名前だって、すごく素敵だよ」
「え〜? そっかなぁ??」
自分ではそう思ったことが無いのか、複雑な顔をする七海。
「うん。だって、とても綺麗。まるで、世界中に光が満ちてくるみたい」
――青空から降りそそぐ光を反射して煌めく、蒼い海のよう。
そして光と水が連なって、虹を輝かすみたい。
は、心に生まれた思いをそのまま言葉にした。
「……へ?」
青緑の瞳の少年から紡がれた、不思議な『言葉』。
七海は目が点になったように感じた。
「あ、ごめんね、何か気に障ったかな?」
気を悪くさせたかと思ったが謝る。
七海は「いや、そーじゃなくて」と、手をパタパタと振り、
「……生まれて初めて言われた、そんなこと」
焦点が定まっていないかのように、ぼぅっとしたままつぶやいた。
「そう?」
「うん」
訊き返すに、こくんと頷く七海。
――しばらく行き交った、青緑と、朱色の瞳。
やがて七海から、笑顔が弾けた。
「でも、すっげぇ嬉しい!! サンキューな!」
無邪気な彼に、は「どういたしまして」と微笑んで応える。
「なぁ、オレ、のこと『』って呼びたい! 呼んでもいいか?」
「うん、もちろん」
は嫌な顔一つしなかった。
「サンキュー! オレのことも、好きに呼んでいいからな!」
――初めて会ったばかりなのに。
どうしてこんなに、素直な言葉が出てくるのだろう。
「じゃぁ……七海くんって、呼んでもいいかな?」
「おうっ!」
あふれ出す笑顔、満ちる嬉しさ。
きっと、これがすべての理由に違いない。
ついにラストスパートとなった桃城と海堂は――意地と根性の果て、同時ゴールとなった。
「中々やるじゃねぇか、海堂。だが、オレの方がちょっとばっかし早かったみてぇだな」
「てめぇの目は節穴か。俺の方が早かったに決まってんだろうが」
「何ぃっ!?」
ようやく終わったかと思えば、どちらが先にゴールしたかで、またもめ始める。
「ぴったり同着だったよ、二人とも」
苦笑するように笑いながら、が彼らのもとへやって来た。
その後ろに、何となくついてきた七海も居る。
「え〜? ホントかよ、?」
親友である少年に言われては、それに折れるしかないではないか。
「本当だって。ね? 七海くん」
「おう。バッチリ」
桃城の期待の欠片を裏切って、新入部員である少年は、親指を突き立てて見せた。
「お疲れ様、桃」
がっくりとする桃城にがそう声をかけると、七海は朱色の瞳を瞬かせる。
「へぇー、桃って呼ばれてんだ。じゃぁオレ、七でいい」
それは本当に唐突なものだった。
桃城とは「え?」と視線を集め、立ち上がった海堂も横目だけ向ける。
次の瞬間、桃城の瞳と表情が輝いた。
「おお! んじゃ、桃ちゃん七ちゃんでいくか!」
「いいね、それ!」
ほぼ思いつきであるにも関わらず、桃城と七海の波長は合ったようだった。
「楽しそうだね」
は微笑ましそうに言った、が。
「けっ、つき合ってられるか」
海堂はきびすを返して、その場を離れていった。
空のように、清々しい響きの名を持つ少年と。
海のように、輝かしい色を思わせる名を持つ少年。
このふたりが出逢えたこと。
それはきっと、小さな奇跡の瞬間。
空が抱く星の光と、海に眠る水の雫が、七色の架け橋を創り出して。
今、間違いなく、空と海を結ぶための絆となった。
end.
《あとがき》
す、すみません; こんな訳の解らないものを書いてしまって…(‐‐;) 友情ものには、あまり免疫も経験もない水帆ですが(汗)
この度、『テニヒメ』のサブキャラとして生まれたはずのオリキャラ・架橋七海が、くんと出逢った時のエピソードを、
里久ちゃんから「書いてv」と依頼を受けまして…(笑) 最初は本当にエピソードだけ、参考文献のつもりで書いたんですが。
……なぜか、「このままでOK」を頂いてしまいました; いいのか、これで〜?;
くんと出会いました、架橋七海(かきょう ななうみ)ですが。 読んで頂いた通り、元気で明るいです。
水帆の大好きな、高橋直純さんボイスをイメージに誕生しました(ブン太くんの声が直兄と決まるより前に…/笑)
それから、水帆が書いてる恋愛ドリーム『テニヒメ』のヒロインの一人・二の姫の、いとこという設定です。
あと、海堂くんのクラスメートなので、彼には多大なる苦労を……(苦笑)
同じ二年生である桃くんと海堂くん、くんには、これから仲良くしてもらえることになってるみたいです。
またどこかに出てくると思いますが、え〜と、よろしくお願いします;
こんなのを最後まで読んで下さって、ありがとうございましたm(_ _)m
written by 羽柴水帆
