Friend――他人じゃないから――
午前中の授業の終わりを告げるチャイムとともに、昼休みが始まる。昼食をとったり、友人と喋ったり、屋上でのんびりしたり……と、皆が思い思いの時間を過ごしている。が、そんな中でも不本意な時間を過ごしている者は、やはりいるものだ。この日の桃城武が、おそらくそうであろう。
休み時間だというのに、桃城の手には何故かモップがある。その傍にいるの手にもやはりモップがあり、二人は体育館清掃の真っ最中であった。
床を磨く手をとめ、桃城は高い天井を仰いだ。
「……ったく、せっかくの昼休みだっていうのに、何だって体育館の清掃なんてしなきゃいけねぇんだ? パンが売り切れちまうぜ」
も動かしていた手を休めると、少々呆れたように言った。
「桃が羽根を壊すからだよ。バドミントンでダンクスマッシュなんて決めるかい? 普通?」
それは午前中の体育の授業のこと。いま彼らのクラスはバドミントンをやっている。テニス部の者である桃城やにとっては、勝手が違う部分もあるが、要領は同じであるから簡単なものであった。そこで勢いづいた桃城が、得意技であるダンクスマッシュを決めたのである。が、羽根は元々脆く、踏みつけただけで壊れるような代物だ。コートをへこませるほどのパワーを持つ桃城の一撃に、耐えられるわけがない。
「あの羽根はプラスチックじゃないから、衝撃に弱い、って最初の授業で説明受けたのに……たった二回の授業で五つも壊しちゃうんだもの。先生が泣いてたよ」
「仕方ねぇだろ。身体が勝手に動いちまうだから」
「条件反射って、時に厄介だよね」
そう言って笑うと、はモップを動かし始める。そこで黒髪の少年はふと何かに気づいた表情になる。
「いまさらだけどよぉ、何でまで掃除しているんだ?」
罰清掃を命じられたのは、羽根を壊した桃城だけである。だからまでもが、掃除をする必要はないのではないか。
本当にいまさらだね、とばかりには言う。
「だって桃ひとりじゃ、こんなに広い体育館を掃除するなんて大変だろ? ひとりでやるよりは、二人でやった方が、はやく終わるよ」
「そりゃあ、そうだけどよぉ……」
せっかくの休み時間を潰しているのはも同じ。ましてや、それが自分のためだと思うと、少々申し訳ない気がする。と、その考えが表情にでていたのだろうか、青緑の双眸を持つ少年はふわりと微笑してみせた。
「変に遠慮なんかしないでよ、桃。僕たちは他人じゃないんだから。困った時は、お互い様だよ」
彼がこういう性格だということは、一年生の時から知っていた。だが、面と向かって口に出されると何だか嬉しい気がする。桃城は照れたように頬を掻くと、若々しい顔をほころばせた。
「サンキュー、。今度何か奢るぜ」
「ありがとう。何にするか、考えとくよ」
いたずらっぽい笑みを浮かべるを見、桃城は少々顔色を変えた。
「って、あんまり高いものにすんなよ!? 今月は財政がピンチなんだからな!!」
青緑の双眸を持つ少年は、たまりかねたように笑いだした。
「ハハッ、わかってるよ。大丈夫、そんなに高いものにしないから」
「からかったな!」
桃城はモップを放り出すと、の首を軽く絞める。怒っているというよりも、楽しそうな表情だ。それがわかっているから、絞められている少年の抗議の声も、笑いが多量に含まれている。
「ごめん! 桃、謝るからやめてよ! 掃除できないじゃないか!」
しばらくじゃれあったかと思うと、二人は互いの顔を見あわせて笑いあった。
「さてと、とっとと片づけちまうか!」
「そうだね、頑張ろう!」
それからしばらくの間、昼休みになると体育館には、桃城との姿があった。やらされている方も、それにつきあっている方も、どこか楽しそうであったから、何も知らない者にはとても罰清掃中とは思えなかったという。
磨かれた床が、差し込んでくる陽光を弾いて輝いていた。
――Fin――
<あとがき>
・いつものことですが、イメージを壊された方、すみません。今回のお話で、桃くんとくんの関係が少しでもわかって頂けると嬉しいです。二人は親友同士ですが、生ぬるい馴れ合いでは決してなく、互いに相手を尊重し、また相手が困っている時や危機に陥っている時は、打算なく動く……そういう関係です。
これからもくんをよろしくお願いします。ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
2003.4.9 風見野 里久
