青緑の双眸を持つ少年





 樹木に囲まれたキャンパス内に、さわやかな風が吹き抜ける。幾羽もの鳥たちが、羽を休めに訪れている。小さな演奏会を開く鳥たちは、キャンパス内を行きかう生徒たちの姿を見るとはなしに、見ていた。
 テニスの名門といわれる青春学園の、そのテニスコート内に、険悪な空気が満ちている。まだ部長を始めとする三年生がきていない中、二人の二年生が睨みあっていた。ひとりは黒髪を短く刈り込んだ少年、もうひとりは頭部をバンダナで包んだ鋭い目つきの少年だ。前者が桃城武、後者が海堂薫である。ともにレギュラーであり、ライバル同士だが、とにかく仲が悪い。
「もう一度言ってみろ、マムシ!!」
 桃城の手がのび、海堂の襟首を掴んだ。ちなみに「マムシ」というのは、海堂のあだ名である。当然であろうが、本人はそう呼ばれることを嫌っている。が、桃城はお構いなしだ。海堂も桃城の襟首を掴み返した。
「マムシって言うんじゃねぇっ!!」
 海堂の元々危険な表情が、さらに危険なものになる。両者の視線が激突し、無色の火花を散らした。周囲にいる部員たちは、皆ハラハラした顔でその様子を眺めている。どうにかしたいのは山々だが、この二人の喧嘩をとめられるのは、ごく一部の者だ。
「あ、あの、桃くんも海堂くんも、喧嘩はダメだよ……!!」
 まさに一触即発の二人の間に、勇敢にも割り込もうとする者がいた。腰まである豊かな黒髪に、琥珀色の瞳を持つ少女だ。おろおろしながらも、何とか自分に注意を向けさせようとする。が、桃城も海堂も、彼女に気づいた様子は微塵もない。さらに言葉の応酬を始めた二人を見、「どうしよう……」と少女は瞳に涙を浮かべた。
「泣かなくていいよ、ちゃん。ここは僕に任せて」
 ふいに肩を叩かれ、少女――は、弾かれたように振り返った。視線の先には、細身の少年が立っている。彼の名はという。栗色の髪に青緑がかかった双眸を持ち、母親似だという整った顔立ちからは、穏やかな雰囲気が醸し出されている。
くん……!」
 少年――はにこりと笑ってみせると、をさがらせた。そして恐れる様子もなく桃城と海堂の傍に歩み寄る。
「はい、そこまで。この喧嘩、僕が預かるよ」
 そう言って、互いの襟首を掴みあっている少年たちの手に、自身のそれを重ねる。邪魔するな、とばかりに二人の顔がに向けられた。が、は気圧されることもなく、微笑すら浮かべて言った。
「喧嘩をするのは二人の自由だけど、時と場所を考えようね。みんな不安がっているよ」
 桃城と海堂は一瞬視線を交錯させると、ゆっくりと手を放す。いかにも渋々といった感じだが、少しは熱も冷めたらしい。 
「二人とも、少し熱が冷めたところであちらに注目」
 青緑の双眸を持つ少年は、満足そうに頷きつつ、自身の斜め後方を指差した。二人のレギュラーの瞳が、の指先を追う。すると涙目になっているの傍で、柳眉を逆立てている少女の姿が映った。
……!」
 まずい、と桃城は顔をひきつらせた。少女の名前はの親友であり、彼女とともに男子テニス部のマネジャーを務めている。
「二人とも、いつも言っているよね? を泣かしたら、この私が承知しないって」
 表情としては笑っているが、その目は笑っていない。
「悪い、
「………」
 桃城が言葉とともに、海堂が無言で頭を下げた。そこでようやくの顔から力が抜け、笑顔になる。も指先で目元を払うと、「いいのよ」と笑ってみせる。
 そんな二人のマネージャーの横で、は笑いを堪える表情になった。
「桃も海堂も、本当は仲良しさんなんだから、喧嘩しちゃダメだよ」
『誰が仲良しさんだ!!』
 二人のレギュラーの声が、見事に重なる。青緑の双眸を持つ少年はにこりと笑う。
「そういうところが、仲良しの証拠だよ」
『………』
 思わず沈黙する二人をよそに、マネジャーである少女たちは忍び笑いを洩らした。



 は二年生で、桃城と同じ二年八組。テニス部に所属しているが、レギュラーになったことはない。別に弱いというわけではない。テニスの腕もそうだが、運動神経もよく、瞬発力や跳躍力、そして身の軽さは、常人を遥かに凌いでいる。が、それでも彼の能力があまり目立たないのには、二つの理由がある。ひとつは、周囲に傑出した先輩や同級生、そして後輩がいるから。もうひとつは、体力がないからである。もっとも、本人はレギュラーには「なれたらいいな」という程度にしか思っていないらしいが。それについては、以前桃城と次のような会話をかわしたことがある。
 一枚の紙片を前に、は頬杖をついていた。その背後から、桃城が声をかける。
「何を見てんだ? ? テストか?」
「あ、桃、見る?」
 は紙片を差し出した。それは最近行われたスポーツテストの結果表だ。受け取った桃城はそこに記された結果に、ざっと目をとおす。
「……お前、シャトルランと持久走の記録が、部の平均よりちょっと低いな」
「そうなんだよね。僕、体力ないから。今後の課題だね」
 でも体力は一朝一夕で身につくものじゃないからね、と自嘲気味な笑みを浮かべる。
「でもよぉ、五○メートル走のタイムは六秒二で越前の次、立ち幅跳びは二八八で俺の次だぜ。体力さえつけば、レギュラーになれるんじゃないか?」  
「そうかもしれないね。でも、レギュラーには、なれたらいいな、っていう程度だから」
「はぁ?」
 桃城は少々間の抜けた声を上げてしまった。テニスの名門といわれる青学のレギュラー……それはテニスをやる者ならば、憧れといっていいものだ。
「別にレギュラーにならなくても、テニスはできるだろ? 僕は楽しくテニスができればそれでいいよ」
 はそう言って笑う。邪気のない笑顔を前に、桃城は軽く肩をすくめてみせた。
「お前なぁ、もう少し欲があっても……っと、まぁ、それもお前のいい所なんだろうけどな」
「ありがとう、桃」
 ……といった具合である。
 桃城とは部活をきっかけに話すようになり、いまでは親友と呼べるほどの仲だ。一年の時は海堂と同じクラスであったため、こちらとも仲がよい方だ。海堂は普段からして目つきが鋭く、怒っているような表情をしているため、皆あまり近寄ろうとしない。が、は恐れることもなく近寄っては、平気で話しかけていた。
 ある時、海堂と平然と話している彼を見かけた一年生が、感心したように言った。
先輩って、凄いですね」
「ん? 何がだい?」
「だって、あの海堂先輩と平気で話せてるじゃないですか!」 
 はきょとんとした顔をしたかと思うと、次の瞬間には弾けたように笑いだした。
「ハハッ、そんなこと、全然凄くないよ。それに彼って、話しかけやすい人だよ」
 この言葉に、声をかけた一年生は沈黙し、それを聴いた他の部員たちは思わずの顔を見直したという。



 明日の朝練の予定の確認を終え、解散の意が伝えられる。皆がそれぞれ散っていく中、は頭上を仰いでいた。
「どうした? ?」
 桃城がいぶかしげに声をかける。視線を上に持ち上げてみるが、特にかわった様子はない。空が鮮やかな落日色に染まっているぐらいだ。
「明日も晴れそうだなぁ、と思ってね」
 この分ならば朝練に支障はない。はどこか嬉しそうに言う。その様子に、桃城の口元にも自然と笑みが刻まれた。
「お前、本当にテニスが好きなんだな。ま、とにかく帰ろうぜ」
「うん、そうだね」
 テニスコートに影を投げかけながら、二人は肩を並べて歩き出した。



            ――Fin――



 <あとがき>

・初めてのテニプリでしたが、いかがだったでしょう? キャラたちの性格や口調等がまだよく掴めていないので、イメージを壊された方、すみませんでした。
 水帆ちゃんの方は、女の子のオリキャラさんですが、風見野の方は男の子のオリキャラです。何だかこちらの方が書きやすいので(^−^;) 今回は紹介を兼ねて上記のようなお話にしてみました。これで少しでも主人公のことがわかって頂ければ、嬉しいです。もっと細かいところは、お話の中で明かしていくつもりです。どうぞよろしくお願いしますv
 ここまで読んで下さって、ありがとうございました。



                               2003.4.7    風見野 里久