――――幼い頃は確か、楽しくて仕方なかった。
 夢と希望と幸せの光に満ちていた。
 すべてが淡く優しい、白の世界に染まる瞬間――。





       Twinkle〜星の宝石箱〜 《前編》





 空気がぴんと張りつめて、太陽の寝付きが一段と早くなる。
 ハロウィンが終わったその翌日から、街中がきらびやかに飾り立てられていった。

 学校からの帰り道、途中で友達と別れた少女は、人混みで賑々しい商店街を抜けた。
 数ヶ月前までは輝くようだった色の空が、すっかり淋しいものに移り変わっている。
 学校指定の紺色のコートに身を包み、ピンク色のマフラーを巻いた少女――は顔を上げ、冬枯れの空へ消えていく白い吐息を見送った。
「やぁ、!」
 住宅街に差しかかる坂道の途中、少女の頭上から声が降りそそぐ。
 冷たい空気を払いのけるかのような、あたたかい木漏れ陽の声。
「アーサー!」
 彼の姿を瞳に捉えたの顔にも、自然と笑みの花が咲いた。
 初めは小さかったプロペラ音と共に、スパイヘリに乗ったアーサーが降りてくる。
「今、学校の帰りかい?」
「うん、そう。アーサーは?」
「私も任務の帰りさ」
 マグネパワーズの若きリーダーは、と話すのに丁度いい高さの塀にヘリを着陸させた。
「任務…って?」
 と、少女が真顔になった。
 目の前で穏やかに微笑って話す彼は、この星を守るために降り立った戦士だから。
 また地球に迫る脅威――アクロイヤーと戦ってきたのだろうか、と思ったのだ。
「簡単な調査だけだよ。このあとパトロールして、特に何もなければ、それで基地へ帰ろうと思ってる」
 幸いの杞憂だったらしく、ミクロマンの好青年はやはり穏やかに微笑った。
「そう……お疲れ様」
 常日頃から絶やしたくない、感謝の気持ち。
「ありがとう」
 この少女の優しい心と笑顔が、アーサーは何より好きだった。
 ――商店街に流れるクリスマスソングが、風に乗って微かにここまで響いてくる。
「やっぱり、この時期が一番にぎやかだな。確か、『クリスマス』というお祝い、でよかったかな?」
 楽しいリズムのメロディに気づいたアーサーが、微笑ましそうに言う。
「うん。アーサー、よく知ってるね」
「前に耕平たちが、家族でパーティーをやっていたからね」
「あ、そっか……そうだよね」
 の気づかないうちに、その声はわずかにトーンが落ちてしまっていた。
? どうかしたのかい?」
「え? な、何が?」
「いや、何だか、元気がないように見えたから」
「そ、そんなことないよ! もう随分寒くなったなーと思っただけ」
 ハッと我に返ったように、は思いきり両手をぱたぱたと振る。
「……そうかい?」
「うん、それだけだから大丈夫。ごめんね、心配かけて」
「いや……いいんだよ。じゃぁ、風邪を引かないように気をつけてくれよ。あ、何なら、君の家まで送ろうか?」
「え!? い、いいよ。お仕事中に悪いし、もうすぐそこだから」
 真面目で遠慮深いのも、彼女の性格だった。
「ありがとう。じゃぁ、またね、アーサー!」
「ああ」
 精一杯の笑顔で手を振って駆けていくを、アーサーも軽く手を振り返して見送った。





 基地へ帰還したアーサーが司令室へ行くと、そこにはエジソンとベルタの姿があった。
「あら、お帰りなさい、アーサー」
「お帰りなのである!」
「ただいま。エジソン、これが調査結果のデータだ」
 アーサーが差し出したデータディスク。
 それは、先の戦いで使われていたアクロイヤーの基地跡の調査結果。
 幸いその場所では、特に異常は無かったようだ。
「ご苦労様なのである」
 信頼する若きリーダーから、ミクロマンの天才科学者はディスクを受け取った。
「出ている間、特に何もなかったみたいね?」
 パトロールも兼ねてきたアーサーに、ベルタが声をかける。
「あぁ……アクロイヤーに関してはね」
「関してはって、他に何かあったの?」
 何やら含みのある言い方に、ベルタは首を傾げて訊く。
 アーサーの端正な顔は、すっかりと思案の色に染まっていた。
「実は、帰りがけにに会ったんだ」
「おぉ、そうであったか。って、それにしては浮かない顔であるな?」
 その話し出しにしては、珍しいことである。
「ああ……それが――」
 アーサーは、先程から気がかりで仕方ない胸の内を二人に語った。
 彼女――の表情に、一筋の翳りが射したことを。
「私の思い過ごしならいいんだが……は周りに心配かけまいとして、自分の気持ちを溜め込んでしまう子だから、やっぱり、どうしても心配なんだ」
「……ま、それに関しては、アーサーも人のこと言えないと思うであるがな」
 エジソンはあさっての方を向いて、小声でつぶやいた。
 その正義感と優しさゆえに、何でも背負い込もうとする姿は少々似通っている。
「え?」
 アーサーがきょとんとすると、ベルタは「まぁ、そうね」と両方の意味で言い、くすっと笑った。
「あ――ひょっとして、クリスマス、かしら」
『クリスマス?』
 ふいにつぶやかれたベルタの言葉に、アーサーとエジソンが彼女を見やる。
君が、クリスマスについて悩んでいるというのであるか? 地球でのお祝いなのだから、楽しいものであるはずなのに?」
「いや、確かに……そういえば、クリスマスの話題のあとだった。から一瞬、笑顔が消えたのは。私がどうしたのか訊ねたら、すぐに明るく振る舞っていたけど」
「しかし、またどうして??」
 エジソンは、ひたすら首を傾げるしかない。
「聴いたことがあるわ。、『今までクリスマスはひとりが多かった』って」
「え……?」
 ミクロマンたちの相談役である、ミクロレディの言葉。
 エジソンはもちろん、アーサーも驚いて瞳を見開く。
 一回だけ、やたら大きく鼓動が鳴った気がした。





 ふっと目が覚めると、やっぱり今日も寒い寒い朝。
 せっかく始まった冬休みだから、はしばらくあったかいベッドの中から出るのを渋った。
 起きたら、このあとは……と、今日の予定を考えた刻になって、ようやく身体を起こした。
 壁掛けのカレンダーを見やると――ついに来てしまった、クリスマスイブ。
 至極自然に、溜め息がひとつこぼれた。
 ――の両親は、共働きだ。
 普段から家族三人が揃うことはほとんどないし、年末年始は特にその機会が激減する。

 ――――幼い頃は確か、楽しくて仕方なかった。
 綺麗なクリスマスツリーやリース、イルミネーションの飾り付け。
 毎年どれにするか迷ったクリスマスケーキ。
 雪が降ればもう最高で、イブの夜が明ければ、枕元にはサンタクロースからのプレゼントがあった。
 夢と希望と幸せの光に満ちていて。
 すべてが淡く優しい、白の世界に染まる瞬間だった。

はいい子だし、もう大きいから大丈夫よね?』

 確か小学生になった時だったと思う。
 母からの言葉をキッカケに、その夢から醒めてしまった。
 幼稚園の時までのように、両親とは一緒にクリスマスを過ごせなくなった。
 母親にそう言われたら、「うん」と頷くしかなかった。
「嫌だ」とわがまま言うのは簡単かもしれないが、言ったところでどうなるのだろうか、と思った。
 怒られるか、呆れられるか――そう思われるぐらいなら、自分が我慢して済むならそれでいいと思った。
 ――だからと言って、親の前ではしまい込んだ淋しさが消えて無くなるわけではない。
 いっそ消えてくれたらいいのだけれど。
「……ふぅ」
 またこぼれた溜め息。
 今年はいつも以上に気が重い理由がある。
 実は学校での仲の良い友達が、「うちのパーティーに来ない?」と誘ってくれたのだ。
 しかし、十二月の初めに、母から「今年は久しぶりに家族でクリスマスが過ごせるかもしれない」と言われていたために、断ってしまった。
 が、つい昨日になって結局、両親から仕事の都合がつかないと言われてしまったのだ。
 その友達は「もしお母さんたちが駄目になったら、来てくれていいからね」とも言ってくれたのだが――やはり一度断ってしまったし、家族でのパーティーに割り込むのも……と、すっかり気が引けてしまって。
「……何やってるんだろ、私」
 思わずそうつぶやいたのは、友達と親の両方に、都合のいい嘘をついたからだ。
 友達には「家族と過ごせることになった」と言い、親には「友達と出かける」と言ったのだ。
 なぜ「友達の家族のパーティーに混ぜてもらう」と言わなかったかというと、後日に母がその友達宅に『お礼の電話』をかけてしまったら困るからだ。
 ――心配かけたくないからって。
 もしも、親や友達が私を大事に思ってくれているなら、そうすることの方が……。
 あとになってそう思ったが、咄嗟にしてしまったことはもうどうしようもなかった。

『……そうかい?』

 下校中に会った時の、彼の言葉がよみがえった。
 心配そうに気遣ってくれた、穏やかな大地色の瞳。
 ふいに言い知れないほどの感情(もの)が込み上げる。
「参っちゃうなぁ、もう」
 そんな自分に、苦笑するしかなかった。

 アーサーの声はあまりに優しくて、思わず涙が零れそうになる。
 アーサーの笑顔はあまりにあたたかいから、つい甘えてしまいそうになる。

「……いつもいつも、反則なんだから」
 あふれ出しそうになる気持ちを抑えるのが大変で、こっちの身にもなってほしい、なんて思う。
 と、その刻、のそばでベッドが軋んだ。
 どん、という軽い衝撃がした方へ視線を向けてみると――。
「にゃ」
 そこには大きな緑の瞳を持つ、愛猫――キャラメルの姿。
 少女の表情が、一瞬泣きそうになってから笑顔になった。
「今日は二人でパーティーしようね、キャル」
 今までこのキャラメルのおかげで、何度孤独を癒されたか判らない。
 愛おしさにあふれて、は柔らかい茶トラ模様の彼女を抱き上げた。
 ――この時のキャラメル嬢は、朝ごはんの催促に来ただけだったのかもしれないけれど。



                  next→