ミクロバレンタイン ‐ウォルト編‐




「ベルタさん、あの、ウォルトはどこに行ってますか?」
 おずおずとしながら訊ねたに、
「ウォルトなら、基地内のプールに行ってるわよ」
 ベルタは、優しき慈母の如き微笑みで答えてくれた。


「基地内の……プール??」
 と、小首を傾げたに、ベルタはこれまた丁寧に教えてくれた。
 はまだ一度も行ったことがないのだが、この基地内には、室内にも屋外にもなる(屋根の開閉が自由に利く)プールがあるのだと。
 彼らの気分転換と、水中訓練もかねて設置されたらしい。
 そんな所があるのなら、これほどウォルトにぴったり適した場所はないだろう。
(えーっと……ベルタさんに教えてもらったエレベーターって、これでいいのかしら?)
 そう思いながら乗ったエレベーターは、瞬時にを運ぶ。
 着いた所は、確かに目的の場所だった。
 ガラスのドーム状である屋根から、射し込んでくる眩しい陽射し。
 広いプールに満ちる水が、波打ってはきらきらと反射して輝いている。
「へぇ……こんな所があるんだ」
 独り言のように呟いて、はまるで巨大なサンルームのような辺りを見回した。
「ひゃっほぅー!!」
 静かに波打っていただけの水の中から、突然ザバァッと何かが飛び出す。
 その何かとは、紛れもないウォルトだった。
「う…ウォルト…!?」
「あ! ちゃん!」
 宙高く飛び上がったウォルトは、を見つけるなり、再びプールの中へ飛び込む。
 彼が宙まで巻き上げた水飛沫は一瞬、に虹を垣間見せた。
 と、数秒もしない内に、ウォルトはの居るプールサイドの近くまで泳いできて、上半身だけ水の中から浮上させた。
「よくここが判ったね。ベルタにでも教えてもらったのかい?」
「うん、そうよ。素敵な所ね。知らなかったわ」
「ハハッ、ごめんな〜、なんか話すタイミング無くってさぁ」
 苦笑するように笑って、片手を頭の後ろへやるウォルトに、は「いいのよ、気にしないで」と微笑んでみせる。
「ところでちゃん、オレになんか用でもあるの?」
「あ、そうだった…!」
 プールサイドへ上がりながらのウォルトの言葉で、ここへ来た大切な理由を思い出した。
 先ほどからずっとの手に握られていた包みが、陽の光を浴びる。
「えっと、あのね……これ、バレンタインの……!」
 そこまで言いかけると、ウォルトは何かを思い出したように、ぽんと手を打つ。
「あぁ、この前麻美ちゃんが言ってた! えーっと確か、『男の子が無条件でチョコをもらえる日』だっけ?」
「え、えぇ??」
 は一度驚きのあまり目を丸くしてから、違う違うというように首を横に振った。
 ウォルトは「あ、違った?」と苦笑する。
「うん。真ん中が違うの」
 義理でない限り、決して『無条件』ではないのだ。
「真ん中? って言うと……あ、『チョコ』じゃないんだ?」
「ううん、その前! 『無条件』じゃないの…!」
 言い方が悪かったと後悔しながら、は正解を口にした。
「あぁ、そっか……って、じゃぁ、何だったっけ?」
 本気で忘れてしまっているらしい。
 は「えっと……」と口ごもる。
 説明するのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。
 けれど、正しく理解してもらった上で、チョコを受け取ってもらわないと意味がない。
 一度深い深呼吸をして、は何とか決意を固めた。
「あのね、『バレンタイン』っていうのは、女の子が、とても特別な……大切な人に……チョコレートを贈る日なの……」
「え…?」
 今度はウォルトが、その青い瞳を丸くする。
「とても特別で……大切な、人?」
 確かめるように、訊き返すウォルト。
 その頬には淡く赤みがさしている。
 もこの上なく紅い顔をして、こくんと頷いた。
「その……もらってくれる…?」
 バレンタインの説明をした直後に本人に渡すなんて、物凄く恥ずかしい。
 鼓動がうるさいほど早鐘を打つ。
 一体どれほど赤面しているのだろう。
 は耐えれなくなって、視線をウォルトからプールサイドへ移した。
 ――数瞬の間、静かに揺れる水音しか響かなかった。
 がそぉっと顔を上げてみると、ウォルトは何やら両手を握りしめて打ち震えている。
「……っく〜〜! めちゃくちゃ嬉しいぜ! サンキュー、ちゃん!」
 どうやら、嬉しさのあまり言葉を失っていたらしい。
「え? あの……もらってくれるの?」
「もちろんだぜ! ありがとな!」
 最高に感激した様子で、ウォルトはチョコレートを受け取った。
「これってやっぱちゃんの手作り? なぁ、開けていい? 食っていい?」
 まるではしゃいだ子犬のような瞳をして、即座に訊ねてくる。
 が「う、うん」と頷いたのを見ると、「ひゃっほぅ!」と喜んで包みを開け始めた。
 そして、箱に詰められたチョコの一粒を、ぽいっと口に放り込む。
「…ん! すっげぇうまい!」
 空で輝く太陽と同じように、明るい笑顔を見せるウォルト。
「ほんと? よかったぁ……」
 頬の火照りが少しおさまったは、ほっと安堵の吐息を零した。
 そんなを青い瞳に映したウォルトは、一瞬表情を引き締めて。
「……ありがとな、
 真剣を帯びた優しい声で、紡いだ。
「えっ…?」
 の鼓動が再び跳ね上がる。
「あ〜、これもすげぇうまい! 幸せだぜ〜」
 今のは何? と問いたくなるぐらい、ウォルトは先ほどのはしゃぎように戻っていた。
 は暫くぽかんとして、チョコを頬張るウォルトを見つめる。
 ――時には、子供のように元気で。
 時には、びっくりするほど大人っぽく真面目になったりして。
 どっちが本当の『あなた』なんだろう?
「んっ、あ! もうすぐ言われてた時間だ! 司令室に戻ろうぜ、ちゃん!」
 チョコを食べながら、ふと思い出して言うウォルト。
 ――明るくて快活で、優しい笑顔。
 きっと、両方とも『あなた』なんだね。
「うん!」
 も負けないくらい、輝いた笑顔を向けて。
 ウォルトと一緒に、水面を煌めかせるプールを後にした。


 ――今日は、小さいけれど大きな幸せに包まれた、
 ふたりのミクロ・ハッピー・バレンタイン。




              end.




 《あとがき》
 ミクロマンバレンタイン分岐ドリーム、ウォルトくんEDですv(笑)
 元気で面白いですねぇ、彼は(笑) これも夢ネタなんですけど、
 「男の子が無条件で…」って言われた刻は、彼らしいなぁと思って、胸中で
 笑っちゃいました(^▽^) 何て都合のいいとり方(笑)
 って、つい調子に乗って、ミクロマン基地にプールなんか造っちゃいました(汗)
 どこにあるんだそんなもん、って感じですね; 何とかご了承下さい…;
 水帆の理想を込めて書いたつもりですが、イメージを壊してたらすみませんでした;

                           written by 羽柴水帆