ミクロバレンタイン ‐アーサー編‐
「ベルタさん、あの、アーサーは、今どこに…?」
おずおずとしながら訊ねたに、
「アーサーなら、基地の屋上に居るはずよ」
ベルタは、優しき慈母の如き微笑みで答えてくれた。
エレベーターに乗って、は屋上へと向かった。
普段乗っているようなデパートなどのエレベーターとは違い、ここのエレベーターは、ほとんど一瞬で目的の階に着いてしまう。
乗っている間に心の準備をしようとしていたのに、やはりあっという間に着いてしまった。
きょろきょろと辺りを見回してみると、
(あ、アーサー…!)
やはり彼の姿は、屋上にあった。
七王子の街を見渡すように。
遙かな空を見上げるようにして、座っている。
時折吹く風が、紺青色の髪を靡かせてゆく……。
は、その姿と横顔に、しばし声をかけるのを忘れてしまった。
何だかこの光景を、もう少し見ていたくて――。
しかしアーサーの方が、の存在に気づいた。
「やぁ、。どうしたんだい? そんな所で…」
振り返ったアーサーが、立ち上がりながら問いかける。
ハッと我に返ったは、「えっ? う、ううん、何でも…!」と慌てて手を振った。
まさか「見とれてました」なんて、正直な理由を話せるわけがない。
アーサーは、爽やかな中に「?」とした表情を浮かべる。
そこでは、ここへ来た理由を思い出した。
「あ、あのね、アーサー…! その…」
正視が叶わなくて少し俯きながら、は必死に隠していたそれを、やっとの思いで前に持ってくる。
「ん? 何だい?」
アーサーの声は、いつも通り、穏やかで優しくて。
余計に鼓動が早くなるけど、勇気も湧いてくる。
「こ、これ……バレンタインのチョコレートなの。よかったら……受け取ってほしいの」
心の中の勇気をありったけ取り出して。
は、特別な『ひとり用』にラッピングしたチョコをアーサーに差し出した。
「え…?」
アーサーが一瞬、大地色の双眸を瞬きさせる。
その一瞬は、にとってはすごく長く感じられた。
やがて、穏やかな声が聴こえてくる。
「ありがとう、。嬉しいよ。けど……私がもらってしまっていいのか?」
「え? いいのかって…?」
何を訊かれたのか解らなくて、は顔を上げた。
「麻美から聞いたんだが、『バレンタイン』っていうのは、『女性がとても特別な、大切な人にチョコレートを贈る日』なんだろう? それなのに、私がもらってしまってもいいのかい?」
あくまで真面目に、アーサーは素朴な疑問を口にした。
がくっ、とは項垂れてしまう。
(だから渡してるのに……!!)
この若き司令官は、ちっとも解っていない。
の、少なくとも『特別な存在』なのだということに全く気づいてないようだ。
というか、『バレンタイン』をそこまで理解しているのなら、ピンときてもいいのではなかろうか。
アーサーは「どうしたんだい?」と不思議そうな顔をしている。
今まで、如何に恋愛を経験してこなかったかが理解できた。
「あ……あのね、アーサー。もちろんよ。だから、渡してるの」
は、何とか起き上がって説明する。
「え? だから……?」
「うん。私にとって、アーサーは……『特別』で……『大切』な人…だから……!」
途中から、すごく恥ずかしくなって。
最後はもう、顔から火が出る思いだった。
かぁっと頬が紅く染まってしまう。
さりげなく想いが伝われば、と思っていたのに、これでは告白したも同然だ。
頬を真っ赤に染めて俯くを、アーサーは暫し見つめるしかできなかった。
からの言葉――おそらく初めて言われたそれの意味を、理解しようと懸命に考えているのだ。
――『特別』で、『大切』。
アーサーにとっても、確かには『特別』な存在ではある。
共に戦ってくれる、地球の少女。
しかし、イザムやウォルト達という仲間とは違うし、耕平や祐太、麻美ともまた違った存在である。
ただ、それが何を意味しているのか、どうゆうことなのかは――考えたことがなかった。
彼自身、自覚もなければ名前も判らない、に対しての『気持ち』。
アーサーは軽い苦笑を零した。
それに気づいたが「え…?」と紅い顔を上げる。
「……ありがとう、。とっても嬉しいよ」
そう言って、からのチョコを受け取ったアーサー。
空へ吹き抜けていく風のように爽やかな声、本当にとても嬉しそうな笑顔。
もようやく安堵の笑みを浮かべていく。
「よ、よかった。私も嬉しい…!」
頬に淡い桜色を残したまま微笑むを見つめるアーサーの中には、不思議な気持ちが生まれていた。
これは一体何なんだろう――?
と、そう思った直後、とても強い風が屋上を吹き抜ける。
「きゃっ…!?」
サイズがサイズなだけに、は煽られてよろめいてしまう。
「!」
アーサーは咄嗟に駆け寄り、の腕を引き寄せて、自分を壁にするように立った。
「あ…ありがとう、アーサー……」
内心すごくドキッとしながらも、は不自然にならないよう装って礼を言う。
しかし、アーサーの顔を見上げた途端、彼の大地色の瞳と視線がぶつかってしまって、再び頬の温度が上昇を始めた。
アーサーは黙ったまま、真剣な瞳でを見つめてくる。
(あ……アーサー…?)
やがて風が柔らかくなっても、アーサーは一度掴んだの腕を放さない。
それどころか、もう片方の手で、そっとの髪に触れた。
「えっ…!? あ、アーサー…っ!?」
は驚いて大きく瞳を見開き、僅かに硬直した。
「――あ……すまない」
やっと我に返ったアーサーは、決まりが悪いような顔をして、から両手を放す。
自分でもよく解らない、といった状態である。
――今アーサーは、自分の中に生まれたに対しての『不思議な気持ち』について、彼なりに確かめようとしていたらしい。
だが結局、やはりよく判らなかった。
は未だ頬を染めたまま、ぼーっと立ち尽くしている。
「本当にすまなかった。何でもないんだ」
アーサーは、そんなに苦笑するような笑みを向ける。
彼の頬も微かに染まって見えるのは、気のせいだろうか?
「あ、そろそろ時間だ。一緒に司令室へ戻ろう、」
と、思い出したように言ったアーサーは、もう普段の彼に戻っていた。
穏やかな笑顔と共に、「さぁ」と、手を差し伸べる。
「う……うん」
こくん、と一つ頷いて、手を伸ばす。
静かに重ねたその手を、アーサーは優しく握り返した。
右手にからのチョコレート。
左手に、の手を握って、歩き出す。
は高鳴る鼓動を抑えられぬまま、何とか一緒に歩いて、下へのエレベーターに向かった。
――今日は、小さいけれど大きな幸せに包まれた、
ふたりのミクロ・ハッピー・バレンタイン。
end.
《あとがき》
ミクロマンバレンタイン分岐ドリーム……アーサーEDです(笑)
って、こんなんでいいんでしょぉか!?(汗×2) って、本当にハッピー??;
例によって夢ネタです〜(笑) 「私がもらってしまっていいのか?」って、本当に
訊かれました(大笑) 「だからあげてるのに!」って感じでしたね(苦笑)
ようやくアーサーも恋愛の「れ」の字ぐらいは理解しようと思い始めてくれたようで、
嬉しい限りです、はい(^^;)
この続きはホワイトデー創作でもして、書いてみたいですね〜。
アーサーのイメージを壊してたら、誠に申し訳ありませんでした(><;)
written by 羽柴水帆
