第3話 ミクロマンと耕平の事





 ―――お願い、助けて…。

「えっ? 誰かいるの…?」
 暗闇の中、アリカは目を覚ます。

 ―――君の力が必要なんだ…。

「あなたは何処にいるの? 誰なの…?」
 暗闇の中から声が聞こえる。
 少々低いからして、この声は少年だ。

 ―――このままじゃ地球が死んじゃう…。

「地球が死んじゃう…? 滅びてしまうの…?」

 ―――僕達は今、封印されているんだ…。

「閉じこめられているの?」

 ―――急いで…時間がないんだ。

「時間がないって…私でいいの?」

 ―――君なら、彼らと共に戦っていける…。

「彼ら…? アーサー達の事――?」

 ―――そう、耕平さんが言ってた。いつかきっと六つの想いは一つになるよ…。永遠に繋がる、結ばれるからって。

「待って…! あなたは耕平伯父様を知っているの?」

 ―――うん、だから待ってるよ、アリカちゃん…。

「私の名前を知ってるの…?」

 ―――そうだよ、僕は…うっ、うわああああああっ!

「どうしたの!? 苦しいの…!?」

 ―――うぅっ…封印を解けさせないようにしてくるんだ。早く北を目指して…。

 声がだんだんと聞こえなくなる。
「わかったわ…必ず助けます」

 ―――ありがとう…僕は信じてるよ。君と彼らなら…きっと僕達の封印を解いてくれるって。

「ええ…必ずあなたを見つけます」

 ―――約束だよ、幼い頃の事を忘れないで…。



「あっ…! 今のは…夢?」
 アリカは、布団から起きあがると、外は夜が明けていた。
「あの声…何処かで聞いた事がある。そう…懐かしい声だった」
 スッと自分の胸を手で押さえる。
「耕平伯父様の事も知っていた…封印されているってどういう事なのかしら?」
 隣の方を見ると、アリカの敷いたハンカチの中で眠る五人の仲間達…。
「だけど…今ではアーサー達がここにいてくれている。もう離れないでほしい…」
 アリカは、側にある祐太のミクロッチに目をやる。
「お父様。あなたは今何処にいらっしゃるの…? 会いたい、会いたいの…」
 父である祐太を思い出す度にアリカの心は寂しく感じる。
「でも…ここで泣いているわけにはいかないわ。必ずお父様や、お兄様達や…耕平伯父様を見つけてみせる!」
 涙が零れ出そうになるが、堪えたアリカはもう少し寝ようと横になるのだった――。



「何だって? 耕平の事を…?」
 朝になって、アーサー達は突如アリカから耕平の事を聞かれた。
「はい、教えて欲しいんです。私、実は耕平伯父様の過去の事、少ししか知らないんです」
「だが、君は耕平に色々な事を教えてもらったんじゃないのか?」
 イザムの問いかけにアリカは首を横に振る。
「いいえ、あなた達と一緒にアクロイヤーと戦った時の話は聞いています。ですが、それから十五年後の事をあまり知らないんです…」
「そうだったのか…てっきり耕平はもうあの時の事を話しているのかとばかり思っていた…」
 そう、あの時とは総統アクロイヤーが地球を襲ってきた時で、五人の子供達の中に封印されていた自分達を救ってくれたのは耕平だったのだ…。
 そして、耕平は一時期命を落としそうになった…。
「一度、耕平はアクロイヤーにさらわれて、洗脳を受けた事があったのである…」
「洗脳…!?」
「やはり…自分がダークKとなった事を耕平は話さなかった。いや、話したくなかったようであるな…」
「伯父様が――」
 顔を俯かせ話すエジソンに、アリカは驚きを隠せなかった。
「そういやあいつ…どうしてるんだろうな? アーサー」
 ウォルトの言うあいつとは一体。
「あいつって?」
 アリカの問いかけに答えるようにアーサーは話し始める。
「耕平が洗脳された時、耕平は真悟達、つまり私達を捕獲、または抹殺する為に造ったサイボーグミクロマンがいたんだ。その名はダーク」
「ダーク…」
「しかも、顔は耕平そっくりなんだ」
「えっ? 伯父様と顔が似ているのですか?」
「ああ、今は行方がわからなくなっている…一体何処にいるのか」
「そう…なのですか」
 ダーク…。
 一体彼はどんな人物なのだろうか。
 耕平と顔が似ているとすれば…。
「…そのダークも、耕平伯父様達を探しているのでしょうか?」
「それは――残念ながら、私達もわからない」
「けど、一応あいつの生みの親は耕平だからな」
「伯父様…」
 アーサーやウォルトの話を聞きながら、アリカは幼い頃に耕平達と過ごした時間を思い出す。
「真悟お兄様…」
 そして、いつも一緒に遊んでくれた真悟達の事も思い出す。
「アリカちゃん…大丈夫だ。必ず耕平達を見つけよう」
 元気づけるようにアーサーは優しくアリカに話しかける。
「アーサー…ありがとう」
 アリカもアーサーの気持ちに応えるように微笑む。
「やっぱアリカちゃんは笑ってる方が可愛いぜ!」
 ウォルトもニッと笑い、アリカの左肩に乗る。
「さあ、そろそろ出発しましょう」
 テントを畳んでナップにしまい、旅支度を終えたアリカは、スッと立ち上がる。
「ああ、耕平達を見つける為にも…」
「アクロイヤーがまた君を襲いに来るかもしれないからな」
 アーサーに続いて、イザムも頷く。
「だが…一体どの方角へ進めばいいのか」
 頭を悩ませるエジソンに、アリカはフッとある言葉を口にした。
「北…」
 アリカは、夢の中で少年の声から聞かされた方角を口にしたのだ。
「北…であるか?」
「ええ、何故北なのかはわかりませんが、北へ進まなければいけない気がして…」

 (―――早く、北を目指して…)

「夢で声が聞こえたんです。すごく懐かしい声で…北を目指せと」
「「「「「北を目指せ?」」」」」
 五人の言葉に頷くアリカ。
「はい」
「その声はどんな声だったであるか?」
「少し、低めでした…男の子のような声で」
 エジソンの問いかけに、アリカは夢で見た事をすべて話した。
「その人は…自分達は今、封印されていると言っていました」
「封印…? 閉じこめられているのか?」
「おそらく何処かに捕らわれているのでしょう。そしてその声の人はあなた達の事や耕平伯父様の事を知っていました」
 自分達を知っている…。
 アーサーはその声について考え込む。
「(耕平や我々を知っている…もしそれが本当なら誰なのだろうか?)」



 町へ出ると、周りには相変わらず人がいない。
「一昨日現れたロボットは間違いなくアクロイヤーである」
 見渡すエジソンにウォルトは少々疑問を抱く。
「今回の事とアクロイヤーと関係あるのか?」
「もしかしたらアクロイヤーが人間に何かをしたのかもしれないのである! もしそうならばこのまま放っておくわけにはいかないのである!」
 コンピュータを操作しながら、エジソンはこの事件の元凶がアクロイヤーと指摘した。
「そりゃ…俺だって放っておく事なんてできねーし、アリカちゃんをアクロイヤーから守らなきゃいけないからな」
「ありがとう…ウォルト」
 笑顔で礼を言うアリカにウォルトも笑顔になる。
「アリカちゃんみたいなキュートガールに言われちゃ頑張らないわけにはいかないからな♪」
 そこへイザムが、「それより、耕平達を探さなければな」とアリカの元へ歩み寄る。
「ええ、伯父様やお父様達は一体何処に…」と、アリカが空を見上げた瞬間。
 ギギィイーーーーッ!!
 一昨日アリカを襲ったロボット達が突如、空から降ってくる。
「きゃっ!」
 驚いたアリカは、急遽かわした。
「アーサー! アクロ兵だ!!」
 オーディーンがその場を離れたアーサーを大声で呼ぶ。
「何っ!? アリカちゃんを守らなければ…!!」
 アーサーは急いでアリカ達の元へ戻ってくる。
「アリカちゃん! ここは私達に任せて逃げるんだ!!」
「えっ…だけど!」
「大丈夫! 必ず君に追いつくから!!」
 アーサーの強い瞳にアリカは仕方なく頷いた。
「はい…必ず待っています!」
 そして、アリカは一人で走り出した。
「やっぱ、お前も行けよアーサー」
 ウォルトがアーサーの背を押す。
「ウォルト…?」
「だーってさ、一人になったアリカちゃんを守る奴がいなくなるじゃんか」
 確かに、ウォルトの言うように今はアリカは一人だ。
 護衛は最低でも、もう一人いなければならない。
「…後は頼む!」
 頷いたアーサーはアリカの急いで後を追うのだった。


「はあはあ…! みんなは無事かしら? あっ――」
 アリカの目の前に一体のアクロ兵が武器を向ける。
 そして、ゴーグル部分が光り出して喋り出す。
『クジ・コウヘイ…レンコウスル』
 アクロ兵から耕平の名が出される。
「えっ…? もしかして、私を伯父様と間違えているの?」
『クジ・コウヘイ…ホカクスル!!』
 地面から光のロープが出てきて、アリカを縛る。
「きゃあっ! は、放して――!」
 アリカの悲鳴と同時に紅いレーザー光線がロープを切る。
 ピシュンッ!!
「ああっ!」
 ロープが切れた後、アリカは地面に倒れ込む。
「…一体何が? あっ…アーサー!!」
 アリカを捕らえようとしたアクロ兵を叩きのめすアーサー。
 彼が来てくれた事に、ホッとするアリカだが――。
「お前達に…彼女は渡さない!!」
 アーサーの瞳は先程とは少し違って見える。
 まるで優しさを忘れ、怒りにすべてを任せているみたいだ。
「ア…アーサー…!?」
 アリカは、アーサーの戦いに恐怖を感じた。
 自分を襲ったアクロ兵はもうとっくに再起不能になっているのに。
 アーサーはまるでそれを構わずに叩き潰している。
 いつも優しく微笑んでくれるアーサーと同一人物とは信じられないくらいに――。
「や、めて…」
 だが、今のアーサーにアリカの声は届いていない。
「彼を…耕平を返せっ!!」
「やめてーっ!!」
 耐えきれないアリカはアーサーを自分の両手に乗せる。
「はっ!」
 その時にアーサーは我に返る。
「あっ…アリカちゃん? 私は…!」
 アーサーが見たのはアリカの涙。
 アリカは震える唇でアーサーに話す。
「もういいんです…私なら大丈夫。だから、アーサー――」
「すまない。だが、アクロイヤーは…うっ!」
 アリカの涙がアーサーの紺碧色の髪を濡らす。
「ええ…わかっています。アクロイヤーは敵です。でも、これ以上このアクロ兵を倒す事はありません」
 その時、アーサーの目にはアリカが耕平に見えた。
「耕…平…」
 アーサーはすまなさそうに顔を伏せる。
「あっ…ごめんなさい」
「いや、私の方こそ、すまなかった。しばらく、君は何処かへ隠れていた方がいいな。私は、イザム達の所へ戻ってみる。その、一人で大丈夫かい?」
「え、ええ。大丈夫です。ありがとう…アーサー」
 涙を拭った後、アリカは笑顔でアーサーを下ろす。
「すぐに戻るよ」
 アーサーはそのままイザム達の方へ戻って行った。
「アーサー…」
 アーサーの無事を祈るアリカ。
 勿論、彼だけでなく、イザム達の身を案じた。
 と、その時。
「あら? あれは…」
 アリカは、目の前にある建物に気が付く。
「何かの研究所?」
 そっと中へ入るが、人の気配はない。
「誰もいない…部屋が荒れてるようだけど、何があったのかしら?」
 ゆっくりと、アリカは部屋を歩き回る。
 その時。
「? 何かある…」
 部屋の奥に何かが光るのをアリカは見逃さなかった。
 そこまで歩み寄る。
「これは…ミクロッチ?」
 祐太のとは違うが、青いベルトのミクロッチが落ちていた。
 少し傷がつき、汚れているがまだ使用可能だ。
「このベルトは…耕平伯父様のだわ…!」
 スッとミクロッチを拾い上げるアリカ。
 その下に何やら文字が書いてある。
「これは…!」


「何とか片づいたな…アーサー」
 ウォルトが辺り一面に倒れているアクロ兵を見渡しながらアーサーに話しかける。
「ああ、早くアリカちゃんの元に戻らなければ」
「ん?」
 突然、エジソンのコンピュータが光り出す。
「どうしたんだ? エジソン?」
 イザムがエジソンに問いかける。
「ミクロッチの…反応をキャッチしたのである」
「何だって!?」
 アーサーがそれを聞いて驚く。
 もちろん、イザム達も驚いたのは言うまでもない。
「このすぐ近く…あの建物からである!」
 エジソンが指さす方向には大きな建物がある。
「行ってみよう!」
 急いでアーサー達は建物まで向かった。


 中は薄暗く、人っ子一人も見あたらない。
「随分な荒れようだな…」
 辺りを見回しながらオーディーンは自分の武器であるランスを握りしめる。
「この部屋からである…」
 やっと彼らが辿り着いた部屋の中に人影が――。
「あれは…アリカちゃん?」
 ウォルトはその人影がアリカだとすぐにわかった。
「じゃあさっきのはアリカちゃんだったのか。でもま、無事でよかったぜ」
 アリカが無事でいる事に、ウォルトはホッと胸を撫で下ろした。
「おかしいな…彼女は祐太のミクロッチしか持っていないはずだ」
 イザムが祐太のミクロッチを思い出す。
「ああ、祐太のはもう既に使えない状態だがな…」
 オーディーンがゆっくりとアリカに近づく。
「アリカ…? 泣いているのか?」
 アリカの瞳から涙が零れ出ているのを確信するオーディーン。
「下を…見てみてください」
 ミクロッチを握りしめるアリカ。
「下、であるか? うん? 何か書いてあるのである…」
 ゆっくりとエジソンが読み始める。
「何々、『アリカへ きっとまた会えるから』…と書いてあるのである」
「何故アリカちゃんの名前を――?」
 アーサーはその字を書いたのが誰なのか気になって仕方がない。
「そう言えば、今アリカちゃんが持っているミクロッチ…よく見たら耕平のだ!」
 彼女の手中にあるミクロッチのベルトの色を見たウォルトは耕平を思い出す。
「何故耕平のがここにあるんだ?」
 イザムが辺りを見回すが、人はいない。
「では、この字を書いたのは…」
 アーサーがアリカを見つめる。
「ええ…これを書いたのは耕平伯父様です。伯父様は…生きてます!」
 アリカの涙は喜びの涙だった。
「ふむ…確かに書いた形跡もまだ新しいのである。まるで最近書いたような…」
 エジソンが文字を調べ始める。
「って事は…耕平はつい最近までここにいたって事か!?」
 ウォルトの証言にエジソンは頷く。
「ああ、きっとそうなのである!」
「では、このまま北へ向かいましょう! きっと北の果てで伯父様は待っています!」
 そのままアリカはミクロッチのスイッチを押してみる。
 すると、ミクロッチが光り出し、アリカの体はみるみる小さくなっていった。
「えっ…? 何、何なの?」
 気が付けば、アリカはアーサー達と同じ大きさになっていた。
「ミクロ化したんですね。ちょっと驚いちゃいました。けど、これなら敵に目立つ事はありませんね、アーサー」
 初めてミクロ化したアリカにアーサーは、「ああ」と頷くのだった――。