――その刻、の耳に、澄んだ笛の音と軽やかな小鳥の鳴き声が届いた。
 湧きいずる泉のように清らかな笛の音。
 小さくて可憐で、けれどとても清らかな鳴き声。
 このふたつの『音』の使い手を、はすぐに脳裏に思い浮かべた。

(笛の音と小鳥の鳴き声……泉水さんと泰継さん!?)

 その二人の名をが胸中で唱えた時、彼女のそばまで近づいていた黒き影が怯んだように揺らぎ――その次の瞬間。
から離れろ、怨霊!」
 低い声が響くのとほぼ同時に、一枚の破邪の札が影に叩きつけられた。
(あっ…!?)
 未だ身動きできないの前に現れたのは、札を投げつけた張本人と、もうひとり――。
殿! 御無事ですか?」
 慌ててに駆け寄り、彼女の呪縛を己が身に持つ霊気で解き放った青年。
 ――泉水と泰継――天地の玄武である青年達だった。
「泉水さん…! 泰継さん…!」
 ふたりの姿を瞳にしたは心底安堵して、その黄緑の双眸を潤ませる。
、怪我は無いか?」
「だ…大丈夫です…!」
 怨霊との間に立ち、問いかけてきた泰継にはそう答えて、
「でも、あの、これって夢じゃないんですか? どうして泉水さんと泰継さんが…?」
 ふと気になったことを尋ねた。
 すると泰継の隣りに、を守るべく並んだ泉水が答える。
「ええ、ここは殿の夢の中です。今の私達は言うならば魂魄の存在なのです」
 夜になって、泉水と泰継はが夢の中で被害に遭っているのを感知し、の元へ駆けつけるために――そのために泉水は笛を奏で、泰継は式神を使わせ、彼女の心の扉を開けてもらったのだと語った。
「怨霊はあなたの神気が眠りにより衰えた時を狙って害を成していたのです」
 そして優美な面立ちを引き締めて、黒く蠢く影を見据える。
「あの怨霊は一体…!?」
 は怖々ながら怨霊の正体を確かめようと、二人の間から影へ視線を向ける。
 すると、の瞳に映ったのは――。
「はっ、橋姫!?」
 薄い紫色の衣を纏い、深い翠色の髪をした宇治橋の橋姫だった。
「どうして…!? 橋姫はこの前祓ったばかりなのに…!?」
 驚き目を見開くに、今度は泰継が答える。
「どうやら気力が完全に尽きる前に逃げ延びていたようだ。再びお前の前に現れ、襲いに来た理由は復讐か否か計れぬが…」
 泰継がそこまで言いかけた時、橋姫は札の呪縛を解き放った。
 そして甲高い叫び声を響かせると泉水と泰継と、に向かって両手を翳す。
 すると突然、空からザァッと音を立てて激しい雨が降り注いでくる…!
「下がれ、泉水。を頼む」
「は、はい!」
 泰継はすかさず相方にを託し、左手に札を翳して結界を張った。
 泉水は相方に言われた通りを背に庇うが、数珠を取り出して構えておく。
(泰継さん…! 泉水さん…!)
 が胸中をハラハラとした感情に満たす中――。
 次々と衝突してくる氷の針の如き雨は泰継の結界によって防がれていく。
 だが――暫し後に橋姫が放った一番鋭利な針に、結界が打ち砕かれてしまう…!
「…っ!」
 結界が砕かれた直後、泰継は咄嗟に泉水との前に立つ…!
「泰継殿!」
「泰継さん!!」
 泉水とが叫んだ刻、泰継の身体は地面に叩きつけられた。
 が泰継に駆け寄るがその瞬間にも、橋姫の攻撃が迫る…!
「くっ…水の気よ!!」
 危うく降りかかりそうだった水流攻撃を、既に備えていた泉水が防いだ。
殿、泰継殿をお願いします…!」
 凛とした声で言い、泉水は前に進み出る。
 橋姫はまた高らかな声を木霊させると、今度は水の刃を発してきた。
「清き水の流れよ、私に力を…――はッ!」
 数珠を持つ泉水の手から放たれた水の気が、橋姫の攻撃と衝突する、が。
 同じ水属性故に打ち消され、更にはその攻撃が刃状だったため、防ぎきれずに余波となって飛来する…!
 いけない、と悟った泉水は、今度は自分がとその身を二人の前に投げ出す…!
「うっ…!」
 刃状は溶けていたものの激しい勢いで降りかかって来た攻撃を受け、蹌踉ける泉水。
「泉水さん!?」
 が叫んだその横でようやく起き上がった泰継が「泉水…」と相方の名を零す。
「…私は大丈夫です、殿」
 片膝をついていた泉水は辛そうながらも微笑んで立ち上がる。
「でも…!」
 は泉水のそばに駆け寄ろうとする、が。
「駄目だ、。前に出るな」
 泰継に腕を掴まれ、彼の後ろへ引き戻された。
 そして――。
「お前は我らが必ず守る」
 琥珀と翡翠の双眸を強く見開き言い放った。
 地の玄武の言葉に、同じく芯の強さを映した瞳で頷く天の玄武。
「泰継さん…! 泉水さん…!!」
 の胸の奥からたくさんの想いがあふれ出す。

 ふたりの想いは切ないほど嬉しい。
 そんなふたりは切ないほど誇らしい。
 けれど――ふたりが傷つくのは、悲しい。
 何も出来ない自分が悔しい…!

「お願い橋姫! もうやめて!」
 自分の無力さを思い知らされたは堪らなくなって泣き叫んだ。
 と、その瞬間に橋姫の攻撃が凪いだのを、天地の玄武は感じ取る。
「泰継殿、橋姫は…!」
「…ああ。だが、そのためにを傷つけさせるわけにはいかぬ」
「はい…!」
 の前に立つふたりが短く言葉を交わすと、橋姫が再び甲高い声を上げる。
「来る…! 私が結界を施す。後は任せるぞ」
「わかりました」
 泉水が頷いた後、泰継は今度は札ではなく、首飾りを外して構えた。
「土の気よ…!」
 泰継の首飾りから土の気を張った結界がふたりとを包み込む。
殿、お力をお貸し下さい! 橋姫の動きを封じます」
「は…はい!」
 氷雨が降り注ぐ中、は水と木の力を泉水に送る。
 からのそれを受け止めた泉水は、右手の数珠を掲げた。
「……如何なる理由があろうとも、殿を傷つけさせません…!」

『気疎きものにまとわれ――雨縛気!!』

 泉水の涼やかな声に導かれた術が橋姫を縛す…!
 動きを封じられた橋姫は悲鳴を辺りに響かせて崩れるように倒れた――。
 ほっと安堵の溜め息が誰からとなく零れた時、泰継は結界を解く。
「泉水さん! 泰継さん!」
 ようやくふたりのそばに駆け寄ることが出来た
「私達は大丈夫ですよ、殿。ですが、橋姫が…」
 泉水はそんなに優しく微笑んだが、ふっと橋姫を見やった。
「え…?」
 橋姫の方へ黄緑の瞳を向ける
 すると橋姫は――銀の鎖状の術に縛られたまま苦しげに震えていた。
 優しき心を持つ泉水は、そんな橋姫の様子に表情を翳らせる。
「おそらく橋姫は、あなたに封印して欲しかったのだと思います」
「え…!?」
「先程、殿が橋姫に叫んだ時、攻撃が一瞬おさまったのです」
「でもそんな…」
 怨霊がわざわざ封印されに来るというのだろうか――?
「怨霊は言葉を話す術を持たない。故に、お前に攻撃を仕掛けることでしか封印を促せなかったのだろう」
 ――泉水と泰継の言葉は正しかった。
 橋姫はが封印に失敗した時、咄嗟に逃げ延びた。
 しかし少ない気力の中、恨みの感情の中、凄まじい苦しみに襲われて――神子であるに封印して欲しくなったのだ。
「……そうだったんですか…」
 はふたりの言葉を聞き終えると、そっと橋姫のそばに歩み寄る。
「ごめんなさい、私のせいだね。私が封印に失敗したから苦しい思いをさせちゃったんだね…」
 は橋姫に心の底からの謝罪をして、胸の前で両手を組み合わせた。

『めぐれ天の声、響け地の声――彼のものを封ぜよ!』

 龍神の神子の声を聞き届けた龍脈は、白銀の光を疾らせ――怨霊・橋姫を、張り巡らせた天地四方の陣の中に封じた――。
「……これで、いいのかな…」
 手元に舞い降りた橋姫の札を見つめては呟く。
「ええ、殿。橋姫が封印される瞬間、彼女のとても穏やかな表情が私には見えました」
「お前は間違ったことなどしていない、
 悲しげに俯くの傍らに歩み寄って泉水は優しく微笑み、泰継はしっかりと肯定した。
「泉水さん…泰継さん……あっ、ふたりとも大丈夫ですか!?」
 懸命に守ってくれた天地の玄武の青年達に慌てて訊く
「はい、このくらいのこと…」
 泉水が穏やかに答えかけるが、
「問題ない」
「――ですよ、殿」
 すかさず相方のいつものセリフが入り、泉水はくすっと笑みを零して頷いた。
「泉水さん……泰継さん…!」
 そんなふたりを見て、にも笑顔が戻る。
「ふたりとも、ありがとう。助けてくれて……守ってくれて、本当にありがとう」
 そして心を込めた感謝の笑顔と言葉を、ふたりに手渡した。
…」
「お役に立てて何よりです、殿」
 大切な神子からのお礼を泰継も泉水も素直に喜び、受け止めた。
 と、泉水は隣りに立つ泰継に向き直り、
殿のお役に立てたのは泰継殿が居て下さったおかげです。ありがとうございます」
 丁寧に礼の言葉を述べた。
 すると泰継は不思議そうな顔をする。
「何故礼を言う? 今回、を守れたのは私ひとりの力ではない。お前の力があったからこそだ」
「泰継殿……ありがとうございます」
 嬉しくなってまた礼を述べる泉水に、「だから何故礼を言う?」とまた不思議そうな顔をする泰継。
 はその様子が微笑ましくもおかしくてつい笑みを零してしまう。
「何がおかしいのだ? 
「いえ、ふたりとも仲がいいなぁと思って!」
 泉水を誉めたという自覚が無い泰継に、がにっこりと微笑んで言うと、
「仲がいい…?」
 またしても理解出来ない言葉を言われて、泰継はますます顔をしかめた。
「あ、あの、泰継殿。これからも殿のために頑張ります。ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、よろしくお願い致します」
 心の奥から勇気を取り出して、泉水は遠慮がちに言葉を紡いだ。
 泰継は「迷惑」という部分に一瞬疑問を持ったようだが、すぐにどうでもよくなったのだろうか。
「ああ、こちらこそよろしく頼む。――を共に守ろう」
 穏やかな笑みを浮かべて、そう答えた。


 ――こうして龍神の神子は救われた。
 天より降り地に満ちる御恵み。
 その清浄なる水を司りし、天地の玄武の守護のもと――――。


                    end.




 《あとがき》
 玄武お二方の友情ED…です…; イメージ壊されたらすみません!
 基本的に友情イベント苦手なんですが、今回せっかく分岐ドリームだし…このお二方は
 遙か2の四神コンビ中で一番仲がいいんじゃないかと思って挑戦してみました。
 1の方だとひたすら「頑張れ永泉さーん!」って感じなんですが(笑)、こちらだと
 大抵のコンビがケンカ別れしてる中日イベントで友情深めてたりするんですね。
 泰継さんが泉水さんにあっさり自分のこと暴露した時はびっくりしました(笑)
 まぁそれはともかく、今回は様(ヒロイン)が入っていたので何とか書けました。
 ちなみにこのお話のタイトルは、龍神の神子と天地の玄武という四神、そして橋姫が
 宇治橋を守る女神だったと、『神』ばっかり出てくるので『水の神話』にしました。

 水の夢は最近見ませんが、相変わらず金縛りに遭ったり遭わなかったりな私(笑)
 本当に居てほしいです、玄武のお二人…。頼りになるし、優しいし…v
 やっぱり水帆は1でも2でも、玄武コンビが一番好きですv

                             written by 羽柴水帆



                          


水の神話 ‐天より降り地に満ちる御恵み‐