「リュミエール様! チャーリーさん!」
クラヴィスとアリオスの休んでいる部屋に突然アンジェリークが駆け込んできた。
「何だよ、アンジェリーク。騒々しいこったな」
アリオスの言葉は最もだが、普段の彼女らしくないその慌て振りに皆は驚いた。
「あ、ごめんなさい…! クラヴィス様…! アリオス…!」
「一体どうしたんや? アンジェリーク」
「何かあったのですか?」
アンジェリークを落ち着かせるように、チャーリーとリュミエールが尋ねる。
「ランディ様がこちらにいらっしゃいませんでしたか…!?」
アンジェリークの祈るような問い掛けに、リュミエールは困ったように首を横に振る。
「いいえ…。一旦部屋に戻ると言ってここから出ていった後は、来ていませんよ」
「…!! ランディ様が、ランディ様がお部屋にいないんです…! しかもランディ様の剣までなくなってるんです…!!」
「な、何やて!?」
チャーリーの更なる驚きの声のあと、アンジェリークは青緑色の瞳を潤ませる。
「どうして…!? ランディ様は一体どこに…!?」
「……おそらく、先刻の戦いの場所だった森だろう…」
アンジェリークの涙ぐんだ問いに答えたのは、まだ傷の癒えてない闇の守護聖だった。
「え…? どういうことですか…クラヴィス様…?」
「つい先程、微かだが邪悪な気配を感じた。我々と戦ったあの魔物達の生き残りだろう…。そしてあれは……ランディはよく風を聴き、読む。私よりも正確にそれの気配と居場所を感じ取ったのだ…」
「……それで……まさか…おひとりで向かわれたと……おっしゃるんですか…!?」
小刻みに震えて尋ねたアンジェリークに、クラヴィスは「おそらく、な…」と言って、重々しく頷いた。
「そんな…!!」
それを聞いたアンジェリークの表情が一瞬で蒼白となる。
「いくら勇気と無茶はランディ様の専売特許やからって、そんなひとりでなんて無茶すぎるわ!」
「…私……私も今から行きます…! 先程戦った、あの森ですね…!」
チャーリーの言葉にハッと我に返ったアンジェリークはドアに向き直った。
「ちょ、ちょっと待ってや! あの森言うたかて結構広いし、もう夜やで」
もう一人無茶な行動をする者がいたことに気づいたチャーリーは慌てて止める。
「でも行かなきゃ…! ランディ様はおひとりで…!」
しかし彼の言うことを聞かずにアンジェリークは部屋を出ていこうとした。
すると少々怠そうにアリオスがベッドから起きあがり、
「待てよ、アンジェリーク。今お前が行ったところで何の役に立つって言うんだ?」
「…っ!?」
彼女に辛辣な言葉を投げた。
「今のお前は魔法も使えねぇし、奴の居場所だって正確には判らねぇんだろ。そんなお前が雪の森ん中を歩いてったらあいつの所に行けるどころか、どーせ遭難がオチだぜ」
アリオスのその容赦ない言い方にリュミエールとチャーリーが何かを言いかけるが、それをもアリオスは手で制してしまう。
しかし案の定――アンジェリークは今まで堪えていた涙をあふれさせた。
「……でも…それでも行かなきゃ…! このまま放っておくことなんか出来ないわ…!」
涙を浮かべながらも、強い意志を青緑色の双眸に映してアンジェリークは振り返る。
その凛として見える表情に、この場にいた誰もが『女王』を垣間見たような気がした。
だが、アリオスはまたいつもの表情に戻って。
「……落ち着けよ。大体、どうしてあいつがひとりで行ったと思ってるんだ?」
「…え…?」
今まで、ランディがいなくなったということだけが頭にあったアンジェリークに目を見張らせるような、そんな問いを漏らした。
アンジェリークは涙の零れる大きな瞳を瞬きさせて、続きを待つ。
「……怪我してる俺達を巻き込まないためだろ。あいつの考えそうなことじゃねぇか」
「――…っ!?」
その言葉にアンジェリークは更に瞳を見開く。
「…やっぱ……そうやろな」
「ええ…」
それと時を同じくして、チャーリーとリュミエールが表情を曇らせた。
――アンジェリークの双眸からぽろぽろと幾つもの雫が零れ落ちてくる。
それを見たアリオスはふっと笑み、
「安心しろって。昼間の戦いであいつがほとんど怪我しなかったのは、それだけ素早く動いてたってことだ。それに……ランディは今の俺達なんかよりも強いぜ。だから待ってやれよ……あいつの帰りを」
少し悔しそうな皮肉を込めた表情で言った。
「アリオス…。うん……そうね…」
彼なりの気遣いと優しさなのだと、そう気づいたアンジェリークは素直に、頷いた。
――漆黒の夜空を散りばめる星明かり。
夜の森の上に優しく灯る月明かり。
それらすべてを受けて白銀の輝きを反射する雪明かり。
激しく冷たい風が吹き荒れる雪の森は、大いなる自然の明かりに包まれている。
そしてそこでは、一匹の白き野獣とひとりの少年が対峙していた――。
「………っ!」
深い憎しみを込めた紅き視線を一身に受けながら、青空色の双眸を持つ少年は剣を構え、厳しく白き野獣をその瞳に捕らえる。
「…行くぞっ!!」
黒き夜の空と、白き夜の森に響き渡る声。
それが野獣と少年の戦いの幕開けだった。
白き野獣――ルナティウルフは激しい咆哮を轟かせ、鋭い牙と爪で少年――ランディに襲いかかる…!
「くっ…!」
何とか剣で受け止めた牙と爪が、それを折るが如く迫り来る。
憎しみに燃えたぎる真紅の双眸。
剥き出しにされた鋭い牙と爪。
そして覆い被さってくる獣の重み。
「くぅっ…!! うわぁぁっ!!」
ついに耐えきれなくなったランディは悲鳴を上げ、ルナティウルフは勢いのままに彼を踏み押さえる。
「うっ…! くそぉっ…!」
ランディは決して負けるものかと剣を持つ両腕に力を込めて、自分に覆い被さっているルナティウルフをぐっと押さえ上げようとする。
そんなランディの抵抗を見たルナティウルフは大きな右腕でランディを叩き払い、宙に投げ飛ばした…!
「うわぁぁぁっ!!」
そして宙に舞い上がったランディの身体が落ちていく寸前。
ザッ――!
「――っ!!」
その背中を、ルナティウルフの鋭い爪が襲った。
傷を負ったせいで体制を整える余裕も無く、ランディはそのまま雪原に倒れ込む。
そしてルナティウルフの容赦ない攻撃は続く。
仲間を失った激しい寂しさと仲間を消された激しい憎しみ。
そのすべての思いをルナティウルフはランディにぶつける。
「……くっ……うぁっ…!!」
身体中に爪痕を刻まれながらランディは段々と力が抜けていくのを感じた。
(駄目だ……このままじゃ…やられる…!)
霞んできた視界に広がる白き雪原に、零れ落ちていく紅い雫。
(……けど、力が出ない……! どうすれば……!?)
と、その刻。
ルナティウルフに殴られた衝撃で、右手の甲に張られていた絆創膏が剥がれた。
(これは……!!)
――それは、ランディの大切な少女――アンジェリークから手渡された物。
よく怪我をしやすい自分に彼女がプレゼントしてくれて、その上丁度傷をつくっていた右手の甲に張ってくれた物――!
「……そうだ…! 俺は負けるわけにはいかないんだっ!!」
胸の奥から募りあふれ出す想いを力に換えて、ランディは剣を振るい、ルナティウルフを薙ぎ払う…!
ギャオッと悲鳴を上げて、ルナティウルフはその場から遠のいた。
そして立ち上がったランディを鋭くきつく睨み付ける。
「俺は……彼女を…!」
ランディも負けずにルナティウルフを睨む。
――すると、純白の粉雪を纏った風が激しく吹き荒れる…!
突然巻き起こった白き一陣の風は、勇気を司る風の守護聖の命に従う。
「俺はアンジェリークを守るんだっ!!」
その強い想いが化した言葉を合図に、ルナティウルフと彼の放出した疾風が激突した…!
――やがて、風がおさまった刻。
白き野獣ルナティウルフは――白き雪原に溶け込むよう倒れた。
その身体から舞い上がっていく小さな幾つもの白き光たち。
振り返ったランディにはそれがこの星に舞い降りる粉雪に見えた。
そして、雪は大地に溶けて、空へ還ってゆく――。
「……くしゅんっ」
小さな可愛らしい嚔をしてアンジェリークは身震いをした。
――あれからアンジェリークはずっとランディの帰りを待っている。
最初は宿屋の入口の前で待っていたのだが、いくら何でも寒すぎる、無茶苦茶すぎると宿屋の主人に言われて入口に入ったすぐの所で座り込んで待っていた。
ここなら窓もあるし外の景色がよく見える。
だからここで一晩中待っていたのだ。
ちなみに、彼女の仲間はこの事を知らない…。
一旦は彼女も部屋に入ったのだが、寝てなんかいられなくなったのだ。
「…くしゅんっ。う〜…」
ぐすっと鼻をすすらせてアンジェリークは部屋から持ってきた毛布を羽織り直す。
「わぁ…もう朝だわ……」
窓の外から差し込む朝陽にアンジェリークが目を細めた、その刻。
「…?」
朝陽をよぎり近づく人影が見えた。
それは――。
「ら…ランディ様!?」
――身体中、傷と血に塗れ、蹌踉めきながら帰ってきたランディだった。
「ランディ様ぁ!」
アンジェリークは急いで宿屋から飛び出し、ランディの元に駆け寄っていく。
するとランディはアンジェリークの顔を見て気が緩んだのか、倒れ込んでしまう。
「ランディ様……!」
両手を口元にあて、今にも泣きそうな表情をするアンジェリーク。
「……アンジェリーク……遅くなって……心配かけて、ごめん…!」
乱れた息をつきながら、雪まみれになったランディは起きあがり、謝った。
すると――アンジェリークは泣きながらランディを抱きしめた。
「…あ…アンジェリーク…!?」
「……やっぱり……お一人で…戦ったんですね…?」
驚くランディに涙声で尋ねるアンジェリーク。
「え……ああ…。魔物が…ルナティウルフがこの街を襲おうとしてたんだ。でも、怪我をしてるみんなを巻き込むわけにはいかなかったから…」
「…ごめんなさい…ランディ様…!」
涙を零して、アンジェリークは更に強く、しかし傷に響かないように抱きしめる。
「あ、アンジェ……俺、血だらけだから汚れるぞ…!」
ランディは胸の高鳴りを感じながらも、アンジェリークを離そうとした。
現にアンジェリークの顔や服に血が付着してしまっているからだ。
しかし、それでもアンジェリークはランディから離れない。
そんなことに構わずランディの胸元にしがみつき、ぽろぽろと零す涙で濡らしていく。
「たったひとりで、何も言わずに行ってしまうんだもの…! 心配したんですよ……! もう……こんなに傷だらけになって……痛いですよね……辛かったですよね……!」
「………」
頬を紅く染めたランディは、そっ…とアンジェリークを抱いた。
(……暖かい…)
アンジェリークの優しさと暖かさで、いつのまにか傷の痛みも忘れられた。
「でも…」
ランディの胸に顔を埋めていたアンジェリークは、ふっと顔を上げる。
「ありがとうございます、ランディ様…。この街を守って下さって……ちゃんと帰ってきて下さって……本当にありがとう…!」
涙を零しながらも、感謝の言葉と笑顔をランディに伝えた。
「アンジェリーク…!」
ランディは、そのアンジェリークの可憐で綺麗な涙と笑顔に心を揺さぶられ、ぎゅっと強く彼女の身体を抱きしめる。
そしてアンジェリークの唇に自分の唇を重ねた。
「……!」
「……あ…!」
驚くアンジェリークに、ハッと我に返って慌てるランディ。
「ご、ごめん…! あのっ、俺……今、アンジェがすっごく可愛く見えたから……あっ、アンジェはいつも可愛いんだけど…その…!」
そんなランディの様子に、アンジェリークはクスッと笑う。
「ランディ様ったら…」
「ご…ごめん……アンジェリーク…」
「謝ることなんてないです、ランディ様。ちゃんと帰ってきて下さったお礼です」
「え…?」
アンジェリークはにっこり微笑むと、再びランディに抱きつく。
「…あ、アンジェ…!?」
「……大好きです、ランディ様…!」
「…アンジェ…!」
心底嬉しそうに表情をほころばせて、ランディは大切な少女を優しく包み込んだ――。
――そして、少女と仲間達の旅は続いてゆく。
知恵を司る地の守護聖と王立研究院の主任の調べによって、『エリシア』という言葉が『女王を識る石』という意味を持つこと。
それは『白銀の環の惑星』が原産の地であることが判ったのだ。
少女を生み出し、育んできた宇宙。
彼女の故郷である宇宙を救うための旅が再び幕を開けた――。
end.
《あとがき》
ランディ創作第一作目…。何で彼だけこんな痛い始まりだしなのでしょう(苦笑)
やっぱり『似合う』からですかねぇ…。ごめんね、ランディ;
実はこのお話、元は私の見た夢なんです。その時はどうしてランディがひとりで行ってしまったのか
判らなかったんですけどね(彼が傷だらけで帰ってくる所から見ました;)
何となくこうゆう事があったのかなーと思って書いちゃいました。
っていうか、クラヴィスさんもアリオスも言葉きついけど妙に優しげ(笑)
きっとコレットちゃんと親密度が150以上あるんでしょう(笑)
リュミエール様もチャーリーさんもいるのに、そんなんだからランディが何も言えなかったんじゃないですか(笑)
おかげで前後編になっちゃったし;
ふぅ〜……でもやっぱりランディ大好きv すごく真っ直ぐでカッコイイです。
アンジェリークの世界での、私の初恋の人で王子様ですから(〃▽〃)
written by 羽柴水帆

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