迷子の少女





 暖かな午後の陽射しが射す街。

 その雑踏の中で、ひとり、ぽつんと佇んでいる少女。

「………あれ?」

 少女は周辺を見回した後、小首を傾げた。




 キキィッと響く急ブレーキの音。

 すごいスピードで止まった黒い豪華な車の後部座席から、ひとりの少年が降りる。

「まだ見つからないのか!?」

 厳しい声を飛ばす少年の周りに、黒いスーツを着た男達が集った。

 その一人が焦った様子で答える。

「は、はい! 只今、我々が全力で捜しておりますが…!」

「もっと人数を増やせ! 動ける者はすべて動員しろ!」

 とても少年とは思えないその声と、双眸。

 少年の命令に男達は揃って返事をし、散っていく。

「一体、どこに居るんだ…!?」

 いつもは鋭い黒の瞳が、心配そうに翳り――空を映した。





「おい、カオル〜! もういい加減にしてくれよ〜!」

「そう? これぐらいで足りるかしら?」

「…充分だと思うぞ、僕は」

 トビタクラブの近くの街並みに、その三人の姿はあった。

 ご機嫌に買い物をしているのが、トビタクラブの自称マネージャー・華野カオル。

 彼女に荷物を持たされているのが、トビタクラブのメンバー、真理野コウヤ。

 そして、それを呆れ加減に静観しているのが、コウヤと同じトビタクラブのメンバー、丸目クロウドだ。

 同じクラブのメンバー、織座ジロウや迅キョウスケ、飛田リリカにとおみやげを買っていたのだが…。

 コウヤのみ持たされているその量は、もう彼ひとりでは持ちきれない程になっている。

「大体っ、何でオレばっかり持たなきゃなんねぇわけ!?」

 と、自分ばかり持たされていることを、コウヤが腹立たしく抗議し始めた刻だった。

「うわぁっ!?」

「きゃぁ!」

 よそ見をしたその瞬間、前に佇んでいた少女とぶつかってしまう。

「危ない!」

 コウヤの両腕から落ちる大量の荷物。

 それが少女に降りかかる前に、クロウドは少女の前にすべり込み、片腕で荷物を弾いた。

 バタバタと地面に落下するおみやげの箱の数々。

 それが終わるかに思われた刻、ゴンッという音と「いでっ!」という声が上がる。

 どうやら最後の一個がコウヤの頭にヒットしたらしい。

「大丈夫!? もうコウヤったら、何やってんのよ!?」

「って、カオルがあんなに持たせるからいけないんだろぉ!?」

 駆け寄ってきたカオルの言葉に、コウヤは頭を押さえながら叫ぶ。

「すみませんでした。怪我はありませんか?」

 クロウドが振り返りながら問いかける。

「……っ?」

 少女はそっと目を開ける。

 何が起きたのか理解できずに暫く瞬きしていると、

「大丈夫ですか?」

 心配そうな青い瞳に映される。

「あ…――」

 助けてくれたんだ、とようやく認識した。

「はい、大丈夫です。ありがとうございました」

 差し出された手を取って、立ち上がりながら礼を言う。

 助けてくれた、綺麗な顔立ちをした少年は「いえ、こちらの不注意でぶつかってしまったんですから」と苦笑する。

「そうよっ、コウヤがよそ見なんかするから!」

「荷物が多すぎて前がちゃんと見えなかったからでもあるんだぞ! でも…ごめん」

 カオルの声に反発しながらも、ぺこんと謝るコウヤ。

「ううん。わたしもぼーっとしてたし、ごめんなさい」

 そう言いながら謝ったのは、よく見るとコウヤ、カオルと差ほど歳の変わらない少女だった。

「でも、どうしたの? こんな所で立ち止まってると危ないよ?」

 こんな所――現在地は、信号機の真下である横断歩道。

 カオルの言う通り、人々の行き交いが多いここは、立ち止まっていると危ない。

「えっと、その、実は……お兄ちゃんとはぐれちゃって…」

 少女は少し恥ずかしそうに俯く。

「わたし、この辺りにまだ詳しくないの…」

「つまり……迷子になっちゃったってこと?」

 コウヤがぽかんとしながら尋ねると、少女はこくん、と頷いた。

「それは困ったわね……じゃぁ、お兄さんを捜すの、あたし達も手伝ってあげる!」

 突然のカオルの言葉に、少女は「え?」と顔を上げる。

「いいわよね?」

 確かめる必要も無いだろうけど、と思いながら二人の方を見ると、

「おう!」

「ああ、構わない」

 やはり快い二つ返事が返ってきた。

「というわけなんだけど、どう?」

 カオルが少女の方を向き直る。

「あ……ありがとう!」

 少女の顔はみるみるうちに輝いた。

「あっ! でもその前に!」

 いきなり上がったコウヤの声に、カオルは「何よ?」と振り向く。

「このぼーだいな荷物、何とかしようぜ」

 疲れた顔をしたコウヤのそれに、カオルもクロウドも依存は無かった。

 こんな物を持ち歩きながら、人捜しなんて出来るはずがない…。



「よしっ、ひとまずこれでOKっと」

 バタンとコインロッカーのドアを閉めるコウヤ。

 膨大なおみやげは、取りあえず駅のコインロッカーに置いておくことにしたのだ。

「それじゃぁ捜しに行くか! ――って、まだ自己紹介してなかったな」

 パッと気がついたコウヤが言うと、皆もそういえば、という顔をする。

「オレはコウヤ!」

「あたしはカオルよ♪」

「僕はクロウドだ」

 一人ずつ簡単に名乗る三人。

「わたしは、です」

 最後に少女――が名乗った。

ちゃんかぁ…じゃ、ちゃん。どの辺から捜す?」

 コウヤにそう問われて、は「えっとね…」と考え込む。

「確か…この後、電車に乗って何とかっていう所に行こうってお兄ちゃんが言ってたから……だから取りあえず駅まで来てみたんだけど」

「そうなの? じゃぁ、この辺りを歩いてれば見つかるかもね」

 カオルのにっこりとした笑顔に、も「うん」と笑い返した。



「ねぇ、ちゃん。ちゃんのお兄さんって、どんな人?」

 駅を歩く中、カオルがふと問いかけた。

「わたしの…お兄ちゃん?」

 は一瞬だけ少し驚いたような表情をする、が。

「すごくカッコよくて、優しい人だよ」

 とても嬉しそうに微笑んだ。

「色々とやらなきゃいけない事があって、いつも忙しいけど、空いた時間には必ず会いに来てくれるし」

「へぇ…優しいお兄さんかぁ……いいな〜」

 カオルがほわ〜っと羨ましそうな顔をする。

「それにね、前にわたしがちょっと怪我しちゃった時、クラッシュギアの試合で忙しいのに、駆けつけてくれたこともあって…」

「え!? クラッシュギア!?」

 その言葉にいち早く反応したのは、紛れもないコウヤだった。

 が少し驚きながら「う、うん」と頷くと、コウヤの表情が輝き出す。

「オレとクロウドもやってるんだぜ! クラッシュギア!」

 コウヤの「な?」という顔に、クロウドも頷き返す。

「そうなの? すごいね。やっぱり人気なんだ、クラッシュギアって」

「ああっ、すっげー楽しいぜ!」

 クラッシュギアが楽しくて、好きでたまらないという心の叫びが聴こえてきそうなコウヤの表情に、は微笑ましい気持ちになった。

「でも、ちゃんの兄貴もやってるなんてなぁ」

 コウヤの言葉に、は「うん」と微笑みながら頷いて。


「わたしね、お兄ちゃんが世界で一番強いギアファイターだって信じてるの!」


 綺麗に澄んだ瞳と、輝く笑顔。

 心の底から兄を信じていると一目で判る。

「……解るよ、その気持ち。オレもそうだったからさ」

 すると、今まで元気いっぱいに輝いていたコウヤの表情が、懐かしそうに憂いを含んだ。

 ――真理野ユウヤ。

 かつて誰もが憧れた、最強のギアファイター。

 生前に活躍していた兄を、幼いコウヤは精一杯応援しては憧れた。

 そして、信じていた。


『お兄ちゃんは、世界で一番強いギアファイターだね!』


 それを素直に兄に言うと、

『ありがとう、コウヤ』

 兄は、嬉しそうに笑って、頭を撫でてくれた――。

「オレの兄貴も、すっごい強いギアファイターだったからさ。オレも兄貴が世界で一番強いんだって信じてたもんなぁ」

「え…?」

 は、コウヤの過去形な言い方に小首を傾げる。

 ――と、その刻。

「おい、コウヤ。あれ……万願寺じゃないか?」

 クロウドが、とある方向を指して言った。

 コウヤとカオルは「えぇ!?」と同時に振り向く。

 すると――クロウドの指す方には、確かに、にっくきライバルの少年が居る。


「あっ、お兄ちゃん!」


『……………え?』

 嬉しそうなの声とは裏腹に、幾ばくかの沈黙を持ってしまったコウヤ達。

「あ……あの、ちゃん……どの人がお兄ちゃんだって?」

「あそこに居る、あの赤い服着てる人だよ」

 苦笑いしながらのコウヤの問いに、は赤い上着を着た少年――万願寺を指し示しながら答えた。

「えっと、そっちに居る、そこの人?」

「ううん。あっちに居る、あそこの人!」

 コウヤは現実逃避もいいところに、近くに居た別の赤い服を着た男性を指して問うてみたが、にしっかりと正されてしまった。

 どこをどう見ても、それは、コウヤ達の強敵――万願寺タケシだ。

「お兄ちゃ――ん!」

 妹を必死に捜していた様子の万願寺は、その呼び声に嬉しそうに振り返る。

ッ…! ――っ!?」

 しかし、妹とその周辺に居る者達を目にした瞬間、時が止まった。

(なっ……何でよりによって真理野達のところに!?)

 心底驚く万願寺だが、それはお互い様だ。

(なっ……何でよりによって万願寺の妹なんだ!?)

 と、それがコウヤ達の心の声だからだ。

「あれ? お兄ちゃんとコウヤくん達……知り合いなの?」

「いや…知り合いっていうか……」

 きょとんとしたに反して、物凄く複雑な顔をするコウヤ。

「あ、そっか! クラッシュギアやってるから、試合とかで会ったのね?」

 あながち間違っていないその言葉に、コウヤ達と万願寺は――取りあえず、頷いた。

「そうだったんだ」

 素直に納得したは、とことこと万願寺の方へ駆け寄っていく。

「あのね、お兄ちゃん。コウヤくん達が一緒にお兄ちゃんを捜してくれてたの!」

「そ……そうか」

 駆け寄ってきた妹に、取りあえずそう答えた万願寺。

 だが――試合会場でもないのに、両者の間には火花が散る。

 はまた首を傾げるが、兄達の間の険悪な雰囲気は何となく解った。

「……お兄ちゃん? コウヤくん達は、困ってたを助けてくれたのよ?」

「あ、ああ。そうだったな…」

 万願寺は仕方なく心情を抑え、咳払いを一つする。

「妹が世話になったようだな。すまなかった、真理野。礼を言うぞ」

「べ、別に? 大したことしてねぇよ。き、気にすんなよな」

 やはりどこかぎこちないが――交わされたその言葉は、を安堵させたようだ。

「きちんとした礼を、今度改めてさせてもらおう」

「いやっ、気にすんなって言っただろ? だからっ、気にすんな…!」

 慌てて捲し立てて、コウヤはそっぽを向く。

 万願寺は「そうか…」と答えて、一つ吐息を零す。

「では、これで失礼させてもらう。行くぞ、

 そう言って、きびすを返した。

 は「う、うん!」と返事をするが、その前にと、コウヤ達の方を振り返る。

「じゃぁ、コウヤくん、クロウドくん、カオルちゃん。本当にありがとう! またね!」

 感謝の笑顔と言葉を贈って、手を振りながら兄の元へ駆けて行った。

 コウヤとカオルもつられて「またね〜…」と手を振ってしまう。

 が、その笑顔はひきつっていた。





「あぁ〜驚いた!」

「確かに」

 戦ってもいないのに呼吸を乱し、身体を上下させながら言ったコウヤと、それに反してただ短く零したクロウド。

「まっさか、あの万願寺の妹だったなんて、これっぽっちも思わなかったぜ!」

 まだやや小さいその手の指で、コウヤは『これっぽっち』を表現する。

「……でも、おかしくない? 万願寺って、『万願寺グループの跡取りである一人息子』なんでしょ?」

 先程からカオルが考え込んでいたのは、それ故だった。

 コウヤも「あ…!」と気がつく。

 万願寺が試合で優勝し、テレビでよく紹介される刻のキャッチフレーズが『万願寺グループ会長の一人息子』なのだ。

 妹が居るなんて、今まで一度も聴いたことが無い。

「……そういえばこの前、ある有名企業の会長が、女の子を養子として引き取ったって噂を聴いたな……」

 あまり興味の無いことには関心が無いクロウドが、うろ覚えのように言った。

「じゃぁ、それがちゃんのことなの!?」

「多分、そうじゃないかと…思うんだが」

 自信は持てないが、という思いに加えて、カオルの剣幕に少々たじろいだクロウドは曖昧に答える。

「養子……養女ってことか……」

 コウヤは、今日出逢った迷子の少女を思い出して、呟いた。





 ――また迷子になると困るので、移動方法を変えた車の中。

 先程から何も言わない兄の横顔を、は気まずい雰囲気で見上げる。

「あの……お兄ちゃん、怒ってる?」

「え?」

「やっぱり…のせい? 勝手に迷子になって……迷惑かけちゃったから」

 当然だよね――と、はしゅんとなって俯き、

「…ごめんなさい」

 今にも泣きそうな顔で謝った。

「違う、違うんだ、…! お前が迷子になってしまったのは、僕が不注意だったからだ。お前のせいじゃない」

 万願寺の慌てるような、けれど落ち着かせるような声に、はそっと顔を上げる。

「――すまない、怒っていたわけじゃないんだ」

 そう言って、万願寺は苦笑するしかなかった。

「いや、怒っていたのかもしれないが、お前のことじゃない。さっきの――真理野達のことだ」

 は「真理野って……コウヤくん達のこと?」と訊いてから、「あっ」と気づく。

「まさか、いつもお兄ちゃんが言ってる『問題の多い厄介なチーム』って、コウヤくん達のことだったの!?」

 正解なの言葉に、万願寺は疲れたように「ああ」と頷いた。

を助けてくれたのが、よりにもよってそんな奴らだったことに、少々納得がいかなかったというか……」

 は「そうだったの…」とまた俯く。

「でも、コウヤくん達、すごく優しくしてくれたのよ。見ず知らずのわたしに、『お兄ちゃんを捜すの手伝う』って言ってくれて……嫌な顔一つしないで」

「ああ……性根の悪い奴らじゃないってことは解ってるんだが」

 悪く言えばお人好し、甘い――そんな連中だ。

「それにまぁ、を助けてくれたんだしな。もういいんだ」

 と、万願寺は吹っ切れたように笑ってみせた。

 それを見たは、言い出しにくそうに「あの…」と手を弄らせる。

「何だ? どうした? 

 穏やかに、優しく問うてやる。

「また今度コウヤくん達に会ったら、お話しちゃ駄目?」

 の口にしたそれに、万願寺の時間が暫し止まった。

「……駄目、とは言わないが」

 いい、とも言えない。

「あのね……初めてだったの。がお兄ちゃんの妹になって――万願寺の娘になって、普通に話してくれたのが」

 その少し淋しそうな声に、万願寺はハッとなる。

「そのっ、万願寺のお家に来たのが嫌ってことじゃないの! すごく幸せだよ。わたしにはもったいない幸せだと思う。――お兄ちゃんに逢えたことだって、すごく嬉しいの」

 の大きな瞳は、段々と潤んでいった。

「これ以上のことを望むなんて、贅沢だって解ってるの……でも、その……」

 瞳にこみ上げてきた涙のせいもあって、言葉が出て来なくなる。

 すると――ふわり、と優しく包まれる。

「…お兄ちゃん…?」

 気がつくと、暖かい兄の腕の中に居た。

「……わかった。構わないぞ、

「ほんと…!?」

「ああ。だが、奴らは時々、何を考えているか解らないことがあるからな。気をつけるんだぞ」

「うん…! ありがとう、お兄ちゃん…!」

 ――本当はやはり承諾したくはなかった。

 あんなお気楽な奴らに――いや、お気楽だから掛け値無しにに接して来たのだろうが。

 けれど――あふれるような、の笑顔。

 無邪気に喜ぶを見た万願寺は、これでよかったのだろうと思う。

「お兄ちゃん、大好き…!」

 たくさんの笑顔と涙と想いを零しながらのに、ぎゅっと抱きつかれた。


 大好きな兄にしっかりとしがみつく。

 迷子の少女は、もう迷子ではなかった――――。




                 end.




 《あとがき》
 きゃぁ〜…やってしまいました; 万願寺くんドリー夢です〜;;
 彼は『クラッシュギア』の中で、水帆の一番お気に入りキャラなのです☆
 とは言え、第一印象は「万願寺『グループ』の跡取りって…ヤクザの息子か?;;」
 だったのですが(笑)、とんでもない!! すっごい爽やか坊ちゃんですよ〜(笑)
 一人称が『僕』なのには少し驚きましたが、目上の人には礼儀正しいし!
 声もすごいカッコよくてv 笹沼さんには声の一目惚れしちゃいましたvv
 水帆は基本的に、『声優さんは声が良くて当たり前』みたいに思ってるんですが、
 声の一目惚れしたのは、塩沢兼人さん、伊藤健太郎さん以来ですねぇ〜。
 で、万願寺くんはですね、「妹が居たら絶対甘そう」と思ったわけです(笑)
 そしたら、こんなのが出来上がりました(苦笑)
 さりげな〜く、二番目にお気に入りのクロウドくんにかばってもらったり(笑)v
 色々と理想をつぎ込んでみましたv って、それはいいのですが。
 理想詰めすぎて、「万願寺くんってこんな??」と、首傾げながら書きました(苦笑)
 万願寺くん本人とそのファンの方々; イメージ壊してたらすみません!
 あと、ごめんね、ジロウくん&キョウスケくんにリリカさん; また今度ね;;

             written by 羽柴水帆