青き輪‐失われた輝き‐

 ――――気がつくと、リカは走っていた。
 後ろから迫り来る無数の悪霊達から逃れるために必死に走っていた。
(助けて……助けて…!)
 いつも自分を助けてくれる人達を脳裏に掠めるながら懸命に走る。
 しかしリカのその努力も虚しく、悪霊に前を阻まれてしまう。
「あっ…!?」
 慌てて振り返ると、やはり後ろにも悪霊が迫っていた。
 リカが立ち竦んだのと同時に、悪霊達は一斉に飛びかかる…!
「いやぁ――っ!」
 リカが強く目を瞑り、叫んだその刻。

 ――赤と青と緑の光が、矢の如く空を翔る。

 リカの茶色の瞳にそれが映った時、光の源が姿を現した。
 赤い光からはドールリカ、緑の光からはドールイヅミ。
 そして青い光からはドールイサム――。
「ドールナイツ見参!!」
 ドールランドの王女であるリカを守護する三人の騎士――ドールナイツが、彼女と悪霊の前に現れた。
「おねえさん! おにいさん!」
 心から安堵してリカはドールナイツに駆け寄る。
「リカ様に手出しはさせないわ!」
 ドールリカはリカを後ろに庇って言い放つと、イサムとイヅミに目配せしてから散開し、武器を手中に出現させて悪霊を消し去っていく。
 ――やがてドールナイツによって悪霊は殆ど消滅したかに見えた。
 しかし、僅か残っていた悪霊の一体が咆哮し、リカに向かって白い光線を放出する…!
「リカ様!!」
 それに気づいたのはドールイサムだった。
 青い光の矢となって一目散にリカの元へ翔んでいく…!
「え…!?」
 リカが驚いて振り向いた瞬間。
「うわぁぁ――っ!」
 ドールイサムの悲鳴が響いた。
 リカの前に身を投げ出し、代わりに光線の直撃を受けたのだ。
「お…おにい…さん……!?」
 唖然と呟くリカの瞳にみるみる熱いものがあふれてくる。
 ――ドールイサムは直撃を受けた勢いのまま、宙を舞って落下していく…。
「おにいさん……おにいさぁ――んっ!!」
 瞳を閉ざし、落ちていくイサムに向かってリカの叫び声がこだました――。


「――おにいさん!?」
 そう叫ぶのと同時に、リカは目を覚ました。
 ここは自分の部屋のベッドの上。
「……夢…だったの…?」
 ゆっくりと身を起こして呟くと、瞬時にリカはベッドから飛び降りて自分の部屋を出た。
 広い家の中の廊下を走り、屋根裏部屋へと向かう。
 階段を上り、ガチャッ、と勢いよくドアを開けて部屋の中に飛び込んだ。
 すると――。
 古いテーブルの上に置いてある茶色いトランクの中には、微かな笑みをたたえた三人のドールナイツがきちんと並んでいた。
「…よかったぁ…」
 三人に――特にドールイサムに何の変わりもないことを目にしたリカは、安堵の溜め息をつく。
 そして三人を見つめると、
「おはよう、おにいさん、おねえさん達!」
 にっこりと可愛らしい笑顔で、ドールナイツに朝の挨拶をした。



 ――よく晴れた気持ちのいい朝。
 今日も港町の大司浦には、潮の香りを運ぶ風が吹き渡る。
「行ってきまーす!」
 大司浦の高台に建つ家からリカの声が響いた。
「おや、リカ。今日はどこへ行くの?」
 そう尋ねたのは庭の掃除をしていたリカの祖母、七重。
 今日から三日間、学校は連休でお休みなのだ。
「あのね、今日はルイさんの大学の近くにある植物園に行くの」
「植物園?」
「うん! キレイなお花やめずらしい植物がいっぱいだってルイさんから聞いたの。それですみれちゃん達と、一緒に行って宿題の絵日記にしようって決めたの」
「そう。気をつけて行っておいで」
「はーい!」
 優しい言葉と笑顔で送り出してくれた七重に、リカは元気良く返事をして手を振り、出かけて行く。
 その手首にはピンク色の腕輪が朝陽を反射して輝いていた――。



 ――――大司浦植物園。
 この春、ルイの通う大学付近に建てられ、開園したばかりの新しい植物園。
 連休のために、やはり大勢の人が訪れている。
 植物園の中央にある大時計が、丁度お昼時を知らせた時に、リカ達が乗ったバスが到着した。
「着いたよ、すみれちゃん!」
「うん! ダイちゃん、トモちゃん、早く行こう」
 先になって走って行くリカとすみれに対し、ダイとトモノリは少々遅れてバスを降りる。
「ったく、どーせ遊びに行くんならもっとおもしれー所にすれば良かったのになー」
「何を言ってるんですか、ダイくん。宿題のことを忘れたんですか?」
「へいへい、わかってまーす」
「まったくもう…」
 本当にわかっているんだろうかと思いながら、トモノリはリカ達の後を追うべく走り出す。
「あっ、待てよ、トモ!」
 今いち乗り気でなかったダイも、慌ててトモノリの後を追いかけた。

 ――その刻。
 植物園の入り口に駆けていくリカ達を見下ろす視線があった。
 街路樹の木立から向けられる真っ赤な視線。
「ふぅん……植物園ねぇ…」
 不敵な笑みを浮かべて呟いたその人物は、背に黒い翼を持つ悪魔――ミスティだった。


「わぁ、見て、すみれちゃん。このお花、スミレだって!」
 広い温室の中、リカは小さく可憐な菫の花を見つけた。
「ほんとだ」
「あたしたちはこのスミレを絵日記に描かない?」
「うん、そうしよう!」
 植物園に入って三十分と経たないうちに、早々と題材を見つけたリカとすみれは絵日記制作に取り掛かる。
「ぼくたちはどうしますか? ダイくん」
「うーん…同じもん描いてもつまんねーし。他のもん探そーぜ」
「そうですね。じゃぁ、リカちゃん、すみれちゃん。ぼくたち、他の花を探しに行きますね」
「うん。じゃぁ、書き終わったら、時計台のところで待ち合わせね」
「わかりました。…あ、ダイくん! 待ってくださいよー!」
 リカに返事をしている間に先に行ってしまったダイを、トモノリは急いで追いかけた。


「ここにも色々な花がありますね。ダイくん、どれにしましょうか?」
「そーだなー…」
 リカ達がいる温室の隣りの温室に来たダイとトモノリは、早速絵日記に描く花を探し始める。
 と、トモノリの目にある花が止まった。
「…あれ? この花は…アサガオ?」
「何言ってんだよ、トモ。こんな時間にアサガオが咲くわけねーだろ」
「ええ、そうなんですけど…」
 蔦を長く延ばし咲いているその花を、トモノリはそう答えながらもマジマジと見つめる。「まったく…んなもん、見てねーで他の花を探そーぜ」
 ダイはやや呆れ加減の声でそう言って辺りを見回した。
 すると、妙なことに気づく。

 ――人がいない。

 入園した時は自分たちの他にも大勢の人が訪れていた。
 いくら沢山の温室があるとはいえ、自分たちだけになるなんて有り得ない。
「お、おい、トモ…! 何かおかしいぞ」
「ダイくん! これ、アサガオじゃありません!」
「え!?」
 トモノリが慌てて身を離したその花は確かにアサガオではなかった。
 花びらも茎も蔦もどんどんと巨大化したそれは、怪植物と化していた。
「わぁ! 何だこれ!?」
 しがみついてくるトモノリと共にダイが後ずさると、怪植物は突然、太い蔦を二人の少年達に伸ばす!
「うわぁ!」
 あっという間に蔦に捕らえられたダイとトモノリ。
 懸命にもがくがどうしても適うことは無い。
「ちくしょう! 何なんだよこれ!?」
「ダイくん…もしかしたら…!」
 その時、ダイはトモノリの言わんとした事を悟る。
 自分達を――いや、正確にはリカを常に狙っている人物の事を…!
「まさか…ミスティか!?」
 ダイがその人物の名を口にした時。
「へぇ、案外察しがいいのね」

 幻の人形の国――ドールランドに巣くう悪魔の使い、ミスティがその姿を現した。

「やっぱお前か!」
「あなた以外にこんなことしてくる人なんて、いませんからね!」
「そういえばそうかもね。アハハ…ッ!」
 必死に睨み言い放ったダイとトモノリをミスティは小馬鹿にするように嘲笑する。
「オレ達をさっさと放せよ!」
「そうはいかないわ。あんた達には、しばらくそのまんまで居てもらうわよ」
「なっ、何!?」
「そろそろドールナイツと決着をつけなくちゃいけなくてね。本当は三人揃ってたって、どうってこと無いんだけど、一応念のために今日はドールイサムには来ないでもらうわ」
「なっ…何だって…!?」
「ダイくん! 早くドールイサムを!!」
 完全に動きと口を封じられる前にと、トモノリはダイにドールナイツの招来を促す。
「お、おう! ペレーゾ・ペレーゼ…」
 ダイがドールイサムを呼び出す呪文を唱え始める、が。
「うぐっ…!!」
 身体に巻き付く怪植物の蔦が更に増え、ダイは口を封じられた。
「今日は遠慮してもらうって言ったでしょ? ドールリカとドールイヅミを始末したら放してやるから、それまでここでおとなしくしてるんだよ!」
 不敵な笑みで背の黒い翼を広げ、ミスティは宙へと舞い上がる。
「くぅっ……誰かぁー!」
 トモノリは助けを求めるために声を上げた。
 するとミスティはちらっと振り返る。
「言い忘れてたけど、いくら声を上げても無駄だよ。ここは私が造った空間なんだから、外の世界には何も聞こえないのよ。アハハハ……ッ!」
「うぅっ…!!」
 高笑いをして姿を消すミスティを、ダイは悔しげに睨んだ――。


「できた! どう? すみれちゃん、描けた?」
 スミレの絵とそれに対する日記を書き終えたリカは、すみれの方に顔を向けた。
「うん、わたしもできたよ。そろそろ時計台に行こうか」
「そうだね。ダイ達、もう来てるかな?」
 リカが絵日記や文房具をカバンにしまいながら言うと。
「悪いけどあいつらは来れないわ」
 冷笑する声がリカ達のいる温室に響いた…!
「だれ!? あ…ミスティ!?」
 振り向き、顔を上げたリカは黒い翼の悪魔を見て後ずさった。
「どういうこと? ダイ達をどうしたの!?」
「ちょっとおとなしくしててもらってるだけよ。それよりも、自分の心配をした方がいいんじゃない?」
 不敵に笑って、ミスティは言い返した。
「え…!?」
 リカが顔を困惑に歪めると、
「り…リカちゃん! お花が…! 植物たちが…!」
 すみれが自分達の後ろで変異した怪植物の存在を知らせた。
「なっ…何これ!? きゃぁ!」
 リカは振り向き様に怪植物の蔦に捕らえられる。
「リカちゃん! あ…きゃぁぁ!」
 彼女の名を叫んだすみれも、同様に蔦に捕まった。
「す、すみれちゃん! おねえさん達を呼ぶよ!」
「うん、わかった!」
 二人の少女達は、左手に煌めく腕輪を掲げる。
 しかしミスティに焦る様子は微塵も無い。
 更に不敵な笑みをまさに悪魔の如く浮かべた。
「トゥルール・クルール・トゥレイロ・クレイラ…!」
「フルール・フローラ・グリーネ・グライネ…!」
 瞳を閉じて、心を落ち着けて、リカとすみれは呪文を唱えた――。


 ――西陽が射し込む古い屋根裏部屋で、茶色のトランクに凛々しい顔立ちで並ぶ人形の騎士――ドールナイツ。
 そのうちの女性二人――ドールリカの碧玉色の瞳と、ドールイヅミの紫水晶色の瞳に、それぞれ光が宿り、瞬きと共に彼女達は目覚めた。
「――イヅミ、リカ様に何か起こっているわ」
「ええ、急ぎましょう」
 二人のドールナイツは厳しい面立ちで顔を見合わせると、赤と緑の光の矢となって香山家の屋根裏部屋から空へ翔出した…!
 その部屋には――トランクの中には、白い正装服に身を包んだ青い髪の騎士――ドールイサムが静かに横たえられているままだった――。


 暗雲に包まれたような異空間に、赤と緑の光の矢が降臨する。
「おねえさん達!」
 その光の矢を目にしたリカが叫ぶ。
「来たわね、ドールナイツ!」
 光から姿を現したドールナイツに、ミスティは歓喜にも似た声で言った。
「やめなさい、ミスティ!」
「リカ様たちを放しなさい!」
 紫紺の正装姿のドールリカと、紅い正装姿のドールイヅミが厳しい表情と声でミスティに言い放った。
 けれど、そんなことを聞き入れるミスティではない。
「今日こそ決着をつけてやるよ……行け!」
 ミスティは手を翳し、怪植物をドールリカとイヅミに放つ!
「くっ……! ――ドールリカ見参!!」
「ドールイヅミ見参!!」
 怪植物の蔦を避けて、ドールリカは赤い戦闘服へ、ドールイヅミは緑の戦闘服へとチェンジする。
「こいつらは私が! イヅミはリカ様たちをお願い!」
 すかさずドールリカは己の武器であるライトスピナーを手中に出現させて言った。
「わかったわ!」
 ドールイヅミも己が武器のライトサークルを手に持ち、一気にリカ達の元へと翔る。
 しかし、怪植物の蔦が何本も伸び、ドールイヅミの行く手を阻む!
「あっ!? くっ…!」
 何とかかわしてドールイヅミは体勢を直す。
 ライトサークルで蔦を切っていくがまるでキリが無い。
「ドールイヅミ!」
 仲間の危機に気づいたドールリカは急いで彼女の元へ翔る。
 そして二人で蔦を切り消滅させていくが、蔦は後から後から無数に伸びてくる…!
「何てこと…!? これじゃキリが無いわ…!」
 厳しい声で言ったドールリカは碧玉色の双眸を鋭くミスティに向ける。
「そうよ。この植物は私の魔力が込められている。切っても切っても、蔦は無数に伸びてくるわ。アハハ…ッ!」
 心底愉快そうに笑うミスティは、まさに小悪魔という言葉が相応しかった。
「くっ…! はぁっ!!」
 再び迫ってきた蔦を、高速で回転させるライトスピナーで切断する。
 とにかくこんなものにつき合ってやる余裕は無い。
 一刻も早く主であるリカ達を助けて脱出しなければ…!

 ドールリカはライトスピナーを構え、真っ直ぐにリカとすみれを見据える。

「……イヅミッ!」
「わかった!」
 ドールリカの声に応えて、ドールイヅミは彼女の後ろへ回る。
 直後に二人は一直線にリカ達の元へ翔る!
 ドールリカは前方から迫る蔦をライトスピナーで切り裂いていく。
 スピナーのワイヤーを存分に伸ばし、僅かな隙間である後方はドールイヅミが防ぐため、
蔦は二人に近寄れない。
「なっ、何!?」
 ミスティは二人の無言の作戦に目を見張る。
「す…すごい! おねえさん達!」
「がんばって!」
 リカとすみれはもうすぐ辿り着くドールナイツに声援を送る。
 それに応えるためにもと、ドールリカとイヅミは翔び続ける…!
 ――しかし。
「そうはいかないわよ!」
 あとほんの僅かな距離でミスティの放った攻撃が二人の武器に命中した!
「あっ!?」
 ライトスピナーは波線を描いて宙を舞い、ライトサークルは回転しながらドールイヅミの手を離れた。
 その瞬間、蔦が二人に迫っていく…!
「くっ!」
 本当に目と鼻の先にリカとすみれが居るのだが、やむなく二人はその場を離れる。
「そんな簡単には逃がさないよ! 決着をつけるんだからね!」
 背筋が凍るような冷たい笑みを浮かべたミスティを二人が睨んだ刻。
 凄まじいスピードで迫ってきた蔦がドールリカの身体を捕らえた!
「あっ! しまった…!」
 気づくのが遅かったと悔しく思いながらドールリカは懸命にもがく。
「おねえさん!? おねえさぁん!!」
 ついに蔦に捕まったドールリカを見てリカは叫んだ――。



「――……リカちゃん達…大丈夫でしょうか……?」
 未だ身体を蔦に束縛されたままのトモノリが呟いた。
「きっと大丈夫ですよね! ドールリカとドールイヅミも結構強いし、ね? ダイくん…って、ダイくん!? 何してるんですか!?」
 ふとダイの方に顔を向けたトモノリは、彼の行動に目を大きく見開いた。
 口を封じられてるダイが、その封じ手である蔦をがじがじと囓っているのだ。
 流石と言うべきか否か、ダイはついに蔦を噛み切った。
「よっしゃぁ! やったぜ!」
 そして今度はと左腕を自分の前に伸ばしていく。
「ペレーゾ・ペレーゼ・ブルーネ・ブライネ…!」
 瞳を閉じて、集中して呪文を唱え、ドールナイトを呼び出す――!


 ――藍玉色の双眸に光が宿る。
 幾度か瞬きをして、彼は目覚めた。
 軽やかにトランクの中から飛び降りて、凛々しい面立ちを天窓へ向けると、瞬時に青い光の矢となって颯爽と翔出す――!


 異様な空気に取り込まれた、明らかに外の世界とは違う異空間へと、青い光の矢は飛び込む。
「ドールイサム!」
 ようやく呼び出せた――来てくれたドールイサムの名をダイが叫んだ。
「今、お助けします!」
 妙な怪植物に捕らわれた、自分の主であり、リカの友人である少年達にドールイサムは凛々しい声で答えた。
「ドールイサム見参!!」
 宙高く舞い上がり、ドールイサムは青い戦闘服へとチェンジする。
 そして己が所有する武器、ライトサンダーを手中に出現させ、ダイ達を捕らえている蔦を切断した。
「大丈夫ですか…!?」
 ドールイサムは落ちそうになった二人の少年をすぐに支えてから、ゆっくりと地面に降ろす。
「は、はい…! ありがとうございます…!」
 トモノリは心底安堵してドールイサムに礼を言う。
 ダイの方はと、ドールイサムが藍玉色の双眸を向けると。
「……ごめん……ごめん、ドールイサム…!」
 ダイは地面にへたりと座り込み、俯いてドールイサムに謝った。
「え…!?」
「だ、ダイくん…?」
 何のことか解らないドールイサムとトモノリは心配そうにダイを覗き込む。
「オレ……オレがしっかりしてなかったから、呼ぶのが遅くなった!」
 そう言って顔を上げたダイの瞳には、潤んでいるものがあった。
「ドールリカとイヅミが、リカ達を連れてここに来ないってことは、今も戦ってるってことだろ!? きっと苦戦してるんだ…! オレが…ちゃんとしてれば、もっと早くドールイサムを呼ぶことが出来たのに…!」
「………!」
 ドールイサムはダイの言葉に少し悲痛な表情をして沈黙する。

 ――確かに、二人の仲間が自分よりも先に発動したことは解っていた。
 自分も早く駆けつけたかった。
 しかし、これもドールナイツの――人形である自分の宿命なのだ。

「……ありがとう、ございます。そんな風に思ってくれて」
「…え…!?」
 頭上から聞こえてきた爽やかな声に、ダイは更に顔を上げる。
「ですが、君はこうして俺を呼んでくれた。それで充分です。遅れたかもしれないけど、まだ間に合います」
「…イサム…」
「さぁ、早く仲間の元へ、リカ様の元へ行かなければ!」
「お、おう! そうだよな!」
 ダイはしっかりと目元を拭うと、いつもの彼らしいやんちゃな笑顔に戻った。
「では、俺の後ろにいて下さい。この空間を元の場所に戻します」
「え…?」
 ダイとトモノリは顔を見合わせたが、とりあえず彼の言う通り、彼の後ろへ回る。
 すると――。
「はぁぁッ!!」
 ドールイサムは渾身の力でライトサンダーを振り降ろし、地面に突き刺した!
 と同時に、辺りに大きな地響きが起こる…!
「わ、わ、わぁ〜っ!!」
「なっ、何すんだよドールイサム〜っ!!」
 トモノリとダイはふらついてその身を翻弄される。
 ――しかし、やがて地響きがおさまると、そこは元の温室に戻っていた。
「あ…ここは…植物園の温室? 戻ったんですね!」
 トモノリが喜んでそう言うが、ドールイサムの表情は未だ厳しいものだった。
「…やはり、こことは隔絶されているのか」
「え? どういうことだ?」
「リカ様たちがおられる空間も元に戻せるかと思ったのですが、どうやらこことは全く別の空間だったようで駄目だった。やはり、直接行きます」
 ダイの質問にちゃんと答えて、ドールイサムは身体から青い輝きを放つ。
 そして、矢と化すその瞬間。
「待った! オレも行くぜ!」
「え…!?」
 ダイは青い光の中に飛び込み、ドールイサムの身体に掴まった。
 ドールイサムが気づいた時には、すでに空を翔ていて…。
「だっ、ダイく――ん!!」
 地上では咄嗟の出来事に一瞬呆けてしまったトモノリが大声でダイの名を叫んでいた。


「あ、あの…!」
 青い光となって空を翔る中、ドールイサムは勝手にくっついてきたダイを見やった。
「何だよ。まさか、こんなとこから落とすなんてマネするんじゃねーだろーな」
「そ、そんなことはしません。ですが…!」
 これから向かう場所には危険が待ち受けているのだと、ドールイサムは言いたいのだが。
「ドールナイツに力を送るのが主の役目なんだろ!?」
「……仕方ない。解りました。しっかり掴まっていて下さい!」
「おう!」
 ダイの――幼き主の答えに、溜め息をつきながらも頷き、ドールイサムはリカ達の居る異空間へと飛び込んだ――!


 異様な濃い緑色の怪植物が蔦を巡らせる。
「アハハハ…! いい様ね、ドールリカ」
 蔦に捕らわれているドールリカを、ミスティは楽しげに見下ろして言った。
「くっ…!」
「おねえさん!」
 自分も蔦に捕らえられているが懸命に叫ぶリカ。
「ドールリカ!」
 ライトサークルを構えてドールイヅミがドールリカを助けるべく翔る!
「フン…!」
 しかし、その瞬間ミスティの目が光り、ドールイヅミも蔦に捕らえてしまう。
「あっ!」
 身体を絡め取られたドールイヅミの手からライトサークルが落下する…!
「イヅミおねえさん!」
 それを見たすみれが叫ぶ。
「情けないわねぇ、ドールイヅミ」
「くっ…!」
 またも楽しそうに言うミスティをドールイヅミは悔しげに紫水晶の双眸で睨んだ。
「さ、残念だけど、お遊びはおしまい」
 ミスティは捕らえたドールナイツの前に降りてくる。
「……リカ様を…渡しはしないわ!」
 額に汗を浮かべながら、ドールリカは強い瞳をミスティに向けた。
「負け惜しみはよしな」
 ミスティが指を動かすと、蔦がドールリカを締めつける。
「うっ! くぅっ…!」
「やめなさい! ミスティ!」
「うるさいわね」
 制止の声を出したドールイヅミの蔦も、きつく締められる。
「あっ…! うぅっ…!」
「リカおねえさん! イヅミおねえさぁん!」
 苦しげに顔を歪めるドールナイツを見てリカは泣き叫ぶ。
「ミスティ! おねえさん達を放してよ!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。これからこの二人を始末するんだからね! お前をドールランドに連れていく前に、それを見届けてさせてやるよ、リカ」
 そう言ってミスティは勝ち誇った笑みで右手をドールナイツに向ける。
「ドールリカ! イヅミ! 覚悟!」
 ミスティは手中に赤い光を溜める。
「くっ…!!」
 ドールリカとイヅミは悔しげにミスティを睨むことしか出来ない…!
「いやっ、やめて! ――…助けて!」
 ドールリカとイヅミの危機を前に、リカはある人の姿を心に思い浮かべた。
 そして、その人に助けを求める。
 来てほしいと強く願い、祈る。
「助けて! おにいさぁ――んっ!」
 リカがドールイサムを呼び叫んだ、その刻。

 青い光が空の彼方から飛来する!

「そこまでだ! ミスティ!」
「何っ!?」
 青い光の源――ドールイサムが、ダイと共に現れた…!
「あっ…! おにいさん!」
「ダイちゃん!」
 リカとすみれは駆けつけてくれた二人に安堵する。
「はぁッ!」
 ドールイサムはダイを降ろすと、手にライトサンダーを出現させ、リカとすみれを捕らえている蔦を切断する。
「あ…助かった…!」
 蔦から解放され、地面に飛び降りるすみれ。
「おにいさぁん!」
 同じく解放されたリカはドールイサムの元へ走り、彼の身体に抱きついた。
「リカ様…!」
 ドールイサムは少し身を屈めて、安堵の笑顔で幼い王女を受け止める。
「……ミスティ!」
 リカの無事を確認したドールイサムはリカを後ろにかばい、ミスティを睨む。
「遅かったじゃない、ドールイサム」
 こちらを挑発しようとしているのか、しかしドールイサムはそれには答えない。
「二人を放せ!」
 未だ蔦に捕らわれている仲間を見てドールイサムは言った。
 彼女達はミスティの後方にいるので、迂闊に近寄れないのだ。
「嫌だって言ったら?」
「…ならば、お前を倒すまでだ…!」
 ドールイサムは大きなライトサンダーを構えた。
「フフフ……アハハハ…ッ!」
「何がおかしい!?」
 高笑いをするミスティにドールイサムはつい声を慌らげる。
「それがあんたに出来るのかと思ってねぇ」
「何だと!?」
「そうだ…! 丁度いい。ドールイサム、取り引きしない?」
「…取り引き?」
 突然思いついたように言い出したミスティの言葉に、ドールイサムは怪訝な顔をする。
「そう。この二人を返してほしかったら、リカをこちらに引き渡せ」
「なっ、何だって!?」
 ドールイサムは勿論、そばにいるリカと、ダイとすみれも驚愕する。
「リカを渡してくれるんなら、二人を返してやってもいいわよ。どうする?」
「ふざけたことを…!」
「さあ、ドールイサム! リカと仲間…どっちを選ぶ?」
「……っ!」
 今すぐにでもこの悪魔を倒したい。
 だが、そうする前にこの悪魔は仲間を攻撃するだろう。
 仲間が捕らわれている今、事を迂闊に運べない…!
「お…おにいさん…!」
 無茶な選択を迫られたドールイサムをリカはそっと見上げる。
「い…イサムッ! 駄目よ!」
 迷うドールイサムに向かって、蔦に捕らわれた仲間――ドールリカが言い放った。
「そうよ、イサム! リカ様を渡すなんて、絶対に駄目!」
 ドールイヅミも懸命に言葉を紡ぐ。
「ドールリカ…! ドールイヅミ…!!」
 自分が逆の、彼女たちと同じ立場だったら――きっと自分も同じ事を仲間に言っているに違いない。
 仲間の思いが解るからこそ、ドールイサムは辛い思いに見舞われた。
「うるさいわね。お前たちは黙ってな!」
 ミスティが指を動かし魔力を使い、ドールリカとイヅミの蔦を更に締め上げる。
 身体中に幾重にもなる蔦がくい込む…!
「くっ…あぁっ!」
「うぅっ!」

「やめろッ!」

 苦しむ二人を見て耐えられずにドールイサムは叫んだ。
「さあ、どうするの? ドールイサム」
「………」
 ドールイサムはライトサンダーを下ろすが、その表情は青い前髪で隠れて伺えない。
「あ、あたし…! え?」
 リカは健気にも自分が出ていこうとした――しかしドールイサムにそれを制される。
「――駄目だ」
「え…!?」
 その低い声にリカは少しびくっと身を強張らせた。
 勿論、ドールイサムはリカに対して言ったのでは無い。
 無茶な取り引きを要求してきた悪魔に向かって言ったのである。
「俺はドールナイツだ。リカ様をお前なんかに渡すことは出来ない。例え、どんな理由があったとしても!」
 そう言い放ったドールイサムの表情は凛としたものだった。
「お、おにいさん…! ダメ…ダメだよ…! それじゃぁ、おねえさん達が…!」
 ドールイサムの出した答えに、リカは涙を零しながら彼にしがみつく。
「…イサム…」
 ドールリカもイヅミも、イサムの決断に穏やかな笑顔を見せる。
「あっそ。じゃ、後悔することね!」
 ミスティはつまらなそうに言い、表情を不敵に切り換えると、両手から強大な赤い光を放った!
「やめろぉ――っ!!」
「イヅミおねえさぁん!」
「おねえさ――んっ!」
 ダイとすみれとリカが叫ぶ中、ドールリカとイヅミは覚悟を決めて目を閉じた。

 ――その刻、青い光が二人の前に疾って行く!

「うわぁぁぁ―――――ッ!!」
 赤い光が砕け散るのと同時に、辺りに響き渡るドールイサムの叫び――。
「え…!?」
 何が起こったのか解らないドールリカはそっと碧玉色の双眸を開く。
「い…イサムッ!?」
 同じく紫水晶の双眸を開いたドールイヅミは、その瞳に映った光景に――自分とドールリカの前で両手を広げて立つドールイサムの姿に愕然とした。

 ――ドールイサムは、ミスティが攻撃を放った瞬間、ドールリカとイヅミの前に翔び、身を挺して二人の代わりに赤い光の直撃を受けたのだ。

「……すまなかった…ドールリカ…! イヅミ…! リカ様を……頼む……――!!」
 辛そうながらも微かに微笑み、落ちていくドールイサム。
 その身体は徐々に収縮し、人形に戻っていく――。
「イサムッ!」
「おにいさぁん!」
 ドールリカとイヅミ、リカがイサムを呼んだその刻。

 パァンッ!

「わぁ!」
 ダイの持つドールイサムのコーリングリングが――青いリングの石の部分が砕けた…。
「おにいさん! ――あ…!?」
 リカは人形に戻ったドールイサムを受け止めたが、再び表情を悲しげに歪める。
「…フフフ…アッハハハハ! なるほどね、そういう手段をとったか…! 丁度いい厄介払いが出来たわ! アハハハ…ッ!」
 予想外だったが満足の出来る結果にミスティはこの上ない声を上げて笑う。
「――許さない…!」
 怒りに震えたドールリカの声が響く。
「…ん?」
 それに気づいたミスティが見やる。
「ミスティ! 絶対に許さないっ!」
「よくもイサムを!」
 仲間を、ドールイサムを倒された怒りがドールリカとイヅミに満ちあふれる。
 その証に二人の双眸には光る雫が煌めいた。
「ハッ! その状態で、どう許さないっていうわけ? アハハハ…ッ!」
 もはや自分の勝利は目に見えている――ミスティは高らかに嘲笑った、が。
「はぁぁ―――――ッ!」
 ドールリカの身体が赤い光に包まれる。
「はぁぁ――――ッ!」
 ドールイヅミの身体も緑の光に包まれる。
「何ッ!?」
 すると、二人の武器がそれぞれの手中に出現し、二人の呪縛が解き放たれる!
「ライトスピナ―――ッ!」
「ライトサ―クルッ!」
「くっ…あぁっ!」
 二人の武器からの攻撃を防ぎきれなかったミスティ。
「はぁ――ッ!」
 ドールリカはすかさずミスティに再びライトスピナーを投げる!
「くっ…!」
 ミスティ、それをかわして素早くその姿を消す。
 その代わりに辺りにミスティの声が響く。
「ドールナイツ! 今日はこれぐらいで引きあげるわ。大手柄も立てたことだしね…! アッハハハ……――――!」
「待てっ! ミスティ―ッ!」
 段々と声が遠ざかっていくミスティを、ドールリカは追おうとする、が。
「ドールリカ! それよりイサムを…!」
「くっ…そ、そうね…!」
 ドールイヅミに言われて、ドールリカは追跡を諦めた。


「うっ…うぅっ…おにいさぁん…!」
「リカ様!」
 ドールイサムの人形を抱きしめ泣き崩れるリカの元に走って来るドールリカとイヅミ。
「お…おねえさん…!」
「リカ様、イサムは…!?」
 ドールイヅミが気遣うようにそっと尋ねる。
「…うぅっ……どうしよう…おねえさん…! おにいさんが……おにいさんがぁ!!」
 リカの両腕の中にいる人形のドールイサムの、本来なら藍玉色を見せる双眸が――堅く閉ざされていた。
「い、イサムの目が…閉ざされてる…!? どういうことなの!?」
 ドールリカは今までかつて起きたことの無い事態に声を上げてしまう。
「……おそらく、ダメージが大きすぎたんだわ……だから…!」
 そう分析したドールイヅミだが、顔はすでに悲しみにあふれている。
「ダイ君! リングは!?」
 瞬時にドールリカはダイにリングでイサムを呼び出せないか問う――しかし。
「それが…石のところが、粉々になっちまったんだ…!」
「…そんな…!」
 ダイに、砕けかかった、輝きを失った青いリングを見せられ愕然とするドールリカ。
「さっきから、何度も…何度も…呪文を唱えて呼んでみたんだけど…ダメなんだ…!」
「どうすればいいの…?」
 涙を零しドールイサムを見つめるダイとすみれ。
「イサム…ッ!」
 同じように、悲痛な表情でドールイサムを見つめるドールリカとイヅミ。
 そして――。
「おねがい……! 目を…開けてよぉ……おにいさぁ―――――んッ!」
 人形のドールイサムを抱きしめるリカの、悲しみに満ちた泣き声が響き渡った――。




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 《あとがき》
 ドールイサムっち創作、第一作目。もう言い訳のしようもございません;
 本当にごめんなさい。実はこのお話は私が見た夢が元になってるんです。
 イサム、すごい好きなのに、何で活躍してくれると、こうなるんだろう(T〇T)
 ですがちゃんとイサムは目覚めます!復活します!(←でなきゃそれこそ許されない)
 とゆーわけで、このお話は中編・『青き輪‐輝きを求めて‐』に続きます。
 ちなみに後編は『青き輪‐よみがえる輝き‐』です。解りやすいでしょう?(笑)
 そういえばドールナイツの瞳の色、ドールリカは碧玉(ジャスパー)の青緑、イサムは
 藍玉(アクアマリン)の水色、イヅミは紫水晶(アメジスト)の紫にしてみたんですが
 如何でしょうか?

                  written by 羽柴水帆