――待っている……。
自分はずっと……待っている………。
……遙かな時を越えて………再びめぐり逢える日を……。
――自分はいつまでも……待っている――。
大きな白い雲を漂わせた青い空の下、砂漠がその広さを訪れる者たちにみせつけている。頭上で輝く太陽は、地上に耐え難い暑熱をもたらしているが、吹き抜ける風は乾いており、不快ではなかった。だが、暑いものは暑い。このような地域では、旅する者たちは昼間ではなく、涼しい夜に移動するものだ。が、例外もある。
その例外たちは、金属生命体――ゾイドの一行で、蒼、黒、碧水、と一色に染まりがちな砂漠の一点を、鮮やかに彩っている。ゾイドの機種は順にブレードライガー、ディバイソン、コマンドウルフ。ガーディアン・フォースの一行であった。
蒼き獅子の操縦者――バンが声を上げた。
「ゾイドに乗っているとわからないけど、外はめちゃくちゃ暑そうだなー」
コクピット内は空調が効いており、快適なのだ。だからこそ、こうして昼間の砂漠を移動しているのである。
「砂漠だからな。ゾイドがなければ、とても移動はできないな」
と、これはディバイソンの操縦者のトーマである。
バンの後ろの席に座っているフィーネが思い出したように呟く。
「でも、私たちだけ先に帰ってよかったのかしら?」
「いいんじゃないか? シュバルツが、いい、って、言ったんだから。なあ、アゼル?」
黒髪の少年は右隣を歩く碧水の狼に呼びかけた。通信モニターに現れた、愛機と同色の双眸を持つ青年は同意を示すように頷いてみせる。
「そうだね、せっかく気を利かしてくれたのだから、今回は甘えさせてもらってもいいんじゃないかな」
「だよなー」
満足げに頷く少年に、にっこりと笑いかけると、アゼルは通信を終える。碧水の瞳が動き、それはコンソールの上においてある一輪の白い花を映した。穏やかな微笑が口元に浮かぶ。
帝国軍の名をかたってコロニーを襲っていた盗賊団を、シュバルツ率いる第一装甲師団とともに、捕縛したのがつい一時間前の話である。戦闘を終え、愛機のチェックをしていたアゼルは、一人の少女から一輪の白い花をもらった。彼と彼の相棒に、と。幼い子供なりに考えた、精一杯の感謝のしるしだ。アゼルが喜んでそれを受け取ったのは言うまでもない。疲れているだろうから、とシュバルツたちが事後処理を引き受けてくれ、ガーディアン・フォースたちは帰路についたのである。
昔、こんな花でよく冠を作ったりしたな。
茎を持ってくるくると回しながら、アゼルは感慨にひたった。一面に広がる花畑の中で弟と一緒に花飾りを作っていた頃が、懐かしく思い起こされる。そんな彼を現実に呼び戻したのは、電子の声を持つ、もう一人の相棒・AI『アーク』だ。
「ん? どうしたんだい? アーク?」
問うてからすぐに、アゼルは気づいた。救難信号をキャッチしたのである。
通信回線が開き、モニターに幼なじみの少年が映った。色の白い顔が緊張をはらんでいる。
「アゼルさん……!」
「わかっている――バン!」
「ああ! こっちもキャッチしている! 行こうぜ、二人とも!!」
三体の機獣は進行方向をやや東よりに変え、地を蹴った。
「ん? あれはライトニングサイクス……」
「え? あ、本当だわ」
走り出して間もなくであった。最初にアゼルがそれに気づき、続いてフィーネも気づいた。バンとトーマは目を凝らすが、黒い姿はわかるものの、機種まではわからない。が、優れた視力を持つアゼルとフィーネの両眼は、前方に佇む黒い機獣――ライトニングサイクスの姿を認めていた。
近づいてくる足音に、賞金稼ぎの青年は振り返った。彼の眼前に三体の機獣たちが次々と到着する。バンたちはコクピットから降りた。
「よっ! お前らがここにいる、って、ことは、もう今回の任務は終わったのか?」
「ああ、ついさっき終わったよ」
バンの言葉に、アーバインは苦笑する。
「悪いな、間に合わなかった」
高額の賞金首の存在を知ったアーバインは、バンたちと別行動をとり、その者を追っていた。今回の任務には、賞金首を捕まえしだい、参加することになっていたのである。
「気にしないでくれよ。それより、そっちはどうだったんだ?」
「へへっ、俺がしくじると思うか? たんまり稼がせてもらったさ」
「さすがだな、アーバイン」
「おだてても、何にもでねぇぞ」
バンとアーバインは笑みを交し合う。と、賞金稼ぎの青年はその表情を真剣なものに変えた。
「ひょっとして、お前らも、救難信号をキャッチしたのか?」
「じゃあ、アーバインも?」
と、これはフィーネだ。
アーバインは頷く。彼の視線が動き、他の四人の目がそれを追った。そして、見た。
五本の視線の先に、一体のセイバータイガーがにうずくまっていた。石のように灰色になった身体が、その機獣の死を証明していた。
バンはトーマを見やった。
「トーマ、救難信号の発信源は、ここだよな?」
「ああ、間違いない、ここだ。だが……」
「このセイバータイガーは、機能停止して、かなりたっている。おかしいじゃねぇか、俺たちが救難信号をキャッチしたのは、ついさっきだぜ」
アーバインは腕を組み、眉をひそめた。石化した虎の身体中に砂塵が降り積もり、長い間、この場にいたことがわかる。
三人の会話をよそに、アゼルが機獣の身体の周りを歩き、フィーネはコクピットの辺りを触ったりしている。一周したアゼルは細い顎に白い指をあて、何やら考え込む。トーマはそんな彼に近寄り、思考の迷路から引き上げた。
「どうかしましたか? アゼルさん?」
「……このセイバータイガーは確かに石化している。だが、本当に死んでしまっているのかな? 表面だけで、中にはまだ生きている部分があるんじゃないかな……」
これには、トーマだけでなく、バンたちも顔を見合わせた。困惑したような彼らの顔を見て、アゼルは苦笑する。
「ごめん、変なこと言って。そんなわけないのにね」
アゼルはセイバータイガーに触れようと、手を伸ばす。
瞬間、碧水のコマンドウルフ――フェンリルが警告するかのように咆哮した。皆の意識がそちらへと向けられる。それはアゼルも例外ではなかった。が、彼の意識に反して、手はわずかに前進した。白い指が機獣の身体に触れる。途端、石化していたはずのセイバータイガーの身体が、淡い輝きを発した。
「――!!」
びくん、と身体を震わせると、アゼルは砂の上に崩れるように倒れた。
『アゼルさん!?』
『アゼルッ!?』
トーマたちがそれぞれ叫び、フェンリルも悲痛な鳴声を上げた。
真っ先に駆け寄ったアーバインが、同じ民間協力者の青年の身体を抱き起こす。
「おい! アゼル!? アゼル!?」
アゼルは応えない。碧水の双眸は閉ざされ、白い顔が血の気を失い、ますます白くなっている。
「アゼルさん!? アゼルさんっ!?」
トーマはアゼルの傍に片膝をつき、必死の呼びかける。が、幼なじみの青年はその瞳をかたく閉ざしたまま、何の反応も示さない。少年は悲痛に顔を歪めると、黒髪の友人を見やる。
「バン! さっきのコロニーに戻るぞ! あそこには、まだ兄さんたちもいるはずだ!!」
「そ、そうだな。俺、連絡いれてくる!!」
風なき風に黒髪をなびかせながら、バンはブレードライガーの方へ走っていく。彼と入れ違いにやってきたフェンリルが、相棒の、男性にしては細い肩に鼻先を寄せた。心配そうにアゼルの顔を覗き込む。
「大丈夫よ、フェンリル。アゼルさん、きっと、すぐに目を覚ますから……」
フィーネは碧水の狼の大きな顔を撫でながら、励ますように言った。だが、それはどこか自分自身に向けたような口調だった。本当に彼は目を覚ますのであろうか。最悪の想像が少女の中にはある。それはアーバインやトーマ、そしてバンも同じだった。
バンが愛機のコクピットから顔を出した。
「――連絡はついた! 行こうぜ!!」
「おう!」
アーバインはアゼルの身体を抱き上げた。赤みをおびた茶色の髪が揺れ、腕が力無く垂れ下がる。何の反応も示さないアゼルの姿が痛ましかった。
トーマは立ち上がりはしたものの、それから動こうとしない。翡翠の双眸はアーバインの腕の中にいる青年を映している。
「……トーマさん」
真紅の瞳を持つ少女がトーマを見上げ、勇気づけるように両手で彼の右手を包む。いつものトーマならば、ここで顔を真っ赤にしているところだが、心配が恋心を上回っているようだ。ほろ苦いものが顔に浮かぶ。
「……すみません、フィーネさん。行きましょう」
「ええ……」
トーマたちはそれぞれのゾイドに乗り込む。
碧水のコマンドウルフのコクピットの中で、白い花が揺れていた。
コロニーの宿の一室に、シュバルツと、ブレードライガーとの合体をといたジークを加えた、七人が集まっていた。そのうちの一人であるアゼルは、ベッドの中でいまだ眠り続けている。すっかり血の気の引いた白い顔、弱い呼吸、冷たくなった身体……目を覚ます気配はない。バンたちはコロニーに到着するとすぐに、第一装甲師団に従軍していた軍医にアゼルを診せた。アゼルとは顔見知りの、三十歳前後の軍医は、「このような症例は見たことがない」と、自分の力ではどうにもならないことを告げた。
「ちっきしょう! 一体どうなってやがんだ!」
アーバインが強く舌打ちした。誰も答えられない。
トーマからことの次第を聴いたシュバルツは、大きく息を吐き出した。
「原因がその石化したセイバータイガーであることは、間違いないな……」
「ですが、兄さん、あ、いえ、シュバルツ大佐……」
慌てて言い直す弟に、シュバルツは気遣うような笑みを向けた。
「かまわん、何だ?」
トーマは兄の心遣いに感謝すると、考えをまとめるように言った。
「あのセイバータイガーは、石化してからかなりの年月が経過していました。触れたことで何かが起こるというのであれば、このような言い方は失礼ですが、フィーネさんやジークではなく、どうしてアゼルさんなのでしょう……?」
バンが身を乗り出す。
「そうだぜ。先にあのセイバータイガーに触ってたフィーネが何ともないのに、どうしてアゼルだけ……」
シュバルツは首を横に振る。
「それは私にもわからん。だが、倒れる前にアゼルは言っていたのだろう、『中にはまだ生きている部分があるのではないか』と。アゼルにしかわからない、何かがあったと考えた方がいい」
「……そう、ですね……アゼルさんには、不思議なところがありますからね……」
シュバルツ兄弟の会話を聴きながら、フィーネは黙然とアゼルを見つめていた。いぶかしんだアーバインが少女の横顔を覗き込めば、そこには心配の色と何か別のそれが浮かんでいた。アーバインにはそれが何なのかはわからなかったが。
「……とにかく、行ってみるか。そのセイバータイガー元へ」
シュバルツの言葉に、一同は首を縦に振った。
気がつくと、アゼルは闇の中にいた。闇という言い方は、正確ではないのかもしれない。身体の感覚が全くないのだから。ひょっとしたら、目が見えていないだけなのかもしれない。自分はいまどういう体勢でいるのだろうか。それすらもわからない。まるで意識だけが虚空を漂っているかのようだ。
(まいったな……)
呟いたつもりだが、声になっているのかも怪しい。が、言葉ほどアゼルは困っているようには見えなかった。まだ二十四年しか生きてはいないが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた身である。冷静に対処することが、困難に遭遇した場合の最も有効な手段であることを、彼は知っていた。
いままでのことを思い返してみる。
(あのセイバータイガーに触れてからの記憶がない……つまり俺は、招待された、というわけか……)
招いたからには、何らかの接触があるはずだ。そう考えたアゼルは、接触を待つことにした。ただ待つだけでなく、いろいろなことを回想する。いまは関係ないことまで。少しでも記憶を、自分を保つために。
バンたちは再び愛機を駆り、セイバータイガーのところまでやってきた。シュバルツだけでなく、フェンリルも自らの意志でここまで同行している。
「――これが……」
コクピットから降り立ったシュバルツが、セイバータイガーを翡翠の瞳に映した。
と、彼らの背後で猛々しい咆哮が上がった。碧水の狼が牙を剥き、石化した機獣に喰らいつこうとする。
「よせ!! フェンリル!!」
トーマが制止の声を上げた。フェンリルは怒りを込めた鳴声でそれに応える。アゼルのことで相当頭にきているようだ。フィーネも加わって二人でなだめる。フェンリルは怒りと悔しさの入り混じった声で、高く高く吼えると、おとなしくなった。
バンたちは大きく息を吐き出した。アゼルを覚醒させる、唯一の手がかりであるこのセイバータイガーを、彼の相棒が破壊してしまってはどうしようもない。
皆でセイバータイガーをひとしきり調べてみたが、何の発見もなかった。
――これあげる。
闇の中で少女はそう言って、アゼルに手に持っているものを差し出した。それは数時間ほど前に彼が見た光景によく似ていた。
――ありがとう、助けてくれて。
そこでアゼルは気づいた。自分に花をくれた少女と、目の前にいる少女は別人だった。年こそ同じくらいだが、顔立ちも背格好も違う。
(これは……セイバータイガーの記憶……?)
どうやら接触してきたらしい。時間感覚が麻痺していたため、気がついてからどれぐらいたったのか見当がつかぬ。
――待っていた……ずっと……。
(――!?)
聞き慣れない声がしたかと思うと、目の前の闇が開けた。広大な砂漠が視界を埋め尽くす。砂で一色に染まった大地は、無限にも思えた。セイバータイガーの記憶と意識が流れ込んでくる。
アゼルは悟った。このセイバータイガーが、砂漠しか知らないのだと。機獣にとっての『世界』は空と砂だけで構成されているのだ。それら以外のものは何も知らない。何も……。
――もう一度……キミに逢いたい……――。
辺りが再び闇に包まれ、青年の前に小さな白い輝きが揺れている。それは徐々に大きくなり、闇の中の道を照らした。すると目に見えない何かが、アゼルの意識を引っ張る。いや、背中を押された、といった方が正しいだろう。白く淡い、そして優しい光が彼の身体を包み込む。
――すまなかった……。
意識が自分の身体へと返されていくのを感じると同時に、そんな声が、聞こえた気がした。
何の進展もないまま宿に戻ったバンたちは、言葉少なに、部屋の思い思いの場所に立つて、あるいは、座っていた。
と、重苦しい空気を打ち破って、ベッドの中の青年が小さな声とともに身体を震わせた。
「――っ!!」
『アゼル!?』
『アゼルさんっ!?』
皆が弾かれたように動いた。ベッドの周りに集まる。永遠とも思える数秒がたち、碧水の双眸がゆっくりと開かれた。
「アゼルさん!? 僕たちがわかりますか!?」
「身体は平気か?」
「よかった……アゼルさん」
「俺、一時はどうなるかと思ったぜ」
「ったく、心配させやがってよぉ」
それぞれの表情で、口々に言葉を紡ぐ友人たちを見回し、「心配かけて、ごめん」と言おうとして、声がうまくでないことにアゼルは気づく。しばらく身体を空けていたために、機能や感覚が麻痺しているようだ。
「まいったな」
と、本日二度目の台詞を胸中で呟いた。仕方なく、アゼルは微笑んでみせる。それはとても弱々しげな笑みだったが、一同を安堵させるには、充分なものであった。トーマやバンがその場にへたり込んだ。泣き笑いのような表情になっている弟の肩を、シュバルツが笑って叩く。
身体が休息を訴え、強烈な睡魔がアゼルを襲う。このまま眠ってしまいたい衝動にかられたが、そういうわけにもいかなかった。自分にはまだやることがあるのだから。
ベッドから降りようとするアゼルを、トーマが慌てて止めた。
「ダメですよ、アゼルさん!? まだ寝てないと!!」
「――い……かないと……」
制止を振り切って立ち上がろうするが、膝から力が抜け、アゼルは倒れ込んだ。それでも何とか立ち上がろうと、震える腕で上体を起こす。
「馬鹿野郎! 何やってんだ!!」
賞金稼ぎの青年がアゼルを助け起こした。
「行きたい所が……あるんだ」
「行きたい所?」
「……あの……セイバータイガーの所に……!」
「――!?」
「アゼル!? それは危険だ!?」
アーバインが驚いたようにアゼルの顔を見やり、バンは思わず声を上げた。二人が制止の声を上げるが、アゼルは頭を振った。どうしても、行かなければならない。
トーマが困ったように兄を見やった。何とかアゼルさんを止めて下さい、と視線で訴えたのである。が、シュバルツは弟に向け首を横に振ってみせると、幼なじみの青年に肩を貸した。
「――カール……」
「行くのだろう?」
半ば呆然と自分の顔を見つめてくる友人に、シュバルツは微笑を向ける。アゼルも口元をほころばせた。
「ああ……」
アーバインは頭を掻くと、反対側からアゼルの身体を支えた。
「どうなってもしらねぇぞ」
口調こそぶっきらぼうだったが、目は笑っていた。
フェンリルから降り立つと、アゼルはシュバルツとアーバインの助けを借りて、石化した機獣の傍に歩み寄る。二人の肩から腕をはずし、コクピットの傍に片膝をつくと、ささやきかけた。
「……ずっと……待っていたんだね。こんな姿になっても、ずっと……」
民間協力者の青年は、優しい光を双眸にたたえた。白い手がセイバータイガーに向け伸ばされる。止めようとしたバンたちを、シュバルツが手をあげて制した。今回はコマンドウルフも止めようとはしない。アゼルはそっとセイバータイガーを撫でる。すると石化しているはずの虎が淡い光を放った。
七人の目の前で、セイバータイガーの身体が生前の色を取り戻していく。アゼル以外の者は驚きのあまり声が出がでない。
アゼルの手の中には、一輪の花があった。少女にもらった、白く小さな花だ。
セイバータイガーのコクピットが、音をたてて開かれた。コンソールの上に、すっかり枯れ、変色した一輪の花らしきものがおかれていた。
「何がどうなってるんだ……?」
バンがそう呟いたのも無理はなかった。ひとつひとつの出来事は理解できていても、立て続けにことが起こると、把握しきれないのだ。
アゼルはどこか遠くを見るように語りだした。
「――この砂漠が、このセイバータイガーの縄張りであり、全てだったんだ……」
機獣は空と砂漠しか知らなかった。それらの色しか知らなかったセイバータイガーは、ある日、スリーパーゾイドに襲われた一人の少女を助けた。それはほんの気まぐれにすぎなかったのかもしれない。だが、少女は感謝した。コロニーまで連れ帰ってくれた機獣に、何かお礼をしたかった。そこで少女は、花壇に咲いていた花を差し出した。一輪の、白く小さな花は、セイバータイガーに衝撃を与えたのである。
「……初めて見た花、初めて見た色……何色といえばいいのかもわからなかったけれど、この子は、とても愛おしく思ったんだよ。その想いは、花が枯れてもずっと……変わらなかった……」
花が枯れてから、数年がたった、そんなある日、砂漠を走っていたセイバータイガーは、スリパーゾイドが仕掛けられた地帯に踏み込んでしまった。何とか逃げられたものの、重傷を負った。
「自分の命が長くないことを知ったこの子は、人生の最後の一瞬で、もう一度、逢いたいと思ったんだ。自分の『世界』を変えてくれた、名もない花に……。そして、この子は自ら機能を停止させ、仮死状態なり、待ち続けた……遙かな時を越えて、再びめぐり逢える日を信じて――」
乾いた風が、赤みをおびた茶色の髪をそよがせる。アゼルはコンソールの上に花をおいた。コクピットが閉じられる。セイバータイガーは小さく、だが、嬉しそうな鳴声を上げた。
「……やっと……逢えたね――」
セイバータイガーの身体が再び灰色に染まっていく。今度こそ眠りにつこうとしているのだ。永い永い眠りに――。
――ありがとう……――。
声なき声が告げてくる。アゼルはにっこり笑ってみせた。セイバータイガーが完全に石になったかと思うと、碧水の双眸を持つ青年の身体が力を失った。
「アゼル!?」
「おい!? 大丈夫か!?」
多少慌てたようにアゼルの顔を覗き込んだシュバルツとアーバインだったが、すぐに安堵の吐息をもらす。
「ったく、こいつ、気持ちよさそうに寝やがって!」
アゼルの寝顔は、とても安らかだった。六人はそれぞれの色彩豊かな瞳を見交わすと、笑いあった。
乾いた風が顔に吹きつけてくる。空は青く晴れ渡っており、砂漠は相変わらず暑い。少しきつめの日差しに碧水の光を反射させながら、青年は穏やかな笑みを浮かべた。視線の先には、石化した機獣の姿がある。
何故自分が呼ばれたのか。その理由は、いまだわからない。偶然、などという言葉でかたづけられるとは思っていない。だが、この機獣が安らかな眠りにつくのに協力できたのなら、理由など、どうでもいいように思う。
と、気がついたように口を開く。
「――この色ね、白、って、いうんだよ」
彼が去った後、機獣の片耳に白い花冠がかけられていた。それは砂漠の中で、白く優しく、風に揺れている……。
―Fin―
<あとがき>
・アゼル中心小説第三弾です。何だか回を重ねるごとに長くなっているような気がします。
次回昨は前後編にでもなるのでしょうか(ーー;)? 今回もよくわからない話になりました。
カールお兄さん、あんまり喋ってないし……。「アゼルって何なんだ?」と思われた方が多いのではないでしょうか?
彼のことは徐々に明かしていきますので、気長にお待ち下さい。
誰にでも忘れられないもの、って、あると思います。いいものであれ、悪いものであれ。
それは人だけに言えることではないはずです。ましてや、ゾイドたちは意志をもった生命体なのだから――。
2001.11.23 風見野 里久
白き花との再逢