夜の帳が空を覆い、二つの月が青白い光を地上に投げかけてくる。夜空の下に広がる砂漠の中を、碧水の狼が共和国から帝国へ向けて歩みを進めていた。
「すっかり遅くなったな……」
 コックピットの中で鋼鉄の狼と同じ色の瞳をした青年が、周囲を見回して呟いた。見渡す限り砂地が広がっている。日中は耐え難い暑熱をもたらす砂地も、夜になれば驚くほど涼しい。
 誰にとでもなく発せられた言葉に、電子の声が応じた。「疲れたのなら操縦を代わる」という申し出を、青年――アゼルはありがたく受け入れた。GFに協力するようになってから、帝国と共和国を行き来するのが常となった。この仕事に不満はないが、やはり疲れるものは、疲れるのだ。
「すまない、アーク。そうしてくれるかい?」
「了解」と、電子の声が返ってくる。
 アゼルは操縦桿から手を放し、座席に深く座りなおす。大きく吐息を洩らせば、ゾイドの姿をした相棒が、鳴声を上げた。
『疲れているようだが、大丈夫か?』
「ありがとう、大丈夫だよ、フェンリル」
 フェンリル――それが、この碧水のコマンドウルフの名前である。アゼルとは、彼が生まれた時からの付き合いだ。
 沈黙がおりる。聞こえてくるのは、コマンドウルフの足音だけだ。
 碧水の双眸は、どこか遠くを見つめている。
「……ねぇ、フェンリル」
 どれぐらいしてからであろうか。アゼルの口が開かれた。
『何だ?』
「フェンリルの、最初の乗り手は、どんな人だったんだ?」
『ゾイド乗りとしての腕は、お前と比べれば、雲泥の差だな』
 ガンッ、と、何かが落下してきたような音が、頭の中に響いた。
 アゼルは身体をよろめかせた。相棒の性格はわかっていた。わかっていたが、こうも言われると、はっきりとものを言う奴だ、と思わずにはいられない。
 現乗り手の内心を知ってか知らずか、フェンリルは語を続けた。
『ゾイド乗りとしての腕だけでなく、あらゆる面で優れた男だったぞ。弱き者に優しく、強き者の横暴を許さず。その勇猛果敢な戦いっぷりは、それはそれは素晴らしかったぞ』
「そ……そうか……」
 アゼルはやっとの思いで、それだけを言った。否、他に言いようがあるだろうか。
『彼の名は、アスティオ・フェンリル・ラグナ!!』
「――はぁ!?」
 一瞬の間をおいて、アゼルは珍しく間の抜けた声を上げた。
「アスティオ・ラグナは父さんの名前だぞ!?」
『おや、言っていなかったか、私――フェンリルの名は、お前の父親のミドルネームをもらったものだ』
「初耳だよ」
『お前が生まれた頃には、すでにあいつはアスティオ・ラグナとしか名乗らなくなっていたからな。アスティオは、ゾイドとゾイド乗りは一心同体、という考えの持ち主だった。だからだろうな、私を相棒と決めた時、自分のもう一つの名をくれたのだ』
「――そうだったのか……」
 前乗り手の息子は頷いた。と、そこで何かに気づいたような声を上げる。
「ちょっとまて、一心同体、ってことは――」
『察しとおり。先ほど言ったことは、ほとんどが、私自身のことだ。はっはっはっ!』
「……お前なぁ……」
 アゼルは呆れたような表情をする。
 と、碧水の狼の口調が、真面目なものになった。表情はわかりようもないが、きっと真顔だろう。
『だが、お前の父親が、素晴らしい乗り手であったことは、事実だ。なにせ、この私が初めて認めた人物だからな』
「そっか……」
『そして、お前もまた、私が認めた乗り手だ』
「え? 俺が?」
『そうだ。あの日決めたのだ。この命ある限り、お前の傍にいると。これは何も、アスティオに頼まれたからではない。私の意思で決めたことだ。だから、アゼル、お前はお前の思ったとおりに生きていけ。私は常にお前とともに在る』
 碧水の双眸を持つ青年は、心にあたたかいものが満ちるのを感じた。自分はひとりぼっちだと思い込んでいた時期が、馬鹿馬鹿しく思えてくる。あの頃、どうして気づかなかったのだろうか。
 自分の傍には、いつもフェンリルがいたのだ。
「ありがとう、フェンリル。これからも、よろしく!」
『こちらこそな』
 そこへ電子の声が滑り込んでくる。自分の存在を忘れるな、とばかりに。誰が聞いてもわかるぐらい、不機嫌な声だ。
「ごめん、ごめん。アークもよろしくな!」
 今度は満足げな声をアークは発した。
 アゼルは口元に微笑をたたえた。と、小さく欠伸する。
 フェンリルが口調に笑みを含んで言う。
『眠ったらどうだ? 後は私とアークに任せておけばいい』
「そういうわけにもいかないさ」
『遠慮は無用だ。お子様は寝る時間だぞ』
「俺はもう二十四歳だよ」
『私から見れば、まだまだ子供だ。とっとと寝ろ』
「ハイハイ、じゃあ……ちょっと、寝させて……もらうよ……」
 碧水の瞳が閉ざされたかと思うと、穏やかな寝息がきこえてくる。
『寝つきのはやい奴だ……だから、お子様だというのに。おやすみ、アゼル……』
 二つの月が、中空から静かに地上を眺めている……。


                      −Fin−


   <あとがき>

    ・ついにやってしまいました……ゾイドにだしているオリジナルキャラクターだけのSS。
     思いつきから書いたので、わかりにくさは他のSSの数倍ではないでしょうか(−−;)?
     アゼルの相棒・フェンリルは男性的な感情を持つゾイドです。
     アゼルにとって、彼は父親であり、兄であり、親友でもあります。
     この話を読んでおわかりでしょうが、アゼルにはゾイドの言葉がわかり、
     会話をすることができます(相手がフェンリルでなくても可能)。
     その理由は、そのうち、ということで。今度はアークとの会話シーンでも書いてみたいですね〜(^−^)


              2001.10.10    風見野 里久
   
いつも傍に……