ぬくもりをわかちあう瞳





 ……抜けるような空が、遥か彼方まで続いている。
 舞い上がる風にのって、名もない花が散っていく。草地の上についた掌からは、あたたかいぬくもりが伝わってくる。ミッドガルでは感じることのできない、星のぬくもりだ。
 やわらかな足音に、青年は背後に視線を投げやった。金糸のような頭髪が、さらりと風に流れる。
「――エアリス」
 背後から驚かせるつもりだったのだろう。目標が振り返ったことに、娘は少しばかりあてがはずれたような顔をした。
「クラウド、気配に敏感なんだね。驚かせようと思っても、すぐにばれちゃう。ちょっと、つまんないな」
 碧の瞳にいたずらめかした光をたたえ、エアリスは青年――クラウドの隣に腰を下ろした。風に翻る豊かな髪を、片手で軽くおさえる。
 クラウドは小さく肩をすくめた。
「エアリスが俺の背後をとるなんて、十年かかっても無理だろうな」
 声に揶揄する調子を含めて言えば、エアリスはむっとしたように頬を膨らませる。
「もうっ、クラウドのいじわる!」
「本当のことを言っただけだろ」
 クラウドはわざとそっけなく言い放ち、二人は暫しの間睨みあう。そして、どちらからともなく口元をほころばせ、笑いあった。
 碧の双眸を持つ娘は、草地の上に両足を投げ出すと、天空を仰ぎ見た。
「……空、高いね」
「ああ……」
「風も、気持ちいい」
「……そうだな」
 第三者からすれば、とても味気ない会話に聞こるだろう。だが、彼らの仲間が見たら、きっと気づいたはずだ。いつも無表情をつくっている青年の、その口元に浮かぶ、穏やかな微笑に。
 ふと碧の瞳が、自分の横顔を凝視しているのに、クラウドは気づいた。いぶかるように、軽く眉をひそめる。
「どうした?」
「前から思っていたけれど、クラウドの瞳、空と同じ色なんだね。とても、綺麗だよ」
 エアリスは蒼の瞳に映る自身を見、ふわりと微笑んでみせる。出逢った頃からかわらない、とても優しい笑顔だ。あまりにも優しすぎて、金の髪の青年には時折とても眩しく見える。
「……俺の目は――」
 彼女の視線から隠すように、クラウドは片手で顔を覆う。
 ――魔晄を浴びた者が持つ、特有の双眸。
 それを不思議がる者や気味悪がる者はいたが、「綺麗」だと言ってくれた者はいない。自然に逆らって生み出された、ある意味異端のものなのだから、当然だといえば、当然なのかもしれない。
「わかってる。わかってるよ。それでも――綺麗だと思うから。私は、好きだよ」
 顔を隠す手を両手で包み、エアリスは真っ直ぐにクラウドを見つめた。たとえ自然のものではなくとも、綺麗だと思う気持ちに偽りはない。頭上をプレートで覆われた、魔晄都市を出て、初めて空を見た時、思ったのだ。
 ――あぁ、クラウドの瞳と同じ色だ、と。
「…………ありがとう」
 ややあってから、蒼の瞳の青年は笑った。慣れていないことを窺わせる、不器用な笑い方だった。
「だが、俺としては、エアリスの瞳の方が、よっぽど綺麗だと思うけどな」
「私の?」
 エアリスは碧に双瞳を瞬かせる。「ああ」と頷くクラウドの頬は、かすかに上気しているようだった。髪をかき上げたのも、ほとんどが表情を隠すためであろう。
「空の蒼と、森の緑を溶けあわせたような、そんな色だと思う」
 自分でも、恥ずかしいことを言っている自覚はある。だからこそ、碧の双眸をした娘が控えめながらも笑いだした時は、逃げ出してやりたくなった。とはいえ、表面上は不機嫌極まりない顔をしてみせる。
「……何がおかしい」
「だって、クラウド、急に詩人みたいなこと、言うんだもの」
「――悪かったな、ガラでもないこと言って」
 半ば諦めた口調で言い、クラウドはそっぽを向いた。するとエアリスは笑いをおさめ、身を乗り出すように蒼の瞳の青年の様子を窺う。
「あれ? クラウド、怒った?」
 半分は当たりだが、半分ははずれである。だが、そんなことを口にする気になれず、クラウドは沈黙を保つ。
「ごめんね、機嫌、なおして」
 顔は見えなくとも、声だけでエアリスがどんな表情をしているか、クラウドには手に取るようにわかった。困ったように眉根をよせ、軽く首を傾げる仕草をしているのだろう。別に彼女を困らせることが本意ではないから、顔の位置を元に戻す。ため息混じりではあったが。
「……別に、いいけど。ガラじゃないことぐらい、俺自身が一番よくわかってる」
「拗ねないでよ。笑っちゃったけれど、嬉しかったのも、本当だよ。だって、私の目は――」
 ふつりと言葉が切れる。はっとしたように、クラウドは蒼の双眸を瞠った。
 エアリスは古代種――セトラの血をひいているという。星の声を聴くことができる種族の、おそらく最後のひとり。そのせいか、彼女の瞳は、他の者にはない輝きと色がある。そのせいで嫌な思いをしたことが、少なからずあるのだろう。
「それでも――それでも、綺麗だと思う」
 ゆっくりと言葉を紡ぐ。お世辞にも、自分は口が巧い方ではないとわかっていたから。だからせめて、ひとつひとつの語を、確かめるように言う。
「――俺は、好きだよ」
 他の者がどう思おうとも構わない。エアリスが古代種であろうとも、彼女は彼女だ。少なくとも、自分にはそれで充分なのだから。
 ゆっくりと、染みわたるように、エアリスの顔に笑みがひろがっていく。白い頬がそうとわかるぐらい、ほんのりと赤くなる。
「嬉しい……」
 綺麗な笑顔だ、とクラウドは思った。以前の自分なら、きっとこんな風には思わなかっただろう。何もかもが色を失い、どんなことにも興味を持てなかった自分には、「綺麗」なものを「綺麗」だと認める心すらなかった。しかし、いまは違う。
 彼女の――エアリスのおかげで。
 エアリスが傍にいてくれると、不思議なほど安らぐ自分がいる。彼女の笑顔を見ると、あたたかい気持ちを抱く自分を知っている。そして、そんな彼女を護りたいと思う、自分がいる――。
 とん、と碧の瞳を持つ娘は、クラウドの肩に頭を預ける。
「クラウドがそう言ってくれると、私、前よりもこの目を、好きになれそう」
「……嫌いだったのか?」
「ううん、決して嫌いじゃないけれど、ちょっぴり、寂しかったから……」
 他者とは違う輝き。他者とは違う色。鏡を見るたびに、自分が世界にひとりぼっちに思えて――。
 やわらかな髪に頬をよせて、クラウドはささやいた。
「――独りじゃない。俺たちが……俺が、いるから」
「……うん」
「ずっと、いるから」
「うん、ずっと、一緒にいようね……」
 二人は目を閉じ、互いのぬくもりに心を委ねた。空、風、大地、光……自分たちを見守る、星の命を確かに感じながら。



 ――――ずっと、一緒にいよう……。






                      ――Fin――



 <あとがき>

・ついに書いてしまった、という感じです; FF7創作です。まだキャラの性格や口調等を掴めていないので、イメージを崩された方、すみませんでした;; もっと修行します;
 FF7は6と同じくらい、のめり込んでプレイしたゲームでした。エアリスが死んでしまうシーンは、すごく綺麗で、でも、同じくらい悲しくて……。攻略本で彼女が死んでしまうことは知っていたから、なかなか忘らるる都にいく決心がつかず、随分と長い間うろうろしていたことを憶えています。ラストに彼女は生き返るのだと信じて疑わなかったのですが、結果は――。できれば、クラウドと幸せになってほしかったのですけれど……。ちなみに、風見野はクラウド×エアリスでなければ、ダメというわけではありません。ティファとのカップリングも好きです。機会があれば、彼女とのお話も書いてみたいなぁ、と思っています。
 ここまで読んで下さって、ありがとうございました。

                                              2005.5.17    風見野 里久