明日の青空のために
空と大地を銀色の粒子が繋ぐ。決して重苦しい気配のない雨音は、聞くものの耳に心地よい。
地上のもの全てに潤いを与えてくれる慈雨を、宿屋の一室から眺めている少女がいた。窓際にある椅子に腰かけ、何やら憂い顔を覗かせている。窓ガラスに片手をそわせると、少女はため息をついた。
と、扉がノックされた。
「どうぞ」
短い言葉の後、数瞬の間をおいて扉が開かれる。その向こうから姿を現したのは、頭部に青いバンダナを巻いた青年だった。手にはあたたかそうな湯気のたつカップが二つある。
「お待たせ、ティナ」
カップのひとつを軽く掲げ、青年はにっこりと笑ってみせる。
「ありがとう、ロック」
窓から青年へと向き直ると、ティナは表情をほころばせた。
「雨……やまないね」
あたたかい湯気を細い顎に受けながら、ティナは窓の外に双眸を向けた。ロックはカップを傾ける手をとめると、少女に倣う。
「ああ、全然やみそうにないなぁ」
「明日は、ロックと買い出しにいく日なのにね」
そう言って、ティナは重い吐息をこぼす。
それで元気がなかったのか。青年はティナの憂い顔の理由を知り、納得したように内心で頷く。納得すると、途端に照れくさくなってくるのは何故だろうか。カップを傾けたのは、ほとんど自分の表情を隠すためだ。
そんなロックの様子に気づいているのか、いないのか、ティナは独り言のように呟く。
「……明日だけでも、晴れてくれないかな……」
ロックは雨の降る外を見、それからティナに視線を戻した。ぽん、とその頭にあいている方の手をのせる。少女のいぶかしげな色を宿した瞳が、青年の顔を映した。
「なら、てるてる坊主でも作ろうか」
「……てるてる……何?」
初めて耳にした言葉なのか、少女は小首を傾げる。翡翠の髪が微かに揺れる。
「てるてる坊主。晴れることを願って、軒下なんかにつるす人形のことさ」
「それを作れば、明日は晴れるの?」
少女の期待に満ちた眼差しを受け、ロックは少しばかり困ったように頬を掻いた。
「うーん……絶対に、っていう保証はないけれど、何もしないよりは、マシなんじゃないかな」
「作りたい。ロック、作り方、教えてくれる……?」
「勿論」と、ロックは笑って応えた。
二つのてるてる坊主が完成するのに、それほど時間はかからなかった。
「ほい、これで完成。あとはどっかにつるすだけだよ」
どこにしようか、と青年が腰を浮かせた時、扉がノックされる。「どうぞ」とティナが声をかければ、大柄な青年――マッシュが顔を覗かせた。
「いきなり悪いな。ロック、兄貴が捜してたぜ」
「エドガーが? そっか、すまない」
と、マッシュはテーブルの上に置かれているてるてる坊主に、目をとめたようであった。力強い足どりで室内に入ってくると、てるてる坊主のひとつを手にとり、懐かしそうに目を細める。
「てるてる坊主か……懐かしいなぁ」
「マッシュも、作ったこと、あるの?」
ティナが見上げるようにして問えば、マッシュはどこか照れたような顔になる。
「ああ、小さい頃……その、兄貴とな」
まだフィガロ兄弟が幼い頃のことであった。何人かの随従とともにお忍びで街に繰り出し、山登りをする予定となっていたのだが、前日の夕方になって突然雨が降り出したのである。それは夜になっても全くやむ気配がなく、明日を楽しみにしていたマッシュは、宿屋の一室で泣いた。そこへやってきたエドガーは、泣きじゃくる弟を慰めると、提案したのだという。てるてる坊主を作ろう、と。
「そんでもって、作ったはいいが、できたらできたで、また俺が泣き出したんだ」
ロックとティナは互いの顔を見合わせた。問いかけを口にしたのは、少女の方である。
「どうして……?」
「てるてる坊主に、顔がなかったからさ」
自分で描かない限り、普通てるてる坊主に顔はない。それを見た幼い頃のマッシュは、「のっぺらぼうでかわいそうだ」と大泣きしたのだ。すると兄は「大丈夫だよ」と笑って、ふたつのてるてる坊主に、自分と弟の顔を描いてくれたのだという。
「――まあ、本当に小さい頃の話だけどな」
「……顔……」
ティナはてるてる坊主を手にとり、その何もない「顔」をじっと見つめた。
「よかったら、ティナ、この子たちに顔を描いてあげたら?」
ロックがそう言えば、「そいつはいい」とマッシュが頷いた。
二人の青年が連れ立つかたちで部屋を出ていくと、ティナは顔のない人形たちの前で、何やら思案に沈んだ。
どれぐらいしてからだろうか。扉の向こうから、元気な声が聞こえた。
「ティナー、入るよー」
言い終えるのとほぼ同時に入ってきたのは、ティナよりも幼い少女であった。
「あ、リルム」
少女――リルムはとことことテーブルの側にやってくると、ティナの手元を覗き込んだ。
「わぁ、てるてる坊主だ。これ、どうしたの?」
「うん、あのね――」
明日は晴れてほしい、と口にしたら、ロックがてるてる坊主を作ろう、と言ってくれたこと。マッシュが聴かせてくれた、幼い頃の思い出のこと。そして、てるてる坊主に顔を描いてあげたいと思ったこと……途中つっかえたり、考え込んだりしながらも、ティナはこれまでのことを語った。リルムは急かすことなく、じっとその話に聴き入る。
「それでね、顔、描いてあげたいの。でも、どうやって描けばいいのか、よくわからなくて……」
これまで「お絵描き」といったものと縁のない生活を強いられていたティナには、「顔を描く」といっても、正直どうしたらいいのかわからない。
「ティナ、それ貸して」
「リルム?」
「お顔描いてあげる」
翡翠の髪の少女の顔が、ぱっと笑顔になる。
「いいの?」
「うん! 任せといて!」
小さな絵描きは、これまた小さな手で自身の胸を叩いた。
「リルムゥーッ!!」
ロックの声が宿屋中に響きわたる。何事かと部屋から顔を覗かせた、彼らの仲間を含む客たちは、これ以上ないほどに上気した顔で小さな絵描きを追い回す青年の姿を見ることになった。
「何怒ってんのさー!」
リルムは笑いながら逃げ回る。
「何でてるてる坊主に、俺とティナの顔を描いたんだー!」
「本人たちそっくりに描けてるんだから、いいじゃなーい!」
「だから問題だ、って言ってるんだ! あれじゃあ、俺たちだ、って一目瞭然だろうが!」
「てるてる坊主になっても、ティナと一緒にいられるんだよ! 嬉しくないのー?」
ロックは一瞬返答に詰まり、思わず立ち止まった。確かにティナと一緒にいられるのは嬉しいが――と、その間に、リルムは追っ手との距離をあけている。
「――あ!? こら! 待て! リルム!!」
我にかえったように、青年はリルムの追跡を再開する。周囲の部屋からは、仲間たちの笑い声が弾けていた。が、そんな騒ぎも、室内にいるティナの耳にはとどいていない。
「二人で頑張って、明日、晴れにしてね」
翡翠の髪の少女は、軒下につるした「てるてるロック」と「てるてるティナ」を嬉しそうに見上げてささやいた。
――翌日、皆の頭上には、見事なまでの青空がひろがっていた……。
――Fin――
<あとがき>
・少々久しぶりに書きました、FF6創作です。今回はロックとティナだけでなく、マッシュやリルムにも登場してもらいました。口調とかがかなり心配です; 変なところもあるかもしれませんが、それは大目に見て頂けると嬉しいです;
マッシュとエドガーの、てるてる坊主に関する思い出話には苦労しました; 彼らの家は砂漠のど真ん中にあるわけですから、普通に考えれば、てるてる坊主などにはあまり縁がないはずです。そのため出かけ先でのお話、ということにさせてもらいました。
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
2003.8.10 風見野 里久
