周囲を包む夜の帳。大気に満ちるのは、限りない静寂だけ。それを頭上に輝く二つの月と、たくさんの星々が優しく照らしている。地上のある全てのものたちが、静かに静かに夜明けを待っていた……。
岩影に佇む漆黒のゾイド――黒い稲妻として知られる、ライトニングサイクスである。キャノピーが開け放たれており、賞金稼ぎの青年はその姿をさらしていた。両足を無造作にコンソールの上に投げ出している。
ゾイドの姿をした相棒が、低いうなり声を上げる。アーバインは唇を笑みの形に歪めると、足をどけ、コンソールを撫でた。脳裏に描かれるのは、かつての相棒の姿――。
……忘れない。ともに戦い、その姿を誇らしげに見上げたあの時を――。
「……相棒……」
アーバインの呟きは、夜の静寂の中に溶け込んでいった……。
砂の上に寝そべる碧水のコマンドウルフ・フェンリルの横顔に、同色の双眸を持つ青年は寄りかかっていた。目の前にある焚き火を、見るとはなしに見ている。ぼんやりと思うのは、荒ぶる炎の中に散っていった、儚きものたちのこと――。
あれは遠き日のこと――。自分にできるのは、ただ生きることだけ。彼らの想いとともに……。
アゼルは細い両腕で、これまた細い肩を抱き締めた。心配そうに声をかけてくる相棒たちに、小さく微笑む。
「――大丈夫さ。俺、生きてみせるから……」
頬を撫でていく夜風は少し冷たかったが、寄りかかっている機獣の身体は、とても暖かかった。
明かりもついていない暗い室内に、やわらかな金の髪が浮かび上がる。古代ゾイド人の少女は、ベッドには入らず、床に座り込んでいた。傍らでは対存在である、銀色のオーガノイドが眠っている。その姿を真紅の瞳に映し、笑みをこぼす。
思い起こされるは、一面に広がる花畑と青い空。それは記憶――遙かなる記憶。
フィーネは眠っているジークの頭を、そっと撫でた。
「……ねぇ、ジーク。私のお父さんとお母さんは、どんな人だったのかしら……?」
静かな問いかけは、答えを得ることなく、暗闇に呑まれていった。
ディバイソンのコクピットの中で、電子の声を持つ相棒の整備をしていた手が、ふと止まる。翡翠の双眸にちらつくのは、寂しげな光。自分が目指すものを思う。それは、遠すぎる終着点。自分はいまどのあたりにいるのであろうか。
歩くしかない。一生かけても着けるかどうかわからないが、ただ歩くしかない……。
尊敬する兄の背負うものを、ほんの少しでも自分が持てたら――。そのためにも、自分なりのやり方で終着点を目指すしかない。
トーマはビークの端末に触れる。
「――まだ、遠いな……」
自嘲にも似たものが、口元にたたえられた。
格納庫で待機している蒼き機獣を、少年は黒曜石のような双眸に映す。愛機の姿に、白いコマンドウルフのそれが重なって見えた。コロニーを護るために命を落とした、父のゾイドと――。
少しは近づけただろうか。あの頃夢見ていた、理想のゾイド乗りに。あの父に――。
「……父ちゃん、ジーク……」
バンの顔に年齢の割りに大人びた、ほろ苦いものが浮かぶ。もし、父が生きていれば、たくさん教わりたいことがあった。もし、生きていてくれさえいれば……。
グスタフの中に響いていた鼻歌が、ふいに止まった。キャノピーごしに夜空を眺めやる。澄んだ光を注いでくる二つの月は、荒野を行く運び屋にその日の出来事を思い出させた。
この道を進んだことは後悔していない。でも、それでも――。
住む世界の違いから失われていった想いのかけらが、音もたてずに胸に転がり落ちてきた。ムンベイの口から声にならぬ声が滑り出てくる。
「……あいつ、いまごろどうしてるのかしら……」
二つの月は、ただやわらかく光っていた。
……誰もが夜明けを待っている。
安らぎの中にある寂しさを感じながら――。
夜が明け、それぞれの場所から集まってきた仲間たちは、互いの姿を認める。笑顔で挨拶を交わしながら、誰もが思う。
ここが自分の居場所。
どんなに寂しい夜を迎えても、仲間がいる……。
――自分はひとりではない。
―Fin―
<あとがき>
・今回は言い訳のしようがないほど、よくわからない話です。短くひとりひとりを描くことで、
それぞれの背負ったものを表現したかったのですが……(−−;)
バンくんは父親のこと。フィーネちゃんは見知らぬ時代に生きていること。トーマくんはお兄さんとのこと。
アーバインはコマンドウルフのこと。ムンベイはかつての恋人のこと。アゼルは過ぎ去りしの日のこと。
無謀なことをしたと反省しております。書ききれていない部分があるので、またいつか挑戦してみようと思います。
2002.3.23 風見野 里久
