――僕は、あなたの役に立ちたい……。

         あなたの背負うものを、少しでも僕が持てたらいいのに――。





                 想いと決意と落日と……





 カール・リヒテン・シュバルツは、常日頃から激務をこなしている。その彼が、倒れたとの知らせがガーディアン・フォースにとどいたのは、昨日のことだ。一日経った今朝早くに、トーマは兄のいる基地に駆けつけることができた。本当はミーティングがあったのだが、バンたちが「行け」と彼の背を押してくれたのである。
 軍医の話では、ただの過労ということであった。医務室のベッドでカールは眠っていた。目を覚ます気配はない。よほど疲れがたまっていたのだろう。
 すでに太陽は傾き始め、天と地を落日色に染め上げている。トーマはベッドの横にある椅子に座ったまま、彫像のように動かない。
 と、小さく扉を叩く音がした。弾かれたように顔を上げ、「どうぞ」と言うと、静かに扉が開く。扉の向こうから現れたのは、碧水の双眸を持つ青年であった。
「――アゼルさん……!」
 思わず声を上げるトーマに、アゼルは口の前に人差し指を立ててみせる。
「遅くなって、ごめん。カールの様子は?」
 トーマは自分たちに背を向けて眠る兄を一瞥し、うつむく。
「まだ……眠ったままで……」
「――そっか……」
 アゼルはトーマの肩に手をおき、顔を上げさせた。自分を見やってくる少年に、にっこりと笑ってみせる。
「大丈夫だよ、カールなら」
 民間協力者の青年の笑顔に多少安心したのか、トーマの口元に微笑が浮かぶ。と、彼は医務室の片隅におかれていた椅子を持ってくると、自分の使っていたそれの隣においた。
 小さく礼を言って、アゼルは椅子に腰を下ろした。トーマもそれに倣う。椅子に座ると、二人は示し合わせたかのように黙った。沈黙の精霊が、室内に舞い降りたかのようだ。
「――僕って、役立たずですね……」
 永遠とも思える沈黙を先に破ったのは、トーマの方であった。アゼルは、無言で幼なじみの若々しい横顔を瞳に映す。
「……兄さんの苦労を、背負うものを、少しでも僕が持つことができれば――支えになれたら、って、ずっと思っていました……でも、実際は――」
 自分には兄の重荷を一緒に背負えるほどの力はない。任務中の負傷などで、兄をいつも心配させている自分は、役に立つどころか迷惑な存在ではないだろうか。
 アゼルは、自嘲の笑みを口元にたたえる少年から視線をはずすと、言葉を紡ぐ。
「――トーマ……誰かの役に立つ、支えになる、ということは、何らかの行動で示さなければならないものなのかな……?」
「え……?」
 今度はトーマが幼なじみの青年の横顔を見やる番であった。虚空を見やる青年の碧水の双眸に、物静かな色が浮かんでいる。
「誰かの役に立つ、支えになる、ということは、その人の傍にいることだと、俺は思う。物理的な『傍』にだけではなく、精神的な『傍』にもね。自分のことを想ってくれる存在が傍にいると思えば、背負っているものの重さを、ほんの短い間だけかもしれないけれど、忘れられるんじゃないかな」
 そこで言葉をきると、アゼルは翡翠の双眸に映る自身の姿を見つめる。
「でも、大切に想う気持ちが強いほど、心の弱い部分の声がはっきりと聞こえてくる。本当は自分なんかが傍にいてはダメなんじゃないか、とか、自分じゃ何の力にもなれないんじゃないか、という声が……」 
「――!?」
 少年はハッとしたような表情になる。
 窓から差し込んでくる陽の光が、トーマの翡翠の双眸を落日色に染める。トーマの口から、決意を含んだ声が滑り出た。
「アゼルさん……ありがとうございます。僕、強くなります。心の弱い部分に負けないくらい、強くなってみせます。それがきっと、兄さんの役に立つことに繋がるはずだから――」 
 そう言って微笑むと、トーマは立ち上がった。すっかりいつもの調子を取り戻した様子で言う。
「何か飲み物でも買ってきますね。ここをお願いします。あぁ、アイスコーヒーでいいですか?」
「ああ、ありがとう、ごめんね」
「いいえ、気にしないで下さい」
 トーマが出ていくと、室内に再び沈黙が訪れる。視線を扉に向けたまま、アゼルは言葉を紡いだ。
「――いい子だね、トーマは」
「まあな……」
 声はベッドの方からした。いままでトーマとアゼルに背を向けていた、青年将校の身体が動く。民間協力者の青年は気づいていたのか、特に驚いた様子はない。
「ほとんど最初から聴いていたんだろう?」
 ばれていたか、という言葉を笑みにのせ、カールは髪をかき上げる。
「すまない。とても会話に入っていけるような雰囲気ではなかったのでな」
「謝らなくてもいいさ」
 カールは自分のおかれた状況を問うた。アゼルの口から「過労」という言葉が出てくると、青年将校は何とも言えない表情をつくる。
 アゼルはため息をついた。この青年には珍しく、少し怒ったような顔をする。
「全く、もっと自分の身体を大事にしてもらいたいね。人なんて、しぶとい時はしぶといくせして、死ぬ時はあっさり死んでしまうんだから。ただの過労とはいえ、馬鹿にできないんだよ――心配したんだから、トーマも、俺も、みんな……」
「悪かった。これからは気をつけるよ」
「そうしてくれ。もう、トーマにあんな思い詰めたことを言わせては、ダメだ」
 そこでカールは表情を改めた。
「トーマのことも含めて、お前には感謝している、アゼル」
「気にしなくていいよ。俺たちは他人じゃない。それに、俺はただ『経験者』として、言わせてもらっただけさ」
 幼くして逝った弟を想いつつ、アゼルは言った。自分の支えになりたい、と言って、精一杯背伸びをしていた少年――彼はきっと知らなかっただろう。その存在と想いこそが、自分の力になっていたということを――。
「――アゼル……」
 友人がいま誰を想っているか、カールは正確に理解していた。気遣うような彼の視線を受けて、アゼルは微かに笑った。
「カール、俺の二の舞なんて、御免だからな」
「――ああ……もっと強くならなければな、俺たち自身も」
 カールとアゼルは翡翠と碧水の輝きを、それぞれの想いを込めて交錯させる。「兄」という立場にある二人の青年は、落日色に全身を染めながら、笑みをかわしあうのであった。



                       ―Fin―



 <あとがき>

・今回のお話は、「夜明けに待つものは――」の後の出来事です。このところ暗い話ばかり書いてて、すみません;
 たまにはゾイド戦でも書こうとは思うのですが、なかなか話がまとまらなくて(ーー;)
 最近どうもアゼルがカウンセラーになりつつあるように思います; アゼルは二十四歳のくせに、経験が豊富なので、
 こういう役回りはぴったりなんです。誰か落ち込んでいる人がいれば、「アゼルに任せよう」とすぐに思ってしまいます(^−^;)
 ごめん、アゼル、次はフェンリルに乗って頑張ってもらうからね;


                                     2002.4.10     風見野 里久