さわやかな朝だった。暁の大気は心地よい涼気を帯びている。人も動物も皆、気持ちのよい目覚めを迎えられそうである。が、不快な目覚めを迎える者がいないわけではない。この日のバン・フライハイトがそうだった。
「救国の英雄」と称えられる少年だが、やはり人であるからには、風邪のひとつもひく。目覚めるなり頭がどこぞの鐘よろしくガンガンする。身体は火がついたように熱いし、息苦しい。咽喉がひりつき、声もまともに出ない。
朝のミーティングの時間になっても現れないバンを心配したフィーネによって、彼が風邪をひいたことが他の面々にも知らされた。室内が見舞いに訪れた彼らで一杯になるのに、そう時間はかからなかった。が、何故かフィーネとジークの姿はなく、その代わり、とでもいうようにシュバルツの姿がある。おそらくトーマが知らせたのだろう。
「大丈夫かい? バン?」
碧水の双眸に心配の色を浮かべた青年――アゼルが、ベッドの中で荒い息をしている少年の顔を覗き込んだ。
「……ああ、何とかな……」
と、自分では答えたつもりだったが、やはり声はでていなかったようだ。仕方なく小さく頷いてみせれば、アゼルは慈しむような表情で髪を撫でてくれる。男性にしては白く細い手だったが、冷たく、ほてった顔には気持ちよかった。
「しっかし、何とかは風邪ひかねぇって言うけどなぁー」
賞金稼ぎの青年がいつもと変わらぬ口調で言った。
(うるせぇー)
声なき声でバンは言い返した。もっと言ってやりたいことはあるのだが、あいにくとそんな気力もない。
「ちょっと、アーバイン、少しは労ってやんなさいよ!」
黒髪の少年の額に濡れたタオルをおきながら、ムンベイが柳眉を逆立てた。バンは少し意外だった。彼女もアーバインと一緒になってからかってくるかと思っていたのだ。
「労れ、って、言われてもよぉ」
アーバインは何ともいえない表情で頭を掻いた。
(みんな、声が頭に響くから、もう少し小さな声で喋ってくれ!!)
押し寄せてくる頭痛の嵐と戦いながら、バンはそう言いたかった。が、口をついてでるのは声ではなく、荒い息でしかない。どうしたものか、と思っていると、アゼルと目があった。ダメで元々、とバンは目で彼に訴えた。
すると、どうやら伝わったらしい。アゼルは声をひそめて、一同に言った。
「みんな、頭痛がひどいから、もう少し声の音量をおとしてくれ、だって」
ムンベイとアーバインが思わず片手を口にあて、バンに向けもう片方の手をあげた。「すまない」ということなのだろう。バンは「ありがとな」と笑ってやりたかったが、それもできなかった。
そんなバンを見て、トーマは小声で言った。
「まったく、調子が悪いのなら、早く言えばいいものを……」
「何でこんなになるまで黙ってた」と、口にこそしなかったが、彼の翡翠の瞳がそう語っていた。
(仕方ないだろう。たいしたことはない、って、思ってたんだから)
シュバルツが苦笑混じりに弟をなだめた。
「まあ、そう言うな、トーマ」
そこで言葉をきり、黒髪の少年の方を見やる。ひそめられた声は、意外なほど優しかった。
「バン、いい機会だから、ゆっくり休むことだ。任務のことは気にしなくていい」
バンが何とか頷いてみせると、シュバルツは微笑した。と、気がついたように周囲に視線を走らせる。
「ところで、フィーネとジークはどこに行ったのだ?」
それはバンも気になっていたことだ。皆を呼びにいってから、彼女たちは一度もこの部屋に訪れてはいない。この時、何故かバンは背に悪寒が走るのを感じた。
そういえば、とばかりに民間協力者三人が顔を見合わせる。シュバルツの問いに答えたのは、彼の弟だった。
「フィーネさんたちなら、街に行ってます」
「街? 何をしにだ?」
と、これはアーバインだ。
「買い物だ。『バンのために何か作ってあげるんだ』と言っていた」
――瞬間、空気が帯電した。
『フィ……!?』
トーマ以外の者たちの顔に、戦慄にも似たものが走った。「フィーネが料理を!?」と言おうとして開かれた五人の口は、中途半端な言葉を発して固まった。
不思議そうにトーマがまばたきする。自分はそんなに変なことを言っただろうか。
純粋にあの少女に恋する少年にはわからないようだが、フィーネの料理にはひとつだけ欠点があった。たったひとつではあるが、それが最も重大なものであった。塩である。フィーネには少々かわった好みがあり、コーヒーやら何やらに塩をいれる、あるいは、かけるのを好むのだ。それも半端な量ではない。周りの者から見れば、「何故あれで塩分の過剰摂取にならんのだ」と首を傾げるほどの量なのだ。
「……誰か、フィーネを止めろ………」
顔色を死者のそれにかえて、バンは胸中で呟いた。
真っ先に我にかえったシュバルツが、固まっていた口を動かす。
「フィーネを止めなければ……!!」
「あ、あああ、あたしが行ってくる!!」
「あ、俺も行くよ!!」
弾かれたようにムンベイが動き、アゼルがそれに続こうとした。扉にむかいかけ、何を思ったのか、ベッドの傍に戻ってくる。
「バン、頑張るんだよ」
「最後まで希望を捨てるんじゃないわよ!」
いまにも死にそうな病人に対するかのようにバンを励ますと、アゼルとムンベイは部屋を出ていく。
「バンは別に、危篤、っていうわけじゃねぇんだがなぁ………」
慌ただしく出撃していく碧水のコマンドウルフを、窓ごしに見送りつつ、アーバインが独語した。
わけがわからない、とでもいうように自分の顔を見やってくるトーマに、シュバルツは深い深いため息を送ったのだった。
街の外にフェンリルを待たせ、二人の民間協力者は少女とオーガノイドを捜し求めた。ほどなくムンベイとアゼルは、目的の人物をみつけることができた。
金髪に真紅の双眸を持つ少女は、銀色のオーガノイドと連れだって、市場で食材を買い集めている。
その様子を物陰から見やり、ムンベイが呟く。
「どうやら、間に合ったみたいね」
「……ねぇ、ムンベイ……」
「ん? 何?」
「本当に、止めるのかい?」
ムンベイは驚いたようにアゼルの顔を見直した。
「何言ってんのよ? そのためにここまできたんじゃない」
「そうだけど……」
困惑したように、アゼルはフィーネに碧水の瞳を向けた。彼の視線を追って、ムンベイもそちらを見やる。そして、理解した。何故この青年が困惑しているのかを。
フィーネはあふれかえっている色とりどりの食材を、ひとつひとつ見やり、少女らしい笑みを浮かべた。そうかと思えば、真紅の瞳を心配の色に染め、空を仰ぐ。祈りを捧げるように、両眼を閉ざした後、買い物を再開する。フィーネはそんな動作を繰り返していた。少女らしい笑みに、バンを喜ばせてあげたい、という想いが。空を仰ぐその動きに、バンを心配する気持ちが。フィーネの動作からは、それらが伝わってくる。
「………確かに、これは止められない、か……」
ムンベイが口元に微笑をたたえた。アゼルの方を見やれば、彼も同じように微笑んでいる。
「それじゃあ、どうする? 止めるのが無理なら………」
「手伝い、と称して調理に加わって、塩加減をどうにかしようよ」
「そうね。それがいいわね」
二人は頷きあうと、物陰から出ていく。
「フィーネ!」
ムンベイの呼びかけに、少女が金色の髪を揺らして振り返った。
「ムンベイ! アゼルさん! どうして、ここに?」
「え、えっとね……」
「バンのために何か作ってあげるんでしょう? 俺たちにも、手伝わせてよ」
言葉に詰まったムンベイのかわりに、アゼルが言った。
フィーネの表情が輝く。
「本当ですか!? よかった、正直一人じゃ心配だったんです!!」
嬉しそうに笑うと、少女はムンベイの手をとり、さっそく料理の材料について質問し始める。
その様子をにこやかに見ていたアゼルの横に、ジークが立つ。その手には手提げ袋があった。何気なくそれの中に視線を落としたアゼルの表情が動く。あまり物事に動じない、といわれている青年にしては珍しい。が、無理もないことだった。手提げ袋の中には、白い粉のようなものが入った、大きな袋があったのだ。それが塩であることは疑いようがない。しかし、何を作ればこんなにもたくさんの塩がいるのだろうか。
まさかこの塩全部使う気なのか……!?
「アゼルさぁーん!! お料理上手でしたよね、教えてほしいことがあるんです!!」
怖い考えにふけっていたアゼルを、フィーネが手招きする。
「あ、うん、いま行くよ!」
アゼルは何事もなかったように、にっこり笑うと歩き出した。見た者の気持ちを穏やかにさせるような笑顔の下で、並々ならぬ覚悟を決めながら。
頭痛と戦い続け、いつしか意識を手放していたバンが目を覚ました時、外はもう真っ暗だった。天空高くから、ふたつの月がやわらかい光で地上を照らしている。室内には誰もいなかったが、電気はつけられていた。
そういえば、あの後何がどうなったのだろうか。ムンベイたちが出ていった後のことは、ほとんど覚えていない。
扉が開く音がした。
「バン、起きてる?」
ささやかれた声は、バンのよく知る少女のものだった。バンは起きていることを示すため、軽く手を上に伸ばした。
「お腹空いてない?」
フィーネはベッドの側にやってくる。その手には湯気のたちのぼる皿をのせたトレイがあった。上体を起こしたバンの前に、それはおかれる。野菜と一口サイズにまるめた肉ダンゴを一緒に煮込み、塩と胡椒で味をととのえたスープである。
「これ……フィーネが……?」
言ってから、バンは驚いた。声が出る。多少かすれてはいたが、充分聞き取れるものだ。そういえば、頭痛も多少よくなっているような気がする。
少女は照れたような表情で頷いてみせる。
ムンベイたちは結局フィーネを止められなかったようだ。しょうがないか、とバンは思う。目の前にいる少女の様子を見たら、止める気など失せてしまうのだろう。数時間前にアゼルとムンベイが感じたことを、バンも感じていた。匙をとり、スープを口に運ぶ。
フィーネが真紅の双眸に緊張の光を宿らせ、その様子をじっと見つめる。
「………うまい……うまいよ、これ!!」
バンは思わず声を上げていた。正直意外だった。きっと凄い量の塩が入っていると思っていたが、そうではなかった。塩加減はごく普通で、本当においしかった。
フィーネは笑顔を全開にする。
「本当!? よかった!!」
夢中で匙を動かしていたバンだったが、ふと手を止め、フィーネを見やる。
「ありがとな、フィーネ」
少女を嬉しそうに頷かせた後、少年はスープをたいらげ、満足げに眠りにつくのだった。
翌朝、気持ちのよい朝をバンは迎えることができた。頭痛も消え、声も普通にでる。上機嫌でミーティングに出ようと、定められた部屋に行く。が、室内には誰もいなかった。バンは小首を傾げて時計を見やる。時間はあっている。いつもなら誰かしらきているはずだ。
そこへジークがやってきた。皆のことを訊いてみれば、フィーネは疲れ果ててまだ眠っている、という答えが返ってくる。が、そのほかの者のことは知らないという。
どうしたのだろうか、と首を傾げていると、再び扉が開いた。
「あれ? シュバルツ? どうしてここに?」
入ってきたのはシュバルツであった。バンにとって彼が入ってきたことは意外だったが、彼にとってもここにバンがいることは、意外だったようだ。
「バン、体調はもういいのか?」
「あ、ああ、もう平気だ。で、何でここに?」
「……様子を見にきたのだが、やはりダメなようだな」
シュバルツはため息混じりに呟いた。
「救国の英雄」はオーガノイドの姿をした相棒と顔を見合わせると、眉をひそめて問うた。
「ダメ、って、何が?」
「……それは後で説明しよう。一緒にくるか?」
「あ、ああ」
状況が理解できないまま、バンとジークは首を縦に振った。
バンたちは、シュバルツに導かれるままトーマのあてがわれた部屋にやってきた。シュバルツが扉をノックする。が、返事がない。
「トーマ?」
シュバルツの背後から、バンがいぶかしげに呼びかけた。
………………
しかし、返ってくるのは果てしない沈黙だけだ。
若き大佐はため息をつくと、ノブに手をかけた。扉には鍵がかかっておらず、音もなく開くと、三人を迎え入れる。それがバンの表情を少々険しくさせた。彼らガーディアン・フォースには、敵対者が多い。帝国・共和国の枠を越えて自由に活動する上、特殊権限を持つ彼らは、よからぬことを考えている者たちにとっては、邪魔な存在なのだ。故にガーディアン・フォースを障害とみなし、命を狙う輩はあとを絶たない。鍵をかけないというのは、不用心ではないだろうか。それとも、鍵をかけたくても、かけられないような状態なのだろうか。
室内に入ったバンは、後者であることを知った。
トーマはベッドでうずくまるように寝ていた。
「ト、トーマッ!? どうしたんだよ!?」
バンは慌ててベッドに駆け寄った。トーマは蒼白になった顔をバンに向ける。
「………バ、バンか……お前、風邪は………もういいのか……?」
「ああ、治ったよ!! それより、お前の方は!? 一体どうしたんだ!?」
トーマはその問いには答えず、兄の方を見やった。
「……おはようございます、兄さん………御覧のとおりの状況でして……き、今日の……任務は………」
「そんなもの忘れろ。ご苦労だったな」
シュバルツはバンの隣に立ち、優しく言った。そして弟の髪をそっと撫でてやる。
「……す……すみません………バン……後は……」
「お、おい!? 何を縁起でもねぇこと言ってるんだよ!?」
「………後は……頼んだぞ………」
まるで遺言のように、辛うじてそう言い終えると、トーマは意識を手放した。
「トーマァァッ!!」
バンは思わず叫んだ。彼は隣に立つシュバルツを見上げ、「どういうことなんだよ」と尋ねようとした。が、シュバルツは片手をあげてそれを制する。
「行こう、バン」
短く言うと、シュバルツは軍帽を目深にかぶり直し、部屋を出ていく。バンとジークも後ろ髪を引かれる思いで、後を追った。
アーバイン、ムンベイと部屋を訪ねたが、何度かのノックに、彼らは反応を示さなかった。それをシュバルツは、トーマと同じ状況と判断した。
「なあ、シュバルツ! いい加減教えてくれよ!! 何があったんだ!? みんな一体どうしちまったんだよぉ!?」
「……すまない、バン。もう少しだけ待ってくれ」
シュバルツの足が止まる。そこはアゼルの部屋であった。扉をノックし、幼なじみの名を呼ぶ。
しばらくの沈黙の後、扉が開いた。アゼルは動けるのか、と安堵しかけたバンの表情が凍り付いた。中から現れた民間協力者の青年が、昏倒寸前のように見えたからだ。
「………やあ、おはよう………バン、風邪はもういいのかい?」
青ざめた顔と覇気のない声でアゼルは訊いた。具合の悪さはトーマと同等のようだが、精神力でそれを抑えているようだ。
黒髪の少年は、いささか大げさではないか、と思えるほど首を何度も縦に振る。
「ああ! 治ったさ!! もう大丈夫!!」
「そう……よかった………」
「アゼル!?」
安堵の吐息とともに、アゼルの細く華奢な身体が揺らいだ。限界がきたらしい。一歩踏み出したシュバルツが、友人の身体を抱きとめる。
「無理をするな、アゼル」
「ありがとう……ごめん、カール………」
三人は部屋に入ると、まずアゼルをベッドに寝かせた。バンとシュバルツは、近くの椅子に座る。横になったことで多少楽になったのか、青年は客人たちに微笑をむけた。消えそうなほど弱々しい笑みだったが。
「ありがとう、三人とも……」
「気にするな。それよりも、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「……お世辞にも、大丈夫とは言えないね……」
「あのさ、話し中悪いんだけど、そろそろ教えてくれよ。一体何があって、みんながこんなになっているんだ?」
「話してなかったのか」という言葉を視線に込めて、アゼルは幼なじみを見やった。それを受けてシュバルツは頷く。
「ああ、皆の様子を見てからの方がいいと思ったのでな」
そこで言葉をきると、シュバルツは軍帽を脱ぎ、バンを見やる。
「バン、昨晩、フィーネがスープを持っていかなかったか?」
シュバルツの問うていることは、いまの事態には関係ないもののように、バンには思えた。が、彼は黙って頷いてみせる。
「味はどうだった?」
「うまかったぜ。俺、実はもの凄くしょっぱいと思ってたけど、そんなことなかったし」
バンの答えに何故かアゼルが笑みを深くし、シュバルツは満足げな表情をつくる。青年将校は、素知らぬ顔で軍帽を軽く弄ぶ。
「あそこまでいくのには、大分苦労してね」
そこでバンは「あっ」と声を上げていた。「わかったようだな」とシュバルツは小さく笑う。
「まさか……まさか、みんなが実験台に!?」
『ご名答』
笑みを含んだ二人の年長者の声が重なった。バンは全身から力が抜けるのを感じた。
トーマやアゼルが何故こうまで衰弱しているのか、アーバインやムンベイが何故姿をみせないのか、それらの理由がいまようやくわかった。皆フィーネの手料理を食べたことによって、塩分を多量摂取。胃を中心とした身体に甚大な被害を被った上、栄養バランスを著しく崩しているのである。
当初アゼルとムンベイは、調理に加わって塩加減をどうにかするつもりだった。しかし作業にとりかかる直前になって、フィーネが言ったのだ。一人でやらせてほしい、と。真紅の双眸に真剣な光を灯して言われ、二人は計画を断念した。ここで無理を言って調理に加われば、おいしい料理ができ、バンは満足するかもしれない。しかし、少女の気持ちを満足させることはできないだろう。そう思ったのだ。
試食は皆で交代で行った。トーマは勿論、アーバインもつきあってくれた。何だかんだと言って、皆バンのことが心配だったのだ。彼を心配する気持ちが、少々不器用なかたちであらわれたのが、昨夜バンの食べたスープであり、今朝の状況だ。
「シュバルツもつきあってくれたのか?」
「ああ、といっても、私は会議があってので、食べたのはほとんど完成品だ」
だからシュバルツは元気なのか。納得したバンは、申し訳なさそうに俯く。
「すまねぇ……俺、ちっとも知らなかった」
「……そんな顔しないで、バン」
アゼルの弱々しくも、優しい声が少年の顔を上げさせた。黒い瞳に映った碧水のそれも、
優しい光をたたえている。
「これは、俺たちが、バンに元気になってほしい、いつものように明るく笑ってほしい……そう願っての行動の結果なんだよ。だからそんな顔しないで、ね、バン」
シュバルツがバンの額を軽く小突いた。珍しくいたずらっぽいものが、口元にひらめいた。
「お前がそんな顔をしていては、トーマたちが報われないぞ」
「う、うん……ごめんな、それから、ありがとう! アゼル! シュバルツ! 今日は俺が頑張るからな!!」」
バンは目元を手の甲で拭うと、勢いよく立ち上がり、ジークとともに扉の向こうに消えた。
残った二人の青年は、微笑を交わし合った。
「……どうやら、お前たちの行動は、報われたようだな」
「そのようだね」
「しかし……こんなことでガーディアン・フォースが壊滅寸前になるとはな」
「いいんじゃないかな……平和的で。誰かの……『死』というかたちで壊滅するよりは、辛くともこの方がはるかにましだよ」
「全くだ……今日はゆっくり休んでくれ、アゼル」
「ああ……悪いが……そうさせてもらうよ……」
碧水の双眸を閉ざし、アゼルは闇に意識を委ねた。バンの手前、と無理をしていたのが、シュバルツにはよくわかる。
「………お前という奴は……」
自分のことよりも相手のことを気遣うとは。もう少し自分の身体も大事にしてほしいものだ。だが、それが友人の美点のひとつであることを、シュバルツは知っている。彼やアーバインたちがガーディアン・フォースでよかった、と感じるのはこんな時だ。もっとも、こんなことを口にすれば、自分はガーディアンになったつもりはない、と彼らは言うだろうが。青年将校は微苦笑すると、音もたてずに廊下へと出る。軍帽をかぶりながら、空を眺めた。
「今日もいい天気だな………」
雲ひとつない、青い蒼い空が、限りなくひろがっている………。
トーマたちが復帰したのは、この二日後のことである。
「一体ガーディアン・フォースに何があったのだろうか」
と、事情を知らない者たちは皆首を傾げた。極秘任務中に負傷したとも、どこぞの地に遠征中だったとも、いろいろな噂がとびかった。が、当人たちは真実を黙して語ろうとはしなかった。
全ての事情を知る者たちは、この件を次のように呼ぶのである。
「英雄たちの災難」と。
―Fin―
<あとがき>
・たまにはギャグっぽいものを、と思い、書いてみました(^−^;) 正直書いてて楽しかったです。
まあ、トーマくんたちはちっとも楽しくなかったでしょうが。今回はバンくんが中心となりました。
そのつもりがなくてもフィーネちゃんと仲良くなってしまうのは、どうしてでしょうね(−−;)
それにしても惑星Ziのお料理はどうなっているのでしょう? わからなかったので、勝手につくりましたが、
皆さん何食べてるんでしょう? コーヒーはよくでてくるんですけどね。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
2001.11.16 風見野 里久
