小さな未来の欠片
頭上から降り注ぐ白き光が、地上を照らす。地にはいくつもの水たまりがあり、雨があがったばかりであることを知らせている。青と白の欠片を映していたそこに、葉の上にあった水の玉が飛び込み、波紋を呼んだ。
数十にも及ぶ金属生命体たちが、雨に洗われた姿を大地に横たえている。その身体から薄くたなびく煙や、時折飛び散る火花が、その場所で戦闘があったことを告げていた。
雨の匂いを含んだ風を受けながら、激戦をくぐり抜けた機獣たちが身体を休めている。その傍には彼らの相棒の姿もあった。
黒髪の少年――バンが、眩しげに空を見上げた。視線こそ頭上に向けられていたが、手は蒼き機獣の頭部を労うように撫でている。
「……雨あがりの空って、気持ちがいいよなぁ」
「本当ね……」
風になびく金色の髪を押さえ、フィーネが言った。少女の傍らにいるジークも、バンに倣うように空を仰いでいる。
共和国の名をかたり、国境付近を荒らし回っている集団の討伐――それが今回の任務であった。そこで運び屋であるムンベイが囮役を買って出、国境を巡回し始めたのが二日前。三日目にして、目的の集団は誘い出されてきたのである。
負傷させてしまったゾイドたちの様子を見て回っていた民間協力者の三人と、任務完了の報告をしていたトーマが、連れ立つかたちでブレードライガーの方へとやってくる。
「大丈夫、どの子も自己修復で何とかなりそうだよ」
誰よりも嬉しそうな様子で、アゼルが言った。ゾイドを悪用する者たちに容赦はしないが、悪用されたゾイドたちには限りなく優しいのが、この青年である。そんな彼の様子に、バンも何だか嬉しくなって、頷いてみせた。
「しかし、こうも戦闘があると、何だか人って奴は争い好きなんだな、とか思うよな」
横たわるゾイドたちを眺めやり、賞金稼ぎの青年が誰にとでもなく呟いた。が、その呟きは、他の者たちに目に見えぬ重い雫となって降りかかった。
戦争は集結したとはいえ、まだまだ人々の記憶に新しい。両国の間にある確執も、完全に消えたとは言い難い。ちょっとしたことがきっかけで、傷口が開き、怒りや憎悪といった感情が噴き出すことだってある。それはわかっていた。ゆっくりと時間をかけて、消化していけばいいと思っていた。
だが、故意に争い事を起こし、完璧ではないにしろ、やっと築かれた平和を壊そうとする輩がいる。それは悲しいことであると同時に、一抹の不安も呼び込む。人は本当に平和を望んでいたのか、という不安だ。
「確かに、こう戦闘ばかりあるとな……」
トーマの口元に、苦みを含んだ笑みが浮かんだ。それはバンも同様だ。若いながらも、ガーディアン・フォースとして、日々活動を続けている彼らだからこそ、突きつけられる現実に、一番不安を覚えているのだろう。
「一体何がいいっていうのかしらね。戦いなんかしたって、誰かが傷ついて、死んで、それで泣く人が増えるだけじゃない」
ムンベイが、まるで目に見えぬ誰かを責めるように言葉を紡いだ。そこで彼女は、気づいたようにバンたちを見やった。
「あ、別にあんたたちのことを言っているんじゃないからね」
黒髪の少年は、わかっている、とばかりに笑う。黒い宝石のような瞳が、空を仰ぎ見た。
「――でも……俺たちが戦うことは、世の中が平和じゃない、ってことの証明のような気がする……」
「――バン……」
真紅の双眸を悲しげに揺らし、フィーネはバンの腕に身体を寄せる。白銀のオーガノイドもまた、彼らの雰囲気を感じとってか、長い首を少々下に傾けた。
少し湿った風を頬に受けつつ、ずっと沈黙していたアゼルが口を開く。
「――たとえ誰かを悲しませることになっても、戦って、貫きとおしたい信念や想いがある者も、中にはいる……どっちかっていうと、俺たちもそんな感じじゃないかな?」
――平和を望むものたちの生活を、そのささやかな幸せを、そして笑顔を護りたい。
それが人であれ、ゾイドであれ。
大切なことを思い出したような気持ちで、一同は互いの色彩豊かな双眸を見交わした。微笑がそれぞれの口元に浮かぶ。
「……そうだよな。俺たちの戦いは、ただの戦いじゃないよな」
バンは気をとり直したように言った。彼らしい笑顔が戻ったことに、皆が内心で安堵する。
そろそろいこうか、とバンは足を踏み出す。すると真紅の双眸を持つ少女が、何かに気がついたような顔をし、彼の身体を押した。
「ダメ! バン!」
「え? うわっ!?」
いきなりのことに黒髪の少年は、まともに体勢を崩した。水たまりに飛び込みそうになった身体を、アゼルが間一髪支える。
「大丈夫かい? バン?」
「ああ、平気、ありがとな。って、どうしたんだよ? フィーネ? いきなり押したりしたら、危ないだろ」
「ごめんなさい。だって……」
そう言って、フィーネは視線を大地へと落とした。皆の色彩豊かな双眸が、彼女の視線を追って地面へと向けられる。
そこにあったのは、小さな木の芽――。
戦場のあとに生まれたばかりの、小さな小さな命。
「あんなに激しい戦闘があったというのに……」
トーマの声には、少なからずの感嘆が滲み出ている。
「未来」という言葉を絵にするのなら、瞳に映るこの木の芽こそが、ふさわしいのかもしれない。
「騒がせて悪かったな。大きく、それでいて立派な木になれよ」
黒髪の少年は、そうささやきかけると、芽を避けて歩き始めた。他の者もそれに倣う。そんな相棒たちを迎えるように、機獣たちが高らかに咆哮した。
――雨に濡れた小さな命は、鮮やかな緑色の光を弾いていた……。
――Fin――
<あとがき>
・久々に書き上げたゾイド小説です。本当は書きたい話がもっとたくさんあるのですが、生産能力が追いつかないもので……;
いつの世にも、争いごとが絶えないというのは、悲しいことです。ですが、生きていくこと自体が、すでに戦いですから、全く争いのない世界というのは、無理なのかもしれません。今回のお話は、風見野自身の考えを、バンくんたちの台詞に大きく反映させてみました。自分の考えが正しいかどうかは、わかりません。ですが、バンくんたちの戦いと、ただ誰かを傷つけ、破壊するだけのそれは決して違うものだと、思いたいです。
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
2003.5.24 風見野 里久