格納庫の中で、蒼き獅子は傷ついた身体を横たわらせていた。その傍らにはバンの姿もある。険しい表情で相棒を見上げたまま、微動だにしない。
それは盗賊団との戦闘中、一瞬の隙をつかれて起きた。その一撃はコクピットを直撃するはずであった。が、着弾する瞬間、ブレードライガーは自身の意志で身体を捻らせ、コクピットをかばったのである。結果、バンは無傷ですんだが、ブレードライガーはかなりの深手を負ってしまったのだ。
「……すまない、ライガー……!!」
黒髪の少年は拳を震わせた。大切な相棒を傷つけられたことに対する怒りと憎悪が、少年の中で荒れ狂う。
と、格納庫の扉が開く。
「誰だっ!?」
「………すまない、驚かしたか……?」
「……トーマか」
やってきた友人に、バンは安堵とともに軽く視線を送る。トーマは気遣わしげにバンを見やると、穏やかな声を発した。
「――ライガーは俺が診るから、少し休んだらどうだ?」
「俺のせいでライガーがこんなになったのに、休めるわけないだろ」
不機嫌な口調でそう言うと、バンはトーマから視線をはずした。やれやれ、とばかりにトーマは吐息をつく。
「フィーネさんやジークも心配しておられた。ライガーを気遣うのはいいが、それでお前が倒れでもしたら、何のためにライガーが自分の身を盾にしたのかわからないぞ」
バンはハッとしたようにトーマを見やった。彼の周囲の張りつめた空気が、わずかだが和らぐ。
「そう……だな。悪い、トーマ。ライガーを頼む」
「任せておけ」
トーマが笑ってみせると、つられたのか、バンもようやく笑ってみせた。「何かあったら呼んでくれ」という言葉を残し、黒髪の少年は格納庫を出ていく。その背を、トーマは心配そうに見送った。この時、蒼き獅子が小さく小さく鳴声を上げたことに、彼は気づかなかった。
基地の裏手には、小さいながらも泉があった。休憩時間などは兵士たち憩いの場になっているという。時間的にいまは誰もいないはずである。が、この時、そこにはひとりの青年の姿があった。草地に寝転び、空を眺めていた彼だったが、気配に気づいて上体を起こした。碧水の瞳に黒髪の友人の姿が映る。
「やあ、バン。お先に失礼しているよ」
「アゼル……お前もきてたのか」
「風が気持ちよかったから」
民間協力者の青年は、にっこりと笑ってみせる。バンは自分の中にあった、もやもやとした気持ちが晴れていくのを感じた。アゼルの隣に腰を下ろす。すると碧水の双眸を持つ青年は再び草の上に身体を投げ出した。
沈黙が舞い降りる。ブレードライガーのことは、戦闘に参加していたアゼルも当然知っている。が、彼は何も言わない。ひょっとしたら、バンに気を遣っているのかもしれない。しばらくの間、音といえば、風と風にそよぐ草木のそれぐらいであった。
「………アゼルってさぁ……」
いくつかの雲が二対の視線の先を通過した時、バンが口を開いた。
「どうして、いつも笑ってられるんだ?」
「…………」
碧水の双眸を持つ青年はゆっくりと上体を起こすと、無言でバンを見つめた。
バンは慌てて両の手を振った。
「あ!? 悪い! 気にさわったなら、謝る。ごめん! ただ……その……アゼルの笑顔を見たら、何か穏やかな気持ちになれたんだ。トーマやシュバルツが、アゼルの笑顔が好きだ、っていうのも、わかる気がする……」
言葉を紡ぎながら、自分は何を言っているのだろうか、とバンは内心で混乱していた。自身の気持ちを落ち着けるように、バンはアゼルから泉へと視線を移す。穏やかな水面は空を映す鏡となり、鮮やかな青色に染まっている。
「……さっき、ここにくるまでの間、何人かとすれ違ったんだ。そうしたら、みんな、怯えたように俺の顔を見てきてさ。不思議に思って、鏡を見たら、俺、もの凄くおっかねぇ顔をしてた。俺って、こんな奴だったんだ、と思ったな……」
少し強めの風が、二人の間を駆け抜けていく。頭髪が揺れるに任せながら、アゼルは優しい表情と声で言葉を紡ぎ始めた。
「――自分の感情を完全に制御できる者なんて、そうそういないよ。特に怒りや憎しみといった感情はね。俺がそのことを思い知ったのは、キミよりも若い頃だったな……」
当時、アゼルは帝都からの目がとどきにくい、辺境の村に住んでいた。村の者は皆優しく、裕福ではなかったが、まずまず幸せであった。そんなある日、盗賊が村を襲ったのである。最初の攻撃で、ひとつの家族全員が還らぬ人となった……。
「俺の中で何かが弾けてしまったんだろうね。怒りと憎しみで暴走した俺は――奴らを狩った。戦意を失った者まで構わずに……」
「……!?」
「俺の暴走は、ある人のおかげで止められた。だが、俺はその人の一生をめちゃくちゃにした。二度と……ゾイドに乗れない身体にしてしまったんだ……」
アゼルの碧水の双眸が、バンの黒曜石のようなそれを真っ直ぐに見つめた。
「――バン、誰だって自分の中に狂気の感情を持っているんだよ。いま、こうして話している俺自身、どうしようもないくらいの怒りと憎悪を内に抱えている。人であれば、仕方のないことなのかもしれない――。でも、それをずっと表にだしていたら、みんなを不快にしてしまうからね。それに、こんな俺の笑顔を好きだと言ってくれる人がいる。だから……俺は笑っていられる……」
「アゼル……ありがとう! 何か元気がでてきた!」
バンは彼らしい、明るい笑顔をみせた。それを見たアゼルは満足げに頷く。
「ようやくいい笑顔をみせてくれたね。じゃあ、その笑顔をライガーにみせておいで」
「え?」
「ライガーもきっと喜ぶから」
そうかな、とばかりにバンは小首を傾げた。が、アゼルが笑って頷いてみせると、元気よく立ち上がる。
「じゃあ、行ってくる。ついでにトーマを手伝ってくる。自分の相棒のことだもんな」
黒髪の少年は子供のように笑うと、基地の方へ駆けていった。その背を見送っていたアゼルの耳に、大気を伝ってその声はとどいた。彼の耳にだけ、である。その声に対して、民間協力者の青年は微笑とともに何事かをささやくのであった。
小魚が一匹、光を弾きながら宙へと躍り上がる。飛び散る飛沫と水面に空が映っているのを認めて、碧水の双眸を持つ青年は彼特有の笑みをこぼした。
――格納庫へとやってきたバンの、その笑顔を見た蒼き機獣は、とても嬉しそうな鳴声を上げた。
―Fin―
<あとがき>
・本当にいつものことですが、よくわからない話ですみません。
今回はバンくんとアゼル中心というちょっとかわったお話になりました。このお話を書いたきっかけは二つあります。
ひとつは、二部のバンくんって、何だか急に大人っぽくなっちゃって、年相応の表情が少ないなぁ、と思ったこと。
そしてもうひとつは、バンくんの相棒はジークだけではないよね、と思ったことです。
バンくんって、たいてい「いくぞ! ジーク!」という感じなので、たまにはライガーのためにと思いました。
いかがだったでしょうか……?
2002.3.15 風見野 里久
