木漏れ陽の中で





 よく晴れた午後の、青学男子テニス部のコート。

 強い陽射しが差し込むそこで、部員兼・コーチである乾 貞治と、青学のルーキー・越前リョーマは対峙するように立っていた。

 リョーマはラケットを、乾は焦げ茶色の液体が入ったコップを持っている。

 その液体は、見ようによってはコーヒーにも見える。

 が、それは絶対に、そんなまともな飲み物ではない。

「……なんすか? それ」

「前回の乾汁の、更にレベルアップした、改良型スペシャルゴールデンパワーリミックス・プラスハイパー乾汁だ」

 低い声で訊ねたリョーマに、乾はさらさらと答えた。

 聞いてるだけで、頭痛やめまいもすれば、どうでもよくなってくるような気もした。

「あーぁ……リョーマくん、可哀想に」

 そんな二人の光景を見て、青学テニス部一の姫――が呟いた。

 二の姫・は「うん……」と言って、心配げにリョーマを見つめる。

 ――今日の練習で、二人ずつランニングをし、ゴールが遅かった方が乾汁を飲まなければならないことになっていた。

 リョーマは、桃城と走った。

 普通なら負けなかったかもしれないが、乾汁を飲みたくないという死に物狂いな思いと、片想いの相手であるから受けた声援をパワーに換えた桃城は、速かった。

「ふぇ〜、危ねぇ危ねぇ。あんなもん飲まされたら、たまんねぇよ」

 何とかそれを免れた桃城が、達の元へ歩いてくる。

、応援、サンキューな」

 心底嬉しそうに、礼を言う桃城。

 彼の想いを知らないだが、「どういたしまして」とにっこり笑って答えた。

 が、その視線はすぐにリョーマの方へ行ってしまう。

「乾汁って、野菜汁やペナル茶よりも、更にわけ解らないもんね。一体、何が入ってるんだか……」

 の言う通り、乾汁の原材料は謎に包まれている。

 野菜汁やペナル茶は、まだ原材料がハッキリしているのだ。

 ――やがて、仕方なしというより、半ばやけになって、リョーマはついに乾汁を飲み干した。

「う゛っ……!?」

 それは、名前の通り以前よりも遥かに想像を絶する、最高のまずさだった。

 リョーマはいつものように、一目散に水飲み場へと走り出す。

「リョーマくん…! ちゃん、私、ちょっと行ってくるね」

「う、うん」

 心配になったは、に一言伝えて、リョーマの後を追いかけた。




 水飲み場へ来てみると、そのすぐそばで、リョーマが苦しげにがっくりと膝をついていた。

「あ、リョーマくん!? 大丈夫……?」

 咄嗟に駆け寄る

「……気持ち悪いっす」

 半ば青ざめたリョーマの顔色に、嘘はなかった。

「可哀想に……。お水、飲んだ?」

「飲んだけど、どうしようもないっすよ。これは……」

 そこまで言って、また口元を押さえる。

 はきょろきょろと辺りを見回すと、丁度よく日陰をつくっている木を見つける。

「リョーマくん、ちょっと日陰のとこ行こう。ね?」 

「はぁ……」

 リョーマは、あんまり動きたいとも思わなかった。

 ただ、陽射しが強い今の場所より、涼しい木陰の方がいいかと思って、素直にに連れられることにした。

 木陰をつくる木の根元へどさっと座ると、は「ちょっと待っててね」と行って、その場から離れて行く。

 リョーマは彼女がどこへ行くのかも気にせず、木の幹に寄りかかった。

 茂る枝葉が、陽射しの大半を遮ってくれる。

 目を閉じて、リョーマは息を整えるように深呼吸を繰り返す。

「お待たせ、リョーマくん。これで、ちょっと冷やそう」

 暫くしての声が聴こえ、リョーマは薄い金色の瞳を開けた。

 すると帰ってきたは、水で冷やしたハンカチを持っていた。

 どうやら今、自分のハンカチを濡らしてきたらしい。

「……どうも」

 半分ぼーっとしたままのリョーマに、「ううん」と言って、は彼の隣りに座る。

「横になる? よかったら使っていいよ」

 と、は自分の膝の上をぽんとたたいた。

「え?」

 それには、さすがのリョーマも少し驚いた。

「…先輩、本気で言ってんの?」

 リョーマがそう問うと、は「うん、もちろん」と当然のように頷く。

 すると、リョーマは二度ほど微かな瞬きをして。

「……じゃ、お言葉に甘えて」

 の膝の上に、ころんと寝転がった。

 は「どうぞ」と言って、くすっと笑う。

 そして濡らしてきたハンカチをたたんで、リョーマの額にのせた。

「いくらみんなのためとはいえ……乾先輩、ちょっとやりすぎよね」

「うん。っていうか、ちょっとどころじゃないっすよ」

 リョーマから返ってきた言葉に、は「そうだね」と苦笑する。

「大丈夫? リョーマくん、気分はどう?」

「さっきよりは少しマシになったけど……まだちょっと」

 リョーマは左腕で、自分の双眸の上を覆った。

「そう…。少しよくなったんなら、保健室行く?」

 保健室のベッドの方がゆっくり休めるだろうと思って、は訊いてみた。

「いや、いいっすよ。保健室のベッドより、先輩の膝まくらの方が気持ちいいから」

「え……?」

 左腕をどけたリョーマは、ニッと笑ってを見上げていた。

 薄い金色をした気の強そうな瞳を、は琥珀の瞳で見つめ返す。

「……そう? それならよかった」

 やがて、はにっこりと微笑んだ。

 するとリョーマは、「え?」と驚いたようだった。

「……先輩、怒んないの?」

「どうして?」

「だって、これがなら間違いなく――」


『なに甘えてんのよーっ!!』


「――って、怒って、何かしらの一発がくるはずっすから」

 リョーマは容易に想像できたそれを、少しムッとした表情で答えた。

「あはは……ちゃんは、リョーマくんには厳しいからね」

 は困った従姉妹の代わりに、「ごめんね」と謝る。

「私は、誰かの……テニス部のみんなの役に立てるのが嬉しいの。それはちゃんも、ちゃんも同じよ」

 さらさらとそよぐ風。

 枝葉を透かして零れてくる陽の中で、の声が言葉を紡いだ。

「それに私、弟がいるからかな。何だか、リョーマくんがほっとけなくて。もちろん私の弟より、リョーマくんの方がしっかりしてるけどね」

 もしこの場に桃城か菊丸が居たなら、「こいつの場合、『しっかりしてる』って言うより『生意気』なんだよ!」と言ってくるだろう。

 リョーマは、をじっと見上げていた大きな瞳を、静かに閉じる。

「……先輩に『ほっとけない』なんて言われるようじゃ、オレも、まだまだだね」

 そしていつものような笑みを刻んで、いつもの口癖を言った。

「っていうか、おしまいっすね」

「え? え?? それ、どういうこと?」

 はその意味が解らず、焦って問うが、「そのまんまっすよ」とクールに返される。

「りょ、リョーマくん??」

「あ、やっぱまだ駄目みたいっす」

 答えをはぐらかして、リョーマはまた左腕を目の上に被せた。

 そうされると、はもう問い質すこともできない。

 小さな吐息を零して。

「気分がよくなるまで、こうしてていいからね」

 柔らかく微笑み、リョーマの深い緑がかった黒髪の頭を、優しく撫でた。





 一向に帰ってこないリョーマとが、さすがに気になったは、手塚に一言断って二人を捜すことにした。

 おそらくと思って来た水飲み場に、二人の姿はない。

「あれぇ…?」

 ひょっとして保健室にでも行ったのだろうかと、そう思いながら辺りを見回すと――。

「あっ、あ、あ〜〜〜っ!?」

 木陰に座ると、彼女に膝まくらをしてもらっているリョーマが居た。

「リョーマくん!! なに姉ちゃんに甘えてんのよーっ!?」

 声を張り上げながら、走ってくる

 リョーマは両耳を塞いで、「ほら、やっぱり」と言う。

 は「本当だね」と、困ったように笑った。

「ちょっと! リョーマくん!?」

「あ〜あ、うるさいのが来た」

「うるさくて悪かったわね! そんな口がきけるんなら、もう大丈夫でしょ!? ほら、起きなさいよ!」

 は、未だに寝転がっているリョーマを起こそうとする。

先輩、がいじめる」

 棒読みな口調で言い、リョーマはにしがみつくようにして助けを求めた。

「だ、駄目よ、ちゃん。リョーマくん、本当に気分悪いんだから」

 はリョーマの頭を「よしよし」と撫でながら、を宥める。

「何言ってんの! もう、姉ちゃんったら、リョーマくんに甘いんだから……」

 しょうがないなぁ、と思ったが、ふとリョーマを見やると――。

 こちらに向けられている彼の横顔が、ニヤリと笑っていた。

 ぷちっと、の中で何かが切れる音がする。

「リョーマ〜〜〜ッ!! 起きなさい、今すぐ起きなさい〜〜!!」

 リョーマの腕を掴んで、無理矢理起こす

 しかしリョーマは、「やだ」と言って、またの膝の上にころんと寝転がる。

「こらぁ〜っ!!」

「あ、駄目よ、ちゃんったら…! そんな起こし方したら、リョーマくんの首の骨が折れちゃう…!!」

 と、は、リョーマを頭から起こそうとするにおろおろとした。

「起きなさいってばぁ〜〜〜!」

「やだって言ってんだろ…〜〜!!」

 リョーマを引きずるように引っ張ると、木の根に掴まって何とか頑張るリョーマ。

「あ、ちゃん。越前とちゃん、居た?」

 とそこへ、にっこりとした笑みの不二がやって来た。

「あ、はい! 不二先輩!」

 はリョーマを掴んでいた手をパッと放し、ころっと表情も態度も変えて振り返る。

 同時に「うわっ…!?」というリョーマの声がした。

 いきなり解放された彼は、危うく木に顔から突っ込んでしまうところだった。

「にゃろう……!」

「リョーマくん、大丈夫!?」

先輩、ホントにあいつと従姉妹なんすか?」

 今までにも幾度となく訊いたことがあるそれを、リョーマはまた問わずにはいられなかった。

 は「あ、うん。そうだよ…」と、苦笑しながら頷く。

「絶対そんなはずないっすよ。河村先輩の従妹って言われた方が、まだ納得いく」

 自分と不二の前では、まるで態度の違うを、リョーマはじとっと見て言った。

「もうっ、リョーマくんったらしょうがないんですよ!」

「ふふ、そうみたいだね」

 ぷんぷんと怒りながら話してくるや、危うく木に突っ込むところだったリョーマ、おろおろとするを見ながら、不二はくすくすと笑った。



 一気に騒がしくなってしまった木立の下。

 けれど、枝葉を透かして差し込んでくる木漏れ陽だけは。

 ただ静かに、風に揺れながら、降りそそいでいた――。




               end.




 《あとがき》
 リョーマくん&二の姫ドリームです。一応(笑) 結構、色んな人出てますね(笑)
 乾くんの『特製汁』については、飲まされるレギュラー陣(不二くん除く)&部員の
 みんなが可哀想だと思うんですけど、何か水帆的には、リョーマくんが一番可哀想に
 思えるんですよね。多分、一番小さいからかな?(怒られそう/笑)
 なのでちょっと、リョーマくんを甘やかしてみました(笑)
 いや〜、しかし。様はすごいですね(^^;) 何分モデルが汐なので(苦笑)
 彼女にも色々と意見を聞いて、それを引用した次第でございます(笑)
 読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

            written by 羽柴水帆