春風に吹かれて





 今日もハードな練習に励む、青学男子テニス部のレギュラー達。

 何しろ気合いを入れてやらなければ、部員兼コーチ・乾の不可解な特製汁が待っているのだから、励まずにはいられない。

「ふぅ……」

「はにゃ〜、疲れたぁ〜」

 練習が一区切りした黄金ペアの一人、大石はラケットを持った手をおろし、相方である菊丸はうーんと背伸びをしながら、コートから離れた。

「お疲れ様です、大石先輩」

「タオル、どうぞ。菊丸先輩」

 そこへタイミングよく、テニス部二の姫と言われるマネージャー・と、一の姫は、ふたりにタオルを渡す。

「あぁ、ありがとう、ちゃん」

「サンキュー、ちゃん!」

 大石は爽やかな笑顔で、菊丸は人懐っこい笑顔でタオルを受け取った。

「もうマネージャーの仕事には慣れたみたいだね」

 タオルを手渡してくれたに、汗を拭きながら言う大石。

「はい、何とか。大石先輩や皆さんが、丁寧に教えて下さったおかげです」

 は嬉しそうな微笑みを返した。

「そうかい? 俺は何もしてないけど、それならよかった」

 謙遜するように、大石は笑う。

、洗濯行こう!」

 が親友へ呼びかけた。

 新しいタオルを配り終えたら、次は使用済みタオルの洗濯をするのだ。

 は「うん!」と返事をして、すぐそばに置いてあるテーブルの上に溜まった、使用済みタオルの山をよいしょ、と持ち上げる。

「大丈夫かい? ちゃん、手伝おうか?」

 は小柄なため、部員と同じ数のタオルを持ち上げただけで、ほとんど前が見えなくなってしまう。

 大石は心配になって思わず声をかけた。

 菊丸も「あにゃにゃ…」と練習後故に流れるのとは違う汗を、頬に一筋伝わせる。

「これぐらい平気です、大石先輩」

 にっこりとした笑顔を、タオルの山から覗かせる

「あぁ、ったら…! ごめんごめん。じゃ、行こう」

 は慌ててからタオルを半分ほど減らした。

「ふたりとも、気をつけるんだよ」

『はーい!』

 半分ずつにしたとは言っても、前が見えづらいだろうと思った大石の言葉に、ふたりのマネージャーは元気よく答えて歩き出した。

「……はぁ」

 ふたりの少女の背が見えなくなったところで、大石は溜め息をつく。

 すぐ隣りにいた菊丸は、「にゃ? どうしたの?」と首を傾げて訊ねた。

「い、いや、何でもないよ」

「何でもないことないだろぉ? 水くさいにゃ、大石! オレとお前の仲じゃんか!」

「そ、そうだけど……そうなのか…?」

 菊丸との仲と、今自分が密かに悩んでいることが本当に関係があるのか、よくわからない。

「そうなの! で、一体どうしたんだよ?」

「うーん……」

 大石は暫く考え込むと、ようやく口を開いた。

「どうしても、これじゃぁ『兄貴』だよなぁと思ってさ……」

「はにゃ?? 兄貴? って、自分が?」

 そう訊き返すと、大石は「ああ…」と頷いた。

「別にそうしようと思ってしてるわけじゃないんだけどな。特にちゃんには、昔からのくせでどうしても」

 幼い頃の彼女を知っているから、ついつい世話を焼きたくなる。

 彼女が大事だから気遣うのに、やればやるほど、『お兄さん』になってしまう。

 返してくれるの笑顔も、『兄を慕う妹』のような気がした。

「こんなだから彼女も俺のこと、兄貴みたいに思ってるんだろうな」

 仕方ないよな、というように大石は苦笑する。

「お、大石ぃ……」

 菊丸は呆れてよいやらわからず、心底気の毒そうな顔をした。

(ま、確かに一歩間違えればそうだけどさ。『青学の母』とか言われてるし。でもこれは違うって。鈍い、鈍いよ、大石)

 心の中で、菊丸は呟く。

 大石がを想っていることはもとより、の方も大石に好意を寄せていることは、ふたりの周りの者達からすれば一目瞭然だった。

 なのに、当の本人がまったく気づいていないようだ。

 今度は菊丸が、「はぁーっ」と盛大な溜め息をつく。

「どうしたんだ? 英二?」

 大石は不思議そうな顔をして訊ねた。

「だいじょーぶだいじょーぶ、大石。なーんも心配することないって」

「え? な、何が?」

 ぽん、と肩をたたかれてもその意味が解らない大石は、『?』マークを浮かばせる。

「そだ! ねぇ、今日さ、ちゃんやちゃんと一緒に帰ろ!」

「え、えぇ!?」

 突然ひらめいたように言い出した菊丸の言葉に、驚いて目を丸くする大石。

「うん、きーめた! そーしよ、大石!」

「そーしよって、おい、英二!?」

「さ、練習練習〜♪」

 慌てる大石に構わず、菊丸は練習再開のためにコートへ戻っていく。

 大石は暫くぽかんとしてしまったが、今日何度目かの溜め息をついて、コートへ戻った。




 ふたりで洗っていたタオルが段々と溜まってきたので、は干す方に回った。

「本当に大石先輩って、いい先輩だよね。真面目で優しくて」

 一度たたんだタオルをパンパンッと叩いて、開き、ロープに干す。

「うん……」

 ゴシゴシとタオルを洗うの手が、ゆっくりになる。

「どうしたの? ?」

 ついには手が止まってしまったに気づき、が問いかけた。

「え? う、ううん、何でも…!」

 ハッと我に返ったは、また忙しく手を動かし始める。

 そんなに、はくすっと軽い笑みを零した。

「何か気になることでもあるの? 大石先輩のこと?」

「えっ……あの、その……!」

 両手が濡れているのも忘れて、はそれを朱に染まった頬に当てる。

 判りやすいなぁ、とは思った。

 大石とが幼い頃からの知り合いだというのは聞いていたが、ふたりの間にそれ以上のものが芽生えているのを、はしっかりと気づいていた。

 微笑ましいことだが、しかしはしゅんと俯いてしまう。

 は「っ? ど、どうしたの?」と少し焦って訊ねた。

「……私も、大石先輩って優しい人だと思う。でも、最近それが少し……」

 ――苦しくて、せつない。

 彼の前では精一杯笑っているけど、本当は少しせつない。

「え……?」

 は、表情を翳らすに心底驚いた。

「先輩が優しくしてくれればくれるほど、『妹』みたいに思われてるんだろうなぁって……思っちゃって……」

……?」

「しょうがないよね。私、昔からとろいし、危なっかしいし……いつも先輩に迷惑かけてばかりだから、妹みたいに思われても、しょうがないよね」

 そう言っては、淋しげに笑う。

 は――頭を抱えたくなった。

(こ、この子は…〜〜!!)

 確かに大石は面倒見がいいし、『お兄さん気質』だと思う。

 幼い頃は、をそう思っていたのかもしれない。

 けれど今の大石がに向ける瞳や態度から、大石がを『妹』として見ていないことくらい、誰でも一目で判るはずである。

 判っていないのは、当の本人だけらしい。

、そんなことないよ。大丈夫だって」

「え? 大丈夫って……何が?」

 きょとんとするに、はがくっと肩を落としそうになる。

「大石先輩のこと! 面倒見がいいのは先輩の性格でしょ? 『妹』みたいなんて、錯覚だよ」

「そ、そうかなぁ…? でも、ちゃんも思う時ない? 『妹』みたいに思われてるんじゃないかなって……」

「まぁ、私の場合はそうかもしれないけどね…。は別だって!」

「そ……そう、かなぁ……??」

 難しそうな顔をして、小首を傾げるを見たは、「これは何とかしてあげた方がいいかもしれない……」と思うのだった。





 部活が終わり、無事に特製汁を飲まずに済んでホッと一息ついた大石。

 しかし、ふと練習中の刻の、相方の言葉を思い出す。

「な、なぁ、英二。さっき言ってたの、本気なのか?」

「もちのろんろん♪ あったりまえじゃん! なーに言ってんだよ、大石!」

 そう言って大石の背中をばんばんと叩く菊丸は、この上なく楽しそうだ。

「あっ、お姫さま達はっけ〜ん! ちゃん、ちゃーん!」

「え、英二!? ちょっと…!?」

 帰る様子のふたりのマネージャーを発見した菊丸は、大石が止める間もなく、あっという間に飛んで行ってしまう。

「お、お疲れ様です、菊丸先輩」

 は、突然猛スピードで走ってきた菊丸に少し驚きつつ、笑顔を浮かべて言った。

「ね、ふたりとも! オレ達と一緒に帰ろ?」

 にーっこりと笑っての菊丸の言葉に、は「え?」と言って顔を見合わせる。

「お、おい、英二……!?」

 本当に言っちゃったよ、という顔で大石が呟いた。

「オレ達ってことは、菊丸先輩と大石先輩ってことですよね?」

「うん、そーゆーこと」

 が念のために訊くと、菊丸はこくこく、と頷く。

 するとは、にっこりと微笑み、

「はい、よろこんで」

 快い返事を菊丸に返した。

「え? え? ちゃん??」

 どう返事したらいいかわからず、戸惑っていたは、驚いて親友を見やる。

「やったぁ! よかったにゃ、大石!」

「よ、よかったって……!?」

 菊丸が喜ぶ隣りで、大石は困ったように焦る。

「んじゃ、帰ろう!」

「はい、菊丸先輩」

 先になって歩き出す、菊丸と

「あ、英二!?」

「ま、待って、ちゃん!」

 その後を、大石とは慌てて追いかけた。



 学校を出ても、もっぱら喋っているのは菊丸と、それに受け答えをするだけだった。

 大石とは、未だどうすればいいか判らず、困惑した表情のまま黙っている。

(も〜、しょーがないなぁ、大石の奴…!)

 そんな二人の様子をちらっと肩越しに見た菊丸は、「よぉし」とあることを思いついた。

「あ! オレ、ちょっと寄りたい所あるんだよね〜。ちゃん、つき合って!」

 さも今思い出したように言い、菊丸はの手を取る。

『え??』

 と、大石との声が重なる。

「あ、あのっ、菊丸先輩…!?」

 いきなり手を握られたは、さすがに焦って頬を淡く染めてしまう。

 すると、菊丸はすかさずニッと笑って、に軽いウィンクを送る。

 それを見たは、何となく彼のやりたいことが判った気がした。

「オレ、ちゃんと帰るから! 大石は、ちゃーんとちゃんを送ってけよ!」

 菊丸は、にーっと笑って大石の背中を勢いよくバシンッと叩き、

「さ、行こ! ちゃん」

 の手を握ったまま、彼女と連れ立って走り出した。

「おっ、おい、英二!?」

「あ、ちゃん……!?」

 慌てて大石は相方の、は親友の名を呼ぶ。

 は「じゃ、じゃぁ、また明日ね、!」と、とりあえず笑って、手を振ってみせる。

 そして菊丸は、の手を握るのとは逆の手をぶんぶんと大きく振りながら、

「おーいしー! がーんばれよ〜!!」

 相方へ最大級のエールを送りつつ、走って行く。

 残された大石とは、暫くぽかんとしたまま立ち尽くしていた。

(が、頑張れよって……英二の奴……!?)

 を連れて、あっという間に見えなくなってしまった相方。

 大石は胸中で困ったように呟いた。

「……あ、あの」

 やがてから声が聴こえた。

 大石は「な、何だい?」と、慌てて訊き返す。

「菊丸先輩って、面白い人ですね」

「あ、そ、そうだね。面白いっていうなら、英二は折り紙付きだと思うよ。あ、タカさんも結構、面白いけどね」

 大石の笑い声が、段々と乾いたものになっていく。

 もし菊丸がこの場に居たなら、「んなこと言ってる場合じゃないだろ!?」と怒鳴ってくるような気がした。

「えーと、じゃぁ……帰ろうか?」

「はい」

 こくりと頷いたと並んで。

 ふたりきりになった帰り道を、ようやく歩き始めた。




「にゃ〜、もういいかな」

 大石との姿が見えなくなった所で、菊丸は足を止める。

 は速くなった呼吸を落ち着けるように、深呼吸を始めた。

「あ、ごめんね、ちゃん。速すぎたよね?」

「いえ、大丈夫です」

 ようやく手を放して、心配そうな顔をする菊丸に、は安心させるように微笑んだ。

「それと……ごめんね。いきなりこんなことしちゃって」

 先程までのハイテンションはどこへやら。

 菊丸は心底すまなさそうな表情で、言葉を紡ぎ出した。

「ホントは寄りたい所なんて、特に無いんだ。大石とちゃんを、ふたりっきりにしてあげたくてさ」

「……そうだと思いました。いいんですよ、菊丸先輩。私も同じですから」

 くすっと小さく笑う

 菊丸は「え?」と大きな瞳を彼女に向ける。

「私も、と大石先輩には、うまくいってほしいと思ってます」

「やっぱり!? にゃーんだ、ちゃんもそう思ってたんだ〜。よかった♪」

 弾け飛んだように、笑顔を取り戻した菊丸。

「大石って、いつも周りに気遣ってばっかで、大変な奴だからさ。ちゃんみたいな子があいつのそばに居てくれたら、いいんだろうな〜って思ったんだ」

「そうですね。私も、のお相手が大石先輩なら安心です」

 がそう言うと、菊丸は「だろ?」と嬉しそうに笑う。

「なのに大石の奴……お互い想い合ってんのまるわかりなのに、『自分はちゃんにとって兄貴みたいな存在なんだろうなぁ』って、言ってんだもん。鈍すぎだよ」

「え? そうだったんですか? も『大石先輩に妹みたいに思われてるんだろうな』って、言ってましたよ」

 緑の瞳を瞬かせるの言葉に、菊丸も「マジ??」と驚いたように訊き返した。

「あははっ! お互い、鈍い相方だね」

「そうですね…!」

 互いの『鈍い相方』を思い出して、菊丸とは楽しそうに笑い合う。

「ま、これで少しは進展するんじゃないかにゃ〜」

「そうだといいですね。それにしても菊丸先輩って、友達思いなんですね」

 感心したようにが言うと、菊丸は照れたように頭を掻く。

「え〜? ちゃんほどじゃないよー。それに……」

 言いかけて、菊丸は軽く頬を掻きながら、段々とあさっての方を向く。

 は「菊丸先輩?」と、不思議そうに見上げた。

「それに、オレ……ちゃんと帰りたかったし」

 に背を向けて、ぼそっと呟く。

「え?」

 聞き間違いではないかと、は緑の瞳を大きく見開いた。

「あ、寄りたい所思いついた! ちゃん、これから一緒にアイス食べにいかない?」

 ぽんと手を打って、くるっと振り向く菊丸。

「え? あ、は、はい……」

 は半ば呆然とした状態から抜けられないまま、頷いた。

「うっし! じゃ、早く行こう♪」

 菊丸は極上に嬉しそうな顔をして、再びの手を取る。

 いつもぴょんぴょんと飛び跳ねている元気少年という感じの菊丸だが、その手はしっかりとした男の子の手で。

 は、彼に対して感じたことのなかった不思議な想いを抱く。

 一方の菊丸も、の細くて柔らかな手に、飛び上がりたいほどの嬉しさだけでなく、くすぐったいような気持ちも感じていた。

 互いに速まる鼓動を感じながら、菊丸とは足早に歩き始めた。




 ついこの前までなら、話題もたくさんあったと思う。

 けれど今の大石は、と何を話せばいいのか、判らなくなっていた。

 と言うのも、相方の言葉のせいでもある。

 ――と一緒に帰ろうと言い出した菊丸に、大石は疑問をぶつけた。

「一緒に帰るって言ったって……一緒に帰って、どうすればいいんだ?」

「その刻に、ちゃんに兄貴と思われてるかどーか、確かめればいいじゃん」

「確かめるって……ちゃんに訊けって言うのか? 『俺のこと、兄貴みたいに思ってる?』って?」

「それでもいいけど、もっと簡単に、手つないでみれば?」

 さらりと言ってのけた菊丸に、大石は一瞬言葉を失い、頬が熱くなった気がした。

「なっ……!? それのどこが『もっと簡単』なんだ!?」

「簡単じゃん。それであっさり笑顔でつながれちゃったら『兄貴』だけど、ちょっとでも『え?』みたいな反応があれば、『兄貴じゃない』ってことじゃん!」

「そっ……そう、なのか…??」

 一理あるような、ないような。

 もはや何が正しいのか、判らなくなってしまった。

(英二はあんな簡単に言ったけど……)

 こうなると、無邪気で人懐っこい菊丸が少し羨ましくもなる。

 先程もあっという間に、の手を取っていた。

 うーん、と思い悩む大石を、が不思議そうに見上げる。

「あの、大石先輩? どうかしたんですか?」

「えっ? あ、いや、何でもないよ。ごめん、ちょっと考え事してたんだ」

 焦って大石がそう答えると、は「そうですか…」と、今度は彼女も考え込むような仕草をした。

 ――どうしたらいいだろう、と考え込んでいた大石は、まで上の空になっていることに、ようやく気づいた。

ちゃん? どうかしたのかい?」

 今度は、大石が訊いてみる。

「…え? あ、いえ、あの……」

 ハッと我に返ったは、答えを紡げずに俯いてしまう。

 大石は「ど、どうしたの?」と問いかけた。

 すると、が俯いたまま足を止める。

「えっと……大石先輩。ひとつ、お願いしたいことが……あるんです」

「あ、ああ、いいよ。何だい?」

 同じように立ち止まって、優しく問う大石。

 は、一回だけ深く呼吸をして、『お願い』を口にする。

「あの……手をつないで頂いても…いいですか?」

「え……?」

 からの『お願い』は、大石を一時停止状態に陥らせた。

 ――こういう場合、どういうことなのだろうか。

 菊丸には、自分から手をつないでみて、その反応で判断しろと言われた。

 だが、の方から言われた場合……どういうことなのだろう?

 の頬は、かぁっと紅く染まっている。

「その、もちろん嫌でしたら、いいんです…! すみません、突然…!」

 大石から中々返事が返ってこないので、「迷惑だったかな」とか、「呆れられちゃったかな」と思ったが、ぺこりと頭を下げた。

「い、いや、そうじゃないよ。ごめん、ちょっと驚いただけなんだ」

 大石は何とか一時停止状態から戻って、に笑顔を向ける。

 そして、「いいよ。はい」と言って、手を差し伸べた。

 は一瞬「え…?」と瞬きをして、大石を見上げる。

 その穏やかな声と笑顔に、心がふわりと暖かくなったような気がした。

 おずおずとの手が、彼の手のひらに重なる。

 大石は、そんな遠慮がちなの手を、優しく握り返した。

 その刻ふたりの鼓動が、互いに聴こえてしまうのではないかと思うほど大きく高鳴る。

「……それじゃぁ、行こうか」

 少し照れたような大石に、は小さく「…はい」と返事を返して歩き始めた。

「何年ぶりだろうね? こうやって手をつなぐのなんて」

「……ずっと小さい頃以来ですよね」

 会えなくなったのは、が小学四年の時からだが、手をつないだりしたのは、もっと前のことだろう。

 けれどあの頃と今とでは、ふたりの気持ちも手の感触も、全然違う。

 大石の手は、大きくてあたたかくて。

 の手は、小さいがしなやかだった。

 俯き加減のから、「あの…」と微かな声がする。

「本当に……よかったですか…? 手、つないで頂いても……」

 大石は優しいから、多少嫌だったり無理なことでも、笑って引き受けてくれる。

 今も自分の我が儘のせいで、無理強いをしてしまったのではないかと気になったのだ。

「ああ、もちろんだよ。その……俺も、つなぎたいなって、思ってたから」

 彼女がそう望んでくれるか判らなかったから、躊躇していただけで。

 本当は大石も、そう思っていた。

 予想外の答えにが「え?」と顔を上げると、ふたりの足がふいに止まる。

ちゃん、すごく綺麗になったね」

 優しく微笑んで、大石は素直に思ったことを口にした。

「え……え!?」

 琥珀の瞳を大きく見開いたの頬が、勢いよく朱に染まってゆく。

「妹みたいだと思ってたちゃんが、すごく綺麗になってたから。今年会った刻は、びっくりしたよ。嬉しい驚きだったな」

 更に「ちゃんは、昔から可愛かったけどね」とも言う大石。

 自分でも驚くほど、素直に言葉が出てきた。

 の鼓動は、凪ぐことを忘れてしまう。

「そ、そんな…! あ、私も、あの……! お兄さんみたいに思ってた大石先輩が、それ以上に素敵になってたから……その…!」

 真っ赤な頬をして、段々と俯いてしまうに、大石は「ありがとう」と爽やかな笑みを返した。

 ――どうやらお互いに、『兄』とも『妹』とも思っていないらしい。

 それが何となく解ったふたりは、再び歩き出す。

 やがて言葉が少なくなって。

 その嬉しさや喜びを、ただ静かに感じていた。




 ――夕暮れの帰り道。

 手をつないで歩くふたりのそばを通り、空へ吹き抜けていく風は。

 あたたかくて淡い、春の風だった。




                   end.




 《あとがき》
 という感じで、お粗末様でした!(←近藤孝行さんの真似/笑)
 黄金ペアと一&二の姫ドリームですv う〜ん、青春だねぇ、恥ずかしい///;(笑)
 水帆は青学レギュラーの中でもこの二人、黄金ペアが大好きですvv
 なので、一応それなりに頑張ってみました! 努力はしました(苦笑)
 が、おかげで、思ってたより長くなってしまいました(汗)
 今回は英二くんと様、大石くんと様というカップリングでしたが、
 また入れ換えたりして、順繰り書いていきたいと思いますv(笑)
 あ〜…それにしても、大石くんと幼馴染みっていいなぁ(←羨ましい/笑)
 今回の別タイトルは、『黄金ペアと手をつなごう』でした(笑)

           written by 羽柴水帆